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46話 内緒のはなし
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「引き止めてしまって申し訳ありませんでした。アークライト隊長、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ。また明日な」
時刻は18時50分、業務は滞りなく終了した。しかし、帰る直前に部下に捕まってしまい、何やかんやと話をしているうちにすっかり遅くなってしまった。セドリックさんとの約束は20時……王宮から『とまり木』までは馬車で1時間近くかかるから急がなくては。軽く夕食を食べてから行こうと思っていたが、そんな時間は無さそうだな。向こうで何か食べさせて貰おう。俺は足早に馬車小屋へ向かった。
レオン殿下のお目付け役で『とまり木』の隊長であるセドリックさんが経営する同名のカフェは、王都の西側メインストリートに位置する。料理好きの彼が趣味で始めたような店だったのだが、プロに並ぶとも劣らない実力とその端正な容姿のおかげか、若い女性を中心に繁盛している。本人はひっそりこじんまりとやるつもりだったと聞いて笑ってしまった。メインストリートに店を構えていてそれは無理だろう。
俺は王宮に常駐なので、あまり店に行く機会は無いのだが『とまり木』のメンバーが交代で手伝いをしている。良い気分転換にもなるし、セドリックさんの賄いが美味しいのでみんな率先してやりたがるのだそうだ。そして、このカフェがある事でもたらされる恩恵はなかなかの物だったりする。その1つが、今回のように人に聞かれたくない密談をするのに最適なこと。王宮内でもそんな場所は限られているし、周囲に不審に思われず人払いが出来る利点は大きい。
そういえば、殿下がクレハ様と初めてお会いになったのも店だと聞いたな……。甘い物好きで家が近いということもあり、よく店にいらっしゃるのだと。クレハ様を店で見た奴らが自慢してたよなぁ……あの方があまり公の場に出てこない事もあってか、ちょっとした店の名物になっていたらしい。俺は殿下との婚約が正式に決まり、王宮にいらしてからようやくお会いすることができた。クレハ様はアルティナ様と同じ銀色の髪に青い瞳が印象的で、噂通りとても美しいお嬢様だった。しかし、俺はその見た目以上に、中身の方に驚かされたのだけれど……
「そりゃ、あんな子が近くにいたら好きになるよなぁ……」
つい声に出して言ってしまった。ここは店に向かう馬車の中……周りには誰もいないからいいか。昼間のカミル様とクレハ様のやりとりを思い出す。殿下に言わないと約束はしたが、セドリックさんがどうなさるかは分からない。俺個人としては、まだ幼い彼を見守っていくという方向で良いと思う。クライン宰相だって、これ以上婚約に反対する意思は無いようだしな。殿下を下手に焚き付けるのも良くないだろうし、当面は俺たちが気を配っておけば問題無いだろう。できるだけ穏便に済ませたいのだ。
「なんとかギリギリ間に合ったな」
20時5分前……店はすでに閉店しているので裏口に回る。扉を静かに開けて中に入ると、厨房の方から光が漏れていた。微かに漂う良い香りが空腹を更に煽ってくる。物音に気づいたセドリックさんが、厨房から顔を出した。
「お、来たな」
「お疲れ様です。いい匂いですね」
「実は今から夕食なんだ。隊長は……もう済ませてるよな。こっちから時間を指定しておいてすまないが、お茶でも飲みながら少し待っていてくれ」
「いや、俺も夕食はまだでして……良ければご相伴させて頂きたいと……」
「なんだ、そうだったのか。それなら丁度良かった。じゃあ一緒に食べるか」
ひとりだと思っていたから凝ったものじゃないと忠告し、セドリックさんは厨房へ戻る。セドリックさんの料理にハズレなど存在しないので、メニューが何であろうと大歓迎だ。
「それで、俺に話したい事とは何だ?」
食後のワインを煽りながらセドリックさんは問いかける。夕食は魚介のパスタに野菜スープだった。あり合わせの材料で作ったというそれは文句無く絶品で、みんなが料理目当てに店を手伝いたがるのも納得である。空腹が満たされて少しばかり気が抜けていたのを引き締めると、俺はゆっくり口を開いた。
