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6話 フラワートーク
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私は今、見回りと共に日課になってきている早朝ランニングをしている最中だ。範囲は家の敷地内なので、距離はたかが知れているけれど……
来るべき未来に備えて、逃げ足も早い方が良いだろうという理由で始めた。もともと体を動かすのは好きだし、庭園のお花を眺めながら走るのも楽しいので継続していけそう。
「ジェフェリーさんが魔法使いかぁ……」
ランニングをしながら花壇の手入れをしているジェフェリーさんを盗み見る。彼はまだウチに来て間もないし、軽い挨拶程度しかしていなかったから、どんな人なのかよく分からない。
黒髪のスラッとした男の人で、前の庭師であるロブさんが自分の代わりができるのはコイツしかいないと連れて来たのが彼だ。最初はお父様もかなり驚いたらしい。
そりゃロブさんのご推薦と聞いたら、同じような年代のいかにも気難しそうな感じの人が来ると思うよね。まさかこんな若い人だとは……。年齢を聞いたらまだ19歳なんだって。でもロブさんのお墨付きなら腕は間違いないだろうと、お父様はあっさりジェフェリーさんを採用したのだった。
魔法のお話聞きたいなぁ……可能なら見せて貰いたい。私も練習したら使えるようになるのだろうか。そんな簡単なものではないと分かってはいるのだけど、もし魔法が使えたら身を守る手段としてかなり有効だ。手数は多いに越したことはない。
もう一度ジェフェリーさんに視線を向けると、先ほどと変わらず熱心に仕事をしている姿が目に入った。花壇には色とりどりの美しい花が咲き乱れている。チューリップにマリーゴールド……どれも大輪で瑞々しい。私はランニングを中断してジェフェリーさんの元へ向かった。
「お仕事ご苦労様です」
「うわぁっ!!」
「ジェフェリーさんっ!?」
私が声をかけると、ジェフェリーさんは大声を上げて尻餅をついてしまった。仕事に熱中するあまり、私が近づいていたのに全く気づかなかったようだ。
「ごめんなさい。驚かせてしまったみたいで……大丈夫ですか?」
「お嬢様……?」
ジェフェリーさんは前髪の隙間から覗く切れ長の瞳を見開いている。お尻に付いた泥を払い落とし、慌てて立ち上がった。
「はっ、はい!! 大丈夫です!」
「ほんとに? おしり痛くありませんか」
「全然っ! なんとも!! 平気ですので、お気遣い無く!!」
ジェフェリーさんの迫るような勢いに押され、私はその場から一歩後退る。
「良かった。急に声をかけてごめんなさい」
「あの……お嬢様、オレに何かご用で?」
「いえ、違うんです。花壇のお花がとっても綺麗だったから……近くで見たいなと思っただけなんですよ」
花に引き寄せられたのだと言うと、ジェフェリーさんは今までとは打って変わり、嬉しそうな表情になった。
「そうでしたか! どうぞどうぞ、ぜひ近くでよく見てやって下さい。今はこちらのチューリップとビオラが見頃ですよ。その隣はネモフィラです。澄んだブルーの小さな花が可愛らしいですよね。こっちのラナンキュラスも蕾が膨らんできているので、明後日くらいには美しい花を咲かせてくれると思います。それとこちらの……」
ジェフェリーさんは丁寧に花の説明をしてくれた。その顔は生き生きとしていて、彼がいかに花が好きなのかが伝わって来る。楽しそうに語っているジェフェリーさんを見ていると、私の方もつられて顔が綻んだ。
「あっ……すみません。オレ、花の事になると、つい調子に乗ってしまって……」
「いいえ。私もお花大好きですから、とても楽しいです。もっとお話聞かせてくれると嬉しいな。あちらに植えてあるのは何という花なんですか?」
