偶然出会った少女にお願い事をされたから、受け入れる事にしたら人生が変わった!

小春かぜね

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【R-15】稀子編 第2章

第424話 両親に稀子を紹介する

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「イチ、さっそく俺たちの目の前に不審者という他ねえのが来てるんだが」
「なっ……!? 何なんですかこの人……!? なんでガスマスクつけてるんだ!?」
「イチ先輩、この人ほんとに知り合いじゃないんですよね? 雰囲気的に私たちが捕まえなきゃいけない対象に見えるんですけど……」
「これが不審者なのか……? いや、この青肌は『デーモン』のヒロインにしか見えないのだが……」

 こいつが件の不審者なんだろうか? いやそれにしちゃ堂々すぎる。
 タケナカ先輩が「なんだこいつ」ととても嫌そうだが、もしかしたらファッションセンスが特殊過ぎる人かもしれない。
 相手はこちらと適切な距離を置いてぴたっと止まると。

『フウ……♡ フウ……♡』

 青肌銀髪なデカいお姉さんは(息苦しそうな)熱っぽい息遣いのまま、がばっとコートの前を開いてきた。
 俺たちに提示されたものは――ワーオ、きわどい水着だ。
 職務上仔細は省くが、世の中ぎりぎりを行く布面積がどうにか彼女を変態一歩手前まで押しとどめていた。
 ガスマスクで顔を隠した誰かさんは水着相応のぎりぎりを楽しむように、ヒロインらしい豊かさをこれでもかと見せてるのだが。

「……たった今クラングルの行く末が心配になってきたぞ。こいつ、まさかヒロインじゃねえよな……?」
「なっ、えっ……!? でかっ――じゃなくて、なっなんですかこの人露出狂じゃないですか!?」
「う、うわあ……痴女……!? 絵に描いたような変態ですよこれ!?」

 タケナカチームは頭が痛そうにする坊主頭から恥じらう地味顔、ドン引き地味眼鏡とやり返し方は様々で。

「おい!? なっなんだ貴様そのいかがわしい格好は!? まさかヒロインか!? 何を馬鹿な真似をしているんだ……!?」
「ま、マイクロビキニ……! MGOのイロモノ装備、ちゃんとあったんだ……!?」
「ぎゃー!? ほんとに変態さんスポーンしてるじゃないですか!? しかもあえてこっちくるとかどういう魂胆してるんですかこの人!?」
「…………うわあ」

 ミセルコルディアもお返しは様々だ。
 エルが恥じらいフランが関心、セアリが戸惑いミコがガチ引きである。

「この状況であえて我々の方に向かって来る図太さは関心するが、いや、確かに私はこれから先そのような手合いが来るとは言ったがな……?」

 軍曹も得意げに突き出るR17.99ほどの有様に、呆れとまごつきが混ざってる。
 阿鼻叫喚の手前まで来てるが、ご本人は夜の寒さに負けずこの面々の反応に満足してる……ように見える。
 次第にタケナカと名のつくあたりが「とりあえず通報するか」と総意に持ち出そうとしたものの。

「……あの、寒くない? 大丈夫?」
「ん……風邪ひいちゃうよ?」

 俺からすればだからなんだって話だ。それより寒そうな青肌の方が気になる。
 わん娘と一緒に開放的な姿を気にかければ、ガスマスク顔は少しだけ身を検めて。

『……もごもご』

 潰れた声でマイクロな水着姿を突き出してきた――何言ってるかわかんねえ。
 でもなんだか「私は大丈夫」みたいに振舞ってると感覚ステータスが訴えてる、意思疎通はできるらしい。

「そうか、でもあんまり身を張るのは良くないと思うぞ」
『もごもご』
「いやなに自然体でそいつと接触してんだお前!? ちょうど不審者だぞ!?」
「なんで普通に会話してるのいちクン!? その人どう見ても変態さんだからね!?」

 タケナカ先輩とミコの制止を振り切って接すれば、向こうは冷めた豊満ボディに迷いをもじもじ浮かべてる。
 たぶん外気温に負けたんだろう、コートをそっと閉じて温かそうになった。
 この人は本当に不審者なんだろうか? 素性はともかく、こう律儀に応じるんだから違うんじゃないか?

