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60話 呼び出し
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「やはり歴史書や学術書ばかりだな。クレハ様が読みそうなのは植物図鑑くらいか……」
久しぶりに訪れた王宮の図書館。そこにある蔵書をざっと眺めながら、俺は独りごちた。
学習や調査目的のための利用がほとんどなのだから仕方がないな。こういった本が好きな子供だっているだろうし、実際レオン様などはそうだ。お父上のジェラール陛下もそうだったらしいので、やはりあのおふたりはよく似ていらっしゃる。けれど……クレハ様やリズさんが喜んで読まれるような本かと聞かれれば、首を横に振ってしまうだろう。
数日前、リズさんがクレハ様に本をプレゼントしていた。それは巷で若い女性に人気の恋愛小説。クレハ様はその本をさっそく読み始め、すっかりハマってしまったとの事だ。今日俺がここに訪れたのは、図書館に大衆小説をいくつか入荷してくれないかと司書に相談するためだった。
図書館の本を管理している司書は、フィネルという齢70に差し掛かろうとしている高年の男性だ。博識で穏やかな方だけれど、町の娘さんが好みそうな娯楽的な本を図書館に置くことには難色を示すかもしれない。
クレハ様が王宮での滞在が楽しめるよう、この広い図書館の一画に、彼女が喜びそうな本を揃えるくらいしてあげても良いじゃないか。例え反対されたとしても俺は引き下がるつもりは無かった。レオン様の大切な婚約者の為とでも言えば、司書も折れてくれるはずだ。
「それでは『ローズ物語』の2巻と3巻……それ以降の続刊を入荷するように手配致しますね」
「よろしくお願いします、フィネルさん。急なことでしたのに対応して下さって感謝致します」
「セドリックさんも何かご要望がありましたらどうぞ」
図書館に新しい本を入れて欲しいという願いは、あっさりと叶えられた。意外だったのはフィネルさんがローズ物語を知っていた事だ。しかも既読であった。さすが王宮司書……本に関しての情報収集力が高い。恋愛小説まで網羅してるなんて彼を侮っていたようだ。ついでという訳ではないが、お言葉に甘えて最近ちょっと気になってる推理小説をリクエストしておいた。
レオン様の弟君のアベル様だって、あと数年もしたら読み書きが出来るようになられるだろうし、これを機に図書館の蔵書を見直してくれるそうだ。幼い子供でも読めそうな絵本や童話も増やすとのこと。
「陛下やレオン殿下が普通に読んでいらっしゃったので気づきませんでしたなぁ……確かに子供が読むには堅苦しい物ばかりです」
フィネルさんは目から鱗が落ちたようだと頷いている。本は個人の趣向にも左右されるので、一概にそうとはいえないが、あのおふたり……特にレオン様を基準に物事を考えてはいけないと、改めて思い知らされたといえる。あの方は色々な意味で世間の子供とは一線を画しているのだから……
「クレハ様が読書に興味を持って下さったことを嬉しく思います。どんな本でも良いのです。本を読むことで視野が広がり、想像力が豊かになります。今はまだ難しいかもしれませんが、いつか私のおすすめの本も読んでみて頂きたいですな」
フィネルさんはそう言うと、図書館に新しく入れる本のリストを作りだした。
情報は武器だ。何においても知識のある人間と無い人間とでは、知識のある人間の方が圧倒的に優位に立てるし、見える世界も大きく異なる。多種多様な本に触れることで得られる情報は、クレハ様が生きていく上できっと役に立つだろう。俺も今度、小説や料理本以外の本も読んでみるか……
俺はもう一度フィネル司書に礼を言うと、図書館を後にした。中庭に面した回廊を歩きながら、懐に入れている懐中時計で時間を確認する。16時か……レオン様とクレハ様もそろそろお戻りになられるかもな。おふたりは庭園の温室でお茶会をなさっている。温室は王族以外立ち入り禁止だ。レオン様のことだから、誰にも邪魔をされずにクレハ様と一緒にいたいくらいの理由で選んだ場所だと思うが……最近、また少し様子がおかしかったのが気がかりだ。そんなことを考えていると、中庭の方から甲高い鳴き声とバサバサという羽音が耳に入った。
「クーッ! クーッ!」
「エリス!?」
レオン様の飼い鳥であるエリスが、俺に向かって飛び込んで来た。足に紙のような物が結び付けられている。俺はひと目でそれがレオン様からの文だと判断し、エリスを腕に止まらせると、急いでその紙を解く。思った通り、そこには文字が書かれていた。それは見慣れたレオン様のもので……文章はたった一言。
『今すぐ、温室までこい』
エリスを空へ放つと、中庭を突っ切り温室に向かって走った。ここから行く方が近いのだ。
緊急事態だろうか……いや、文を書く余裕があるのだからその可能性は低い。しかし、わざわざエリスを使って俺を呼びだすという事は何かしら『訳あり』と見て間違いないだろう。とにかく急ごう。
この後、温室の前で普段となんら変わらない様子でいる主を確認して、安心したのも束の間――――
