雪ん子 ─ずっと、好きでした─

瑠璃宮 櫻羅

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二章 聖獣

八日目 雪ん子、篭城する

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 美亞葵君のバカ!バカ、バカ、バカ、バカ!バカァァァ!!
 勇気を出して会いに行ったのにあんまりだよ!私を忘れてるなんて!

「バカ、バカ……許さないんだから」

 今、私は春風家を陣取っている。
 元より居候ではあったのだけど、仕事から帰ってきた彼を追い出し、閉め出した。

 春風家の皆はある程度事情を把握しているようで、家主が戻って来られないこの現状になにも言ってこない。

「美亞葵君なんて……大嫌い」

 昨日、暴走してしまったのだけど、気が付けば春風家の私室に寝かされていた。
 私を忘れていると言うのなら、何故、ここに運んだの?どうして、素直に追い出されてくれたの?

 憶えているの?忘れているの?どっちなの?

「チュー……」
「チュー!」
「ハルちゃん、ユキちゃん……」

 ハロルドさんの家を飛び出した後、ユキちゃんはひとりでここまで戻ってきたらしい。
 気を失っている私の側にずっといてくれたって、侍女さんが言ってた。

「春姫様、外に坊ちゃんが来ておりますが如何しましょうか」
「何しに来たの」
「ただ、一緒に散歩がしたい、と」

 散歩?彼からすれば、今の私は得体の知れない女でしょう?なのにどうして。

「そこまでは……」
「散歩はいや。お話ならしてあげる。ここに連れてきて」
「では、そのように伝えて参ります」

 やがて、五分もしない内に彼は来た。

「お体の調子はどうですか」
「…………」
「春姫さん」

 さん付け、か。前までは呼び捨てだったのに。
 布団から出ないまま、話だけを聞く。

「ハロルドから、聞きました。あなたは私が保護した少女だと」

 小さく頷く。

「それから、雪女であるということ」
「…………」
「それを隠していたということ」

 うん。美亞葵君にだけは知られたくなかったから。

「私の発言で、家出をしたということ」

 怖かった。美亞葵君にまで、彼らと同じ目を向けられるんじゃないかと思うと、じっとなんてしていられなかった。

「この国遥か昔、雪の精霊……雪女が大勢暮らしていたそうです」
「そう、なの?」

 聞いたことがない。母様だって、私たち精霊は里にしか住まないって言ってた。
 真実は違ったってことなの?

「はい。それゆえ、この国住む者たちの大半は雪女の血を継いでいます」

 だったら、最初会った時に教えてくれれば良かったのに。気にしなくてもいいって。仲間がいるよって。

「そうですね。しかし、以前の私はその判断ができなかった。あなたの心を傷つけまいとして、言えなかったのでしょう……あなた以外の、純血の雪女が既に存在しないことを。記憶が無いので憶測にはなりますが」

 けれど、私は美亞葵君から逃げた。優しさから、逃げた。
 彼は伝えようとしていたかも知れないのに。
 私は、臆病だ。

「できるならば、貴女を思い出してあげたい。精神的な負荷が原因なら必ず思い出せるはず……」

 ねぇ、美亞葵君。

「はい」
「美亞葵君は……私が怖く、ない?」

 あぁ、言ってまった。言うつもりはなかったのに、自然と口が開いていた。
 答えを聞くのが怖くて、布団に潜って耳を塞ぐ。

「……少なくとも、私にとっては可愛らしい女の子ですよ。人間かどうかなんて、関係ないんです」

 それじゃあ、どうして会いに行った時、あんな目をしてたの。

「職務上、初めて会う人物には警戒を怠ってはいけませんからね。一種の職業病です」

 一番最初、保護してくれた時は、困惑した様子ではあったけど、警戒はされなかったのに。

「それが何故かは、私には分かりません」

 そうだよね、分からないよね。

「けれど、わかる気もします。」
「……?」

 どういうこと?さっきは分からないって。

「もちろん記憶が戻らない限り、真意は分かりませんが……おそらく、貴女のその目で判断したのではないでしょうか」

 私の、目?
 確かハロルドさんが、この目は雪女にしか無い色だって……。

「そうではなく。透き通る濁りのない、清らかなその瞳を見たからでしょう。私もその目を見てからは、警戒を解きました」

 最後まで嫌な目だったのは?

「なんだか、引っ掛かったんです」

 引っ掛かる?何に?

「奥底の古い記憶……」

 そこまで呟いて気絶した。突然どうしたのか、倒れて息を荒げている。

「熱い」

 そっとおでこに触れてみると、火傷しそうなくらい、熱かった。高熱だ。
 誰か呼ばないと!立ち上がりかけたその時、袖を掴まれた。

「いか、ないで……はる、ひ……」
「──!」

 意識は無く、苦しそうにうわ言を呟いている。

「ごめん、なさい……ごめ」
「大丈夫、ここにいるから」

 記憶が残ってるんだ。心の深い場所に、美亞葵君はいる。
 ユキちゃんに必要なものを書いた紙を咥えさせ、侍女さんに持って行ってもらった。

「もどって、きて」
「いるよ。私はここにいるよ、美亞葵君」

 零れた涙を拭って、布団に入れる。

「はる、ひ……?」
「うん、ただいま」

 ほんの数秒だけ目が合った。すぐに寝てしまったけど、あれは確かに、元の美亞葵君だった。

「キュー……」

 ハルちゃんも美亞葵君が心配なんだね。
 枕によじ登ろうとして転倒を繰り返している。顔の隣に置いてやると、彼の頬をぺろぺろ舐めだした。

 な、なんて羨ま、じゃなくて。

「ハルちゃん、何してるの」
「キュッキュッ。キュー」

 ごめん、何言ってるのか分からない。心配してるんだってこと?
 今度はおでこにベタっとくっついた。
 絵面が、面白い。何がしたいのか意味不明だけど。

「春姫様、お持ちしました」

 侍女さんから美亞葵君の着替えと看病道具を受け取る。
 発熱すると当然汗をかく。着替えさせなきゃいけない。裸を見ることになってしまうけど……許してね。

「んしょっ……んしょっ、よっ!」

 意識の無い人の着替えは大変。軽いはずなのに、やたらと重く感じる。
 なるべく下は見ないようにした。

「ぅ、ん……」
「!」

 まずい。起こ、してはなかった。危ない、安眠の邪魔をするところでした。

「熱い」

 ハルちゃんを剥がして額に触れてみると、さっきよりも熱が高かった。
 人間ってこんなに熱くなるんですね。でも、限度はあるはず。どこまで大丈夫なんでしょう。

 再びハルちゃんが張り付くと、美亞葵君の顔が和らいだ。不思議な現象です。

「お邪魔します」

 布団に潜り込んで寄り添った。
 体を冷やすには雪女の私がくっつくのが一番効果的なのでは、と思ったが故の行動である。

「おやすみなさい」

 早くよくなってね。
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