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29話 それぞれの想い(3)避暑
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僕は今非常にイラ立っていた。ルクトへ向かう馬車の中で、もう何度繰り返したか分からない不平不満を並べ立てる。
まず1つ目は、クレハが一緒に来れなくなった事。家庭教師から出された宿題を溜め込んでいた為、ご両親から許しが出なかったのだ。クレハらしいと言えばらしいけど、一緒に行きたかった自分としては落胆するのは無理もないことで。そして2つ目……というかこれが1番のイラつき要因なのだが、何でクレハはいないのにフィオナ様はいるんだよ。
「はぁ……」
大きな溜息がこぼれる。我儘を言って兄達と馬車を別にして貰って良かった。しかし、そのせいで同行する使用人達と同じ馬車に乗る羽目になったのだが……。狭いし乗り心地はあまり良く無いけれど仕方ない。
ルーカス兄さんは父さんが来れないと分かった途端、完全に遊び目的に切り替えたようで、ちゃっかり婚約者を誘っていたのだ。最悪なんだけど……こんな事なら僕も留守番してれば良かった。フィオナ様も何で兄さんの誘い受けちゃったんだよ。ルクトの田舎町なんて興味無い癖に。フィオナ様がクレハのように牛の乳搾りをやりたがるとは到底思えないので、ここは婚約者の顔を立てたという事だろうか。
クレハには申し訳ないけど僕はフィオナ様が苦手だ。なぜかと聞かれると難しいが、一言でいうならいけすかない。生理的に受け付けないのだ。そんなフィオナ様に兄は夢中なので、兄弟でもここまで好みが分かれるものなのかと染み染み思う。まぁ、フィオナ様に良い印象を持たない僕みたいなのが少数派なんだけどね。
個人的な感情を抜きにしたら、フィオナ様はとても綺麗だと思う。立ち振る舞いも気品があって、どこに出しても恥ずかしくない完璧なお嬢様だ。でも僕はそんな素晴らしいフィオナ様よりも勉強嫌いで不器用で、ちょっと意地汚い所もあるけど、素直で明るい妹の方が好きなのだ。そう、僕はクレハの事がずっと……
馬車の窓から外の景色を眺めると、大きな牧場が見える。放牧されている牛がもしゃもしゃと草を食べていた。叔母さんの家まではあと1時間くらいだろう。
ルクトの領地は叔母夫婦が管理している。父は宰相という役職柄、王都から簡単に離れる事ができないためだ。毎年夏の今頃の時期になると、視察と避暑をかねた小旅行をするのが我が家の通例となっている。しかし今年は王宮で何やら問題が起きたのか、父は手が離せないらしく僕と兄2人で行くことになった。詳しくは教えて貰えなかったけど、王太子関連のことだそうだ。
王太子……レオン殿下は僕より2歳ほど上だったと記憶している。会った事はないけど父から噂だけは耳にしていた。眉目秀麗、頭脳明晰、おまけに腕も立つらしい。特に強さにおいては、既に大人が太刀打ちできない程だとか。何だこれ……男版フィオナ様かよ。僕はこのせいで会ったことも無い癖に、王太子殿下に良いイメージが無い。
「殿下もフィオナ様も数少ない家族団欒の機会を邪魔しないで欲しいよね」
その場に当事者がいないのを良い事に、馬車の中で声に出して愚痴った。同じ馬車に乗っている使用人達が一瞬こちらを見たが、僕は涼しい顔で景色を眺め続けた。
「ルーカスにカミル、いらっしゃい! 疲れたでしょう? さあ上がってちょうだい」
あれから1時間ほど馬車に揺られ、夕方の4時頃に叔母夫婦の家に到着した。父の妹であるジゼル叔母さんは、相変わらず陽気で賑やかだ。
「1年見ない間にまた大きくなったわねぇ」
叔母さんは僕をぎゅうぎゅうに抱きしめてくる。ちょっと苦しい。叔父さんの方は叔母さんと違って、あまりお喋りではないけれど『よく来たね』と目尻を下げて優しい表情で出迎えてくれた。
