上 下
33 / 52
三章 お茶会

閑話 思いを馳せて

しおりを挟む

   宝石の散らばる庭園で初めてお会いした時、心臓が止まるかと思いました。実際、息が止まってしまいました。
   それほどに可憐だった。それに美しくて、どこか妖艶で。なんと言いますか、色っぽかったです。着ている衣装も、適度に透けていて美しい。可憐さ・妖艶さ・美しさが合わさるとあのように神秘的に、神々しく見えるのですね。いえ、実際にも神様とお聞きしていますけど。
   そんな義姉を抱えている兄が、それはそれは優しい目で見詰めていらして。一目見て、お似合いだと思いました。こんなに綺麗な二人組も世の中には居るのだな、と。
     簡易な自己紹介したその時、義姉がほとんど吐息のような小さな声で「綺麗……」と呟きました。何に対してなのか、分かりませんでしたが。お辞儀のことでしたら、私も自信はありますが……父からの直伝なので。
  
 私の父は古い時代……そうですね、二十万年ほど前でしょうか。そのくらい昔から存在した華族の長男だったそうです。本来であれば、嫡子である長男は婿に行くことは出来ないのですが、双子の弟君も父に負けず劣らず優秀だったそうで、弟君を嫡子に交代することが可能でした。そして父は無事に、愛した女王である母の婿になりました。つまり、王配です。そして二千年ほど前に私が産まれました。
  私に兄がいたと知ったのは、百五十歳を迎えた日でした。何故兄はいないのかと聞くと、悲しい顔をされてしまいました。その日は亡くなられたのだと思っていました。しかし、また別の日に、兄は行方不明なのだ、と明かされました。寝ていた布団と、部屋に敷き詰められた畳が夥しい血で濡れていたので、生きているかは怪しいだろう、と言っていました。精一杯抵抗したのだろう、とも。つまるところは、誘拐です。王族の。
  東国で最も重い罪は、意外かもしれませんが、子どもの殺害及び誘拐です。普通ならここに王族への不敬・非礼などが当たるのでしょうが、滅多に子どもが生まれない精霊族にとって子は宝な。そう例えられるほどに、子は重宝されているのです。
  兄の話を聞かされたあと、私は一人、精進しました。もし兄が生きていて、我が家に戻ってきたなら。架空の話ですが、兄を支えたい、と。そう思い、日々を奮闘しました。
  己を磨き続けて五百年。庭で素振りを終えた私に、母が言いました。どうして学舎に通いたくないのか、と。もう何度も問われていますが、その度に同じ言葉を返します。使用人を連れていては、民たちに必要以上に畏まられてしまうから、と。王族には普通、護衛と世話役を兼ねた執事と侍女、あるいは侍従が付き添います。ですが、私はそれを断り続けています。理由は先程述べた通り。しかし母は、私一人で学舎に通わせるのは心配な様子で。
  ……実を言うと、学舎に通わない理由はもう一つあるのです。兄とともに通いたいから、というどうしようない理由。長年の私の夢でもあります。叶えることは不可能に近いと分かっていました。それでも、私は諦めたくありませんでした。
  そして、千三百と五十年がたった頃。約三年前ですね。初めて兄を見ました。最初は幻覚を見たのかと己の目を何度も疑いました。その日は、狂い桜か咲いたこともあって、例年よりも城下町がお祭りで人々で賑わっていました。
  私も恒例のように遊びに城下町に赴きました。昼時になって、人がいない場所で食事をしようと思ったので、河原の階段を椅子にしてご飯を食べようとした時、ふと真後ろの桜の大樹が気になり、後ろを見上げてみると、そこにじょせ……いえ、中性的な男性が木に凭れかかって、すやすやと寝ていました。
  どこかで見たことがあるような気がして、記憶を漁りました。よく見ればその男性は、兄の部屋に飾られていた男の子の絵に似ていたのです。言ってはいけないのでしょうが、その、可愛らしさが残っていて。それで分かりました。あの男の子が成長したらこうなるのだな、と素直に感心しました。
  呆然としてたら、寝ていたはずの兄(仮)に話しかけてきたのです。
『今日って何かのお祭りなの?』
『え?あ、はい』
『そう……』
  まだ寝惚けていらっしゃるのか、眠たげな小さな声でした。
『ねぇ』
『なんでしょう』
『宿屋はどこも空いてないと思う?』
  あぁ、宿屋が空いてなかったからこんなことろで寝ていたのですね。この時は、そう思っていました。
『お祭りの数日だけは開国しますからね。どうしても人が多くなるのです。その分だけ、宿屋も繁盛します。なので、言いにくいのですが……』