「すみませんお姉さん、一応お尋ねしますけど最近巷を騒がせてる変質者でしょうか?」

 なので一応本人確認することにした。
 返事は『もごもご』だ、首を横に振りながらだから違うのかもしれない。

「怪しいものじゃないってさ、良かったな」
『もごもご』
「よくあるか!? どういう確かめ方してんだお前は!? そいつと仲良くしようとするんじゃないよ!?」
「この人もこの人でどうしていちクンに律儀に応じてるの!? しかもなんか親し気にしてるよね!?」

 二人分の言及はともかく、青いお姉さんはもごもごし真横に詰めてきた。
 どうやらストレンジャーを介して自らの安全性を主張しにきたらしい。
 ぴったりくっついてフレンドリーだ。つまりこの人は――不審者じゃない?

「この人は不審者じゃなくてただ夜風に当たりたかった人じゃないかなって思う、よって人違いだ」
『もごもご』

 肩を組み返すとガスマスクのお姉さんもそうだそうだと頷いてる、こいつはただのクラングル一般市民だ。

「ほら、本人もそういってるし大丈夫だろ。つまりセーフだ」
「風の当たり方に問題があるんだよそいつは!! 変態相手に縁を結ぶな馬鹿野郎!?」
「なんでその人と意気投合してるんですかイチ先輩!? アウトですよそれ!?」
「それ全身で夜風楽しむタイプですからね!? まるで変人同士意気投合してるみたいですよ!?」
「一体何をやってるんだ貴官は……」
「待て貴様!? そのまま街に解き放とうとするんじゃない! というかそいつはそいつでどうしてそう堂々としてるんだこの人数相手に!?」
「やっぱイチ君すごいよねー……そのコミュ力、団長嫌いじゃないよ」
「関心してる場合じゃないですよフランさん……とりあえず通報した方がいいんじゃないんですかね……」
「またいちクンが変なことしてる……」

 みんなあれこれ言うが、この人は特別悪意をもった存在じゃなさそうだ。
 実際青肌悪魔なお姉さんはくいくいっと人の服を引いてから、ゆっくりと公園のベンチに向かって。

『もごもご……?』

 腰を下ろすと太ももをぺちぺち叩いてきた、相変わらず何言ってるか謎だが。
 どういうことだろう。しかし目に映るのは、薄暗い公園で一息つこうという穏やかなお誘いだ。

「……"どうぞ"ってことか?」

 ついていってから念入りに尋ねてみた。
 ベンチに座った青い肌のいいお姉さんはというと、親し気な座り方で誘ってる。
 数秒いろいろ考えた末、俺の導き出した答えはこうだ。

「じゃあお邪魔します……」

 お言葉に甘えてコート越しの膝枕に頭を預けることにした。
 公園のベンチに同じく腰をかけて、布地に隠れた青肌にそっと身体を倒すと。

『もごもご』

 もっと無遠慮になれとばかりに身体を手繰り寄せられた。
 太ももの柔らかさに首の重さが受け止められると、宿の枕の百倍はいい心地よさが夜空に目を向けさせる。
 青肌の人もマスク越しに夜空を見上げ、何かつぶやいてる――でも何言ってるか分かんねえ。

*A FEW MOMENTS LATER……*

 それから、俺たちは少しの間一緒に空を見上げた。
 月の光に照らされた雲が『テセウス』の世を青く白く着飾っていた。
 彼女がもごつきながら変わった形の雲を指してくると、何か感想を求められたと直感で分かった。
 「ドッグマンみたいだ」というと、青い肌のいい女はまた違う雲を指して何かつぶやく、意味は分からない。

