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79話 空の……(2)
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国名を聞いたレオン様に、あまり驚いた様子は無い。外国の魔法使いが絡んでいると想定した時点で、ニュアージュかローシュの名前が出てくるのは分かっていたのだろう。あの奇妙な蝶は、遠い西の国ニュアージュからやって来たのだろうか。レオン様は今のところ被害は出ていないと言っていたが……
「天に向かってそびえ立つ大樹『フラウム』……シエルレクトは高い所が好きだからね。フラウムはあいつのお気に入りの寝床なんだよ。昔はちょっとデカいだけの、どこにでもある普通の樹だったんだけどね。シエルが居着いた事で、あいつの力の影響をもろに受けちまってさ……異様に巨大になるわ、葉の色は変化するわで、昔の面影は全く無くなっちまった」
「ニュアージュか……」
レオン様の表情が険しくなっていく。予想していた事とはいえ、それがほぼ確定となると当然だが穏やかではいられない。他国の人間に王宮への侵入をやすやすと許した上に、しかもそれがクレハ様の近くだったのだからな。
「少し魔法について説明させて貰うけど……レオンにはあんまりピンとこないかもしれんが、普通の人間に魔法は使えない。魔力が無いからね。ぶっちゃけ、ディセンシアの一族を人間にカテゴライズするのが微妙なとこなんだよね……特にお前な」
先生はそう言ってレオン様を指差した。常日頃から主のことを規格外だ、化け物だなんて茶化してはいたけれど、神である先生から見てもレオン様は異端なのか……
「ディセンシア家の者を例外として、その他の魔法使いと呼ばれている人間達は、次の2種類の方法で魔力を得ている。まずひとつ目……レオンがクレハの監視にも使っているコンティドロップスと呼ばれる、コンティレクトの魔力が詰まった石」
「監視なんてそんなこと……」
「事実でしょう、レオン様。今更取り繕ろうと思っても無理ですよ」
「……クレハには言わない下さい。いつか、俺の口から説明しますから」
「え~どうしよっかなぁ……。そういえば、今日はクレハ何してんの? てっきりお前と一緒に来るかと思ってたのに」
「クレハは、友人のリズと湖に遊びに行っています。釣り堀で釣りをするんだって、はしゃいでいました。もちろん護衛も同行させていますよ」
釣り堀……前にリズさんが、クレハ様が好きそうだと言っていたな。姉君の事を知った後のクレハ様が心配だったけど、釣り堀に行けるくらいお元気ならひとまず安心だ。レオン様が上手くお話しされたようで良かった。
「リズちゃんも王宮にいるのか。いいなぁ、釣りとか楽しそうじゃん……俺も行きたかった。レオン、今度行く時は誘ってよね」
「あの、先生……話が別方向へ逸れていってます。蝶とニュアージュの魔法について、教えて下さるのではなかったのですか? 釣りの事は、それが終わってからにして下さい」
「セディに怒られちゃったよ。えーっと……それじゃ続きね、コンティドロップスに続いてふたつ目の方法……それはシエルレクトと契約を結び『サークス』を貰うこと」
「サークス?」
「サークスっていうのは、シエルが自身の魔力を込めて作りだした生物……分身のようなものだと思ってくれ。見た目は鳥だったり猫だったり様々で……ここでは詳細は省くけど、そのサークスに対してある条件を満たすことで、任意の魔法を発動させることができる」
「やり方は違えど、ローシュの石とほぼ同等の効果が得られるのですね」
「まぁね。認識としてはそれでいいけど、サークスはコンティドロップスみたいに食ったりはできねーぞ。体に直接負担のかかる石よりは多少マシかもしれないが、サークスだって力と引き換えに、なかなかにエグい見返りがあるからね。俺からしたらどっちもどっちだ」
レオン様が当たり前のように使っているから勘違いしそうになるが、魔法は本来神の御技……人間が容易く扱えるようなものではない。それでも、その強大な力の一部を得んがために、魔法使い達は決して小さくはない代償を払い続けているそうだ。そして、そんな力を生まれながらに身に宿しているディセンシアの一族は、先生の言うように人間という括りから外れているように思う。女神の血を引き、人ならざる力を持つ……他国にはいない唯一無二の存在だ。そんな方達を国主として仰いでいる我々は、畏怖の念を抱くと同時に、ある種の優越感のようなものを感じてしまうのだった。
「フラウムの葉は、シエルからサークスを貰った魔法使いがよく使う小道具なんだ。シエルの魔力に馴染んでるから使い勝手が良いらしい」
「ニュアージュの魔法使いについては分かりました。けれど、問題はその蝶を使って王宮で何をしていたかです」