「そして、こちらのお嬢様がルーカスの婚約者のフィオナ様ね? まぁ~、お可愛らしい方だこと……ルーカスの叔母のジゼル・ベレントよ。お会いできて嬉しいわ」
「フィオナ・ジェムラートです。こちらこそ、お世話になります。ベレント夫人」
フィオナ様は極上の笑顔を向ける。周囲にキラキラと花が舞っているようだ。
「まぁー!!」
「叔母さん……」
叔母さんはフィオナ様にあっさりと魅了されてしまった……ついでに隣に突っ立てる兄も赤面している。やってらんねーよ。
「本当は妹のクレハも来る予定だったんだよ。クレハは牧場見るの楽しみにしてたのに……」
「クレハは宿題溜めてたから駄目って言われたんだっけ? 今回は残念だったけど、ルクトは逃げないんだから次の夏に来たらいいさ」
兄さんが僕の会話に乗ってきた。自分から注目を逸らされた為か、フィオナ様があからさまに不機嫌そうな顔で僕を見ている。気付かないフリをして無視を決め込んだ。
「3人共、お話の続きは夕食の時にでも聞かせて頂戴。お部屋に案内するから、それまでゆっくり体を休めてね」
「はい!」
フィオナ様がまたキラキラ笑顔で叔母さんへ振り返る。
「ルーカスの婚約者さんの噂は聞いていたけれど、本当に綺麗で可愛くて、天使みたいなお嬢様ねぇ」
叔母さんがうっとりとした表情で呟く。この打算の無い純粋な賛辞がお気に召したのか、フィオナ様の機嫌は直ったようだ。結構単純だよね……フィオナ様。
客室に案内されると、僕はすぐさまベッドに横になった。合間で何回も休憩を挟んだとはいえ、長時間の馬車旅で体は思っていたよりも疲弊していた。あっという間に深い眠りに落ちる。その後、夕食の時間で呼ばれるまで、ぐっすりと熟睡してしまった。
夕食は料理好きな叔母さんが自ら腕を振るってくれた。食堂へ行くと、良い匂いが鼻をくすぐり食欲を煽る。ビーフシチューにパンにジャガイモのチーズ焼き、きのこのバターソテー。どれもとても美味しそうだ。
「お味は如何かしら? このチーズはうちの領地で生産している原料で作られているの。ミルクも勿論うちの牧場の搾りたてよ。あなた達が来るから叔母さん張り切っちゃった」
「とっても美味しいです。ベレント夫人はお料理がお上手なのですね」
「良かったわぁー! たくさん食べてね。デザートにヨーグルトもあるわ」
フィオナ様が叔母さんの料理を褒めちぎった。僕はフィオナ様が好きじゃないから『外面良いな』と嫌な見方をしてしまう。
「チーズも風味があってまろやかで……流石ルクト産ですわね」
「王都で有名なシャルールってお菓子屋があるだろ? あそことうちは専属契約しててね、使われているバターとかもうちの製品なんだよ」
兄が得意げにフィオナ様へ説明している。人気のため品薄にも関わらず、父さんがシャルールのお菓子を手に入れられるのはそういう背景があった。所謂コネという奴だ。それでも頻繁というわけにはいかないらしいけど……
「シャルールのお菓子なら食べた事ありますわ。レーズンバターサンドが有名なんですよね。私レーズンがあまり得意ではなかったのですが、こちらの物は美味しくてすんなり食べれてしまい驚きました。やはり材料が良いからでしょうね」
嘘つけ……クレハに箱ごと渡してたじゃないか。
「王都だとシャルールの他には『ベアティ』とか『とまり木』とかご贔屓にして貰ってるわね」
とまり木!?
「叔母さん、とまり木って……オルカ通りにあるカフェのとまり木?」
「ええ、そうよ。オードラン将軍の息子さんが経営なさってる……」
「将軍の息子さんってセドリックさんだよね。あの人、レオン殿下の側近なのに町でカフェ開いてるって話本当だったんだ……」
「まぁ、殿下の……」
将軍の息子で殿下の側近だって……?
