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男装がしたい妻
しおりを挟む時系列→結婚済。
「ミシェルのその服さー、あたしのサイズない?」
唐突な妻の発言にお茶を淹れてくれていたミシェルの動きが止まった。
「作れなくはありませんが…胸囲やウエストを考えると時間がかかりますよ」
「今度のリュカの商談に間に合う?」
執事服を着ている夫の一人、ミシェルは遂にティーポットを置いた。
「何をしようとされてるんですか?」
「相手ってあの女の旦那でしょ?この前パーティーでリュカのことくっそバカにしてきたあの女の。どうせしゃしゃり出てきてまたリュカに失礼なこと言うんだから不敬罪でしょっぴいてやろうと思って」
あきれた。騎士でもなんでもないミズキが自分のために男装までして相手を不敬罪にしたいのかと。本人は真面目に言っているし、言われたミシェルはとにかく驚いている。ロランはこの離宮の周りを走っている最中、ノアールとジョエルは仕事で先に登城している。
「ミズキに逮捕権はありませんよ」
「いいのいいの。ぐうの音もでないくらい絶望させてやろうと思って。あと旦那もやべえって思ってリュカが有利になるならそれでいいし。ほら、国益のため。よくジョエルが言うでしょ?」
ミズキが頭にきた女を不敬罪に問うことが国益なのかと言えばそうではない。しかしその夫である今回の商談相手とこちらが優位に取引できれば国益になると言えばなる。ミズキがそこまで考えられるはずがないからジョエルかノアールの入れ知恵だろう…ジョエルだ。絶対にジョエルだ。
「メイクはがんばるし、背はシークレットブーツでなんとかする。所作?もミシェルにつきっきりになって覚えるから!ね?いいでしょ?リュカのことバカにしたあの女絶対許さないから」
付きっきりってところでミシェルは落ちた。早い。
「これは城の支給品ですからね…近いサイズのものをルネ様の元に持っていってリメイクしてもらいましょうか」
「いいの!?お化粧男前に見えるようにがんばろうね!ミシェルだーいすきっ」
目の前でぴょんぴょん跳ねる近い将来の妻。
「リュカも好き」
頬に彼女の唇が触れて少し機嫌はよくなった。
「ご主人様って呼べばいい?」
「やめろ…」
「閣下ですよ。殿下のお立場での仕事ではありませんからまずは閣下と呼びましょうね」
「じゃあしばらくはリュカのことは閣下ね!閣下!お茶はいりますか閣下!」
「やめてくれ、あとお茶はいる」
「は~い。ミシェル、お茶いるって」
この調子では無理だろう。
夜になり珍しく全員が揃う食卓ではミズキがミシェルにくっついてちょこちょこ頑張っていた。
「ナイフって外側向けるの?内側向けるの?どっちだっけ?」
「内側ですよ」
「オッケー」
テーブルセッティングは当日には関係ない気がするが、 本人が楽しそうなので誰も何も言わない。服についてだけは先程ノアールが聞いていた。
「ミズキその服どうしたの?」
「メイドさん」
「それってミズキがいた世界の娼婦の格好でしょ?」
「うーん、違うけど違わないっていうか」
「脚出るやつは?フリフリの。あっちのほうがかわいいのに」
「ミニのほう?でもあたし今日からミシェルと一緒に使用人やるから真面目メイド、クラシカルスタイル」