「実は……」
「ある程度予測はついているがな……タイミング的にクレハ様に関する事だろう。俺達がいない間に何があった?」
俺は昼間の出来事を全てセドリックさんへ説明した。殿下に報告をしなかった理由と、俺なりの意見を交えながら……すると、話を聞いたセドリックさんはテーブルに上半身を突っ伏した。
「セドリックさん……!?」
「そっちもかよっ……いや、確かに思い返せば店での態度も……ああ、でもまさか……」
テーブルにうつ伏せになりながらブツブツと呟いている彼に、戸惑いながらも声をかける。するとセドリックさんは、顔だけをこちらへ向け話し始めた。
「クライヴ隊長……クレハ様の滞在が延びている理由は何だと思う?」
「理由ですか? そこは特に気にしていませんでしたが……。殿下とも上手くやっておられますし……殿下が離れ難くなっておられるとかでしょうか?」
「やっぱりそう思うよな。あれだけベタベタしてるレオン様を見ていれば無理もない……。実際、クレハ様の側にいられる事に関しては嬉しいだろうしな」
殿下の希望では無かったというのか……しかし、それが今俺がした話と何の関係があるんだ。セドリックさんは伏せていた頭を上げると、再びワインの入ったグラスに手を伸ばした。ワインを一口飲むと話を続ける。
「今日、レオン様と俺が王宮を離れていたのは、クレハ様の友人であるリズ・ラサーニュに会うためだ」
「確か、クレハ様の側仕えとして来てもらうという話でしたよね」
「ああ。だがそれは表向きの理由……俺たちが彼女に会いに行った本当の目的は、そのクレハ様の滞在が延びている原因を探る為だった」
「えっ、それは……」
おふたりが連れだって直々に会いに行くという事に違和感を感じてはいたが……クレハ様に何が起こっているんだ。
「クライヴ隊長、これから俺が話す事は絶対に誰にも言うな。もちろん、他の『止まり木』の連中にもだ」
「は、はい。承知致しました」
おいおい……何を聞かされるんだよ。眼鏡越しに見えるセドリックさんの細められた鋭い目に怖気付く。重圧に腹がキリキリしてきた。せっかく頂いた夕食が迫り上がってきたらどうしてくれるんだ。
「フィオナ様が!?」
「隊長、声がデカい」
「すっ……すみません。しかし、それは事実なんですか」
「ああ。少なくとも彼女が婚約に反対していて、クレハ様が八つ当たりの対象になっている点は間違いない。繰り返し言うが、絶対に口外するなよ。ジェムラート家はこれについて箝口令をしいている。リズさんは俺たちを信用して話してくれたんだ。俺だって、お前からカミル様の話を聞かなければ言う気は無かった」
まさかフィオナ様が……確かに、プライドは高そうな感じではあったけれども。見た目はキラキラして華やかで、まるで宝石のように美しい方だが、その内面はなかなかに複雑な色をしているようだ。
「そりゃ、レオン様の伴侶選びが満場一致でスムーズに決まるとは思っていなかったよ。誰を選んでも少なからず不満は出る」
娘が候補に上がっていたのに、選ばれなかった家の落胆も相当だろうなぁ。殿下本人の強い希望故、表立って文句を言う奴はいないが、内心どう思っているか分かったもんじゃない。
「でも……フィオナ様とカミル様に関しては言い方は悪くなりますが、子供が騒いでいるだけです。宰相もおっしゃっていましたが、時間が解決してくれるのではないでしょうか」
「俺も今何をどうするってわけではないが……レオン様がな……」
セドリックさんは、俺が昼間の件を殿下に報告しなかったのは英断だと言った。一見普段通りだったが、リズ・ラサーニュからフィオナ様の話を聞いた後から、殿下の様子はおかしかったらしい。その上に、更にカミル様のことまで耳に入っていたら、いよいよ殿下が暴走しかねなかっただろうと……
「レオン様のクレハ様に対する執着は相当なものだ。自分とクレハ様の間を邪魔する人間に、何をするか分からない。彼女の事となると、冷静な判断が下せなくなりそうだしな」
「殿下もその辺がまだ幼いというか何というか……」
そこはセドリックさんを始め、俺たち大人がフォローしていかないといけない所だろう。常であればとても10歳とは思えない思考と強さをお持ちの殿下だが、まだまだ弱い所も多々ある、子供であることを忘れてはならない。
