上 下
70 / 234

69話 蝶(1)

しおりを挟む
「それで……俺の呼び出しを後回しにしてまで、クレハに接触した理由は?」

 クレハ達が完全に部屋から出て行くのを見届けると、俺は背後に控えている部下ふたりに問いかけた。

「何の事でしょう……」

「とぼけるな。場所を間違えたなんてバレバレな嘘が通用すると思うなよ……何があった?」

「さすが殿下、やっぱり気付いておられましたかぁ」

「お前らが揃ってそんな単純なミスするわけないからな」

「それはそれは……お褒めに預かり恐悦に存じます」

「……蝶がいたんだよ、ボス」

「ちょう?」

「昆虫の蝶です。菫の間に向かう途中、ひらひらと王宮内を飛び回っているのを発見しました」

「蝶なんて別に珍しくもないだろ」

 王宮の敷地内には至る所に花が植えられている。そこに蝶が集まるのは不思議でもなんでもない。たまたまそれが王宮内に紛れ込んだのだろう。

「ええ、ですが……」

 レナードは隊服のポケットから、畳まれたハンカチを取り出した。それを俺の目の前でゆっくりと広げる。ハンカチの中に何かを包んでいたようだ。

「こんな奇妙な蝶を見るのは初めてです」

「……こいつは」

 ハンカチの中から出てきたのは白い蝶……いや、紙だ。羽を広げた蝶の形に切り抜かれた……ただの白い紙だった。

「これ……私達が見つけた時は黄色く発光し、まるで本物の生きた蝶のような動きをしていたんですよ」

「不審に思って後を追ったら、こいつは中庭の方へ飛んで行った。そしたら庭には、ボスの大事な大事な婚約者がいたもんだからさ……なんかあったら大変だろ?」

「私達はクレハ様の護衛ですからね。得体の知れない物が接近しているのに、見過ごすことなどできません」

「そういうわけなんで、今回の遅刻は不問にして貰えると嬉しいんだけどな」

「当たり前だ。むしろ、お前達には礼を言わなきゃいけないな……」

 場所を間違えたフリをしてクレハの側に付いていたのか。『何をおいてもクレハを守れ』……俺が与えた任をふたりは正しく理解してくれている。

「蝶はしばらく中庭上空を飛び回っていたんですが、しだいに纏っていた光も消えて、この紙の状態になり落下してしまいました。それを私がこうして回収してきたというわけです」

「姫さんは蝶には気づいてなかったみたいだけどな。で、ボスはどう思う? この蝶……とっても不思議だよね。まるで魔法みたいだ」

 魔法……か。ルイスの言うように、ほぼ間違いなくそういった類のものだろう。だとしたら、1番可能性が高い犯人はクレハだ。あの子は風を操る力を持っている。大方、この紙の蝶を使って遊びがてら力をコントロールする練習でもしていたんだろう。
 クレハは自身の持つ力を周りに隠している。理由を聞くと、切り札は簡単に見せる物じゃないと言われた。彼女なりの拘りというか考えがあるようで、俺にも内緒にして欲しいと頼まれた。口止めをされる前に、セドリックには報告してしまっていたので、クレハが魔法を扱えるのを知っているのは、ルーイ先生と俺を含め3人になる。

(クレハの遊びなら問題はないけれど……)

 もうひとつ思い当たる事といえばルーイ先生絡み。あの時の出来事を思い出すと癪に触る。何せ自分の体を好き勝手に利用されていたのだからな。この蝶も、先生の言う彼の上司だという神が関与している事であるのならば……俺達人間にできることは、恐らく無いだろう。
 紙の蝶に触れてみる……やはりただの紙だ。妙な気配は感じない。クレハの魔力の痕跡も残っていないな。

「お前達が見た蝶はこの1匹だけか?」

「はい、目にしたのも今回が初めてですね。他に目撃者がいるかどうかは分かりませんが……」

「王宮内にまだいるかもしれないな……探ってみようか」

「あっ! もしかしてボス、あれやるの? えーっと……何とか感知」

「魔力感知だよ、ルイス。確か……魔法のような不思議な力の出どころを探索する事ができるんでしたよね。あれとっても綺麗。瑠璃色のキラキラした光がぶわって広がって……」

「……そうだ。だからお前ら1分……いや、30秒でいいから静かにしてろ」

 力の気配を探るのは、なかなかに神経を使うのだ。探索範囲を広げれば広げるほど精度は落ちるし、俺も疲れる。そして、対象の力が弱過ぎると感知できないということだってある。この蝶を動かしていた力自体は、そこまで強いものではなさそうなので、今回は正確性を重視して狭域きょういき集中……王宮内に範囲を絞り、隈なく調べることにするか。 

 魔力は魔法を発動させる上で、無くてはならない燃料のようなものだとメーアレクト様から教えられた。そして本来、人間が持ち得ない力。
 魔力は血に宿る……ディセンシア家の者には女神の血が流れている。青紫に染まる瞳がその証。けれど、実際に魔法を使える者はほとんどいなかった。とかく本家の人間は魔力を備わって生まれやすいとはいうけれど、それでも少ない。
 他国にも魔法を扱える人間はいる。しかし、俺達のそれとはかなり勝手が違うようだ。いずれもその土地の神から力を得ているという点に関しては共通しているらしいが……。もし、この蝶が外の人間から悪意を持って放たれたものだとしたら……必ず、正体を明らかにしなければならない。
 片膝をつき、利き手で床に触れる。瞳を閉じて、ひとつ大きく息を吐いた。淡い瑠璃色の光が床に置いた俺の手を起点に、勢いよく室内を覆い尽くす。

「わぁっ……」

「すげー、何回見ても面白いな」

「満天の星空みたいだよねぇ。でも、すぐに消えちゃうのが残念」
 
 緊張感の無い兄弟の会話が耳に入ってくる。アイツら……黙ってろと言ったのに……まったく。光は菫の間を通り抜け、王宮全体にも広がっていく。範囲が狭いので、かなり正確に調べられる自信があるのだが……王宮内に怪しい気配は感じられないな。蝶はクラヴェル兄弟が見つけた1匹だけだったのか……それとも、他の蝶も同じように既にただの紙になってしまっているのか。




「どう? ボス。なんか分かった」

「特に変わったものは見つからないな……。レナード、この蝶を一旦俺に預けて貰えるか? 確認したいことがある」

「はい」

「お前達は他に蝶を見た者がいないか調べてくれ。そして、再度この蝶を見かけるような事があれば、すぐに俺に報告しろ」

「了解。確認したい事って……ボスには心当たりでもあるのか?」

「いいや、でも……」

 ……あの方、ルーイ先生ならきっとこの蝶の正体を知っているはずだ。闇雲に突っ走るよりは、思い切って聞いてしまった方がいい。なんせ彼の今の肩書きは、神ではなく先生だからな。

「分からない事は『先生』に質問するのが、解決の1番の近道だと思ってな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?

ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。 当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める…… と思っていたのに…!?? 狼獣人×ウサギ獣人。 ※安心のR15仕様。 ----- 主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...