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57話 カミサマ(1)
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メーアレクトに待ち合わせの場所として指定されたのは、王宮の敷地内にある温室だ。目立たない所にあり、王族以外の立ち入りを禁じているので、俺みたいな訳あり相手と落ち合うにはもってこいだという。
温室の中には、メーアレクトの好きなバラの花が所狭しと植えられていた。充満する甘い香りに当てられ酔いそうになる。しかし、丹精込めて育てられたであろう、それらの花々は実に見事だった。花に興味など全く無い俺ですら目を奪われてしまうほどに。美しいバラを眺めながら温室内を歩いていくと、奥から話し声が聞こえてくる。その一つは聞き覚えのある少女のものだった。
「やっほー! クレハちゃん、ご機嫌いかが?」
「ルーイ様!!? どうして……」
クレハは大きな瞳をこぼれそうなほど見開いて驚いている。元気そうで安心した。しかし、この反応からして今日俺がここに来ることを全く知らなかったようだ。
クレハの隣に寄り添っている金髪の少年……こいつが婚約者の王子様だな。おっと、瞳の色が紫色だ。力の強さからいって当然だが、まさか人間が俺達と同じ色の瞳を有しているなんてな……つくづく規格外な奴だ。
「ルーイ様っ……あの、えっと……」
本当にこの子には何も説明していないんだな……。王子がいるのに普通に姿を現している俺を見て、今更ながらにクレハが焦りだした。状況が分からずテンパってるさまは愉快だけど、スムーズに話をするのにあまりよろしくないな。
「心配すんな、クレハ。王子様には予め俺のことは知らせてある。当初は、お前が家に帰ってから話を聞かせて貰うつもりだったんだけど……クレハの婚約者があまりにも面白そうな奴だったから待ちきれなくなっちゃった」
「面白そうって……。レオンは知っていたのですか?」
クレハは王子の腕を掴みながら顔を覗き込む。どうして黙っていたんだとでも言いたげな表情で……けれど、呼びかけているその声は不安そうに揺れていた。王子はそんなクレハを安心させる為か、彼女の頭を優しい手つきでそっと撫でた。
「うん、大丈夫だよ。あの方の正体……そして君との関わりも最低限は理解してるつもりだ」
腕を掴んでいるクレハの手を降ろさせると、王子は俺の方へ向き直り、ゆっくりと近づいてくる。互いの距離が1メートル程になると、王子は立ち止まり恭しく礼をした。
「初めてお目にかかります。コスタビューテ王国王太子、レオン・メーアレクト・ディセンシアです」
「まぁ、そう畏るな。俺の名はルーイ。メーアレクトから粗方の事情は聞いているようだな」
「はい。知らぬ事とはいえ、身辺を探るような真似をしてしまい申し訳ありません」
例のクレハへのストーキング行為だな。うーん……見た目だけなら、そんな事をするような奴には見えんのだがなぁ……物語にでも登場しそうな綺麗な王子様って感じだ。メーアレクトの話から窺うに、性格の方もなかなかに型破りみたいだから楽しみではあるが……
「それはいい。お前が俺を見つけられたのは、偶然によるところが大きいようだし……そもそも、俺を探っていたわけではないのだしなぁ?」
暗にこちらは全部知っているのだと、したり顔で伝えてやる。すると、レオンは一瞬だけ表情を引きつらせた。クレハの周辺を逐一監視していた事は、本人の前では指摘して欲しくないようだ。当のクレハはというと、話についていけず、きょとんとしている。
「……最初は、彼女の家族に他に力を持っている者がいるのかと思いましたが……人間からは感じた事の無い不思議な気配に戸惑っていたのです。メーアレクト様に話を伺ったものの、こうやって実際にお会いするまでは信じられませんでした。まさか、クレハの近くにメーアレクト様より上位の神がいるなんて……」
「俺はコイツ……クレハにとある借りがあってな。成り行きで時々行動を共にしていた。こちらも人間に存在を察知されるとは思っていなかったから驚いたよ。とにかく、俺は怪しいもんじゃない。クレハに危害を加える事は無いから、そこは認識しておいて欲しい。茶飲み友達のようなものだと思ってくれ」
お前とメーアレクトみたいになと続けて言ってやると、レオンは毒気を抜かれたように目をパチクリとさせた。
「レオン、私に魔法を教えてくださったのはルーイ様なんですよ。私の先生でもあります」
「先生?」
「はい。何も知らなかった私に丁寧に教えてくださいました。今、私が僅かでも魔法が扱えるのは、ルーイ先生のおかげです」
