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短編 : お誕生日革命
しおりを挟む「ララナちゃ~ん」
お母様が呼んでる。
今日もまた子どもを連れてきたのかな……。
もう嫌だ。
子どもは嫌い。大人の方がいい。喋ってて気楽だから。
「ララナ、お母さんが呼んでるよ?」
「お父様……でも」
いやいやをするように、白兎のぬいぐるみに顔を埋めた。
私のお友達は、ぬいぐるみだけでいい。何も喋らないし、不快にならないから。
生きてる人間は苦手。
だって、その時その時で予測不能な行動をとるし、何より口うるさい。
お母様とお父様は別。綺麗で優しいから大好き。
人間のお友達を作ってあげたいと頑張ってくれてるのは、分かってる。私がそれに応えないだけ。
忙しくて滅多に会えない両親は、貴族の中でもお偉いさんだって、侍女が言ってた。
社交界の華と呼ばれているお母様と、辺境伯領当主であり、軍人でもあるお父様。
そして私は兄弟姉妹のいない、ひとりぼっちの三歳の幼児。
誰からも放っておかれた私の唯一の趣味は、読書だった。
久々にお母様とお父様に会った時、あまりの知識量と流暢な言葉に驚かれて。
かと思えば「ララナは賢いのね~」とお母様に、お父様には「たくさん覚えられて偉いな」と褒められた。
けど、その顔は、どことなく寂しそうだった。
恐らくその時だろう、子どもに似つかわしくない態度と、聡明さに焦りを覚えたのは。
それからというもの、両親からのプレゼントは本だけじゃなくぬいぐるみもセットになった。
すぐに私の部屋は三割ほど、ぬいぐるみでいっぱいになった。
いくら冷静な子どもとはいえ、可愛いぬいぐるみ好きなもので。
なかでも一番のお気に入りは、白兎のぬいぐるみ。
毛並みは勿論、素材が良いのか凄くふわふわ。
頬擦りすると、思ったより柔らかくて弾力があって気持ちがいい。
「ララナ、お前にはまだ友達がいないよね」
うん。
「誰とも仲良くなろうとしないのは、仲良くなんて出来るはずがないって思い込んでるからじゃないかい?」
だって、本当のことだもん。
「仲良くなんて、出来ない……」
きっと、皆、私から離れていくに決まってる。
「仲良くしようなんて、思わなくて良いんだよ」
「……え?お友達になる為に連れてきた子だから、仲良くしなきゃ……」
あ……また悲しそうな顔。
どうして?何がいけないの?
「頭が良いと理詰めに考えてしまうのかなぁ……」
困ったように芝生に座り込んだお父様。
そんなことしたら家令さんに怒られるよ?
「ララナの為だから良いんだよ」
それは屁理屈というのでは。
「いいかい?誰でも同じだけど、人と喋る時は相手の目を見るものなんだ」
「怖いもん」
何を言われるか分からない恐怖に耐えるのは嫌だ。
「人の話は最後まで聞こうね?」
ぽん、と軽く頭を叩かれる。
うぅ……。
つい話を遮ってしまった。
普段から気を付けているんだけど、一向に直らない。何かの病気のように。
「まずは怖がらずに目を見てご覧。ララナが目を合わせてくれないと、皆悲しい気持ちになってしまうから」
悲しい?
私なんかの目が見れないだけで?
「なんか、なんてこと、言わないでおくれ。ララナは賢くて可愛い、自慢の娘なんだから」
「ごめんなさい……」
「ララナ」
おいでと言うから近付いたら、膝に座らされた。
「僕とシャル……お前のお母さんがどうして子どもたちを連れてくるか、分かるかい?」
私がひとりぼっちだから。
そう言うと、首を横に振られた。
「そうじゃない。ララナが寂しそうだったからだよ」
寂しそう?私が?
「そう。大好きなぬいぐるみと一緒にいても、つまらなそうにしているから。今もね」
そんな、ふうに見えているんだ。周りの皆には……。
「自分じゃ気付きにくい事も、相手はよく見てるんだ。だけどね、ララナの事は皆分からない。寂しそうな子どもって事しかね」
事実でしょ。ひとりぼっちだもの。
「ララナ。ララナは本当に、ひとりぼっちでいたいの?違うよね?いつも大人と喋っているから、子どもとの接し方が分からないんだけなんだよね?」
そう、かもしれない……。
子どもは喋るのが拙くて、何を言いたいのかが分からない事がよくある。
何度か我慢して、根気強く聞いてたんだけど、段々苛ついてきて。
「ララナ、その子達は、どうして喋るのが遅かったと思う?」
知らない。
ずっとぬいぐるみに顔を埋めていたから。
「あの子達はね、ララナがどう思っているのか分からなかったから、戸惑って喋れなかったんだよ。相手の顔が見えないと不安になるんだ。もちろん僕も」
お父様も?
「そうさ。不安にならない人なんていない」
執事さんとか侍女は何も言わないけど、言えないのかな?
