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3話 再試行(3)

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「クレハ・ジェムラート、お前は18の誕生日に死亡した」 

 ルーイ様は喋りながら懐に手を差し入れて、ごそごそとまさぐっている。探し物をしているようだ。それはそうと、そんな事さらっと言わないで下さいよ。分かってはいたけれど、断言されるとショックだ。

「やっぱり死んでたんですね……私」

「でも、俺がお前の未来を変えた。正確に言うなら、変えるチャンスを与えたと言うべきかな。おっ! あったあった」

 彼は見つかった探し物を私の目の前に差し出した。

「これは……」

「見覚えあるだろ?」

 彼の手の平には、花の形を模した古いブローチが乗せられていた。私が亡くなった祖母から貰ったものだ。しかし、中央に装飾されていた宝石が無くなっている。

「――っつ!!」

 頭がズキリと痛む。そうだ……あの時、私が襲われた時に宝石は割れてしまったのだった。

「どうして……ルーイ様がこれを?」

「俺はね……このブローチに付いてた石の中に、300年間閉じ込められていたんだよ。お前が石を割ってくれたおかげで、外に出る事ができたんだ。いや~、本当に感謝してる。本来なら後700年は拘束される筈だったんだからな!」

 私の肩をバシバシと叩きながら、ルーイ様は嬉しそうに笑っている。痛い……

「あの、別に私が故意に割ったわけではないのですが……って聞いてないですね」

 宝石が割れたのは偶然で、まさかその中に神様が閉じ込められていたなんて知る由もない。けれどルーイ様は、細かいことは気にするなとばかりに話を続ける。

「久しぶりの娑婆の空気は最高だったね。とにかくすこぶる機嫌が良かった俺は、自由にしてくれた人間の望みを叶えてやろうと思ったわけだ」

 ルーイ様はその場でしゃがみ込むと、私に目線を合わせた。綺麗な紫色の瞳が真っ直ぐに見つめている。そして、緩く弧を描いた口元が開く――

「死にたくない」

 彼がそう呟いた直後、先ほどよりも激しい頭痛に襲われる。頭の中に映像が流れ込んできた。刺された胸の傷……大量の血液……うつ伏せになって倒れている自分……壊れたブローチ……

 怖い、痛い、寒い、苦しい。

 嫌だ……誰か……たすけて…………

 痛む頭を抑えながらうずくまった。様々な感情が一気に溢れ出して、どうにかなってしまいそうだ。ルーイ様はゆっくりと私に向かって手を伸ばした。その手が優しく頬に触れたかと思うと、そのまま親指で目尻を軽く擦る。

「お前の……その強い思いは、俺に届いた……」

 目から生温かい滴がこぼれて、どんどん頬を濡らしていた。張っていた糸がぷつりと切れたように、私はその場で声を上げて泣き崩れた。










「しかし、困った事に俺には死者を生き返らせる力は無かった。怪我ならある程度は治すことができるけど、失われた命を元に戻すことは不可能だ。どうしたものかと悩んだんだが……いい事を思い付いたんだ。クレハ・ジェムラートの死という出来事自体が、起こらないようにしてしまえばいいってな」

 パチン!

 ルーイ様が再度指を鳴らした。

「お嬢様!! 大丈夫ですか!」

 扉の向こうからモニカの声がする。周囲に音が戻った。私は扉越しに彼女へ呼びかける。

「モニカ、大丈夫です! 驚かせてごめんなさい」

「停止させていた時間を再び動かしたんだよ」

「時間を……止めていた……?」

 そんなことが……この人は時間を自由に操れるというの? 時間……ふと、今の自分の姿を思い出す。

「まさか……」

「そう、もう分かったね」

 バンッと大きな音が鳴り、バルコニーに面した窓が勢いよく開いた。外から風がいっきに室内へ流れ込み、目を閉じてしまう。

「10年だ。お前が命を落とした日から、俺は10年時を戻した」

 目を開けると、ルーイ様は部屋の外……バルコニーの手摺りの上に立っていた。私は急いで追いかけ、バルコニーへ出た。彼は太陽を背にしてこちらを見下ろしている。

「運命を変える――なんて、到底容易なことではないけれど、お前の頑張り次第ではもしかしたらって事もあるかもしれない」

「運命を変える……」

「そうだ、クレハ・ジェムラート。助けてくれた礼だ、お前に一度だけリトライさせてやる。死にたくないなら、自分の力で未来を書き換えるんだ」

 彼はそう言うと後ろに振り返り、手摺りから勢いよく空に向かって飛び上がる。

「10年後の君に明るい未来が訪れるよう、精々足掻いてくれたまえ。では、健闘を祈る!」

 パチン!

 ルーイ様が指を鳴らす。次の瞬間、彼の姿は跡形もなく消えてしまった。

「嘘でしょ……子供の時代からやり直せっていうの……」

 バルコニーに取り残された私はその場に座り込み、ルーイ様が消えた後の何もない空間を見つめ続けた。部屋の外で必死に私を呼んでいるモニカの事をすっかり忘れて……
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