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66話 帰宅計画(3)

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「まず言っておきたいのは、クレハの帰宅はあらかじめ予定されていたもので、急遽決めたのではないということだな」

 初っ端からレオン殿下の発言に驚かされる。クレハ様に頼まれたから渋々了承したのではなかったのか。先日私の目の前で行われた、おふたりのやり取りは何だったんです? 家に帰りたいとお願いするクレハ様を引き止めようとなさっていたではないですか。私の考えていることを表情から読み取ったのか、殿下は更に詳しくはなしだす。

「俺個人としては、クレハはこのままずっと王宮にいて貰って構わないんだけど、そういう訳にはいかないだろ? だから、状況を見て一度家に返そうとは思っていたんだ。それがあの日から5日後の予定だったわけ。それでも、俺の説得でクレハがやめるって言ってくれたら儲けもんぐらいには考えてた。残念ながら無理だったけどね……」

 とんだ茶番だ。つまりクレハ様をおうちに帰すのは既定路線だったにも関わらず、しらばっくれていたという事か。殿下は人差し指を口元に当てながら柔らかく微笑んだ。相変わらずお美しいですね。この顔でお願いされたら何でも言うことを聞いてしまいそうになる……抵抗したクレハ様は凄い。

「ですが、殿下。聞く所によると、クレハ様の姉君であるフィオナ様の体調がかんばしくないと……クレハ様が王宮へ長期滞在なさっていたのは、それが理由だったのではないですか。その辺の問題は解決したんです?」

 ミシェルさんが私の聞きたいことを言ってくれた。しかし『体調不良』……直属の部下であるミシェルさんでさえ、フィオナ様の状態はそう伝えられているのか。殿下は私との約束を律儀に守り、フィオナ様のことを伏せて下さっているようだ。

「父上へ宛てられたジェムラート公からの文によると、フィオナ嬢は当初よりは幾分落ち着きを取り戻しているらしい。だが、依然不安定な状態には変わりない。そこで、保養も兼ねてしばらくの間『リブレール』へ連れて行くことになったそうだ」

「リブレール……」

「海辺の温泉!! リゾート地じゃないですか。私もまとまったお休みが取れたら、一度行ってみたいと思ってるとこなんですよねぇ……温泉入りたいなー」

 ミシェルさんが殿下へチラチラと目配せをしている。これはお休みの催促ですね……。期待のこもった視線を向けられた殿下は、すぐには無理だが考えておくとミシェルさんを宥めた。
 名前は知ってるけどリブレールってそんなにいい所なんだ。温泉かぁ……知りたくもない情報が嫌でも入ってきてしまう王都にいるよりは、温泉を楽しみながらリブレールでのんびり過ごした方がフィオナ様の精神衛生上良いのかもしれない。
 そうか、フィオナ様のリブレール行きと入れ替わりにクレハ様に帰宅して頂くんだな。私もおふたりを対面させるのはまだ怖い。まるでたがが外れたかのように、クレハ様へ罵詈雑言を投げつけるフィオナ様……それを目撃した私のトラウマだってまだ癒えていないのだ。

「姉の不在をクレハは不審に思うだろう。あの子の精神的負担を考えて、フィオナ嬢の件は知らせていなかったんだが、もう限界だ。家に帰るまでに、俺の方からクレハにも上手く説明しておくよ」

「快方に向かっておられるのなら良かったです。クレハ様のことも心配ですよね……ご心労お察しいたします」

 殿下はクレハ様にどこまでお話しなさるのだろう。多分、表向きの『体調不良』ということだけだと思うけど。私はクレハ様が傷つくのだけは見たくない……あの方の顔が悲しみに歪むのを想像するだけで苦しくなる。

「では殿下、続いて私を同行者にお選びになった理由もお聞かせ下さい。……何をお知りになりたいのですか?」
 
 ミシェルさんは、さっきまでの彼女とは別人のような鋭い目で殿下に問いかけた。セドリックさんもそうだったけど、一瞬で雰囲気が変わるんだよな……それほど真剣なのだろうけれど、この切り替えは心臓に悪い。

「護衛だけなら私ではなく、後から来るふたりでもいいはず。私を名指しなさったということは、殿下の中で何か暴きたい事柄がおありなんでしょう?」

「……とある筋からの情報でね、どうやらジェムラート家内部にも俺とクレハの婚約を快く思わない人間がいるらしい」

「へぇー……とある筋です、か」

 とある筋って私のことですよね……そして、婚約に反対しているのはフィオナ様。ミシェルさんが意味ありげに私へ視線をよこした。名前を出されたわけではないけれど、これ多分ミシェルさんに私が情報元だと勘付かれましたね……殿下もしかしてワザとなのかな。

「情報元に関しては深く追及致しませんが『らしい』というと、まだそれを決定付ける段階ではないのですね」

「まあな。情報提供者は信頼できるが、所々不確定の部分がある。現時点でクレハが危険に晒されるような差し迫った状況でもないが、詳しく調べておこうと思ってな」

「分かりました。情報の裏取りと、更に踏み込んだ調査を行えばよいのですね」

「ミシェルには見てきて欲しいんだ。お前があの家に訪れて思ったこと、感じたことをつぶさに俺に報告しろ。先入観の無い意見が聞きたい」

「御意にー」

 先入観……そういえば、以前私が殿下にお話したフィオナ様の事も、前置きをしたとはいえ私の個人的な感情に基づいたものだった。フィオナ様がクレハ様の婚約に反対しているのは事実だけれど、その理由やフィオナ様の思惑などは未だはっきりしていない。殿下の仰る不確定な部分とはこのことだろう。

「よし、そろそろ10分経つな……ミシェル、あのふたりを探してきてくれ」

「はぁ……了解でーす」








 殿下に命じられ、ミシェルさんは部屋を後にした。菫の間には殿下と私だけが残される。ミシェルさんが出て行ったのを確認すると、殿下は私に向かって話しかけた。

「リズから聞いた話を疑っているのではないんだよ。何せ情報が少ないからね。色々探りを入れてはいるけど、全くと言っていいほど何も出てこない。なかなかどうして手強いな、ジェムラート家は」 

 旦那様から陛下宛に送られている文も、差し障りのない内容ばかりらしい。フィオナ様に関しては、陛下も結託して情報を隠蔽しているので始末が悪いと殿下は愚痴った。
 殿下はフィオナ様に対しても、今すぐ何か行動を起こすつもりはなく、あくまで備えとして現状を把握しておきたいとのこと。しかし、それが思ったより難航しておりイラついているようだ。

「父上が俺やクレハの事も考えて、敢えて知らせないようにしているのは察せられるが……やはり、納得できないな。リズ、俺ってそこまで信用ない? 自分では冷静なつもりでいるんだけど、そんなに先走って暴走するように見えるんだろうか?」

「わ、私からは何とも……」

 殿下の問いに対して、私は愛想笑いを浮かべてやり過ごした。だって……クレハ様が関わると、殿下が何をするか分からないという怖さは理解できるのだ。それほどまでに、殿下がクレハ様へ向ける想いと執着は強い。周囲が心配するのは仕方ない……現に私だって、カミル様のことを殿下に伝える勇気はありません。
 この後も殿下の愚痴は止まらなかった。ミシェルさん……遅刻している『とまり木』の方を見つけて早く帰って来て下さい。お願いします。
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