「趣味が高じてらしいけど、料理の腕はプロ顔負けだそうよ? 私も一度食べてみたいわねぇ」
「フィオナ、王都に帰ったら一緒に行ってみようか」
「ええ、ルーカス様」
「あらあら……仲睦まじくていらっしゃいますこと」
「もう! 叔母さんからかわないでよ」
叔母達が呑気な会話を繰り広げているが、僕は途中から耳に入っていなかった。とまり木でセドリックという店員に会ってから、ずっと僕の心に引っかかっていたものがある。霞がかっていた記憶が鮮明になっていく。
あれは確か半年くらい前の事だ――
『いやー悪いね、セドリック殿。私甘い物に目がないからさぁ……』
『いいえ、クライン宰相。ウチのお菓子を望んで頂けるのは喜ばしいことですから……是非感想も聞かせて下さい』
思い出した……父さんと一緒に王宮へ行った時、僕はあの人に会った。父さんがリクエストしたというお菓子を持ってきてくれたんだ。
『ところで、今日は御子息もご一緒なんですね』
『カミル、こちらはセドリック殿だ。オードラン将軍の息子さんで、この若さで殿下直属の精鋭部隊の隊長をなさっておられるんだぞ』
『セドリック・オードランです。カミル様も良かったらウチのお菓子を食べてみて下さいね』
何で忘れてたんだよ……こんな大事なこと。
どこが初対面だ……ふざけやがって。でも、なぜあの時それを隠す必要があったんだ? その場凌ぎで誤魔化したとしても、後で僕が父さんに確認すれば簡単にバレてしまうのに。そもそも最初は僕にだって普通に名乗っていたじゃないか……
あの場にいたもうひとりの人物の顔が浮かぶ。そうか……知られたくなかったのは僕ではなく――
クレハだ……
あのセドリックという人は自分の正体……殿下の側近である事を、クレハに知られたくなかったのだ。だからあの時、僕が忘れているのを良い事に初対面を貫き通したに違いない。でも、どうしてだ……?
ここにクレハがいればその理由も分かったかもしれないのに……ああっもう! この場に幼馴染がいない事が改めて悔やまれる。
「カミル、どうした? 腹でも痛いのかい」
隣に座っていた叔父が心配そうに声をかけてきた。考え事に没頭して、食事の手が止まっていたらしい。
「ごめん、何でもないよ。ちょっとぼーっとしてただけ」
そう言って食事を再開する。叔母さんの料理はとっても美味しかった。しかし、僕は相変わらず別の事に気を取られていてその余韻に浸ることはできなかった。
まず1つ目は、クレハが一緒に来れなくなった事。家庭教師から出された宿題を溜め込んでいた為、ご両親から許しが出なかったのだ。クレハらしいと言えばらしいけど、一緒に行きたかった自分としては落胆するのは無理もないことで。そして2つ目……というかこれが1番のイラつき要因なのだが、何でクレハはいないのにフィオナ様はいるんだよ。
「はぁ……」
大きな溜息がこぼれる。我儘を言って兄達と馬車を別にして貰って良かった。しかし、そのせいで同行する使用人達と同じ馬車に乗る羽目になったのだが……。狭いし乗り心地はあまり良く無いけれど仕方ない。
ルーカス兄さんは父さんが来れないと分かった途端、完全に遊び目的に切り替えたようで、ちゃっかり婚約者を誘っていたのだ。最悪なんだけど……こんな事なら僕も留守番してれば良かった。フィオナ様も何で兄さんの誘い受けちゃったんだよ。ルクトの田舎町なんて興味無い癖に。フィオナ様がクレハのように牛の乳搾りをやりたがるとは到底思えないので、ここは婚約者の顔を立てたという事だろうか。
クレハには申し訳ないけど僕はフィオナ様が苦手だ。なぜかと聞かれると難しいが、一言でいうならいけすかない。生理的に受け付けないのだ。そんなフィオナ様に兄は夢中なので、兄弟でもここまで好みが分かれるものなのかと染み染み思う。まぁ、フィオナ様に良い印象を持たない僕みたいなのが少数派なんだけどね。
個人的な感情を抜きにしたら、フィオナ様はとても綺麗だと思う。立ち振る舞いも気品があって、どこに出しても恥ずかしくない完璧なお嬢様だ。でも僕はそんな素晴らしいフィオナ様よりも勉強嫌いで不器用で、ちょっと意地汚い所もあるけど、素直で明るい妹の方が好きなのだ。そう、僕はクレハの事がずっと……
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ルクトの領地は叔母夫婦が管理している。父は宰相という役職柄、王都から簡単に離れる事ができないためだ。毎年夏の今頃の時期になると、視察と避暑をかねた小旅行をするのが我が家の通例となっている。しかし今年は王宮で何やら問題が起きたのか、父は手が離せないらしく僕と兄2人で行くことになった。詳しくは教えて貰えなかったけど、王太子関連のことだそうだ。