『……もごもご』

 しばらくしないうち、大人しくはっきりと何かを告げられた。
 ちょいちょいと太ももの上で頭を小突かれれば、彼女はガスマスクを通して溜息をついていた。
 名残惜しそうなものだ。そっと起き上がれば、顔の見えないコート姿はぎゅっと手を掴んできて。

『――もごもご』

 何かを押し付けてくる。グローブ越しに感じるのはアーツアーカイブの硬度だ。
 そして横顔にこつっとマスクの感触が当たる――別れのキスだった。

「お前、もう行っちゃうのか……?」

 ほんの少しの間楽しい一時をくれた恩人に、俺はつい気にかけてしまう。
 けれども彼女はもうコートを整えていた。
 裸足で静かに石畳を踏みしめると、振り返ることなく歩き始め。

『……もごごご、もごご』

 そう背中に残して去っていく――やっぱり何言ってるか分かんねえ。
 こうして青い肌のいい女は夜のクラングルに溶け込んでいってしまった。
 引き留める気にはならなかった。だってあの人は満たされたような背中を向けて去っていったのだから。

「また会おうな、友達。風邪ひくんじゃないぞ?」

 寂しいさ……いや、俺は泣いてなんていない。
 クソッ、夜の風が目に染みるだけだ! さよなら俺の友、また会えるよな?

「……みんな、あいつは帰ったよ。もう大丈夫だ」

 夜空を共にした仲が去っていくと、十分に距離を置いてた仲間の元へ戻った。
 その手にはアーツアーカイブを手にして。『ガントレット・ブロック』という【受け流し】のアーツだ。
 大事にするよ、友よ。君が教えてくれた世界の楽しさは忘れはしない。

「俺たちは一体何を見せられてんだよ」
「なんで仲良くなって帰ってくるんですかイチ先輩……」
「しれっとアーツアーカイブ貰って泣きながら帰ってこないでください……」
「……貴官は正気なのか? なんなのだ、これは……」
「あいつもあいつでどうして一緒に夜空を眺めてたんだ!? しかも街の方へ戻ったぞ、これでいいのか貴様ら!?」
「団長、今のキミたちの姿はすっかり撮影しておいたからね……いい話だなー」
「なんでこの人不審者に対してナチュラルに膝枕されてるんですか!? しかも泣いてるし!?」
「い、いちクン……? 泣いてるの……? ていうか、さっきの人なんだったのほんとに……!?」

 みんな通報せずに待ってくれたらしい、ありがとう。
 彼女との出会いをわが心に永遠に、引き続き夜間警備の依頼を続けるとしよう。

「泣かないで、ご主人」
「泣いてない、ただ寒さが目にこたえただけだ。いいか、俺たちの目の前に不審者なんていなかった――いいな?」
「……ホンダ、ハナコ、こいつは確かに強いがあんな風にはなるなよ。畜生、どうしてお前といるといつも変なもん見せられるんだ……」
「タケナカさん、この人いつもこうだから慣れてください……」

 わん娘が犬の手でぽふっと励ましてくれたが、大丈夫だと頭を撫でてやった。
 あれは不審者じゃない、ただの友人さ。
 彼女が歩いたように北へ向かった――【ガントレット・ブロック】を身に刻んで。



「――夜空がきれいだな」
「おい、いつまでさっきの変なやつに引きずられてるんだ貴様。私たちは市からの依頼を受けてるんだからな?」
「変な人だったけどノリはよかったよね……さっきの人、感動的な出会いしてて団長笑っちゃったよ」
「何笑ってるんですかフランさん……まあ匂いは覚えたのでその気になればいつでも捕まえられますよ」
「あの人、絶対ヒロインだよね……青肌に角と尻尾って、デーモンの女の子だと思う……」