蝶が作られた素材からニュアージュの人間の関与が確定的になったが、レオン様の言う通り目的が不明だ。そこを指摘されると、先生は言い淀むように言葉を切った。視線を数回彷徨わせ、再び口を開く。
「あー……これを言うと、レオンがキレそうで怖いんだけどなぁ……。ここから話すことは特に、俺の予想というか勘っていうのを前提で聞いてくれよ。恐らくだが『視て』いたんだと思う」
「視る……?」
「うん。サークスを用いて使える魔法は、おのずとシエルの得意とするものが主になる。元になっているのが、あいつの力だからな。そのひとつに遠隔視……肉眼では見えない遥か遠くの物を見通す力……千里眼がある」
蝶を使って何をしていたか……先生の見解は、蝶に模したフラウムの葉に魔力を纏わせ、それを『眼』として操り、そこから視覚情報を得ていたのではないかというものだった。王宮内にどれほどの期間潜伏していたかは分からないが、それが本当なら厄介なことになった。
「レオン様!?」
先生の話を一通り聞いた直後、眩い閃光が目の前をいくつも通り過ぎた。それは、主が発生させている雷の魔法だった。
「つまり……王宮内に無断で侵入しただけでなく、蝶を介して俺のクレハを盗み見していたということか?」
「いやいや、何でクレハをピンポイントなんだよ。落ち着けって……あっ! ちょっ、ヤバい。燃えてる燃えてる!! セディ、水!! 水持って来て、早く!!!!」
レオン様が持っていた蝶が燃えている。怒りで放たれた強い電撃によって引火してしまったようだ。俺は慌ててピッチャーを手にし、燃えながらぽろぽろと床に落ちていく蝶の残骸に水をかけて消火した。
「セドリック、俺と一緒に王宮に来い。父上に報告する。クレハの帰宅も中止だ」
先生の予想通りレオン様がキレた。クレハ様が絡むと、この方は本当に余裕が無くなってしまうな……
「あくまで可能性があるってだけだからな! サークスをどの程度使いこなしてるかで、魔法の精度は大幅に変わってくる。千里眼を使っていたとしても、大したことできなかったと思うよ。そんな簡単なもんじゃないし……」
今のレオン様に、先生の言葉はあまり届いていないだろう。陛下への報告は必要だと思うが……主にはもう少し頭を冷やして貰わなければならない。先程消火に使ったピッチャーには、まだ半分以上水が残っている。俺は隣のテーブルの上に置いてあった、未使用のグラスを手に取った。
「レオン様、それは先生の話を聞いてからでも遅くはないですよ。レオン様も仰っていたように、我々は他国の魔法について不案内です。効果的な対策を講じるには、まずは情報を集めないと」
席を立ち、今にも店から出ていきそうになっているレオン様の目の前に、冷たい水が注がれたグラスを静かに置いた。
「天に向かってそびえ立つ大樹『フラウム』……シエルレクトは高い所が好きだからね。フラウムはあいつのお気に入りの寝床なんだよ。昔はちょっとデカいだけの、どこにでもある普通の樹だったんだけどね。シエルが居着いた事で、あいつの力の影響をもろに受けちまってさ……異様に巨大になるわ、葉の色は変化するわで、昔の面影は全く無くなっちまった」
「ニュアージュか……」
レオン様の表情が険しくなっていく。予想していた事とはいえ、それがほぼ確定となると当然だが穏やかではいられない。他国の人間に王宮への侵入をやすやすと許した上に、しかもそれがクレハ様の近くだったのだからな。
「少し魔法について説明させて貰うけど……レオンにはあんまりピンとこないかもしれんが、普通の人間に魔法は使えない。魔力が無いからね。ぶっちゃけ、ディセンシアの一族を人間にカテゴライズするのが微妙なとこなんだよね……特にお前な」
先生はそう言ってレオン様を指差した。常日頃から主のことを規格外だ、化け物だなんて茶化してはいたけれど、神である先生から見てもレオン様は異端なのか……
「ディセンシア家の者を例外として、その他の魔法使いと呼ばれている人間達は、次の2種類の方法で魔力を得ている。まずひとつ目……レオンがクレハの監視にも使っているコンティドロップスと呼ばれる、コンティレクトの魔力が詰まった石」
「監視なんてそんなこと……」
「事実でしょう、レオン様。今更取り繕ろうと思っても無理ですよ」
「……クレハには言わない下さい。いつか、俺の口から説明しますから」
「え~どうしよっかなぁ……。そういえば、今日はクレハ何してんの? てっきりお前と一緒に来るかと思ってたのに」
「クレハは、友人のリズと湖に遊びに行っています。釣り堀で釣りをするんだって、はしゃいでいました。もちろん護衛も同行させていますよ」
釣り堀……前にリズさんが、クレハ様が好きそうだと言っていたな。姉君の事を知った後のクレハ様が心配だったけど、釣り堀に行けるくらいお元気ならひとまず安心だ。レオン様が上手くお話しされたようで良かった。
「リズちゃんも王宮にいるのか。いいなぁ、釣りとか楽しそうじゃん……俺も行きたかった。レオン、今度行く時は誘ってよね」