意味がわからない。ただクラシカルであることが真面目?スタンドカラーではあるし肌の露出はないが、胸を強調するようなエプロンにふざけたカーテシー…ミシェルが用意した服だろう。
思えばミズキはミシェルの好みにぴたりと合っている。何かを躾けたいという欲求がミシェルにはある、かなりの部分をジョエルに直されているがそれでもミズキはまだまだだ。小さな部分も自分が教えた、自分の言う通りにしているというのはミシェルにとってたまらない瞬間なのだろう。昔聞いた脚が好きだと言うのも普段は脚の大半を露出してハイヒールを履きこなすミズキは見た目も拙さもすべてがミシェルにとっては理想の女だろう。それはミシェルだけではない、自分も含めた夫5人全員がミズキのことを理想の女性だと思っている。
「閣下、メインはお肉ですか?お魚ですか?あれ?これってあれじゃね?ビーフオアチキン?のやつ!」
「魚」
「先輩、閣下はお魚ですって」
お肉かお魚ですかって聞くくせにビーフオアチキンは肉の種類を聞いているだけだ。多分ミズキは気付いてもいない。そしてなぜかミシェルのことを先輩と呼ぶ。これもミシェルの趣味だろう。
「ちょっと、お尻触るのはセクハラですよ」
「いいじゃないですか。さっきも間違えたでしょう?お仕置きですよ」
楽しそうでなによりだ。
「あたし気付いたんだけど仕事に一緒にいるのにメイドじゃおかしくない?秘書だよ秘書!メイドじゃなかった!」
真面目メイドと名乗っていたミズキのメイド生活は2日ともたなかった。
「秘書?」
「そう、なんかエロい職業なはず」
「男装するんじゃなかったのか?」
「男としてのエロさも出そうと思って。ミシェルとジョエル…うーん、ジョエル感だしていこうと思う!というわけでジョエルのところ行ってくるね」
簡単に転移していってしまった。
「秘書がエロい職業って異世界ではそうなんですかね?」
言葉の違いはほぼないと言っていたから違わないだろう。ミズキが勘違いしているだけだ。
帰ってきてたミズキは何故か伊達眼鏡をして髪型はいつの間にかオールバックのポニーテールになっていた。
「まずはきちんとした身嗜みからですってジョエルのお家のお付きの人達に言われたのよ。ほらしっかりしてみえて?」
話し方まで変わっているから一緒に帰ってきたロランはソファに寝そべりながら大笑いしている。
「あらロラン、失礼ですわよ」
「ほんとその喋り方やめてくれ、あー、腹痛い」
ギャーギャーしているがやっぱりミズキには無理だと確信を持てた。
寝そべっているロランに引き寄せられてキスされて蕩けた顔をしているミズキには絶対無理だ。
「まぁいいんじゃないですか?」
3日後、まさかのミシェルのOKが出てこっちがびっくりしてしまった。
「やったー!」
前髪七三、ボブにみえるように髪はアレンジ、口元は見えないようにマスクをして胸は潰す。ハイヒールははかずにシークレットブーツ。男には見えないが、ミズキには見えないのでよしとするらしい。必要以上に喋らない、「はい」のみとの約束で。困っても甘えない、語尾は伸ばさないと色々あるようだが守れるらしい。
「いざ戦場へ!」
戦場ではない、ただの商談だ。
そしてやはり呼んではいない商談相手の妻もついてきた。なんでも商売に関わっているからとは言うが信憑性はない。
「閣下、お茶はこちらにおいても?」
驚くほどしっかりしたミズキが出てきて何度も言うが驚いた。「はい」以外も喋っていいのか?
