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14話 贈り物
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扉に取り付けられたドアベルが、カランカランと軽やかに鳴り響く。時刻は午前10時を回った所で、比較的客入りも少なく空いている時間帯だ。俺はお客様を案内するため入り口に向かう。
「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」
「こんにちは。セドリックさん」
そこにいたのは、銀色の髪に青い瞳をした可愛いらしい少女だった。薄紫色のワンピースがとても良く似合っている。
「こんにちは、クレハ様。お久しぶりです」
「本日のおすすめはこちら、ベイクドチーズケーキです。お飲み物は紅茶をご用意致しました。どうぞ召し上がって下さい」
「美味しそう……! いただきます!!」
本当に幸せそうに食べてくれるなぁ……。作った側の人間として、これほど嬉しい事はない。相変わらずの素直な反応が微笑ましく、頬が緩んだ。
「本日はおひとりなんですか?」
彼女の友人の姿は見当たらない。しかし、店の外にジェムラート家の護衛と見られる人影がいくつか確認できた。一応遠慮しているのか、店内にまで入ってくる様子は無い。
「護衛の方も一緒なんですけれど、外で待っているそうです。今日は『とまり木』のお菓子をお持ち帰りで買いに来たんですよ! 前に頂いたのがとっても美味しかったので、両親や姉にも食べさせてあげたくて」
「そうでしたか……! ありがとうございます。でしたら当店のとっておき、1日限定20個のスペシャルメニューを特別にご用意致しましょう。厳選した材料だけを使って、丁寧に作られたカスタードプリンですよ」
「えっ! 限定スペシャル!? いっ……良いんですか!!」
「もちろん!」
「セドリックさんっ……ありがとうございます!!」
クレハ様は瞳をキラキラさせながら極上の笑顔を披露してくれた。それは、もしここに我が主がいたら悶絶しそうなほどに愛らしかった。そうだ、主といえば……
「ところで、クレハ様」
「はい」
「主からの御礼はそちらに届きましたでしょうか? あの方は自分で手配すると言ったきりで、何も言って下さらないので気になっていたのです」
リズ様とジェフェリー様への御礼の品は、俺も一緒に選んだから把握している。リズ様には花の刺繍が施されたハンカチと小物入れ。庭師であるジェフェリー様には園芸用ハサミ。だが、クレハ様への品は主が自分だけで選ぶと言って聞かなかったため、何を贈ったのか分からずじまいだった。
「はい。先月お手紙と一緒に頂戴致しました。素敵なお品をありがとうございます」
「そうですか、無事にお手元に届いて良かったです。それで、主はクレハ様に何を……?」
すると、彼女はおもむろに、耳を隠していた両サイドの髪をかき上げた。
「こちらのピアスをいただきました。御守りだそうです」
クレハ様の両耳には、シンプルなデザインのピアスが付けられていた……が、俺は自分の目を疑ってしまう。どうしてこんな所に――
「ク、クレハ様! 申し訳ありませんが、そのピアス……近くで見せていただけませんか?」
「えっ? ええ……どうぞー」
彼女はピアスが付けられた耳を、こちらに近付けてくれた。見間違いじゃない。俺はそのピアスを……正確にはそのピアスに装飾されている石を見て絶句した。あの方は……何を考えているんだ!!
「セドリックさん! セドリックさん、どうされたんですか?」
ピアスを凝視したまま無言になってしまった俺を不審に思い、クレハ様が心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫です。どうか、お構いなく……」
「でも……」
「そ、そうだ! クレハ様。今度店に出す予定の新作クッキーがあるんですけれど、味見していただけませんか?」
「えっ? 新作?」
よし……クレハ様の興味がクッキーに移った。かなり強引だが、話題を変える事に成功したようだ。こちらから話を振っておいて失礼な振る舞いではあるが、これ以上あのピアスについて話を続ける気にはなれなかった。主がどんな意図を持ってアレをクレハ様に贈ったのかを考えると、俺は見て見ぬ振りをするしかないのだ。
「ええ、今持って参りますので……あっ! 紅茶のおかわりも淹れましょうね」
俺はそそくさとバックヤードに引っ込む。挙動不審な俺の姿を、クレハ様が呆気にとられたような顔で見つめていた。
その後、クレハ様の話から主と文通まがいの事をしているのも発覚した。なんでも、エリスを介して手紙のやり取りをしているらしい。俺の知らない事実がどんどん出てくる。クレハ様は主の正体を知らない。『ローレンス』の名前を使っている時点で、まだ明かす気はないのだろう。
大きな溜息が漏れた。あの方はどこかこの状況を楽しんでいるようにも見えるが……あのピアス……あれをクレハ様に贈っている事に余裕の無さも伺える。会ってまだ2ヶ月にもならないのに、クレハ様に対する主の執着の強さには、少しばかり寒気を覚えた。
あの話が正式に決まれば、近いうちにおふたりは対面する事になるが……その時、クレハ様はどのような反応をなさるのだろうか。
「じゃあ、私はそろそろお邪魔しますね。ご馳走様でした」
「それでは、お持ち帰り用のケーキを準備致しますね。少々お待ち下さいませ」
クレハ様が時計を見ながら帰り支度を始めた。限定プリンとチーズケーキ、それと何種類かおすすめの商品を選んで包んでいく。どれも自信作なので、気に入って貰えると良いけれど……
「お待たせ致しました。こちらになります」
「ありがとうございます!! セドリックさん。今日頂いたケーキもクッキーも、とっても美味しかったです。また食べにきますね」
「はい、是非。お待ちしております」
彼女はケーキを受け取ると、代金を支払い店を後にした。お代は結構ですよと伝えたのだが、そういうわけにはいかないと、彼女は頑として譲らなかったので仕方なくいただく事にした。
