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55話 前日
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リオラド神殿から戻って来てからレオンが変だ。この前の不安げで、泣きそうだった感じとも違う。私の顔をじっと眺めては、何か言いたそうにしているのに、すぐに目を逸らしてしまう。家に帰る相談をしようと思っていたのだけど……そんな雰囲気じゃないなぁ。
ジェフェリーさんにはプレゼントを頂いたその日のうちに、手紙を書いて届けて貰った。でも……やっぱり直接会って感謝の気持ちを伝えたかったな。
レオンは午前のお勉強が終わると、用事が無い限りはずっと私の側にいてくれる。一緒に訓練場で鍛錬したり、中庭を散歩したり……のんびりお喋りをしたりなど。今はリズから貰った本について話しをしていた。2人がけのソファに並んで座りながら……彼がやたらと密着してくるのには、流石にもう慣れた。しかし、レオンはどこか上の空で、呼びかけたら応えてはくれるけれど、心ここに在らずといった様子だ。
「レオン……どうかしたんですか?」
「えっ? ああ……ごめん。ちょっと考え事をしてて」
彼はすまなそうに眉尻を下げ、私の頬に触れる。その手が輪郭をなぞるように顎へ向い、まるで仔猫をあやすかのように喉元を擽る。
「ふふっ、くすぐったいです」
「……クレハ、明日俺に付き合ってくれないかな? 君に会わせたい人がいるんだ」
「会わせたい人……」
「そう、ちょっと特殊な事情のある方でね。俺とクレハのふたりだけで……場所は、俺達が初めて会った庭園の温室で」
私とレオンだけ……それもあの温室で? 後で聞いたのだが、あの温室は王族の……ディセンシア家の人間以外は立ち入り禁止だったのだそうだ。例外として数人の庭師だけが入室を許可されてはいるけれど、手入れの間の1日数時間だけ……
以前、温室内で私が倒れた時は非常事態ということで特別だっだが、本来ならセドリックさんも入れないらしい。そんな場所にずかずかと侵入してしまったのかと冷や汗をかいたけれど、特に罰を受けることはなかった。レオンが予めジェラール陛下に、私が温室に立ち入る許可を取っていてくれたおかげだった。それを聞いてほっと胸を撫で下ろす。俺が中へ入ってくるように誘導してたんだから、怒られるわけないだろとレオンは笑っていた。
「その人について色々考えていたら、没頭しちゃってね。緊張しているのかな……俺は初めて会うから」
「レオンも緊張するんですか」
「そりゃ、するよ。俺だって緊張くらい……」
私と2歳しか変わらないのに、レオンはいつも堂々としていて立派だ。生まれながらの王子様である彼とは立場が違うので、比べるのが間違っているのだけども……。そんなレオンが緊張する相手とは、どんな方なんだろう。
「大切なお客様なんですね……」
「うん、そうだね……。だからもし、俺が上手くお相手できなくて困ったら、クレハに助けて貰おうかな」
「私に!?」
何を言ってるんだ、この人は……レオンが無理なことを私ができるわけないじゃないか。ただでさえ自分は対人能力が低いというのに……。最悪、お客様を怒らせてしまうかもしれないのだ。幼馴染のカミル相手ですら、知らず知らずに怒らせてしまった記憶が、私の心に重くのしかかっている。レオンの無茶振りに、私は開いた口が塞がらない。
「凄い顔してる。俺そんなに驚くような事言ったかな」
「私のせいで、その方が気分を害されてしまうかもしれませんよ……」
「そんなことないよ。クレハは挨拶だって上手にできてたって、母上も褒めてたんだから」
「それは……事前にたくさん練習したからで……。私にはフィオナ姉様みたいにはできません」
段々と愚痴のようになっていく……こんなこと言いたくないのに。
「誰だって不得手なこと、やりたくないことは沢山あるよ。俺だってそう。好きな事だけやれたらいいのにって思うけど、そう都合良くはいかないんだよね。苦手でも頑張って練習しているクレハは偉いよ」