王太子……レオン殿下は僕より2歳ほど上だったと記憶している。会った事はないけど父から噂だけは耳にしていた。眉目秀麗、頭脳明晰、おまけに腕も立つらしい。特に強さにおいては、既に大人が太刀打ちできない程だとか。何だこれ……男版フィオナ様かよ。僕はこのせいで会ったことも無い癖に、王太子殿下に良いイメージが無い。
「殿下もフィオナ様も数少ない家族団欒の機会を邪魔しないで欲しいよね」
その場に当事者がいないのを良い事に、馬車の中で声に出して愚痴った。同じ馬車に乗っている使用人達が一瞬こちらを見たが、僕は涼しい顔で景色を眺め続けた。
「ルーカスにカミル、いらっしゃい! 疲れたでしょう? さあ上がってちょうだい」
あれから1時間ほど馬車に揺られ、夕方の4時頃に叔母夫婦の家に到着した。父の妹であるジゼル叔母さんは、相変わらず陽気で賑やかだ。
「1年見ない間にまた大きくなったわねぇ」
叔母さんは僕をぎゅうぎゅうに抱きしめてくる。ちょっと苦しい。叔父さんの方は叔母さんと違って、あまりお喋りではないけれど『よく来たね』と目尻を下げて優しい表情で出迎えてくれた。
「そして、こちらのお嬢様がルーカスの婚約者のフィオナ様ね? まぁ~、お可愛らしい方だこと……ルーカスの叔母のジゼル・ベレントよ。お会いできて嬉しいわ」
「フィオナ・ジェムラートです。こちらこそ、お世話になります。ベレント夫人」
フィオナ様は極上の笑顔を向ける。周囲にキラキラと花が舞っているようだ。
「まぁー!!」
「叔母さん……」
叔母さんはフィオナ様にあっさりと魅了されてしまった……ついでに隣に突っ立てる兄も赤面している。やってらんねーよ。
「本当は妹のクレハも来る予定だったんだよ。クレハは牧場見るの楽しみにしてたのに……」
「クレハは宿題溜めてたから駄目って言われたんだっけ? 今回は残念だったけど、ルクトは逃げないんだから次の夏に来たらいいさ」
兄さんが僕の会話に乗ってきた。自分から注目を逸らされた為か、フィオナ様があからさまに不機嫌そうな顔で僕を見ている。気付かないフリをして無視を決め込んだ。
「3人共、お話の続きは夕食の時にでも聞かせて頂戴。お部屋に案内するから、それまでゆっくり体を休めてね」
「はい!」
フィオナ様がまたキラキラ笑顔で叔母さんへ振り返る。
「ルーカスの婚約者さんの噂は聞いていたけれど、本当に綺麗で可愛くて、天使みたいなお嬢様ねぇ」
叔母さんがうっとりとした表情で呟く。この打算の無い純粋な賛辞がお気に召したのか、フィオナ様の機嫌は直ったようだ。結構単純だよね……フィオナ様。
客室に案内されると、僕はすぐさまベッドに横になった。合間で何回も休憩を挟んだとはいえ、長時間の馬車旅で体は思っていたよりも疲弊していた。あっという間に深い眠りに落ちる。その後、夕食の時間で呼ばれるまで、ぐっすりと熟睡してしまった。
夕食は料理好きな叔母さんが自ら腕を振るってくれた。食堂へ行くと、良い匂いが鼻をくすぐり食欲を煽る。ビーフシチューにパンにジャガイモのチーズ焼き、きのこのバターソテー。どれもとても美味しそうだ。
「お味は如何かしら? このチーズはうちの領地で生産している原料で作られているの。ミルクも勿論うちの牧場の搾りたてよ。あなた達が来るから叔母さん張り切っちゃった」
「とっても美味しいです。ベレント夫人はお料理がお上手なのですね」
「良かったわぁー! たくさん食べてね。デザートにヨーグルトもあるわ」
フィオナ様が叔母さんの料理を褒めちぎった。僕はフィオナ様が好きじゃないから『外面良いな』と嫌な見方をしてしまう。
「チーズも風味があってまろやかで……流石ルクト産ですわね」
「王都で有名なシャルールってお菓子屋があるだろ? あそことうちは専属契約しててね、使われているバターとかもうちの製品なんだよ」
兄が得意げにフィオナ様へ説明している。人気のため品薄にも関わらず、父さんがシャルールのお菓子を手に入れられるのはそういう背景があった。所謂コネという奴だ。それでも頻繁というわけにはいかないらしいけど……
「シャルールのお菓子なら食べた事ありますわ。レーズンバターサンドが有名なんですよね。私レーズンがあまり得意ではなかったのですが、こちらの物は美味しくてすんなり食べれてしまい驚きました。やはり材料が良いからでしょうね」
嘘つけ……クレハに箱ごと渡してたじゃないか。
「王都だとシャルールの他には『ベアティ』とか『とまり木』とかご贔屓にして貰ってるわね」
とまり木!?
