魔女狩り聖女ジャンヌ・ダルク サイドストーリー篇

白崎詩葉

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トランクケースを持つ女⑧

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 死ぬかと思った。
 体が丈夫だったから助かった。
 アキセは急いで追いかける。スティーブが指輪を持っているから場所はすぐに分かる。
 たどり着けば、スティーブは屋敷から飛び出した。かなり慌てているが、でもチャンス。
 スティーブが馬車に乗りこもうとしたので、アキセはすぐに転送する。スティーブの背後を取り、背中に手を付ける。魔力を使う。『絶対破れない契約書』と指輪を意識する。体からすり抜けていく。
 これで『絶対破れない契約書』と指輪を取り戻す。
 用済みのなったスティーブの背中を蹴る。
「返してもらうぞ」と見下ろす。
「返すから守ってくれ!」
 スティーブがすがる。
「知るか!後は勝手に!」
 ゴン!
 背後から頭に衝撃を受け、そのまま倒れる。
 顔を上げれば、『絶対破れない契約書』を開け口に挟んでいるトランクケースが月を背後に飛んでいる。
――いつもあのトランクケースが厄介なんだ。
「返せ!」
 アキセが召喚した銃を打ち、結晶化した刃を無数に飛ばす。それでもトランクケースには薄い光に覆われ、ぶつかった刃は粉々になる。
「この!」
 銃を変えようとした時だった。
 右足に何かが当たった。バランスを崩し、足をつく。
「お久しぶりですね」
 女の声。訊いたことがある。覚えている。体が固まって一瞬動かなくなった。
 声をした方に向けば、銃を構え、白いワンピースドレスを着た女がいた。
「げ!」
 女は銃をガトリングに変え、撃ち出す。
 無数に飛んでくる弾。
 アキセは指飾りを召喚し、横一線に切ろうとするが、背後から腕を何かに絡まれる。糸だった。それはトランクケースが口を開いて糸を伸ばしていたからだった。
 これでは引けない。
 目の前に無数の弾が迫ってくる。
 


 相手は魔術で操っている鎧。
 白い炎を周囲に向けただけで浄化され、ただの鎧になった。
 部屋を出れば、何人も倒れていた。死んではいない。気を失っている。これも暗殺者の仕業だろう。
 急いで追いかけるも、暗殺者がガトリングを撃ち出していた。その先にはアキセがいた。無数の弾が向かい、今、土煙に覆われた。
 暗殺者はとても殺意のある目だった。
 あれ。
「何。顔見知り?」
 ジャンヌは暗殺者に近づく。
「ええ。殺したいほどに」
 その発言で察した。アキセの被害者だということを。
 土煙が晴れれば、肉片や血の跡もなく、銃弾の跡しか残ってなかった。
「逃げられましたか・・・」
 暗殺者はがっかりする。
 ガトリングが消える。今度はトランクケースが低い態勢で近づく。落ち込んでいる様子だった。
「逃げたのはいつものことよ。あなたがフォローしてくれたのもよかったよ」
 トランクケースは嬉しそうに開け口を何度も開ける。
「そういえば、スティーブは?」
 周囲を見れば、馬車の近くで倒れている。
 答えるようにトランクケースは開け口を何度も開ける。
「そうね。彼を止めてくれたのね。えらいえらい」
 トランクケースが甘えるイヌのようにすり寄ってくる。開け口から本が出た。しかも『絶対破れない契約書』だった。
「そういえば、彼。この契約書に名前入っているんですよね」と言った途端に『絶対破れない契約書』に刃が貫いた。
 飛んできたのではなく、何もないところから出現した。
 これはアキセの仕業だろう。まだ近くにいたようだ。
 『絶対破れない契約書』からなぜか火花が散り、暗殺者は落としてしまう。火花を散りながら、軽く爆発する。『絶対破れない契約書』は燃えてしまった。
――ちょっと待った。どういう仕組み。
 コルンは異世界の知識も持っているとはいえ、本から火花が出で爆発するとは、理屈が通らないというか。頭が追いつかないというか。なんでもありすぎるというか。
 けど、これでアキセも『絶対破れない契約書』から解放されたということ。
「あら、どういう仕組みでしょうか?」
 不思議そうに暗殺者は言う。
「せっかくの証拠品が。でも、別にありますから十分ですね」
 奥から何かが近づいてくる音がする。人の声もする。
「あとは彼らに任せますか」
 去ろうとするが、「ちょっと待って」と言い、スティーブの顔に一発殴る。



