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しおりを挟む「あんたなんか大嫌いよっ!」
恋に落ちた女にこのようなことを言われるとは思っても見なかった。
思えば朝からついていなかったんだ。一張羅がほつれていたりジャボに身に覚えのない染みがついていたり。カトラリーが折れたりグラスのステムが折れたり。不吉なことばかりだった。
ミズキのマナー講師に言われ本番と同じように広間の大階段を降りる練習とダンスを頼まれていたのだ。正直舞い上がったけれど、仕事に差し支えてはならないと2日、2日も耐えたのだ。仕事が立て込んでいたのもあるが。その間にロランとミシェルが彼女と親交を深めていたのは悔しいが承知の上だ。あの二人が関わればダンスは大丈夫だろう。侯爵家の次男と王族に仕える一族の次男なのだから。
「だからどうしてお前は正装をしていったんだ?」
「正式にダンスを申し込んだからですよ。当日は裏方で絶対にミズキ様とダンスを踊ることは出来ませんし、今日は今日で殿下が独占なさるのでしょう?私が正式にダンスを申し込んで踊れる機会なんてないんですよ」
ドレスをプレゼントして着付けからなにから全てミシェル一人でやったというではないか。ミズキに本気なのがわかる。思えばヒナにはそこまでではなかったな。
「ジャケットもこれは却下です。縫製は間に合いますけど万が一ということもありますから。ジャボはもう普通のクラバットにしたらどうです?ミズキ様はそこまで見ていないと思いますよ。恐らく殿下のことはお顔しか見ていませんから」
「なんだそれは?顔以外見れたものじゃないもでも?」
「御自分の顔の良さをわかっている方はいいですね。流石、美貌の第3王子」
「お前に言われても嫌味にしか聞こえない」
髪はどのようなのが好みなのだろうか?下ろしたほうがいいのか、撫で付けたほうがいいのか、結ったほうがいいのか。鏡の前で悩むこと数分、ミシェルが提案してくれたらいいのに何も言わない。こいつ自分だけでもミズキの夫に迎え入れてもらおうとしてるな。だから俺の手伝いはしない。こんな執事普通はいないと思うが
「ありのままを見てほしいならいっそ全裸で向かえばどうです?ミズキ様なら笑ってくれそうですよ」
「馬鹿か」
主人の支度を手伝わず自分の爪の手入れをしている男なんてもう知らない。
「足はミズキ様に施したものと同じデザインにしているんですよ」
気持ち悪い男だ。
「殿下…待ち合わせの時間まであと2時間もありますが」
「いいんだ、もしかしたら彼女が早めにくるかもしれない」
「女性は身支度に時間がかかるものです。ましてや彼女は侍従や執事も従えず夫のみですよ」
「今日はルネ様が来て最終的な調整だと聞いていますよ」
だからなんでお前達が彼女の身辺のことをそんなにわかっているのか?彼女の部屋の前に就けている部下達か?いや、部屋の中の様子を伺い知ることもできないはずだ。ノアールの魔術がかけられた部屋だから。なぜ知っているんだ?