「時々サボって逃げ出しちゃいますよ?」
「息抜きも必要」
レオンはいたずらっぽく笑う。もしかして、彼も逃げたことがあるのかな。
「どうしても周りと比べてしまうかもだけど、自分のペースでゆっくりやればいいんだよ。クレハはクレハのままでいて良いんだ……俺は、そのままの君が大好きだからね」
またそんな恥ずかしい台詞を……でも、どうしてだろう……悲しくもないのに何故だか涙が出そうだ。レオンの顔を見ていると、ますます緩む涙腺をどうにかしたくて、私は俯いて視線を逸らした。けれど、そのせいで目の縁に溜まっていた涙が、ポロポロと膝の上に落ちていく。
レオンは私の頭を自身の胸元に引き寄せた。泣いているのにはとっくに気付かれている。彼の胸におでこをくっ付けて、軽く体重をかけた。すると、ふわりと良い香りがした。優しくてとても安心する……レオンの匂い。
「明日会うお客様に……お出しするお茶とお菓子は、何がいいと思う?」
「お菓子?」
「甘い物がお好きらしいんだよ。セドリックに頼んで、最高に美味しいのを作って貰うから、今から準備しておかないとね」
「……フルーツタルト」
「それってクレハが食べたいものなんじゃない?」
「バレちゃいました」
「いいね、タルト。今の時期は何の果物が美味しいだろうね」
「チェリーとかブドウとか……あと桃も! この前『とまり木』で頂いたゼリー、とっても美味しかったです」
泣いていた顔を上げて、興奮気味にレオンに詰めよった。食べ物の話題になった途端に元気になる自分は単純だと思う。レオンは私の濡れた目元を指先で優しく拭いながら、話を聞いてくれた。
「クレハが選んだものなら、きっと気に入って下さるよ」
「セドリックさんが作ったものなら、ですよ」
「もちろん、あいつの腕が良いのは分かってる。その上で、クレハのおすすめなら間違いないってこと」
さっきからレオンは、やたらと私がお客様を上手におもてなしできるかのように言うな。同じ甘い物好きだから、気が合うと思っているのだろうか。
王族しか入ることのできない特別な場所……レオンは人目を避けたい時に、あの温室を利用しているみたいだ。お客様の方にも、色々と事情がお有りのようだけれど……
レオンが失敗するなんて思えないが、万が一に備えて私もご挨拶の練習をしておくことにしよう。
ジェフェリーさんにはプレゼントを頂いたその日のうちに、手紙を書いて届けて貰った。でも……やっぱり直接会って感謝の気持ちを伝えたかったな。
レオンは午前のお勉強が終わると、用事が無い限りはずっと私の側にいてくれる。一緒に訓練場で鍛錬したり、中庭を散歩したり……のんびりお喋りをしたりなど。今はリズから貰った本について話しをしていた。2人がけのソファに並んで座りながら……彼がやたらと密着してくるのには、流石にもう慣れた。しかし、レオンはどこか上の空で、呼びかけたら応えてはくれるけれど、心ここに在らずといった様子だ。
「レオン……どうかしたんですか?」
「えっ? ああ……ごめん。ちょっと考え事をしてて」
彼はすまなそうに眉尻を下げ、私の頬に触れる。その手が輪郭をなぞるように顎へ向い、まるで仔猫をあやすかのように喉元を擽る。
「ふふっ、くすぐったいです」
「……クレハ、明日俺に付き合ってくれないかな? 君に会わせたい人がいるんだ」
「会わせたい人……」
「そう、ちょっと特殊な事情のある方でね。俺とクレハのふたりだけで……場所は、俺達が初めて会った庭園の温室で」
私とレオンだけ……それもあの温室で? 後で聞いたのだが、あの温室は王族の……ディセンシア家の人間以外は立ち入り禁止だったのだそうだ。例外として数人の庭師だけが入室を許可されてはいるけれど、手入れの間の1日数時間だけ……
以前、温室内で私が倒れた時は非常事態ということで特別だっだが、本来ならセドリックさんも入れないらしい。そんな場所にずかずかと侵入してしまったのかと冷や汗をかいたけれど、特に罰を受けることはなかった。レオンが予めジェラール陛下に、私が温室に立ち入る許可を取っていてくれたおかげだった。それを聞いてほっと胸を撫で下ろす。俺が中へ入ってくるように誘導してたんだから、怒られるわけないだろとレオンは笑っていた。