「あっ……それはですね――」
その後、ジェフェリーさんと花の話をして大層盛り上がった。その合間で早朝ランニングの事を突っ込まれたのは予想外だったけどね。適当に誤魔化したけど、やっぱり不審がられていたのか……
「あーーっ!!」
「ど、どうしました? お嬢様」
突然大声を上げた私に驚いて、ジェフェリーさんは肩を震わせた。
「10時からアレット先生がいらっしゃるのを忘れていました! 遅刻したらまた叱られてしまいます」
アレット先生とは、私と姉に礼儀作法や社交の場でのマナー等を教えてくれている教育係だ。とても厳しい方で、私はいつも叱られている。
「ジェフェリーさん、ごめんなさい! 私行かないと……お仕事の邪魔をしてすみませんでした」
「いいえっ……とんでもない、楽しかったですよ」
「また、お花の話聞かせて下さいね。それじゃあ失礼致します」
私は慌ただしくその場を後にする。何か忘れているような気がするけど、今はアレット先生の授業に遅れないように急ぐことで頭が一杯だった。
「ただいま戻りました。はぁ、疲れた……」
「お疲れ様です、お嬢様。温かいお茶でもお淹れ致しましょうか?」
くたくたな私を見兼ねて、モニカが気を遣ってくれた。何とかギリギリで授業には間に合った。それは良かったのだけど、髪を振り乱しながら汗だくで室内に飛び込んで来た私は、結局先生に叱られてしまったのだった。
「うん、お願い……します」
「では、すぐに準備致しますね」
モニカが退室しようとするのを横目で追っていると、テーブルの上にチューリップが生けてあるのに気付いた。
「モニカ! このお花どうしたんですか?」
「ああ、これはですね……庭師のジェフェリーさんがお嬢様のお部屋にどうぞって持って来てくださったんですよ。お勉強頑張って下さいだそうです」
「ジェフェリーさんが……後でお礼言わなきゃ……」
疲れた心が綺麗なお花で癒される。彼の心遣いが身に染みた。勉強は苦手だけど、明日も頑張ろうと気合いを入れ直した。
あっ……そういえば、魔法について聞くのをすっかり忘れていた。
来るべき未来に備えて、逃げ足も早い方が良いだろうという理由で始めた。もともと体を動かすのは好きだし、庭園のお花を眺めながら走るのも楽しいので継続していけそう。
「ジェフェリーさんが魔法使いかぁ……」
ランニングをしながら花壇の手入れをしているジェフェリーさんを盗み見る。彼はまだウチに来て間もないし、軽い挨拶程度しかしていなかったから、どんな人なのかよく分からない。
黒髪のスラッとした男の人で、前の庭師であるロブさんが自分の代わりができるのはコイツしかいないと連れて来たのが彼だ。最初はお父様もかなり驚いたらしい。
そりゃロブさんのご推薦と聞いたら、同じような年代のいかにも気難しそうな感じの人が来ると思うよね。まさかこんな若い人だとは……。年齢を聞いたらまだ19歳なんだって。でもロブさんのお墨付きなら腕は間違いないだろうと、お父様はあっさりジェフェリーさんを採用したのだった。
魔法のお話聞きたいなぁ……可能なら見せて貰いたい。私も練習したら使えるようになるのだろうか。そんな簡単なものではないと分かってはいるのだけど、もし魔法が使えたら身を守る手段としてかなり有効だ。手数は多いに越したことはない。
もう一度ジェフェリーさんに視線を向けると、先ほどと変わらず熱心に仕事をしている姿が目に入った。花壇には色とりどりの美しい花が咲き乱れている。チューリップにマリーゴールド……どれも大輪で瑞々しい。私はランニングを中断してジェフェリーさんの元へ向かった。
「お仕事ご苦労様です」
「うわぁっ!!」
「ジェフェリーさんっ!?」
私が声をかけると、ジェフェリーさんは大声を上げて尻餅をついてしまった。仕事に熱中するあまり、私が近づいていたのに全く気づかなかったようだ。