特に文句も言われないし、気にしたことは無かった。
「彼らは仕事だからね。職務に私情を挟んではいけないんだよ、基本的に」
じゃあ、私の側に誰もいないのは?
「私だちがお側に控えていると、お前が何もしないからだって言ってたよ」
そうだったかな。記憶にない。
「誰もいない時は、ぬいぐるみで遊んでるだろう?だけど、彼らがいると小難しい話しかしないって」
それはだって、大人と話すのは楽しいから。
「話の内容は覚えているかな」
「哲学と政治のこと」
「うん、それは一般的な子どものする話じゃないよね?彼らはお前に、もっと子どもでいて欲しいんだよ」
聞けば聞くほど分からなくなる。
何故、そんなに『子どもらしさ』を求めるのか。
どうして、賢いだけで避難されねばならないのか。
「賢いことは罪じゃない。非難される事でもない。でも、それが原因で子どもであることを忘れてはいけないよ」
子どもあること……?
それの何が大切なの。
「子どもは遊ばないと成長しないんだ。保育に関することは、まだ知らないかい?」
だってまだ大人じゃないから。
それなりに大きくなってからでも遅くないと思う。
「後で本を読みなさい。今のお前に必要なのは保育書だ」
いつも優しいお父様にそう言われてしまえば、素直に頷くしかない。
「さ、そろそろ中に戻ろう。夕食の時間だ」
✻ ✻ ✻ ✻
抱っこされて向かった食堂には、沢山のぬいぐるみと本の山が。
「え、え?」
訳が分からぬまま、下に降ろされた。
「ララナちゃん、お誕生日、おめでとう!」
「アルル、ちゃん……?」
とてとて、と駆け寄ってきたピンク髪の女の子が抱きついてきた。
確か、三日前にも来た子だ。
街で人気のある、パン屋さんの一人娘だったはず。
「覚えててくれたの!?嬉しい!」
人の名前を覚えるのは当然でしょう?
「あの時、全然興味無さそうにしたから……忘れられてるじゃないかって心配で」
あ……。
お父様が言っていたのってこういう事?
私、皆に誤解されてるかもしれない。
「違うの。私、子どもと話すのって苦手で」
「そうなんだ、ごめんね。はしゃいで。私、うるさい?」
そんな事は思ってない!
むしろ、その……嬉しい。今まで、積極的に私に関わってこようとする子どもなんていなかったから。
「アルルちゃんの話が難しくて、分からなかったんだよきっと。私はね、お客さんと結構話すからアルルちゃんの話も少しは理解してあげられると思うんだ」
そういえば、この子は以前来た時も、こんな風にスラスラ喋ってた。
会話に慣れてるから?
「それもあると思うけど……なんて言えば良いのかな。えーと、楽観的?能天気?だから?」
なるほど、よく分かった。私とは正反対って事が。
「あ、でも、何も考えてない訳じゃないよ?相手が興味の無さそうな話題はすぐに終わらせて、次の話に移る!相手の表情を見て、この話は良さそうだな~、この話はダメそうだな~って考えながら話す!」
話術に特化してるのかな。社交性が高過ぎる……。
私なんて、塵芥以下の存在なのに。
「そんなことないよ!」
がしっと両肩を掴まれ、力強い目つきで断言された。
「ララナちゃんは賢いもん!私には無い知識を持ってる!自信を持って?」
頭が良い自信ならあるけど……。
「自分自身に、だよ!」
自分、自身に。
「うん!」
どうやって。
「これから学んでいけばいいよ!私も一緒に頑張るから!」
「一緒、に」
「一緒に!いいでしょ?!」
私は、変われるんだろうか。
自信を持てる日が来るんだろうか。
「……………………うん」
迷いに迷った末、頷いた。
「頑張ろうね!」
こくんと首を縦に振る。
「あ、わらっ……た、よね!今!ね!?」
え?私、笑ってたの?
温かく見守っているお父様を見ると、微笑まれた。
本当に私、笑えたんだ……。
「さぁさ、ご飯が冷めちゃわないうちに食べましょ?」
お母様。
「良かったわぁ~。ララナちゃんに素敵なお友達が出来て」
お友達?
「そうよ~」
「そうだよ!」
これが……お友達。
まだ、お友達という感覚はよく分からない。
でも、大切にしたい。
「初めて目が合った時、嬉しかったな」
そうなの?
「そういうもんなの!」
やっぱりよく分からない。
「考え過ぎなんだって!ほらっ!」
グイグイ手を引っ張られて席に着いた。
「いっただっきまーす!」
「……いただきます」
初めて友達と一緒に食べた食事は、いつもより美味しかったと後で気付いた。
この子と話しただけで、幾つも学んだ気がする。
相手の顔を見て話すこと。
目を合わせることの大切さ。
ひとりぼっちの寂しさ。
そして……友達が出来た時の、感動と、喜び。
何より、私の笑顔を引き出してくれた、その事が嬉しい。
私はこんなだけど、どうかずっと友達でいてね。
アルル・モンラート。
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