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二章 聖獣

七日目 雪ん子、暴走する

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 早く帰らないと駄目なのに、勇気が出ない。
 今はもう夕方。美亞葵君は家にいる頃でしょうか。
 帰りたいのに、怖くて帰れない。会いたいのに、会えない矛盾。

 ベッドの上を転がりながら、悶々とする。

「美亞葵君……」

 ──ぐぅぅ~。
 おなか空いた……美亞葵君のご飯が恋しい。
 
「よ、嬢ちゃん」
「あ、お帰りなさい」
「おう」

 入ってからノックをするのは何が違うような。
 
「キーキー!」

 ほら、ユキちゃんがびっくりして怒ってますよ。私はともかくユキちゃんに謝ってください。

「悪かったって、引っ掻くな!いてっ」
「ユキちゃん、どうどう」

 撫でて落ち着かせる。

「それで、何か用事ですか?」
「あー……」

 なんですか、その反応。息を飲んで続きを待つ。

「あいつなんだけどさ……」

 美亞葵君がどうしたんですか。
 まさか私への怒りを抑えきれず、周りの皆さんに八つ当たりとか?それとも大号泣してるとか?

「いや。思った以上に落ち込んでてな。なんつーか、空元気なんだよ。異様に元気かと思えば、人形みたいになったり……正直見てらんねぇ」

 そんなに?私が居なくなっただけで?

「美亞葵にとっちゃ、嬢ちゃんは宝みたいなもんだ。大事なんだよ」
「だい、じ……?」

 こんな、小娘が?化け物なのに。

「あんまり自分を卑下すんな。それこそ美亞葵が怒るぞ」
「だって、本当のこ「嬢ちゃん」

 本当だもん!ずっと、ずっと、化け物だって言われてきたもの!

「少なくとも俺らからしちゃあ、ただの可愛い女の子だ」

 違う違う!私は化け──

「違うっつってんだろ。美亞葵も同じことを言うはずだ」

 そんなのこと、分からないじゃない。どうして言い切れるんですか。
 大きな溜め息が聴こえた。落胆されただろうか。当たり前だけど。

「あいつに会って直接聞いてこい。今行かなきゃ、後悔するぞ。このまま美亞葵に会えなくても良いのか」

 よく、ない。だって私、美亞葵君のこと。美亞葵君のことが……。
 わた、し。彼のこと──なんだ。

「どこに、居ますか」
「東面軍参謀本部だ。この街の中央に建ってる。嫌でも分かるはずだ」

 中央。そこに行けば彼の気持ちが分かる?
 でも、会いに行ったところで、彼の気持ちが分かるわけじゃあ……。
 ううん、まずは聞いてみなきゃ。

 ✻    ✻    ✻    ✻

「行っちゃったな……どうするよ、ハム助」
「チュー……」

 ✻    ✻    ✻    ✻

「すみません!この街の中心ってどの方角ですか!」
「あっちさね」
「ありがとう!」

 美亞葵君、美亞葵君、美亞葵君……!
 彼に会うのはまだ怖い。けど、彼の本心を知りたい。
 最後まで言葉を聞いていれば、こんな思いをしなくても済んだのかも知れない。

 それでも私は、あなたの口で、あなたの言葉で、あなたの本心を知りたい。
 貴方にとって、私は化け物?それとも──

「着いた……ここが……参謀本部」

 想像していたよりもずっと大きくて広い。
 ここには門番がいないみたいですね。
 一応不法侵入なので音を立てないよう、慎重に扉を開ける。入る前に捕まっては意味が無い。

 それにしても、この扉、重すぎませんか。ちっとも動かない。

「んー!ふぬぅー!ほわっ?みゅっ!」
「おや?君は──」

 急に扉が開いて前につんのめって誰かにぶつかった。

「大丈夫か?」
「す、すみません」
「君、大佐んとこの子だろ?こんなとこまでどうした?大佐に用事か?」

 認知されてることに驚いたんですけど。
 もしかして、私のこと周知してらっしゃる?軍の皆さん……。

「ああ、皆知ってるよ。真っ白な長い髪に薫衣草色の瞳。小柄な背丈。大佐が皆に伝えたんだ」

 ま、まさかそれって、私を排除するために、とか……。

「いやぁ、違う違う!万が一、お嬢さんが訪ねてきた時の為にって」

 よ、よかったぁ。緊張が一気に抜けた。

「しかしお嬢さん、今、大佐に会いたいなら覚悟が必要だぞ」

 え……?どういうことですか?

「俺の口からはなんとも……」
「会わせてください」

 おじさんは溜め息を吐くと、もう一度私に念を押した。覚悟が必要だと。
 もしかして、怪我をしたとか。意識が無いとか?そうであれば、私の力で治すことができる。

「お嬢さんはここで待っててくれ。大佐を連れてくるから」

 案内されたのは誰かの執務室。もしや美亞葵君の……?
 それから待つこと数分、ようやく彼が来た。

「お待たせしてしまい、申し訳ありません」

 どうしたんだろう、いつもより言葉遣いが堅苦しい。それに、雰囲気が鋭い。

「みつき、君、なの?」
「……まだ名乗ってないはずですが」

 何、この目。相手の弱点を探るような、目。
 いや!こんな美亞葵君は美亞葵君じゃない!まるで記憶が無いかのような……。

「おぼえて、ない、んですか?」
「何をでしょう」

 嘘よ。何かの間違いよ……ほんの一日半会わなかっただけで忘れるなんて。
 扉近くに立っているおじさんに目を向けると、首を振られた。現実だと。彼は嘘は言っていないと。

「本当に、忘れちゃったんですか?私の……こと」
「すみませんが、私はあなたを存じ上げません」
「嘘……」

 こんな、こんなことって。
 美亞葵君が私を、忘れた。美亞葵君の記憶の中に、私だけが居ない。

「ふ、う……うぅ、ぅあああああ!!」
「───!」

 私は理性を失くして暴走し、施設を半壊させたことを後に聞かされた。
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