「そうそう。お前も今後は、俺のことを気軽にルーイ先生と呼べ」
「ルーイせん……せい?」
「おう! そんなに気を張る必要はないぞ。今日俺がここに来たのだって、言ってしまえば唯の好奇心だからな」
「……メーアレクト様からも心配するなと言われていましたが……万が一、クレハとの婚約を反対されたらどうしようかと……。神相手にどう対抗すべきか、気を揉んでいたのですよ」
「ははっ、俺はそこまでお節介じゃないよ。クレハ本人が嫌がっていないものを、俺がとやかく言う理由は無いからな」
先程までの張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。メーアレクトから俺の正体を聞いていたにも関わらず、今の今まで物怖じもせず一切警戒を解かず対峙していたのだから大したものだ。歳は確か10だったか……
「それでは、ルーイ先生……ひとつだけ……お聞きしておきたい事があるのですが、よろしいですか?」
「うん、なんだ?」
『キミのお仕置き期間は、まだ終わっていないはずだけど……どうして外に出ているのかな?』
「!!!!?」
とっさに目の前の少年から距離を取った。全身の毛が逆立つような、ぞわりとした感覚に襲われる。
「ルーイ様!?」
「クレハ!! ここから離っ……」
離れろと叫ぼうとした声は、途中で飲み込んでしまった。クレハは俺の名を呼んだ時の体勢のまま静止している。瞬きも呼吸さえも行わない……まるで彫像のようだ。もちろん自らの意志でそうなっているのではない……クレハのこの状態は、俺にとって既視感があり過ぎるものだった。それは、自分も得意とする魔法の1つで……時を操るもの。クレハは……いや、クレハだけではない。周囲を見渡すと、俺を除外した全ての物の時間が止められている。恐らく、目の前の少年の手によって。
『うーん……寝起きだからかな。ちょっとぼんやりするな』
突然豹変したレオン王子。違う……これはレオンじゃない。レオンの姿をしたそれは、組んだ両手を頭上に上げ、伸びをしながら欠伸をしている。そして、俺の方へ細めた瞳を向けてニヤリと笑った。
『キミに会うのは300年振りだね。でも、勝手に出てきちゃ駄目だろう。悪い子だねぇ……ルーイ?』
このねっとりとした、いやらしい話し方は……
「お上……いや、リフィニティ様。お久しぶりです」
俺は微かに震える唇で、当分の間会うことは無いと思っていた、上司の名を口にした。
温室の中には、メーアレクトの好きなバラの花が所狭しと植えられていた。充満する甘い香りに当てられ酔いそうになる。しかし、丹精込めて育てられたであろう、それらの花々は実に見事だった。花に興味など全く無い俺ですら目を奪われてしまうほどに。美しいバラを眺めながら温室内を歩いていくと、奥から話し声が聞こえてくる。その一つは聞き覚えのある少女のものだった。
「やっほー! クレハちゃん、ご機嫌いかが?」
「ルーイ様!!? どうして……」
クレハは大きな瞳をこぼれそうなほど見開いて驚いている。元気そうで安心した。しかし、この反応からして今日俺がここに来ることを全く知らなかったようだ。
クレハの隣に寄り添っている金髪の少年……こいつが婚約者の王子様だな。おっと、瞳の色が紫色だ。力の強さからいって当然だが、まさか人間が俺達と同じ色の瞳を有しているなんてな……つくづく規格外な奴だ。
「ルーイ様っ……あの、えっと……」
本当にこの子には何も説明していないんだな……。王子がいるのに普通に姿を現している俺を見て、今更ながらにクレハが焦りだした。状況が分からずテンパってるさまは愉快だけど、スムーズに話をするのにあまりよろしくないな。
「心配すんな、クレハ。王子様には予め俺のことは知らせてある。当初は、お前が家に帰ってから話を聞かせて貰うつもりだったんだけど……クレハの婚約者があまりにも面白そうな奴だったから待ちきれなくなっちゃった」
「面白そうって……。レオンは知っていたのですか?」
クレハは王子の腕を掴みながら顔を覗き込む。どうして黙っていたんだとでも言いたげな表情で……けれど、呼びかけているその声は不安そうに揺れていた。王子はそんなクレハを安心させる為か、彼女の頭を優しい手つきでそっと撫でた。
「うん、大丈夫だよ。あの方の正体……そして君との関わりも最低限は理解してるつもりだ」
腕を掴んでいるクレハの手を降ろさせると、王子は俺の方へ向き直り、ゆっくりと近づいてくる。互いの距離が1メートル程になると、王子は立ち止まり恭しく礼をした。
