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50話 王宮にて(1)
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馬車から降りた後、セドリックさんと私は正門とは別にある使用人達の通用口に向かった。セドリックさんを含め、基本的に皆こちらから出入りしているので、私も外へ出る時などはここを通るように説明される。王宮にはこのような裏口が何箇所もあり、ここはその中でも広くて人の出入りが多いのだそうだ。
「クレハ様にお会いする前に侍女長を紹介しておきますね」
「はい」
セドリックさんが扉に手をかけ、手前に引いた。使用人用の入り口でさえ、大きくて立派なんだなぁ……なんて呑気に考えていると――――
「やあリズ、よく来たね。道中お疲れさん」
「レオン様!」
「殿下!?」
開かれた扉の前にいたのは、なんとレオン殿下。一昨日前にお会いした時と同様に、はっとするほどに綺麗な笑顔を振り撒きながら親しげに話しかけてこられた。
「レ、レオン殿下……!! こっ……こ、こんにちは」
こんにちはって……何その辺の顔見知りに会ったみたいな挨拶をしてるんだ私は……。その上動揺したせいか吃りまくってしまった。しかし、殿下はそんなこと全く気にした様子も無く、あろうことか『こんにちは』と普通に返して下さった。
「こんな所で何をなさってるんですか……レオン様」
「何って……リズの出迎えだけど」
「でっ、出迎え!? 私のですか」
殿下はコクコクと頷いている。そんな……殿下自ら出迎えとは……なんて畏れ多い。
「レオン様……無駄だとは思いますが、一応言わせて頂きます。ご自分のお立場を分かっておいでですか? ここは使用人専用の出入り口です。王族の方が立ち入るような所ではございませんよ」
「まぁ、そう固いこと言うな。クレハが母上に捕まってて暇だったんだよ」
「捕まってる?」
「母上がまたクレハ用に新しい服を買い込んで来てね……自室に連れ込んでは、あれこれ着せて楽しんでるんだよ。本当なら今頃は、俺と一緒に君を待っている予定だったんだけど、母上ときたら……なかなかクレハを離してくれなくてさ。リズが今日王宮へ来る事は承知してるから、そろそろ解放してくれるとは思うんだけど……」
クレハ様は着せ替え人形じゃないと、殿下は不満気だ。けれど私は、クレハ様を着飾りたくなる王妃殿下のお気持ちが分からなくもないので複雑である。ご本人があまり服装に拘りをお持ちでないのが残念だけれども……
「セドリック、これからリズに王宮を案内するんだろ?」
「ええ、あと侍女長に紹介しておこうかと……」
王宮へ向かう馬車の中でセドリックさんから聞いたのだが、侍女長ことロザリー・モランさんは殿下がお生まれる前、更には国王陛下が幼い頃から王宮で働いているベテランで、王宮内のことなら殿下やセドリックさんよりも熟知しているのだそうだ。分からない事があったらまず、ロザリーさんに尋ねたら大抵解決するとまで言われているらしい。
「せっかくだから俺も同行するよ。1人でただ待ってるのもつまらんしな。ロザリーならここへ来る途中に厨房の近くで見かけたから、まずは案内がてら厨房へ向かうか」
「それには及びませんよ、殿下」
殿下の言葉に答えたのは女性の声……。声のした方向へ目を向けると、殿下の後ろに1人の侍女が立っていた。長い黒髪を後頭部の低い位置で、きっちりとまとめたシニヨンヘアー。まるで天井から引っ張られているかのように、背筋はピンと伸びていて一分の隙も無く、厳格な雰囲気を纏わせている。
「ロザリー、来てくれたのか。今こちらから出向こうと思っていた所だ」
「セドリックさんから事前に到着予定を聞いておりましたからね。こちらがクレハ様のご友人のお嬢さんですか?」
この厳しそうな女性がロザリーさん……まるで見定めるかのような、鋭い視線が私の方へ向けられた。ちょっと怖い。しかし、こんな所でつまずくわけにはいかない。
「初めまして、リズ・ラサーニュと申します。今日からお世話になります」
「私はロザリー・モランです。コスタビューテ王宮の侍女達の総括を任されております。どうぞよろしく」