「あ、あぁ」
「お客様のも?あら、お連れ様がいらっしゃるとは…アポイントメントにありましたか?」
「妻も関わっておりますので同席を…」
「左様ですか。ではお連れ様の分も用意しますね、何分聞いておりませんでしたので用意もせず申し訳ありません」
わざとだ。
「お連れ様もどうぞ」
ガチャンとわざと音を立てて置き、わざわざ銀のスプーンまで添えている。
「お連れ様も呼ばれていない場では不安でしょう?銀を用意したのでどうぞ安心してお召し上がりくださいませ」
ふんっと普段のミズキなら発していそうなところ、無言で斜め後ろに立った。恐ろしいこの上無い。ミシェルはずっと口角があがっているから楽しいのだろう。
目の前の女は怒りに震えているが、斜め後ろにいる妻が笑いを堪えて震えないことだけを祈るばかりだ。後ろは向きたくもない。
商談は女さえ入ってこなければ進む。途中途中に余計な口を挟むから話が進まない。
「後ろの侍従はなんなんですの?先程から私を睨み付けて、何様のつもりなのかしら?公爵様ともあろう方がこんな人間をつけているなんて、程度が知れますわね」
後ろのミズキではない、遠回しに公爵がこんなもんだからこんな侍従しかつけられないと言っているのだ。ミシェルは非の打ち所はないし攻撃するのならミズキなのだ。
「はぁ?」
あーあ。ミズキが声をあげてしまった。自分の額に手をあてるが、この状況がそれだけでよくなるわけはなかった。
「閣下の何が悪いと?美貌ですか?顔面が国をも越えて異世界でまで超絶イケメン、国宝級も越えた宇宙一の顔面を持っていることがわるいんですか?」
意味のわからないことを言い出したミズキに呆れることしかできない
「たかが侍従になにが?」
なぜか好戦的な女にもイラつきはするが、問題はミズキだ
「たかが侍従?プロフェッショナルじゃない。ミシェルをみたら?あなたの旦那様の好みに合わせているのはミシェルなの。この場を蔑むのならミシェルをバカにしてるってことなのわかる?」
悪いがミズキはプロフェッショナルではない。まぁあの様子を見ていた身からすると今日は別人のようだが、ここに至るまでのことを思うと…
「なんなんですかこの方は、失礼ではありませんか?」
「はぁ?あんたのほうが失礼でしょ。不敬罪よ不敬罪」
「閣下に直接じゃないのになぜ侍従ごときに不敬と言われなければならないんですの!?」
旦那の方は気付いたか。顔面が真っ青をとうに越えて真っ白だ。これはキャットファイトが始まる前に止めなければならないな
「ミズキ」
「なにっ!?」
「え…?」
「この女はミズキだと気付いていなかったようだぞ、成功だな」
「マジ!?でもほんとむかつく!お義父様達やお義兄様に言ってこようかと」
義父達とはいまだ政治や軍の中枢にいるし、義兄とは今や国王となった兄のことだ。
「やめておけ。皆をこんなことで煩わせるとジョエルがまた忙しくなるぞ」
「くっそ、こんのクソアマ、2度と顔見せんなバーカ」
幼稚な捨て台詞を吐いてミズキが退出した。
「ぐっ…」
ぐうの音もでないくらいとこの前言っていたが出たな。
悔しそうな女ともう倒れそうな旦那、これは旦那と話を進めるしかないな。
「奥方様はどうそ別室へ。妻の怒りを買ってしまっては商談どころではありませんでしょう?」
『そんな女早く追い出せバカっ!二度と私のテリトリーの敷居を跨ぐなっ』
出ていったものだと思っていたけれど扉越しにうかがっていたようだ。声が聞こえる。
ミズキのテリトリーといえば城に百貨店、高級ブティックに路面のジュエリーショップにコスメショップ、飲食関係に花街もだ。もう女性として居場所がないじゃないか
「閣下、大変申し訳ありませんでした。妻のことは全て私の責任です」
「だろうな」
ミズキが静かになったということは誰かに連れていかれたな。今日は皆いないはずだからうちの騎士達だろう。これからミズキの勝利の祝杯と言う名の八つ当たりの酒盛りに付き合わされるのだろう。
「やっとビジネスの話ができるな」
自分優位に進めるつもりだった相手が全てイエスとしか言わなくなったので随分といい条件で話が進められた。
「次からは部下と話をしてくれ」
公爵家としては二度と会うことがないとこいつの妻のように遠回しに言ってみた。項垂れたまま退出した男を見送り冷めたお茶に口をつける。
「どうだった?ちゃんとできてた?」
いつの間にか隣に来たミズキが機嫌をなおしたのかニコニコしながら座ってきた。この短時間でも酒の匂いがするんだから本当に騎士達か使用人達が犠牲になっているはずだ。
「あぁ、思った以上だった」
「侍従業できてた?」
「すぐにボロはでたけどな。でも見違えた」
ボブにアレンジした髪にいつもよりナチュラルな化粧、本人いわく薄くはないらしいが、グロスも控えめな唇にキスをすればすぐに口が開いて舌が触れる。
「リュカの役に立てたならよかった」
ミズキのこういうところが好きだ。
「その格好のミズキといちゃついてるところは高く売れそうですね」
「金儲けに使うな」
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