『そっか……』
  それきり、寝てしまわれました。疲れていたのでしょう。昼食を食べ終え、私は急いで屋敷に戻りました。慌てていた私は、着替えることも忘れて父に会いに書斎まで突撃しました。走ってはいませんからね?
  やはりというか、案の定、父も驚いて。私から居場所を聞き出したあと、すぐに兄(仮)の元へ向かわれました。置いていかれた私は、私室の隣の空き部屋を掃除し、家具を引っ張り出して客室にしました。ちょっと、怖いとか言わないでくださいよ!来るかもしれない客人の部屋を整えるのは当然のことですよ?
  夕刻、父が兄(仮)を連れて客間に入りました。それから半刻してようやく出てきました。曲がり角で隠れていた私に気付かれそうになった瞬間、飼い猫の凜々が兄(仮)に突進しました。危なく見つかってしまうところでした。どうやら、人の気配に敏感なようです。
  夜中、二十三時過ぎ。父が部屋に訪ねてきました。
『父様、あの方はどうですか?』
『風呂を出たあと、すぐに寝たようだ。余程疲れが溜まっていたのだろう』
『慣れない場所で寝れるでしょうか』
  それが少し気掛かりでした。
『大丈夫だろう』
『……それで、父様』
  何を聞かれるか分かったのでしょう、ゆるゆると横に首を振られました。
『それとなく聞いてみたが、何も覚えてないようだ……我々のことはな』
  言い回しがおかしく思えたので首を傾げると、言葉を付け足してくれました。
『……屋敷のことはなんとなくだが、記憶にあるようだ』
『……!他には何か分かりましたかっ?』
  つい興奮してしまい、落ち着くように言われてしまいました。
『名が、違った』
『そんな……』
  別人なのですか?ならば何故、屋敷のことを……。
『いや、間違いなく本人だ。左耳に名と同じ、瑠璃の耳飾りを付けていた。極めつけは、彼奴が見せてくれた首飾りだ』
『首飾りが、ですか?』
『あぁ。我が王家の王位継承権の証である、王太子の紋章が入った首飾りだ。しかし、本人はそれが何であるかを知らぬようだ』
『兄とともに紛失したと言っていた、あの?』
その通りだ、と頷かれました。であれば確かに兄なのでしょう。
『記憶喪失、なのでしょうか……』
『そう、だろうな』
  絵姿にそっくりな容姿に耳飾り、紋章入りの首飾り。これらが揃っていて、兄でないと否定する方が難しいでしょう。私たちは彼を兄と断定しました。
  翌日。平時であれば、食事を作るのは私なのですが、私が厨房に行った時には既に兄が朝食を作っていて、ほぼ完成していました。どうやら今朝はミュリアースの朝食が食べられるようです。ですが私はまだ見つかりたくないのです。心の準備が出来ていないのです!一人であわあわしていたその時、以前のように突然話しかけられました。
『扉の前に置いておこうか?』
  驚きすぎて足が縺れて転けそうになりました。
『ごめんね、驚かせちゃったかな。昨日も隠れてた子だよね。食べれないものはない?もし、あったら書き置きか何かで教えてね』
『大丈夫、だと、思いま、す……』
  パッと見た限り、食べれなさそうなものはありませんでした。第一、兄の手料理を残すなんてことはしません!勿体ないです。
『そう?なら良かった。もうすぐ持っていくから、部屋で待ってて』
  事前に教えてくれてありがとうございます!無事に姿を見られることもなく、部屋に戻ることが出来ました。
  ──コト。
  襖の向こうで膳を置く音に続いて、兄の声が聞こえました。
『置いておくよ。一時間後に取りに来るから、また出しておいてね』
  そう言って今度は居間に向かわれました。足音が聞こえなくなるまで待ってから、襖を開け膳を中に運び入れました。
  改めて兄の作った朝食を眺めると、とても綺麗でした。私では、ここまで美しい料理は作ることは出来ません。主食は何故か二つありますが、これはミュリアース式でしょうか?それとも単純に、好みで食べていいということでしょうか。せっかくなので、両方いただきます。
  ──三十分後。
 はぁぁ、未だに余韻の残る口の中と胃が幸せです。今までに食べたことの無い美味しさでした。公式の場で出される料理よりも、兄の作った料理の方が遥かに美味です。断言できます。
  それから三年間、兄の手料理を食べる毎日が続きました。おかげで、私の舌はすっかり肥えてしまいました。兄が屋敷を去ってからというもの、何を食べても物足りなくて。私は、兄に会いに行く決心をしました。決して兄の手料理が目当てなわけではありませんからね!?
  