 タケナカチームや軍曹と分かれて、俺たちはまた街のつくりを進んでいた。
 星と雲に気を取られてる場合じゃなかった。みんなの注意に視線が水平に戻ると、また違う景色だ。

「……ここって冒険者ギルドの横にある通りだね。昼間と全然雰囲気が違う」

 先行する顔も声もダウナーな愛犬も良く知ってる場所だった。
 クラングルの市場から距離を置いて、冒険者ギルド近くを過ぎる通りだ。

「中央公園とはえらい違いだな、いい意味で静かだ。不審者が出るって前提じゃなかったらの話だけどな」

 「さっき逃しただろうが」とエルの指摘はさておき、ここは【賢人通り】だ。
 都市の象徴とばかりに乱れ立つ時計塔の下で、名前通りに妙な店構えが並んでる。
 錬金術に使う道具を取り扱うお店だの。
 みんなご存じ【フランメリア・サバイバルガイド】も扱う本屋だの。
 『歯車仕掛けの都市直送!』と語る、スチームパンクさながらの品々を売る店舗だの――必要な人は喜ぶ場所である。

「……お店、全部閉じちゃってるけど……それでもやっぱり他の通りとは雰囲気が違うよね、お洒落っていうか、意識が高いっていうか」

 ミコは大人し気な通りをゆっくり見渡してる。
 俺もニクの散歩がてら来ることもあったけど、夜のここは雰囲気が全然違う。
 オレンジの街灯が一日の終わりを静かに告げてるようだ、不審者抜きなら心が休まる場所かもしれない。

「ここって来る人は限られてるよな。金に余裕がある人種っていうかさ……」
「ちなみにぼくのおさんぽルートのひとつ」
「私はせいぜい本を買いにくるぐらいだがな。プレイヤーの発行した書籍には何かと助けられてる」
「そういえばフランメリア・サバイバルガイドの続編がでるって聞いたよ? だいぶここも情勢が変わったから、作者の人が今ネタ仕入れてるんだって」
「二冊目いっちゃうんです、あの何でも書いちゃう黒井ウィル先生……? 流石は『怪文書から実用書まで』をモットーにしてるだけありますね」
「書店にある本って大体あの人の書いた本なんだよね……料理の本も書いちゃうぐらいなんだから、ほんとすごいと思うよ」

*ぴこん*

 六人それぞれの足取りで歩いてる最中だ、PDAに着信が入った。
 全員が「何かあったのか」という顔に切り替わるが、画面を見ればその通りで。

【ヤグチとアオが南の方で妙なやつを捕まえたらしい、また白き民を崇拝するなんとやらだ。今俺たちは北東側にいるが、屋根を飛び回る変なやつを見かけたから気を付けろ】

 タケナカ先輩からだ。面構えの違う同僚がお手柄らしい。

「タケナカからか?」
「ああ、ヤグチとアオが白き民万歳やってるやつを捕まえたってさ。それから屋根飛び回ってる不審者見かけたら注意しろってさ」
「……クラングルはどうなってるんだ、変人が増えすぎじゃないのか」
「商業ギルドのオークのおっちゃんも説明の際に「変人ばっかで街の印象悪くなる」って嘆いてたしな」
「さっきの所業は忘れんからな」
「俺はともかくあの人は変人扱いしないでくれ」
「貴様はいいのか……」

 エルの蜥蜴っぽい瞳にも見せてやった、この街の行く末が心配そうだ。

「白き民を崇めてるって変な話だよねー……何考えてるんだろ、その人たち」
「やっぱり不気味さにひかれちゃう人間は多少なりともいるんじゃないんですかね。セアリさんはごめんですよあんなの」
「……あれって周りに害をなすだけだから、何もいいところはないと思うよ」
「俺もごめんだな、カルトにはろくな思い出がない。なんかやらかしたら喜んで神の元に送ってやるよ」
「いちクン、そういえばそうだったね……」
「どういうことだミコ」
「イチ君なんかあったん? もしかしてカルトとか絡むと複雑になっちゃう話?」
「この言い方だと絶対そう言うのとなんかあった感じですよね……」
「親がカルトでクソだった、んでウェイストランドでもそう言うのと何度か付き合うはめになった。ちなみに人生で潰したカルトの数は二つだ」
「な、なにがあったんだ……イチ?」
「うわあ、すごいこといってるよこの人」
「それは大変ですね……ってなんですか、潰したって」
「え、えーと…………いろいろあったんです……うん。ほんとうに」