まさか……あのメーアレクト様との対面をも上回るであろう衝撃が、俺を待っているとは露ほどにも思わなかった。
久しぶりに訪れた王宮の図書館。そこにある蔵書をざっと眺めながら、俺は独りごちた。
学習や調査目的のための利用がほとんどなのだから仕方がないな。こういった本が好きな子供だっているだろうし、実際レオン様などはそうだ。お父上のジェラール陛下もそうだったらしいので、やはりあのおふたりはよく似ていらっしゃる。けれど……クレハ様やリズさんが喜んで読まれるような本かと聞かれれば、首を横に振ってしまうだろう。
数日前、リズさんがクレハ様に本をプレゼントしていた。それは巷で若い女性に人気の恋愛小説。クレハ様はその本をさっそく読み始め、すっかりハマってしまったとの事だ。今日俺がここに訪れたのは、図書館に大衆小説をいくつか入荷してくれないかと司書に相談するためだった。
図書館の本を管理している司書は、フィネルという齢70に差し掛かろうとしている高年の男性だ。博識で穏やかな方だけれど、町の娘さんが好みそうな娯楽的な本を図書館に置くことには難色を示すかもしれない。
クレハ様が王宮での滞在が楽しめるよう、この広い図書館の一画に、彼女が喜びそうな本を揃えるくらいしてあげても良いじゃないか。例え反対されたとしても俺は引き下がるつもりは無かった。レオン様の大切な婚約者の為とでも言えば、司書も折れてくれるはずだ。
「それでは『ローズ物語』の2巻と3巻……それ以降の続刊を入荷するように手配致しますね」
「よろしくお願いします、フィネルさん。急なことでしたのに対応して下さって感謝致します」
「セドリックさんも何かご要望がありましたらどうぞ」
図書館に新しい本を入れて欲しいという願いは、あっさりと叶えられた。意外だったのはフィネルさんがローズ物語を知っていた事だ。しかも既読であった。さすが王宮司書……本に関しての情報収集力が高い。恋愛小説まで網羅してるなんて彼を侮っていたようだ。ついでという訳ではないが、お言葉に甘えて最近ちょっと気になってる推理小説をリクエストしておいた。
レオン様の弟君のアベル様だって、あと数年もしたら読み書きが出来るようになられるだろうし、これを機に図書館の蔵書を見直してくれるそうだ。幼い子供でも読めそうな絵本や童話も増やすとのこと。
「陛下やレオン殿下が普通に読んでいらっしゃったので気づきませんでしたなぁ……確かに子供が読むには堅苦しい物ばかりです」
フィネルさんは目から鱗が落ちたようだと頷いている。本は個人の趣向にも左右されるので、一概にそうとはいえないが、あのおふたり……特にレオン様を基準に物事を考えてはいけないと、改めて思い知らされたといえる。あの方は色々な意味で世間の子供とは一線を画しているのだから……
「クレハ様が読書に興味を持って下さったことを嬉しく思います。どんな本でも良いのです。本を読むことで視野が広がり、想像力が豊かになります。今はまだ難しいかもしれませんが、いつか私のおすすめの本も読んでみて頂きたいですな」
フィネルさんはそう言うと、図書館に新しく入れる本のリストを作りだした。
情報は武器だ。何においても知識のある人間と無い人間とでは、知識のある人間の方が圧倒的に優位に立てるし、見える世界も大きく異なる。多種多様な本に触れることで得られる情報は、クレハ様が生きていく上できっと役に立つだろう。俺も今度、小説や料理本以外の本も読んでみるか……
俺はもう一度フィネル司書に礼を言うと、図書館を後にした。中庭に面した回廊を歩きながら、懐に入れている懐中時計で時間を確認する。16時か……レオン様とクレハ様もそろそろお戻りになられるかもな。おふたりは庭園の温室でお茶会をなさっている。温室は王族以外立ち入り禁止だ。レオン様のことだから、誰にも邪魔をされずにクレハ様と一緒にいたいくらいの理由で選んだ場所だと思うが……最近、また少し様子がおかしかったのが気がかりだ。そんなことを考えていると、中庭の方から甲高い鳴き声とバサバサという羽音が耳に入った。
「クーッ! クーッ!」
「エリス!?」
レオン様の飼い鳥であるエリスが、俺に向かって飛び込んで来た。足に紙のような物が結び付けられている。俺はひと目でそれがレオン様からの文だと判断し、エリスを腕に止まらせると、急いでその紙を解く。思った通り、そこには文字が書かれていた。それは見慣れたレオン様のもので……文章はたった一言。
『今すぐ、温室までこい』
エリスを空へ放つと、中庭を突っ切り温室に向かって走った。ここから行く方が近いのだ。
緊急事態だろうか……いや、文を書く余裕があるのだからその可能性は低い。しかし、わざわざエリスを使って俺を呼びだすという事は何かしら『訳あり』と見て間違いないだろう。とにかく急ごう。
この後、温室の前で普段となんら変わらない様子でいる主を確認して、安心したのも束の間――――
まさか……あのメーアレクト様との対面をも上回るであろう衝撃が、俺を待っているとは露ほどにも思わなかった。
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