「叔母さん、とまり木って……オルカ通りにあるカフェのとまり木?」
「ええ、そうよ。オードラン将軍の息子さんが経営なさってる……」
「将軍の息子さんってセドリックさんだよね。あの人、レオン殿下の側近なのに町でカフェ開いてるって話本当だったんだ……」
「まぁ、殿下の……」
将軍の息子で殿下の側近だって……?
「趣味が高じてらしいけど、料理の腕はプロ顔負けだそうよ? 私も一度食べてみたいわねぇ」
「フィオナ、王都に帰ったら一緒に行ってみようか」
「ええ、ルーカス様」
「あらあら……仲睦まじくていらっしゃいますこと」
「もう! 叔母さんからかわないでよ」
叔母達が呑気な会話を繰り広げているが、僕は途中から耳に入っていなかった。とまり木でセドリックという店員に会ってから、ずっと僕の心に引っかかっていたものがある。霞がかっていた記憶が鮮明になっていく。
あれは確か半年くらい前の事だ――
『いやー悪いね、セドリック殿。私甘い物に目がないからさぁ……』
『いいえ、クライン宰相。ウチのお菓子を望んで頂けるのは喜ばしいことですから……是非感想も聞かせて下さい』
思い出した……父さんと一緒に王宮へ行った時、僕はあの人に会った。父さんがリクエストしたというお菓子を持ってきてくれたんだ。
『ところで、今日は御子息もご一緒なんですね』
『カミル、こちらはセドリック殿だ。オードラン将軍の息子さんで、この若さで殿下直属の精鋭部隊の隊長をなさっておられるんだぞ』
『セドリック・オードランです。カミル様も良かったらウチのお菓子を食べてみて下さいね』
何で忘れてたんだよ……こんな大事なこと。
どこが初対面だ……ふざけやがって。でも、なぜあの時それを隠す必要があったんだ? その場凌ぎで誤魔化したとしても、後で僕が父さんに確認すれば簡単にバレてしまうのに。そもそも最初は僕にだって普通に名乗っていたじゃないか……
あの場にいたもうひとりの人物の顔が浮かぶ。そうか……知られたくなかったのは僕ではなく――
クレハだ……
あのセドリックという人は自分の正体……殿下の側近である事を、クレハに知られたくなかったのだ。だからあの時、僕が忘れているのを良い事に初対面を貫き通したに違いない。でも、どうしてだ……?
ここにクレハがいればその理由も分かったかもしれないのに……ああっもう! この場に幼馴染がいない事が改めて悔やまれる。
「カミル、どうした? 腹でも痛いのかい」
隣に座っていた叔父が心配そうに声をかけてきた。考え事に没頭して、食事の手が止まっていたらしい。
「ごめん、何でもないよ。ちょっとぼーっとしてただけ」
そう言って食事を再開する。叔母さんの料理はとっても美味しかった。しかし、僕は相変わらず別の事に気を取られていてその余韻に浸ることはできなかった。
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