「お前さ……今日1日クレハ様と一緒にいてどう思った?」
「え? どうとは……」
「そのままの意味だよ。あの方の印象……取り繕った言葉じゃなく、お前が感じたまま言ってみろ」
「それは……」
「うん」
「はっきり言って、めちゃくちゃ可愛いと思いましたよね」
「だろう」
「最初は公爵家のお嬢様……しかもあのフィオナ様の妹と聞いて、少し緊張していたんです。けれど、俺たち臣下に対しても丁寧で……色んな物に興味を持って話を聞きたがる様子が、おかしくも可愛くて。特に笑った顔がこれまた……」
「分かった分かった……充分だ。俺もレオン様じゃないが、俺が作った料理を美味しそうに食べてるとこ見ると、ヤバい……天使じゃねって思うからな」
「セドリックさんも大概じゃないですか……」
「はははっ……」
お互い酒が入っているせいか、少し饒舌になってきている。しかし、セドリックさんは軽口を叩きながらもどこか憂いを帯びた表情で呟いた。
「……レオン様、泣いてたんだよ」
「えっ……」
「ここで、初めてクレハ様にお会いした時な……本人もどうして涙が出るのか分かってなかった。とにかく異様な空気だったよ。その後はもうクレハ様しか目に入ってなくて、隠れているのを忘れて何度も側に行こうとしていたな。今思えばそれは……一目惚れというよりは、まるで……」
生き別れの恋人にでも再会したみたいだった……
そんな訳ないんだけどな、とセドリックさんは笑う。でも、俺にも思い当たることがあるので、笑い飛ばすことはできなかった。セドリックさんも俺と同じで、おふたりの間に運命めいたものを感じているのだろうか……
「とにかく俺達が最も優先すべき事は、おふたりの身の安全を守ることだ。お前の言うように現時点で無闇に騒ぎ立てる必要もないが、警戒はしておくに越したことはない」
「はい」
セドリックさんと俺の意見が一致していて良かった。フィオナ様の事は驚いたが、カミル様と同様に今はご両親に任せておくのが最善だろう。ただ、おふたり共クレハ様の身近で関わりの深い方々というのが気掛かりではある。殿下だけではなく、クレハ様への顧慮も怠らないようにしなければ……。明日、セドリックさんが王宮へ連れて来るという、クレハ様のご友人であるリズ・ラサーニュ……彼女がいることで、クレハ様のお心が少しでも休まればいいのだが……
「ああ、お疲れ。また明日な」
時刻は18時50分、業務は滞りなく終了した。しかし、帰る直前に部下に捕まってしまい、何やかんやと話をしているうちにすっかり遅くなってしまった。セドリックさんとの約束は20時……王宮から『とまり木』までは馬車で1時間近くかかるから急がなくては。軽く夕食を食べてから行こうと思っていたが、そんな時間は無さそうだな。向こうで何か食べさせて貰おう。俺は足早に馬車小屋へ向かった。
レオン殿下のお目付け役で『とまり木』の隊長であるセドリックさんが経営する同名のカフェは、王都の西側メインストリートに位置する。料理好きの彼が趣味で始めたような店だったのだが、プロに並ぶとも劣らない実力とその端正な容姿のおかげか、若い女性を中心に繁盛している。本人はひっそりこじんまりとやるつもりだったと聞いて笑ってしまった。メインストリートに店を構えていてそれは無理だろう。
俺は王宮に常駐なので、あまり店に行く機会は無いのだが『とまり木』のメンバーが交代で手伝いをしている。良い気分転換にもなるし、セドリックさんの賄いが美味しいのでみんな率先してやりたがるのだそうだ。そして、このカフェがある事でもたらされる恩恵はなかなかの物だったりする。その1つが、今回のように人に聞かれたくない密談をするのに最適なこと。王宮内でもそんな場所は限られているし、周囲に不審に思われず人払いが出来る利点は大きい。
そういえば、殿下がクレハ様と初めてお会いになったのも店だと聞いたな……。甘い物好きで家が近いということもあり、よく店にいらっしゃるのだと。クレハ様を店で見た奴らが自慢してたよなぁ……あの方があまり公の場に出てこない事もあってか、ちょっとした店の名物になっていたらしい。俺は殿下との婚約が正式に決まり、王宮にいらしてからようやくお会いすることができた。クレハ様はアルティナ様と同じ銀色の髪に青い瞳が印象的で、噂通りとても美しいお嬢様だった。しかし、俺はその見た目以上に、中身の方に驚かされたのだけれど……