「ごめんなさい。驚かせてしまったみたいで……大丈夫ですか?」
「お嬢様……?」
ジェフェリーさんは前髪の隙間から覗く切れ長の瞳を見開いている。お尻に付いた泥を払い落とし、慌てて立ち上がった。
「はっ、はい!! 大丈夫です!」
「ほんとに? おしり痛くありませんか」
「全然っ! なんとも!! 平気ですので、お気遣い無く!!」
ジェフェリーさんの迫るような勢いに押され、私はその場から一歩後退る。
「良かった。急に声をかけてごめんなさい」
「あの……お嬢様、オレに何かご用で?」
「いえ、違うんです。花壇のお花がとっても綺麗だったから……近くで見たいなと思っただけなんですよ」
花に引き寄せられたのだと言うと、ジェフェリーさんは今までとは打って変わり、嬉しそうな表情になった。
「そうでしたか! どうぞどうぞ、ぜひ近くでよく見てやって下さい。今はこちらのチューリップとビオラが見頃ですよ。その隣はネモフィラです。澄んだブルーの小さな花が可愛らしいですよね。こっちのラナンキュラスも蕾が膨らんできているので、明後日くらいには美しい花を咲かせてくれると思います。それとこちらの……」
ジェフェリーさんは丁寧に花の説明をしてくれた。その顔は生き生きとしていて、彼がいかに花が好きなのかが伝わって来る。楽しそうに語っているジェフェリーさんを見ていると、私の方もつられて顔が綻んだ。
「あっ……すみません。オレ、花の事になると、つい調子に乗ってしまって……」
「いいえ。私もお花大好きですから、とても楽しいです。もっとお話聞かせてくれると嬉しいな。あちらに植えてあるのは何という花なんですか?」
「あっ……それはですね――」
その後、ジェフェリーさんと花の話をして大層盛り上がった。その合間で早朝ランニングの事を突っ込まれたのは予想外だったけどね。適当に誤魔化したけど、やっぱり不審がられていたのか……
「あーーっ!!」
「ど、どうしました? お嬢様」
突然大声を上げた私に驚いて、ジェフェリーさんは肩を震わせた。
「10時からアレット先生がいらっしゃるのを忘れていました! 遅刻したらまた叱られてしまいます」
アレット先生とは、私と姉に礼儀作法や社交の場でのマナー等を教えてくれている教育係だ。とても厳しい方で、私はいつも叱られている。
「ジェフェリーさん、ごめんなさい! 私行かないと……お仕事の邪魔をしてすみませんでした」
「いいえっ……とんでもない、楽しかったですよ」
「また、お花の話聞かせて下さいね。それじゃあ失礼致します」
私は慌ただしくその場を後にする。何か忘れているような気がするけど、今はアレット先生の授業に遅れないように急ぐことで頭が一杯だった。
「ただいま戻りました。はぁ、疲れた……」
「お疲れ様です、お嬢様。温かいお茶でもお淹れ致しましょうか?」
くたくたな私を見兼ねて、モニカが気を遣ってくれた。何とかギリギリで授業には間に合った。それは良かったのだけど、髪を振り乱しながら汗だくで室内に飛び込んで来た私は、結局先生に叱られてしまったのだった。
「うん、お願い……します」
「では、すぐに準備致しますね」
モニカが退室しようとするのを横目で追っていると、テーブルの上にチューリップが生けてあるのに気付いた。
「モニカ! このお花どうしたんですか?」
「ああ、これはですね……庭師のジェフェリーさんがお嬢様のお部屋にどうぞって持って来てくださったんですよ。お勉強頑張って下さいだそうです」
「ジェフェリーさんが……後でお礼言わなきゃ……」
疲れた心が綺麗なお花で癒される。彼の心遣いが身に染みた。勉強は苦手だけど、明日も頑張ろうと気合いを入れ直した。
あっ……そういえば、魔法について聞くのをすっかり忘れていた。
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