「初めてお目にかかります。コスタビューテ王国王太子、レオン・メーアレクト・ディセンシアです」
「まぁ、そう畏るな。俺の名はルーイ。メーアレクトから粗方の事情は聞いているようだな」
「はい。知らぬ事とはいえ、身辺を探るような真似をしてしまい申し訳ありません」
例のクレハへのストーキング行為だな。うーん……見た目だけなら、そんな事をするような奴には見えんのだがなぁ……物語にでも登場しそうな綺麗な王子様って感じだ。メーアレクトの話から窺うに、性格の方もなかなかに型破りみたいだから楽しみではあるが……
「それはいい。お前が俺を見つけられたのは、偶然によるところが大きいようだし……そもそも、俺を探っていたわけではないのだしなぁ?」
暗にこちらは全部知っているのだと、したり顔で伝えてやる。すると、レオンは一瞬だけ表情を引きつらせた。クレハの周辺を逐一監視していた事は、本人の前では指摘して欲しくないようだ。当のクレハはというと、話についていけず、きょとんとしている。
「……最初は、彼女の家族に他に力を持っている者がいるのかと思いましたが……人間からは感じた事の無い不思議な気配に戸惑っていたのです。メーアレクト様に話を伺ったものの、こうやって実際にお会いするまでは信じられませんでした。まさか、クレハの近くにメーアレクト様より上位の神がいるなんて……」
「俺はコイツ……クレハにとある借りがあってな。成り行きで時々行動を共にしていた。こちらも人間に存在を察知されるとは思っていなかったから驚いたよ。とにかく、俺は怪しいもんじゃない。クレハに危害を加える事は無いから、そこは認識しておいて欲しい。茶飲み友達のようなものだと思ってくれ」
お前とメーアレクトみたいになと続けて言ってやると、レオンは毒気を抜かれたように目をパチクリとさせた。
「レオン、私に魔法を教えてくださったのはルーイ様なんですよ。私の先生でもあります」
「先生?」
「はい。何も知らなかった私に丁寧に教えてくださいました。今、私が僅かでも魔法が扱えるのは、ルーイ先生のおかげです」
「そうそう。お前も今後は、俺のことを気軽にルーイ先生と呼べ」
「ルーイせん……せい?」
「おう! そんなに気を張る必要はないぞ。今日俺がここに来たのだって、言ってしまえば唯の好奇心だからな」
「……メーアレクト様からも心配するなと言われていましたが……万が一、クレハとの婚約を反対されたらどうしようかと……。神相手にどう対抗すべきか、気を揉んでいたのですよ」
「ははっ、俺はそこまでお節介じゃないよ。クレハ本人が嫌がっていないものを、俺がとやかく言う理由は無いからな」
先程までの張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。メーアレクトから俺の正体を聞いていたにも関わらず、今の今まで物怖じもせず一切警戒を解かず対峙していたのだから大したものだ。歳は確か10だったか……
「それでは、ルーイ先生……ひとつだけ……お聞きしておきたい事があるのですが、よろしいですか?」
「うん、なんだ?」
『キミのお仕置き期間は、まだ終わっていないはずだけど……どうして外に出ているのかな?』
「!!!!?」
とっさに目の前の少年から距離を取った。全身の毛が逆立つような、ぞわりとした感覚に襲われる。
「ルーイ様!?」
「クレハ!! ここから離っ……」
離れろと叫ぼうとした声は、途中で飲み込んでしまった。クレハは俺の名を呼んだ時の体勢のまま静止している。瞬きも呼吸さえも行わない……まるで彫像のようだ。もちろん自らの意志でそうなっているのではない……クレハのこの状態は、俺にとって既視感があり過ぎるものだった。それは、自分も得意とする魔法の1つで……時を操るもの。クレハは……いや、クレハだけではない。周囲を見渡すと、俺を除外した全ての物の時間が止められている。恐らく、目の前の少年の手によって。
『うーん……寝起きだからかな。ちょっとぼんやりするな』
突然豹変したレオン王子。違う……これはレオンじゃない。レオンの姿をしたそれは、組んだ両手を頭上に上げ、伸びをしながら欠伸をしている。そして、俺の方へ細めた瞳を向けてニヤリと笑った。
『キミに会うのは300年振りだね。でも、勝手に出てきちゃ駄目だろう。悪い子だねぇ……ルーイ?』
このねっとりとした、いやらしい話し方は……
「お上……いや、リフィニティ様。お久しぶりです」
俺は微かに震える唇で、当分の間会うことは無いと思っていた、上司の名を口にした。
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