 翌日。
 国中に知らせが届いた。
 大富豪のスティーブは、詐欺罪。誘拐罪。人身売買罪と現行犯逮捕となった。スティーブに関わった者は皆捕まった。被害者となった女性たちは保護したという。
 暗殺者の方は事情を話すといい、待ち合わせのカフェで個室を借りることになった。
「十分に証拠はありますし、国の方で取り締まるでしょう。やることやってから後は殺しに行きます。どんな顔をしているのか楽しみです」
 暗殺者は軽く笑ってカップに口をつける。
「あんた。結局なんなのよ」
 それが一番訊きたい。
「申し遅れました」
 カップをテーブルに置く。
「私、暗殺を生業してますシャルロット・コルデーと申します」
 やっと名前を訊き、シャルロットは丁寧に挨拶する。
 その時、トランクケースがシャルロットの横に浮く。
「この子はトランクちゃんです。武器庫でとてもいい子です」
 シャルロットは軽くトランクケースをなでる。嬉しいのか、トランクケースは軽く横に振る。
「やけに自我が強いわね」
「まあ、長く使っていますから、魂が宿っているかもしれません」
「そうなの」
 道具には長く使えば魂は宿ると以前にも訊いていた。その原理だろう。
「私たち一族は依頼を受けて、暗殺をしていました。お金は稼ぐので生活には問題なかったですが、気づいてしまったのです。ただ依頼を受けて仕事することに虚しく感じました。それから仕事にも気が入らなくなり、その時にあの男に会いました」
 そこでアキセが出るのか。
「当時はティムと名乗ってますね。見た目で一目ぼれしました。その時、初めて恋を知り、付き合いました。ですが、一夜を過ごしたあの日。彼がいなくなったのです。探し回りましたら、他の女と過ごしていたんです」
「あ」
 浮気されたということか。
「それから七日七晩追いかけましたが、逃げてしまいました」
 シャルロットは軽くため息を吐く。
 7日間もよく追いかけたな。
「でも不思議と死なないんですよね~爆弾やっても毒ガスやっても。普通なら死ぬはずですけど。私の感覚がぶれそうです」
 手を抜かない。その辺りは嫌いじゃないけど。
 アキセはリリムだから、体が通常より丈夫なんだろう。ジャンヌも困るほどに。
「私、その時に気づいたのです。浮気されたこの気持ち。もしかしたら私以外にも似たことが起きているではないかと。だったらその人たちのためにこの仕事を続けようと思ったんです」
「つまり、浮気専門の暗殺者でことね」
「今回もスティーブの浮気現場を見て、復讐してほしいという依頼でした。調べたら、その男も口説いた女を連れ込んで、一夜過ごして商品にしていたようです。まるで絵に描いたような女の敵です」
 シャルロットはカップに口をつける。
「人に尽くしているのに裏切られる行為はどこ行っても許されないものです。それに悪いことしたら仕打ちを受けなければ、納得いかないものでは」
「それは一理あるわね」
「あと警告しておきます。あの男と付き合わないことですね」
「いや付き合っていないから」
「ならよかったです。私たち気が合いそうですね」
 シャルロットは笑う。
「まあ、あいつのことに関しては」
 ジャンヌもカップに口をつける。
 話が終わり、カフェの外に出る。
「また機会がありましたら、お茶しましょ。それにあの男の暗殺計画ならぜひ参加させてください」とシャルロットはニコっと笑う。
 それは全力でやりたいが、ギャグとなるから殺せないと思う。悔しいけど。
「機会があったらね」
「では」と軽く頭を下げ、シャルロットはトランクケースを持って歩く。
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