「ロザリー……あまりリズを怖がらすなよ。彼女は俺の要請を受けて来てくれたんだからな。侍女見習いではあるが、今回彼女にして貰う主な仕事はクレハの話し相手だ」
「まぁ殿下、怖がらせるなんて……。私そのようなつもりはありませんよ」
「威圧感あるからな……ロザリーは。リズ、ロザリーは自分にも他人にも厳しいから誤解されやすいが、心根は優しい女性だよ。そしてとても優秀だ。彼女の仕事振りを間近で見ることで、得られる物は多いだろう」
現在ロザリーさんは、侍女達のまとめ役と合わせて王妃殿下の筆頭側仕えもなさっているそうだ。そんな凄い方の仕事を近くで見られるなんて……
「殿下、橋の通行証に続き色々配慮して下さり、ありがとうございます。この機会を将来に存分に生かせるよう、誠心誠意を持って努めさせて頂きます」
「ああ、こちらこそ無理を聞いて貰ってすまないな。そして……ロザリー、顔が笑ってるぞ。見込みありそうな子が来て嬉しいのは分かるが、再三言うようにくれぐれもやり過ぎるなよ」
ちらりとロザリーさんの方を見る。先程と同じように口を真っ直ぐに引き結び、眉間に皺を寄せて険しい表情をしているが……殿下にはこれが笑っているように見えるらしい。
「おっ、そうこうしてる間にクレハの着せ替えが終わったみたいだな。セドリック、俺はクレハを迎えに行って来るからリズの案内は任せて良いか?」
「はい。そこまで時間を取るつもりはありませんから、おふたりはクレハ様のお部屋でお待ち下さい」
「分かった。ロザリーも仕事に戻っていいぞ。リズに色々教えるのは明日からな」
「はい、承知致しました」
殿下は矢継ぎ早にそう言うと、さっさとこの場から走り去ってしまった。一刻も早くクレハ様の所に行きたいのが分かりやす過ぎて何だか可笑しい。でも、どうしてクレハ様の着替えが終わったのが、お分かりになったのだろうか……
「それではリズさん。私達も行きましょうか」
「はい、セドリックさん。ロザリーさん、明日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
ロザリーさんはやはり心中を表に出さないポーカーフェイスのままだ。殿下の言葉が無ければ、嫌われているのではないかと誤解してしまったかもしれない。今の私にはロザリーさんの細かな表情の変化は分からないけれど、これから交流していくうちに分かるようになると良いな。
「クレハ様にお会いする前に侍女長を紹介しておきますね」
「はい」
セドリックさんが扉に手をかけ、手前に引いた。使用人用の入り口でさえ、大きくて立派なんだなぁ……なんて呑気に考えていると――――
「やあリズ、よく来たね。道中お疲れさん」
「レオン様!」
「殿下!?」
開かれた扉の前にいたのは、なんとレオン殿下。一昨日前にお会いした時と同様に、はっとするほどに綺麗な笑顔を振り撒きながら親しげに話しかけてこられた。
「レ、レオン殿下……!! こっ……こ、こんにちは」
こんにちはって……何その辺の顔見知りに会ったみたいな挨拶をしてるんだ私は……。その上動揺したせいか吃りまくってしまった。しかし、殿下はそんなこと全く気にした様子も無く、あろうことか『こんにちは』と普通に返して下さった。
「こんな所で何をなさってるんですか……レオン様」
「何って……リズの出迎えだけど」
「でっ、出迎え!? 私のですか」
殿下はコクコクと頷いている。そんな……殿下自ら出迎えとは……なんて畏れ多い。
「レオン様……無駄だとは思いますが、一応言わせて頂きます。ご自分のお立場を分かっておいでですか? ここは使用人専用の出入り口です。王族の方が立ち入るような所ではございませんよ」
「まぁ、そう固いこと言うな。クレハが母上に捕まってて暇だったんだよ」
「捕まってる?」
「母上がまたクレハ用に新しい服を買い込んで来てね……自室に連れ込んでは、あれこれ着せて楽しんでるんだよ。本当なら今頃は、俺と一緒に君を待っている予定だったんだけど、母上ときたら……なかなかクレハを離してくれなくてさ。リズが今日王宮へ来る事は承知してるから、そろそろ解放してくれるとは思うんだけど……」
クレハ様は着せ替え人形じゃないと、殿下は不満気だ。けれど私は、クレハ様を着飾りたくなる王妃殿下のお気持ちが分からなくもないので複雑である。ご本人があまり服装に拘りをお持ちでないのが残念だけれども……