「なんでお前達そんなに彼女の動向を」
「教えてもらいましたよ、ねぇロラン」
「あ、あぁ。ミズキが昨日言っていたから」
ロランに至っては敬称もなし。まぁ身分を考えればそうか。ミシェルは敬称はいらないと言われても律儀につけていそうだが。ここぞというときに外すのはわかっている。そういう男だ。
「殿下、陛下が御呼びです」
「はぁ?今日はスケジュールが詰まっていると先に言っておいたんだが」
後ろの二人が笑いを堪えているのもわかっている。スケジュールが詰まった人間は待ち合わせの二時間以上前から人を待たない。そのあとも予定は空けてある。彼女と過ごせるかもしれないからだ。
「急ぎだと陛下も仰っておりますから」
「はぁ…数分で終わるのなら向かうか」
玉座のある場所や陛下の執務室、寝室等は転移ができないようノアールの師が施した術で護られている。もちろんノアールはそれを強化したり綻びを補強したりしているので常に万全の状態だが、行く方は不便である。
大体なんで城とはここまで広いのか?もう少しコンパクトな作りにすればよかったのに。先祖のセンスには驚かされる
「近くまでは転移すればよろしかったものを」
「横着しているとは思われたくないからな」
怪談も螺旋階段ばかりなのも如何なものかと。何階にいるかわからない
「お待たせして申し訳ありません陛下」
「まぁ座れ」
父とは言え彼は陛下、自分は公爵。呼ばれたら逆らえないのだ。呼ばれたのはパーラー。母上の許可は取っているのだろうか
「久し振りだなリュカ」
「王太子殿下もおかわりなく」
「ここでは兄と呼んでくれていいんだ。2人いた弟も今はお前だけ、さみしいんだよ」
三兄弟の真ん中、次兄は隣国へ婿へいった。寵を巡って日々他の夫を蹴落とすための策略に余念がないそうだ。本人が楽しくて楽しくて仕方がないそうなので、それはそれで幸せなのだと思う。
目の前の長男である王太子殿下は既に息子が2人、次代、次々代も王室は安泰だと周囲の者は安心しきっている。
「お義姉様はお元気でいらっしゃいますか?」
「あぁ。リュカと異世界の花嫁様に早く御会いしたいと毎日のように」
「はははっ、あの子にか!リュカの顔を手持ちの鞄で殴り倒した」
箝口令をしいてあるから兄は知らなかったらしい。気の強い女性は多いがまさか自分の弟の顔を殴り飛ばす女がいたことに引いていた。義姉は穏やかな人だから尚更だろう
「ただ顔は美人だぞ。少々幼いがな」
「私と同じ年齢だと。幼くはないかと」
「なんだと!?卑猥な格好はしていたがまさかお前と同じ年齢だとは…」
「もうどんな人かわからないよ…前回の子みたいにいなくならないといいけど」
小さいテーブルにしたのが仇となった。父が兄の足を蹴っているのがわかる。こっちのほうが気まずい。
「まぁ飲むか!昼から飲んでもバチは当たらぬ。夜会は明日だしたまには親子で飲み交わそうではないか」
「いえ、私は用事が」
「陛下より大事な用なのか?」
兄が裏切った。自分一人で父の相手が嫌だからだ絶対。
「異世界の花嫁との約束がありますので一時間だけなら」
これが失敗だった
「リュカ、待てよ」
「いいえ、兄上、もう行かねば」
「まだ30分しか経っていない」
「1時間30分です。もう行きますから」
「あと30分だけ!宰相も執事長も隊長もいないから父を止める人間がいない!30分経ったら執事長がくるから!頼む!」
「いやです!彼女を待たせるわけには」
「うるさい!」
弟の口にワインの瓶をそのままつっこむ兄がいるだろうか?いる、目の前にいる。酔った父の相手を自分だけでしたくないから弟を巻き込む兄だ。ミシェルとロランに目配せして先に向かうように念話を送るが兄と父に妨害される。彼女を待たせたくないから一刻も早く向かいたいのに。
解放されたのはその1時間後。完全に遅刻だ。彼女を待たせてしまっている。しかも酒臭い、もう最悪だ。セットした髪も父と兄にグシャグシャにされてボサボサ。散々だ。とにかくミシェルだけでも先に向かわせて彼女を引き留めてもらうしかない。
「殿下、こうなったら転移するしか」
「まだだ、髪がきまらない」
「知りませんよ!ミズキはどうするんです?」
「ミシェルが引き留めている!ホールに残っていればそれでいい」
とりあえず髪を整える。仕方ない、ミシェルと被るが後ろに撫で付けるしかない。酒臭さは浄化の魔術に頼る。酔いが抜けないのが癪だがどうしようもない。ノアールに今度教えてもらう
走ってホールの上階、階段横まで来て扉を開けたら彼女はまだいてくれた。執事はなぜ跪いているが彼女がこの場に留まっていてくれた。
「まだいたか!」
人間、酔っているとろくなことを言わない。
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