「あの、先生……話が別方向へ逸れていってます。蝶とニュアージュの魔法について、教えて下さるのではなかったのですか? 釣りの事は、それが終わってからにして下さい」
「セディに怒られちゃったよ。えーっと……それじゃ続きね、コンティドロップスに続いてふたつ目の方法……それはシエルレクトと契約を結び『サークス』を貰うこと」
「サークス?」
「サークスっていうのは、シエルが自身の魔力を込めて作りだした生物……分身のようなものだと思ってくれ。見た目は鳥だったり猫だったり様々で……ここでは詳細は省くけど、そのサークスに対してある条件を満たすことで、任意の魔法を発動させることができる」
「やり方は違えど、ローシュの石とほぼ同等の効果が得られるのですね」
「まぁね。認識としてはそれでいいけど、サークスはコンティドロップスみたいに食ったりはできねーぞ。体に直接負担のかかる石よりは多少マシかもしれないが、サークスだって力と引き換えに、なかなかにエグい見返りがあるからね。俺からしたらどっちもどっちだ」
レオン様が当たり前のように使っているから勘違いしそうになるが、魔法は本来神の御技……人間が容易く扱えるようなものではない。それでも、その強大な力の一部を得んがために、魔法使い達は決して小さくはない代償を払い続けているそうだ。そして、そんな力を生まれながらに身に宿しているディセンシアの一族は、先生の言うように人間という括りから外れているように思う。女神の血を引き、人ならざる力を持つ……他国にはいない唯一無二の存在だ。そんな方達を国主として仰いでいる我々は、畏怖の念を抱くと同時に、ある種の優越感のようなものを感じてしまうのだった。
「フラウムの葉は、シエルからサークスを貰った魔法使いがよく使う小道具なんだ。シエルの魔力に馴染んでるから使い勝手が良いらしい」
「ニュアージュの魔法使いについては分かりました。けれど、問題はその蝶を使って王宮で何をしていたかです」
蝶が作られた素材からニュアージュの人間の関与が確定的になったが、レオン様の言う通り目的が不明だ。そこを指摘されると、先生は言い淀むように言葉を切った。視線を数回彷徨わせ、再び口を開く。
「あー……これを言うと、レオンがキレそうで怖いんだけどなぁ……。ここから話すことは特に、俺の予想というか勘っていうのを前提で聞いてくれよ。恐らくだが『視て』いたんだと思う」
「視る……?」
「うん。サークスを用いて使える魔法は、おのずとシエルの得意とするものが主になる。元になっているのが、あいつの力だからな。そのひとつに遠隔視……肉眼では見えない遥か遠くの物を見通す力……千里眼がある」
蝶を使って何をしていたか……先生の見解は、蝶に模したフラウムの葉に魔力を纏わせ、それを『眼』として操り、そこから視覚情報を得ていたのではないかというものだった。王宮内にどれほどの期間潜伏していたかは分からないが、それが本当なら厄介なことになった。
「レオン様!?」
先生の話を一通り聞いた直後、眩い閃光が目の前をいくつも通り過ぎた。それは、主が発生させている雷の魔法だった。
「つまり……王宮内に無断で侵入しただけでなく、蝶を介して俺のクレハを盗み見していたということか?」
「いやいや、何でクレハをピンポイントなんだよ。落ち着けって……あっ! ちょっ、ヤバい。燃えてる燃えてる!! セディ、水!! 水持って来て、早く!!!!」
レオン様が持っていた蝶が燃えている。怒りで放たれた強い電撃によって引火してしまったようだ。俺は慌ててピッチャーを手にし、燃えながらぽろぽろと床に落ちていく蝶の残骸に水をかけて消火した。
「セドリック、俺と一緒に王宮に来い。父上に報告する。クレハの帰宅も中止だ」
先生の予想通りレオン様がキレた。クレハ様が絡むと、この方は本当に余裕が無くなってしまうな……
「あくまで可能性があるってだけだからな! サークスをどの程度使いこなしてるかで、魔法の精度は大幅に変わってくる。千里眼を使っていたとしても、大したことできなかったと思うよ。そんな簡単なもんじゃないし……」
今のレオン様に、先生の言葉はあまり届いていないだろう。陛下への報告は必要だと思うが……主にはもう少し頭を冷やして貰わなければならない。先程消火に使ったピッチャーには、まだ半分以上水が残っている。俺は隣のテーブルの上に置いてあった、未使用のグラスを手に取った。
「レオン様、それは先生の話を聞いてからでも遅くはないですよ。レオン様も仰っていたように、我々は他国の魔法について不案内です。効果的な対策を講じるには、まずは情報を集めないと」
席を立ち、今にも店から出ていきそうになっているレオン様の目の前に、冷たい水が注がれたグラスを静かに置いた。
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