 白き民を崇める、なんて話は俺たちも気になる話だ。
 そいつらが何考えてるか知らないが、あんなろくでもないのを信じるってことは集う人間も相応だろう。
 でも経験上、今後そう言うのが絡んできたら――喜んで潰す、笑顔で。

「楽園行きたがってたやつがいたから全員送ってやった。下の方だけどな」
「ん……白狼さまたち、今頃フランメリアで何してるんだろう?」
「スピロスさんと畑でもいじってるんじゃないか? そういえば農業都市ってどういうところなんだろうな」
「ミコ、こいつの言ってることは――いや、聞かない方がいいだろうか」
「なんかすごいことしたのは分かるよ団長……」
「笑顔で言ってますよこの人……」
「ノーコメントです……」

 そばの面々に『教団員総楽園送り』を思い返しながらまた進んだ。
 ああいう手合いがまた出たら105㎜砲弾に時限信管取り付けてご馳走してやる。
 しかしカルトと縁がある人生はまだ続くみたいだ。いいだろう、ストレンジャーがまとめて楽園送りだ。

【――夜風を往き、街を守らんと跋扈する冒険者よ聞くが良い!】

 そんな時だ、この声は――不審者!?
 いきなりの頭上からの呼びかけに、誰もが「出た」って顔になったはずだ。
 まさかと思って顔を上げれば、つい通り過ぎた書店の屋根が視線に当たり。

【そのように勤めようとも私は止められん! ところでスライムの交尾を知っているか!? やつらはなんかぐちょぐちょとしているが何もその通りに営んでいるわけではない!】

 ……なんかいた。
 夜の青白さを背に、シルクハットとタキシードを着た男が怪奇極まりない発言を広めてる。
 その言葉には俺の知らない知識が沢山籠ってた――なんだスライムの交尾って。

「……おい!! なんだあの珍妙な変態は!? あれがそうなのかっ!?」
「ごめん、まさかこういう類の変態が来るとは団長想像してなかった」
「な、なんですかあれ……さっきの露出魔よりやばいのきてませんか?」
「いきなり何言ってるのあの人!?」
【奴らはいわば全身が性器だ! もうその身でくんずほぐれつすっごいが、だからこそ人間のそれよりも長く続けることができる! 萎えることなく何日もかけて愛を紡げるわけだな!】

 ミセリコルディアも引いて当然だ、エルに至ってはもう武器に手をかけてる。

「なあ、あれって不審者……だよな……?」
「ん、スライムの交尾……?」
「いや見れば分かるだろう!? なんだその煮え切らない疑問形は!?」
「さっきの人はとにかくこれはもう立派な罪だと思うよ……」
「とっ捕まえましょうか、あれ」
「どう見ても変態さんだよね……ど、どうするみんな……?」

 散弾銃のフォアエンドに指がゆくも、いろいろ考えて続きを見守ることにした。
 こうして見上げてる先でああやって得意げに語ってるんだ、もしかしたらただの雑学振りまくのが好きなおじさんかもしれない。

【一方で心に不透明さを持ったまま無駄に交尾する人間はどうだ? やることやったらすっきりするし、その身を置く環境によっては愛を向ける相手を裏切って浮気に走るわ寝取って他人の脳を破壊するわとこの世の業をフルコンボしたような罪深さだ! どうだ、いかに人の交尾が罪深いことか! これが君たちの知りたがっていた人類史の真実だ!】

 必要としてる情報かはともかく、タキシードの人は熱が入り始めてる。
 もしかして、だが。別にあれはほっといても大丈夫な類じゃないんだろうか?