「セドリック、これからリズに王宮を案内するんだろ?」
「ええ、あと侍女長に紹介しておこうかと……」
王宮へ向かう馬車の中でセドリックさんから聞いたのだが、侍女長ことロザリー・モランさんは殿下がお生まれる前、更には国王陛下が幼い頃から王宮で働いているベテランで、王宮内のことなら殿下やセドリックさんよりも熟知しているのだそうだ。分からない事があったらまず、ロザリーさんに尋ねたら大抵解決するとまで言われているらしい。
「せっかくだから俺も同行するよ。1人でただ待ってるのもつまらんしな。ロザリーならここへ来る途中に厨房の近くで見かけたから、まずは案内がてら厨房へ向かうか」
「それには及びませんよ、殿下」
殿下の言葉に答えたのは女性の声……。声のした方向へ目を向けると、殿下の後ろに1人の侍女が立っていた。長い黒髪を後頭部の低い位置で、きっちりとまとめたシニヨンヘアー。まるで天井から引っ張られているかのように、背筋はピンと伸びていて一分の隙も無く、厳格な雰囲気を纏わせている。
「ロザリー、来てくれたのか。今こちらから出向こうと思っていた所だ」
「セドリックさんから事前に到着予定を聞いておりましたからね。こちらがクレハ様のご友人のお嬢さんですか?」
この厳しそうな女性がロザリーさん……まるで見定めるかのような、鋭い視線が私の方へ向けられた。ちょっと怖い。しかし、こんな所でつまずくわけにはいかない。
「初めまして、リズ・ラサーニュと申します。今日からお世話になります」
「私はロザリー・モランです。コスタビューテ王宮の侍女達の総括を任されております。どうぞよろしく」
「ロザリー……あまりリズを怖がらすなよ。彼女は俺の要請を受けて来てくれたんだからな。侍女見習いではあるが、今回彼女にして貰う主な仕事はクレハの話し相手だ」
「まぁ殿下、怖がらせるなんて……。私そのようなつもりはありませんよ」
「威圧感あるからな……ロザリーは。リズ、ロザリーは自分にも他人にも厳しいから誤解されやすいが、心根は優しい女性だよ。そしてとても優秀だ。彼女の仕事振りを間近で見ることで、得られる物は多いだろう」
現在ロザリーさんは、侍女達のまとめ役と合わせて王妃殿下の筆頭側仕えもなさっているそうだ。そんな凄い方の仕事を近くで見られるなんて……
「殿下、橋の通行証に続き色々配慮して下さり、ありがとうございます。この機会を将来に存分に生かせるよう、誠心誠意を持って努めさせて頂きます」
「ああ、こちらこそ無理を聞いて貰ってすまないな。そして……ロザリー、顔が笑ってるぞ。見込みありそうな子が来て嬉しいのは分かるが、再三言うようにくれぐれもやり過ぎるなよ」
ちらりとロザリーさんの方を見る。先程と同じように口を真っ直ぐに引き結び、眉間に皺を寄せて険しい表情をしているが……殿下にはこれが笑っているように見えるらしい。
「おっ、そうこうしてる間にクレハの着せ替えが終わったみたいだな。セドリック、俺はクレハを迎えに行って来るからリズの案内は任せて良いか?」
「はい。そこまで時間を取るつもりはありませんから、おふたりはクレハ様のお部屋でお待ち下さい」
「分かった。ロザリーも仕事に戻っていいぞ。リズに色々教えるのは明日からな」
「はい、承知致しました」
殿下は矢継ぎ早にそう言うと、さっさとこの場から走り去ってしまった。一刻も早くクレハ様の所に行きたいのが分かりやす過ぎて何だか可笑しい。でも、どうしてクレハ様の着替えが終わったのが、お分かりになったのだろうか……
「それではリズさん。私達も行きましょうか」
「はい、セドリックさん。ロザリーさん、明日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
ロザリーさんはやはり心中を表に出さないポーカーフェイスのままだ。殿下の言葉が無ければ、嫌われているのではないかと誤解してしまったかもしれない。今の私にはロザリーさんの細かな表情の変化は分からないけれど、これから交流していくうちに分かるようになると良いな。
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