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42話 お留守番(2)

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 フランツおじ様とカミル……ふたりに大切な話があると言われて、王宮に滞在している間、私に充てがわれている客室へと場所を移した。カミルと向かい合うようにソファへ腰を下ろす。改めて彼の顔を見ると、顔色があまり良くなかった。目の下に隈もできている。おじ様とクライヴさんは私達と一緒にソファには座らず、少し離れた場所に並んで立っていた。ボソボソと小声で何やらお話をしている。

「アークライト隊長……君は別に来なくても良かったんだよ?」

「そうはいきません。レオン殿下からクレハ様の側を離れるなとキツく命じられておりますので。……私がいると何か問題でも?」

「そういう訳じゃないけどさ……君、口は堅い方? 今からせがれがする事、殿下には内密にして欲しいんだけど」

「内容によりますが……殿下に対し不利益がこうむる可能性があると判断しましたら承服いたしかねます」

「頭固いなぁ……隊長は」

「そもそも、カミル様はクレハ様に何をなさるつもりなんですか? よりにもよって殿下もセドリックさんも不在の時に……」

「不在だからに決まってるだろう。殿下がいらっしゃる時にできる話ではない。私だって止めたんだよ……なのにアイツ聞きやしないんだから」

「一体何が始まるんです……クレハ様は殿下の大切なお方です。いくら宰相の御子息とはいえ、もし手荒な真似をしたら……」

「アークライト隊長、頼むから私と一緒に静かに見守っててくれないか。これでカミルは気が済むみたいだから。まぁ、アイツの望む結果にはならないだろうけども」

 ここからではおじ様達の会話は聞こえない。きっと、お仕事関連の事だろう。おじ様は天を仰いで溜息をついていた。かなりお疲れみたいだ。忙しいって言ってたし大丈夫かな。カミルも調子が良くなさそうなのに、わざわざ王宮まで訪ねてきて私に話ってなんだろうな。

「カミル、旅行は楽しかった? ルクトの叔母様に会うの1年振りだったもんね。たくさんお話しできた?」

「まあね。それより驚いたよ……僕がルクトへ行っている間にクレハが殿下と婚約してるんだもん」

「あっ……」

 そうか。婚約の知らせを受けたのはカミルがルクトに出発した直後くらいだっけ。あちらと王都では情報の広まる速さに差があるから、カミルは王都に戻って来てから知ったのか。

「父さんから色々聞いたけど、ずいぶん急な話だったみたいだね。クレハも驚いたんじゃないの?」

「うん。凄くびっくりした。だって、私はレオンと会った事無かったし、相手候補になってることも知らなかったから……」

 カミルの表情が変わった。さっきまでの和やかだった空気がピリピリと張り詰め、私の体に寒気が走る。

「呼び捨て……」

「え? ごめん、よく聞こえなかった」

 どうしたんだろう。カミルが怖い。思わず助けを求めるようにクライヴさんとおじ様の方へ振り返る。しかし、ふたり共揃って私からサッと目を逸らした。ちょっと……大人達っ!?

「あのさ……正直に答えて欲しいんだけど、クレハは婚約の事どう思ってるの?」

「どうって……」

「だって、いきなり知らない相手と将来結婚するんだって決められるんだよ。よくある事って言ってしまえばそうだけど、本音は嫌じゃないの?」

 クライヴさんが息を呑んだのが分かった。おじ様は両手で目を覆っている。この2人……さっきから何なんだろ。
 以前セドリックさんにも同じ質問をされた。あの時は嫌ではないと答えた。カミルも言ってるじゃないか。よくある事だと、珍しくもない。

「クレハが嫌ならさ……無理する事ないと思うよ? だって、婚約を決めたのは殿下でしょ。国王陛下でもクレハの両親でもない。いくら陛下が殿下の希望を優先するって言っても、相手が嫌がっているものまで強制はされないんじゃないかなぁ」

 レオンの相手候補は他にもいるし、私の為だったらおじ様もお父様も無効にできるよう働きかけてくれるとカミルは言った。そうなの? おじ様はそんなの今聞いたみたいな驚いた顔してるんだけど……

「カミル様っ! それは……」

「隊長、待て……」

 とうとうクライヴさんが私達の話に割り込もうとする。しかし、おじ様がそれを制止した。クライヴさんは焦りを滲ませた顔で私を見つめている。なんだか大事おおごとになりそうな雰囲気になってきたな。これは滅多なことは言えないと本能的に感じた。大切な話とは私とレオンの婚約についてだったのか。

 別に無理なんてしてないんだけどな……

 レオンにはっきりと言われた。婚約を決めたのはレオン自身だと。理由は私のことが好きだからだって……。彼と初めて会った時のやり取りを思い出してしまい、顔が熱くなる。レオンは婚約を受け入れて欲しいと、私の前で膝をついた。私はそんな彼の申し出を受けて伸ばされた手を取ったのだ……そう、自分の意思で。
 カミルは私が無理矢理婚約を結ばされたのだと思い、心配してくれているのだろう。普段は私をからかったり、時には意地悪なことも言う彼だけれど、本当はとても優しいのだと知っている。カミルを安心させてあげなきゃ。

「ありがとう、カミル。でもね……私、レオンとの婚約嫌ではないの。だから心配しなくても大丈夫だよ」

「……嫌じゃない?」

「うん。そりゃ最初はびっくりしたよ。不安で少し怖かった。でもレオンと会って話をして、そういう気持ちは無くなったの。それに……レオンは私をす、好きだって……言ってくれてるから」

 こんな事自分の口から言うのは照れ臭い。でもとても嬉しかったのだ。レオンは私に真っ直ぐに好意を伝えてくる。言葉でも行動でも、それこそこちらが戸惑ってしまうほど熱烈に。

「何それ……クレハは好きだって言われたら誰でもいいわけ? それとも、クレハも殿下の事好きなの? 名前を呼び捨てるくらい仲良くしてるみたいだし」

「そ、そういう意味じゃ……好きかどうかなんてまだ分からないよ。だって私、レオンに会ったばかりだもん。名前は……レオンがそう呼べって言ったからで……」

 好きなのかと聞かれて俯いてしまった。その質問に答えるにはもうしばらく時間が欲しい。今の時点では彼に対してそういう感情を持つにまでは至っていないと思う。でも……

「でもね、不思議なの。私レオンの側にいるとすごく安心するんだ。レオンが強いからって訳じゃなくて……上手く言えないんだけど、近くにいたいなって思うの」

 会ったばかりの彼に対して、そんな風に思うことを私自身も驚いているのだ。まるで、パズルのピースがはまったかのように妙にしっくりくる。ああ、私のいるべき場所はここなんだなと……

「……いい」

「えっ?」

「もういいよ!!」

 カミルは大声で怒鳴ると、勢いよくソファから立ち上がる。普段は垂れ目がちな彼の瞳がつり上がり、私を睨み付けている。喧嘩をしたことは何度もあるけれど、こんな……酷く憎たらしい物を見るような……カミルのこんな顔初めて見た。

「クレハの馬鹿野郎!!!!」
 
「カミル!!」

 カミルは部屋を出て行ってしまった。唖然とする私と、同じくその場で棒立ち状態になってしまった大人2人を残して……
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