「――そうだったのか!?」

 ということでとりあえず乗ってみた。
 するとシルクハットの下でそいつの顔がにやっと得意げになった気がした、意思疎通はできるからヨシ!

「いや、なに相槌を打ってる貴様!?」
「関心してる場合じゃないよねいちクン!?」
「だってただ俺たちに語ってるだけだし、実害ないかなって……適当に聞けば満足して帰るんじゃね?」
「語ってる内容に問題があるんだよねー……!?」
「もう実害ありますからね!? なんでセアリさんたちあんな変な雑学叩き込まれてるんですかこうして!?」

 ミセリコルディアの皆さまは実に難色を示してるが、屋根上の誰かは手ぶり身振りも絶好調だ。

【それに比べたらスライムの交尾って透明感あるから穏やかだ! 奴らは他人が見ても分かりやすいようにメスにオスが背中から圧し掛かって時間をかけて行うぞ! 人間もそんな風に心をクリアにしてたっぷり愛を紡げばいいのにね!】
「――知らなかった! すごいな!」
【ふははははははそうか、よくぞ耳に聞き入れたな少年! ちなみにごくまれにオスとオスで戯れに交尾することもあるそうだぞ! そこは我々人類とそっくりなのだな! 親しみ湧くよね!】
「えっマジ? オス同士でいけるのかあいつら!? すげえ!」
「オス同士でいけるの……?」
「ちょっと待たんか貴様ら!? 急に真顔でどこに食いついてる!?」
「ねえセアリ、どうして団長たちは知りたくもない知識をこうも捻じり込まれてるんだろうね」
「思うんですけどあのですね、いち君がこういうのを引き寄せてる気がするんですけど……」
「いちクン!? 落ち着いて!? あの人調子に乗っちゃってるから!?」

 タキシードとシルクハットの知識豊富なやつは一つ俺を賢くしてくれた――スライムの交尾ってすげー!
 さんざん喋ったその人は、夜の闇の中でやっと満足気に口を止めたものの。

『――よく足止めしてくれましたねミセリコルディアの皆さま! 大人しく捕まりなさい! あなたを【猥褻知識強制罪】で逮捕します!』

 なんてこった、羽をばさっと広げた鎧姿が――衛兵支援組織のやつだ。
 夜空から飛んで現れた【イーリアス】の奴が罪状と共に確保しにきたが。

【来たかイーリアスの! さあ、鬼ごっこの開始だ!】

 知識を授けてくれた誰かは、ものすごい勢いで屋根から屋根へと飛んで逃げた。
 しばらくして裂ぱくの気合を込めた女の子の声が聞こえた点からして、彼は捕まってしまったんだろう。

「ん……ご主人、タキシードの人捕まったみたい」
「捕まったか……惜しい人をなくしたな」
「貴様のせいで私たちの功績みたいになってるぞ……できれば無関係でありたいんだが、あんな変態とは」
「いや捕まっちゃうんかーい……ほんとに変な人増えてるね、クラングル」
「あの、セアリさんたち二時までこんな目合わないといけないんですか? 地獄ですか?」
「知りたくもないこと覚えちゃったよ……」
『やっと捕まったかあの変態!?』
『ミセリコルディアにイチがいるぞ! やってくれたか!』
『何だったんだあのタキシードの変態は!? 私たちにガストホグの逸物がとか言うだけ言いおって!』

 全員で地に落ちたタキード姿を気にしてると、周りから人がやいやい集まってきた。
 トカゲの手足尻尾がついたクラングル市の衛兵たちだ、何を聞かされたのか一様に憤慨してる。
 さようなら物知りなおじさん。あんたの身を張った雑学は忘れない。

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