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11話 とまり木

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「あの、クレハ様。本当に私達だけで行くのですか?」

「ダメかな? この鳥を届けるだけだし……それに西オルカ通りなら、ウチからそんなに遠くないしね」

 ひとりで行くのは心細いが、リズが一緒なら大丈夫だと思ったのだけど……。リズはふたりで町へ繰り出す事に乗り気ではないようだった。赤い鳥は最初に暴れていたのが嘘のように、私の肩の上で大人しくしている。

「やっぱり誰か大人についてきて貰った方が……」

「あれ? クレハお嬢様と、リズちゃん」

「ジェフェリーさん!?」

 屋敷の裏口付近でうろうろしていた私達に、誰かが声をかけてきた。それは庭師のジェフェリーさんだった。

「ジェフェリーさん、今日はお仕事お休みじゃなかったんですか?」

 リズに言われてよく見ると、彼は屋敷で仕事をしている時の作業着ではなく私服姿だった。

「そうだよ。日用品の買い出しに行ったその帰り。途中で良さそうな花の苗を見つけたから、お屋敷の花壇にも植えようと思って持ってきたんだ」

 ほら、とジェフェリーさんは抱えていた紙袋を私達の前に差し出した。中身を覗かせてもらうと、数個の蕾を付けた苗が入っていた。

「わぁ……また楽しみが増えましたね。どんなお花が咲くんでしょうか」

「ところで、クレハお嬢様。さっきから気になっているんですけど……その肩に乗ってる派手な鳥は何なんですか? それに、こんな人気ひとけの無い場所で、おふたりは何をなさってるんです?」









 

「……迷子の鳥を届けるためですか。それでオルカ通りに行こうとしていたと」

 私達から事情を聞いたジェフェリーさんは、顎に手を添えて、考えるような仕草をしながら唸っている。

「お嬢様、俺もリズちゃんと同意見です。女の子ふたりだけで町に行くなんて危ないですよ」

「ええぇ……」

 リズがほら見たことか、という表情をしている。

「最低でも誰か大人に同行して貰って下さい。分かりましたか?」

「…………」

「クレハお嬢様、どうして黙っているんです?」

「ああ……そういえば目の前にいますね。もの凄く素敵な大人が……」

 ぼそりとリズが呟いた。私と考えている事が同じなようだ。

「ジェフェリーさん、お願いがあるんですけど……」









「おふたり共絶対に俺から離れないで下さいね! 迷子になったら大変ですから」

 ジェフェリーさんは私達と手を繋ぎながら、人混みを避けるように通りを進んでいく。西オルカ通りは、王都『エストラント』のメインストリートの1つなので、人も多く賑やかだ。本屋さんに、お花屋さん……向こうにはアイスクリームの屋台がある。気になるお店がたくさんあって目移りしてしまう。しかし、今日の目的は保護した鳥を無事に家に返してあげる事だ。だから我慢我慢……。人が多いので少し心配だったけど、鳥は騒ぐ事も無く、静かに私の肩の上に乗っている。

「ジェフェリーさん、あの……今更なんですけど無理言ってごめんなさい。せっかくのお休みだったのに付き合わせてしまって……」

「ああ、気にしないで下さい。買い出しも終わったし、後は家に帰るだけで暇でしたので。それに、俺もこの鳥の飼い主がどんな人なのか、ちょっと気になりますしね」

「クレハ様! ここですよ、西オルカ通り35番」

 リズが指さしている方向を見ると、そこには一軒のカフェが建っていた。 


 カフェ『とまり木』


 黒と白を基調とした外観は、落ち着いた雰囲気でとても私好みだ。入り口の横にあるメニュー看板には、旬のフルーツを使ったケーキやタルトが可愛いらしいイラスト付きで紹介されている。

「ああ~いいなぁ……美味しそう」

「ありゃ、休業中って書いてありますね」

 ジェフェリーさんが後ろから覗き込んできた。メニューに気を取られていたが、その隣に休業中の看板も出ていたようだ。

「どうします? また出直しますか」

 軽症とはいえ鳥は怪我をしているし、早く安心できる場所に帰してあげたい。店自体は休業でも誰かいるかもしれない。私はダメ元で入り口の扉に手をかけた。

 カラン……

 控え目にドアベルの音が鳴り、扉がゆっくりと奥へ開いた。 

「開いてる……」

「クレハ様!?」

 ジェフェリーさんとリズが心配そうにこちらを見ている。しかし、私はふたりのそんな視線を振り切り、体を半分ほど店の中へ入れ様子を伺う。店内は薄暗く、人の気配は感じられない。でも鍵は開いていたのだから誰かいるはずだ。思い切って店の中へ呼びかけてみることにした。

「すみませーん! どなたか、いらっしゃいませんかー!! すみませーん!」

 
 ガタッ……


 いま微かに物音がした。やっぱり誰かいるようだ。

 ガタン……ガタッ……

 だんだん音が大きく、近くなってくる。

「おっかしーな……休業の看板出し忘れたか……ちょっと! あなたは出ていかないで下さいよ!」

 人の声だ。私達が声のした方向を注視していると、奥から人影が現れる。

 出て来たのは若い男の人だった。歳はジェフェリーさんと同じか、少し上くらいに見える。短く綺麗に整えられた灰色の髪に、明るい茶色の瞳……銀色の華奢な眼鏡をしている。それは、彼の精錬された容姿にとてもよく似合っていた。男性は私達の姿を認めると、困ったような表情をして話しかけてきた。

「申し訳ありません、本日は休業日となっております。こちらのミスで休業の看板を出していなかったようで……」

 彼はこの店の従業員のようだ。私達を休業と知らずに来店した客だと思っている。

「せっかくお越し下さったのに恐縮ですが、日を改めていただけますようお願い致します。こちらは使用期限無しの割引き券です。ご迷惑をおかけしたお詫びとして受け取って下さい」

 男性は本当に申し訳無さそうに、懐からいくつかの紙束を取り出して私達に差し出した。

「ちっ、違うんです!! 休業の看板はちゃんと出てました。私達お客さんじゃありません!」

「えっ? お客様ではない……」

「はい、実はこの子を届けに来たんです。足輪にこちらの住所が書いてありましたので……」

 私の頭の後ろに回り、隠れるように止まっていた鳥を指さす。その途端、彼は今までの落ち着いた様子から打って変わり、大きな声で叫んだ。

「エリス!?」
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