「そりゃ、あんな子が近くにいたら好きになるよなぁ……」
つい声に出して言ってしまった。ここは店に向かう馬車の中……周りには誰もいないからいいか。昼間のカミル様とクレハ様のやりとりを思い出す。殿下に言わないと約束はしたが、セドリックさんがどうなさるかは分からない。俺個人としては、まだ幼い彼を見守っていくという方向で良いと思う。クライン宰相だって、これ以上婚約に反対する意思は無いようだしな。殿下を下手に焚き付けるのも良くないだろうし、当面は俺たちが気を配っておけば問題無いだろう。できるだけ穏便に済ませたいのだ。
「なんとかギリギリ間に合ったな」
20時5分前……店はすでに閉店しているので裏口に回る。扉を静かに開けて中に入ると、厨房の方から光が漏れていた。微かに漂う良い香りが空腹を更に煽ってくる。物音に気づいたセドリックさんが、厨房から顔を出した。
「お、来たな」
「お疲れ様です。いい匂いですね」
「実は今から夕食なんだ。隊長は……もう済ませてるよな。こっちから時間を指定しておいてすまないが、お茶でも飲みながら少し待っていてくれ」
「いや、俺も夕食はまだでして……良ければご相伴させて頂きたいと……」
「なんだ、そうだったのか。それなら丁度良かった。じゃあ一緒に食べるか」
ひとりだと思っていたから凝ったものじゃないと忠告し、セドリックさんは厨房へ戻る。セドリックさんの料理にハズレなど存在しないので、メニューが何であろうと大歓迎だ。
「それで、俺に話したい事とは何だ?」
食後のワインを煽りながらセドリックさんは問いかける。夕食は魚介のパスタに野菜スープだった。あり合わせの材料で作ったというそれは文句無く絶品で、みんなが料理目当てに店を手伝いたがるのも納得である。空腹が満たされて少しばかり気が抜けていたのを引き締めると、俺はゆっくり口を開いた。
「実は……」
「ある程度予測はついているがな……タイミング的にクレハ様に関する事だろう。俺達がいない間に何があった?」
俺は昼間の出来事を全てセドリックさんへ説明した。殿下に報告をしなかった理由と、俺なりの意見を交えながら……すると、話を聞いたセドリックさんはテーブルに上半身を突っ伏した。
「セドリックさん……!?」
「そっちもかよっ……いや、確かに思い返せば店での態度も……ああ、でもまさか……」
テーブルにうつ伏せになりながらブツブツと呟いている彼に、戸惑いながらも声をかける。するとセドリックさんは、顔だけをこちらへ向け話し始めた。
「クライヴ隊長……クレハ様の滞在が延びている理由は何だと思う?」
「理由ですか? そこは特に気にしていませんでしたが……。殿下とも上手くやっておられますし……殿下が離れ難くなっておられるとかでしょうか?」
「やっぱりそう思うよな。あれだけベタベタしてるレオン様を見ていれば無理もない……。実際、クレハ様の側にいられる事に関しては嬉しいだろうしな」
殿下の希望では無かったというのか……しかし、それが今俺がした話と何の関係があるんだ。セドリックさんは伏せていた頭を上げると、再びワインの入ったグラスに手を伸ばした。ワインを一口飲むと話を続ける。
「今日、レオン様と俺が王宮を離れていたのは、クレハ様の友人であるリズ・ラサーニュに会うためだ」
「確か、クレハ様の側仕えとして来てもらうという話でしたよね」
「ああ。だがそれは表向きの理由……俺たちが彼女に会いに行った本当の目的は、そのクレハ様の滞在が延びている原因を探る為だった」
「えっ、それは……」
おふたりが連れだって直々に会いに行くという事に違和感を感じてはいたが……クレハ様に何が起こっているんだ。
「クライヴ隊長、これから俺が話す事は絶対に誰にも言うな。もちろん、他の『止まり木』の連中にもだ」
「は、はい。承知致しました」
おいおい……何を聞かされるんだよ。眼鏡越しに見えるセドリックさんの細められた鋭い目に怖気付く。重圧に腹がキリキリしてきた。せっかく頂いた夕食が迫り上がってきたらどうしてくれるんだ。
「フィオナ様が!?」
「隊長、声がデカい」
「すっ……すみません。しかし、それは事実なんですか」