  ──そして現在。
  櫻様がおなかを空かせてしまわれたので、父と兄と一緒に協力して夕餉を作っています。父はお味噌汁を、私は副菜(小鉢)を、兄は主食と主菜を。あと、食後のご褒美……もとい、櫻様ご機嫌取り用の兎さん林檎をたくさん。櫻様は兎さん林檎が好物のようです。宥めるには林檎を与えるのが一番効果的なんだとか。兎さんでないと拗ねるそうですが。……可愛らしい方ですよね。
「御兄様、出来ました」
「ありがとう、小鉢に盛り付けてくれる?」
「分かりました」
  交差させた二枚の小松菜の上に、適度に塩を揉みこんだ生ハムを並べる、更に大ぶりの鮭の刺身を並べる。味付けように、半月レモンをちょこんと置く。別添えの付け汁、ここではドレッシングでしたっけ?を小鉢と一緒に膳に置けば、私の仕事は終わりです。我ながらいい仕上がりですね。
「上手になったね」
「え?」
  一瞬、何を言われたか理解できなかった。どういうことでしょう?兄と一緒に作ったのは初めての筈ですが。
「半年前に隠れて練習してたよね」
「!!?」
  まさか、見られていたのですか!?
「あははっ、作ってるところは見ていないよ。蓮貴がこっそり教えてくれたんだ。『お前の料理を再現しようとしては失敗している』って笑いながら」
  何してるんですか、父様!恨みますよ!
「蓮貴が失敗作を持ってきて、食べさてくれたんだ」
  父様~!?
「美味しかったよ?」
  それは嬉しいですけど……!でも、違うと思うのです。何か、何かが足りないのです。
「そのうち教えてあげる」
  知りたいような、知りたくないような。あぁ、でも気になります。
「もう少し、頑張ります」
「そう?頑張って」
  はい!いつかきっと、完璧に再現してみせます!
 
 ところ変わり応接室。 三人で作った料理は、櫻様も美味しそうに召し上がってくれました。兎さん林檎をすべて食べられたことには少し驚きましたが。使った林檎の数はゆうに五つを超えています。一体、その小さな体のどこに入っているのでしょうか。人の姿をしているとはいえ、神様の創られた身体ですから、特別なのでしょう。想像に過ぎませんけど。
  夕餉と兎さん林檎をたくさん食べて、すっかりご機嫌になった櫻様。それはもう元気に愛らしく兄の膝の上ではしゃいでおられます。兄に想いを伝えることができた上、婚姻を了承されたことが嬉しいのでょう。残念ながら、兄の一途な重すぎる愛は欠片も伝わっていないようですが。
  はてさて、兄の想いは櫻様に届く日が来るのでしょうか?容姿も性格もお似合いの二人なので、是非とも幸せになってほしいです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。

ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい えーー!! 転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!! ここって、もしかしたら??? 18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界 私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの??? カトリーヌって•••、あの、淫乱の••• マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!! 私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い•••• 異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず! だって[ラノベ]ではそれがお約束! 彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる! カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。 果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか? ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか? そして、彼氏の行方は••• 攻略対象別 オムニバスエロです。 完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。 (攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)   

行き倒れていた男と極寒の夜に一つのベッドで温め合いました

めぐめぐ
恋愛
サヨ・レイナードは、辺境の村の外れでひっそりと暮らす薬草師。 冬が近くなってきたある日、サヨは家の近くで行き倒れた男性を拾う。 サヨに介抱され、目を覚ました男性はヴィンセンと名乗り、隣国に渡りたいというが、もうすでに隣国に続く道は雪で覆われ春まで通行できない状態。 ヴィンセンの様子に何か訳アリなのを感じたサヨは、村に迷惑をかけられないと、彼を春まで家に置いておくことにしたのだが―― ※約15,000字 ※頭からっぽでお楽しみください ※直接的表現あり ※展開が早いのはご容赦くださいませ

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

完結 チート悪女に転生したはずが絶倫XL騎士は私に夢中~自分が書いた小説に転生したのに独占されて溺愛に突入~

シェルビビ
恋愛
 男の人と付き合ったことがない私は自分の書いた18禁どすけべ小説の悪女イリナ・ペシャルティに転生した。8歳の頃に記憶を思い出して、小説世界に転生したチート悪女のはずが、ゴリラの神に愛されて前世と同じこいつおもしれえ女枠。私は誰よりも美人で可愛かったはずなのに皆から面白れぇ女扱いされている。  10年間のセックス自粛期間を終え18歳の時、初めて隊長メイベルに出会って何だかんだでセックスする。これからズッコンバッコンするはずが、メイベルにばっかり抱かれている。  一方メイベルは事情があるみたいだがイレナに夢中。  自分の小説世界なのにメイベルの婚約者のトリーチェは訳がありそうで。

処理中です...