「その人について色々考えていたら、没頭しちゃってね。緊張しているのかな……俺は初めて会うから」
「レオンも緊張するんですか」
「そりゃ、するよ。俺だって緊張くらい……」
私と2歳しか変わらないのに、レオンはいつも堂々としていて立派だ。生まれながらの王子様である彼とは立場が違うので、比べるのが間違っているのだけども……。そんなレオンが緊張する相手とは、どんな方なんだろう。
「大切なお客様なんですね……」
「うん、そうだね……。だからもし、俺が上手くお相手できなくて困ったら、クレハに助けて貰おうかな」
「私に!?」
何を言ってるんだ、この人は……レオンが無理なことを私ができるわけないじゃないか。ただでさえ自分は対人能力が低いというのに……。最悪、お客様を怒らせてしまうかもしれないのだ。幼馴染のカミル相手ですら、知らず知らずに怒らせてしまった記憶が、私の心に重くのしかかっている。レオンの無茶振りに、私は開いた口が塞がらない。
「凄い顔してる。俺そんなに驚くような事言ったかな」
「私のせいで、その方が気分を害されてしまうかもしれませんよ……」
「そんなことないよ。クレハは挨拶だって上手にできてたって、母上も褒めてたんだから」
「それは……事前にたくさん練習したからで……。私にはフィオナ姉様みたいにはできません」
段々と愚痴のようになっていく……こんなこと言いたくないのに。
「誰だって不得手なこと、やりたくないことは沢山あるよ。俺だってそう。好きな事だけやれたらいいのにって思うけど、そう都合良くはいかないんだよね。苦手でも頑張って練習しているクレハは偉いよ」
「時々サボって逃げ出しちゃいますよ?」
「息抜きも必要」
レオンはいたずらっぽく笑う。もしかして、彼も逃げたことがあるのかな。
「どうしても周りと比べてしまうかもだけど、自分のペースでゆっくりやればいいんだよ。クレハはクレハのままでいて良いんだ……俺は、そのままの君が大好きだからね」
またそんな恥ずかしい台詞を……でも、どうしてだろう……悲しくもないのに何故だか涙が出そうだ。レオンの顔を見ていると、ますます緩む涙腺をどうにかしたくて、私は俯いて視線を逸らした。けれど、そのせいで目の縁に溜まっていた涙が、ポロポロと膝の上に落ちていく。
レオンは私の頭を自身の胸元に引き寄せた。泣いているのにはとっくに気付かれている。彼の胸におでこをくっ付けて、軽く体重をかけた。すると、ふわりと良い香りがした。優しくてとても安心する……レオンの匂い。
「明日会うお客様に……お出しするお茶とお菓子は、何がいいと思う?」
「お菓子?」
「甘い物がお好きらしいんだよ。セドリックに頼んで、最高に美味しいのを作って貰うから、今から準備しておかないとね」
「……フルーツタルト」
「それってクレハが食べたいものなんじゃない?」
「バレちゃいました」
「いいね、タルト。今の時期は何の果物が美味しいだろうね」
「チェリーとかブドウとか……あと桃も! この前『とまり木』で頂いたゼリー、とっても美味しかったです」
泣いていた顔を上げて、興奮気味にレオンに詰めよった。食べ物の話題になった途端に元気になる自分は単純だと思う。レオンは私の濡れた目元を指先で優しく拭いながら、話を聞いてくれた。
「クレハが選んだものなら、きっと気に入って下さるよ」
「セドリックさんが作ったものなら、ですよ」
「もちろん、あいつの腕が良いのは分かってる。その上で、クレハのおすすめなら間違いないってこと」
さっきからレオンは、やたらと私がお客様を上手におもてなしできるかのように言うな。同じ甘い物好きだから、気が合うと思っているのだろうか。
王族しか入ることのできない特別な場所……レオンは人目を避けたい時に、あの温室を利用しているみたいだ。お客様の方にも、色々と事情がお有りのようだけれど……
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