主からクレハ様には好きなだけ食べさせろって言われているのだが……後からどやされやしないだろうか。
「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」
「こんにちは。セドリックさん」
そこにいたのは、銀色の髪に青い瞳をした可愛いらしい少女だった。薄紫色のワンピースがとても良く似合っている。
「こんにちは、クレハ様。お久しぶりです」
「本日のおすすめはこちら、ベイクドチーズケーキです。お飲み物は紅茶をご用意致しました。どうぞ召し上がって下さい」
「美味しそう……! いただきます!!」
本当に幸せそうに食べてくれるなぁ……。作った側の人間として、これほど嬉しい事はない。相変わらずの素直な反応が微笑ましく、頬が緩んだ。
「本日はおひとりなんですか?」
彼女の友人の姿は見当たらない。しかし、店の外にジェムラート家の護衛と見られる人影がいくつか確認できた。一応遠慮しているのか、店内にまで入ってくる様子は無い。
「護衛の方も一緒なんですけれど、外で待っているそうです。今日は『とまり木』のお菓子をお持ち帰りで買いに来たんですよ! 前に頂いたのがとっても美味しかったので、両親や姉にも食べさせてあげたくて」
「そうでしたか……! ありがとうございます。でしたら当店のとっておき、1日限定20個のスペシャルメニューを特別にご用意致しましょう。厳選した材料だけを使って、丁寧に作られたカスタードプリンですよ」
「えっ! 限定スペシャル!? いっ……良いんですか!!」
「もちろん!」
「セドリックさんっ……ありがとうございます!!」
クレハ様は瞳をキラキラさせながら極上の笑顔を披露してくれた。それは、もしここに我が主がいたら悶絶しそうなほどに愛らしかった。そうだ、主といえば……
「ところで、クレハ様」
「はい」
「主からの御礼はそちらに届きましたでしょうか? あの方は自分で手配すると言ったきりで、何も言って下さらないので気になっていたのです」
リズ様とジェフェリー様への御礼の品は、俺も一緒に選んだから把握している。リズ様には花の刺繍が施されたハンカチと小物入れ。庭師であるジェフェリー様には園芸用ハサミ。だが、クレハ様への品は主が自分だけで選ぶと言って聞かなかったため、何を贈ったのか分からずじまいだった。
「はい。先月お手紙と一緒に頂戴致しました。素敵なお品をありがとうございます」
「そうですか、無事にお手元に届いて良かったです。それで、主はクレハ様に何を……?」
すると、彼女はおもむろに、耳を隠していた両サイドの髪をかき上げた。
「こちらのピアスをいただきました。御守りだそうです」
クレハ様の両耳には、シンプルなデザインのピアスが付けられていた……が、俺は自分の目を疑ってしまう。どうしてこんな所に――
「ク、クレハ様! 申し訳ありませんが、そのピアス……近くで見せていただけませんか?」
「えっ? ええ……どうぞー」
彼女はピアスが付けられた耳を、こちらに近付けてくれた。見間違いじゃない。俺はそのピアスを……正確にはそのピアスに装飾されている石を見て絶句した。あの方は……何を考えているんだ!!
「セドリックさん! セドリックさん、どうされたんですか?」
ピアスを凝視したまま無言になってしまった俺を不審に思い、クレハ様が心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫です。どうか、お構いなく……」
「でも……」
「そ、そうだ! クレハ様。今度店に出す予定の新作クッキーがあるんですけれど、味見していただけませんか?」
「えっ? 新作?」
よし……クレハ様の興味がクッキーに移った。かなり強引だが、話題を変える事に成功したようだ。こちらから話を振っておいて失礼な振る舞いではあるが、これ以上あのピアスについて話を続ける気にはなれなかった。主がどんな意図を持ってアレをクレハ様に贈ったのかを考えると、俺は見て見ぬ振りをするしかないのだ。
「ええ、今持って参りますので……あっ! 紅茶のおかわりも淹れましょうね」
俺はそそくさとバックヤードに引っ込む。挙動不審な俺の姿を、クレハ様が呆気にとられたような顔で見つめていた。
その後、クレハ様の話から主と文通まがいの事をしているのも発覚した。なんでも、エリスを介して手紙のやり取りをしているらしい。俺の知らない事実がどんどん出てくる。クレハ様は主の正体を知らない。『ローレンス』の名前を使っている時点で、まだ明かす気はないのだろう。
大きな溜息が漏れた。あの方はどこかこの状況を楽しんでいるようにも見えるが……あのピアス……あれをクレハ様に贈っている事に余裕の無さも伺える。会ってまだ2ヶ月にもならないのに、クレハ様に対する主の執着の強さには、少しばかり寒気を覚えた。
あの話が正式に決まれば、近いうちにおふたりは対面する事になるが……その時、クレハ様はどのような反応をなさるのだろうか。
「じゃあ、私はそろそろお邪魔しますね。ご馳走様でした」
「それでは、お持ち帰り用のケーキを準備致しますね。少々お待ち下さいませ」
クレハ様が時計を見ながら帰り支度を始めた。限定プリンとチーズケーキ、それと何種類かおすすめの商品を選んで包んでいく。どれも自信作なので、気に入って貰えると良いけれど……
「お待たせ致しました。こちらになります」
「ありがとうございます!! セドリックさん。今日頂いたケーキもクッキーも、とっても美味しかったです。また食べにきますね」
「はい、是非。お待ちしております」
彼女はケーキを受け取ると、代金を支払い店を後にした。お代は結構ですよと伝えたのだが、そういうわけにはいかないと、彼女は頑として譲らなかったので仕方なくいただく事にした。
主からクレハ様には好きなだけ食べさせろって言われているのだが……後からどやされやしないだろうか。
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