「ああ。少なくとも彼女が婚約に反対していて、クレハ様が八つ当たりの対象になっている点は間違いない。繰り返し言うが、絶対に口外するなよ。ジェムラート家はこれについて箝口令をしいている。リズさんは俺たちを信用して話してくれたんだ。俺だって、お前からカミル様の話を聞かなければ言う気は無かった」
まさかフィオナ様が……確かに、プライドは高そうな感じではあったけれども。見た目はキラキラして華やかで、まるで宝石のように美しい方だが、その内面はなかなかに複雑な色をしているようだ。
「そりゃ、レオン様の伴侶選びが満場一致でスムーズに決まるとは思っていなかったよ。誰を選んでも少なからず不満は出る」
娘が候補に上がっていたのに、選ばれなかった家の落胆も相当だろうなぁ。殿下本人の強い希望故、表立って文句を言う奴はいないが、内心どう思っているか分かったもんじゃない。
「でも……フィオナ様とカミル様に関しては言い方は悪くなりますが、子供が騒いでいるだけです。宰相もおっしゃっていましたが、時間が解決してくれるのではないでしょうか」
「俺も今何をどうするってわけではないが……レオン様がな……」
セドリックさんは、俺が昼間の件を殿下に報告しなかったのは英断だと言った。一見普段通りだったが、リズ・ラサーニュからフィオナ様の話を聞いた後から、殿下の様子はおかしかったらしい。その上に、更にカミル様のことまで耳に入っていたら、いよいよ殿下が暴走しかねなかっただろうと……
「レオン様のクレハ様に対する執着は相当なものだ。自分とクレハ様の間を邪魔する人間に、何をするか分からない。彼女の事となると、冷静な判断が下せなくなりそうだしな」
「殿下もその辺がまだ幼いというか何というか……」
そこはセドリックさんを始め、俺たち大人がフォローしていかないといけない所だろう。常であればとても10歳とは思えない思考と強さをお持ちの殿下だが、まだまだ弱い所も多々ある、子供であることを忘れてはならない。
「お前さ……今日1日クレハ様と一緒にいてどう思った?」
「え? どうとは……」
「そのままの意味だよ。あの方の印象……取り繕った言葉じゃなく、お前が感じたまま言ってみろ」
「それは……」
「うん」
「はっきり言って、めちゃくちゃ可愛いと思いましたよね」
「だろう」
「最初は公爵家のお嬢様……しかもあのフィオナ様の妹と聞いて、少し緊張していたんです。けれど、俺たち臣下に対しても丁寧で……色んな物に興味を持って話を聞きたがる様子が、おかしくも可愛くて。特に笑った顔がこれまた……」
「分かった分かった……充分だ。俺もレオン様じゃないが、俺が作った料理を美味しそうに食べてるとこ見ると、ヤバい……天使じゃねって思うからな」
「セドリックさんも大概じゃないですか……」
「はははっ……」
お互い酒が入っているせいか、少し饒舌になってきている。しかし、セドリックさんは軽口を叩きながらもどこか憂いを帯びた表情で呟いた。
「……レオン様、泣いてたんだよ」
「えっ……」
「ここで、初めてクレハ様にお会いした時な……本人もどうして涙が出るのか分かってなかった。とにかく異様な空気だったよ。その後はもうクレハ様しか目に入ってなくて、隠れているのを忘れて何度も側に行こうとしていたな。今思えばそれは……一目惚れというよりは、まるで……」
生き別れの恋人にでも再会したみたいだった……
そんな訳ないんだけどな、とセドリックさんは笑う。でも、俺にも思い当たることがあるので、笑い飛ばすことはできなかった。セドリックさんも俺と同じで、おふたりの間に運命めいたものを感じているのだろうか……
「とにかく俺達が最も優先すべき事は、おふたりの身の安全を守ることだ。お前の言うように現時点で無闇に騒ぎ立てる必要もないが、警戒はしておくに越したことはない」
「はい」
セドリックさんと俺の意見が一致していて良かった。フィオナ様の事は驚いたが、カミル様と同様に今はご両親に任せておくのが最善だろう。ただ、おふたり共クレハ様の身近で関わりの深い方々というのが気掛かりではある。殿下だけではなく、クレハ様への顧慮も怠らないようにしなければ……。明日、セドリックさんが王宮へ連れて来るという、クレハ様のご友人であるリズ・ラサーニュ……彼女がいることで、クレハ様のお心が少しでも休まればいいのだが……
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