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第61話 反応と感触
しおりを挟むマンション『アルカディア』
雫やナズナさん達の住居はまるで新築かのように綺麗な所だった。
「さ、どうぞ上がって」
「お、お邪魔します」
雫に通されて玄関で靴を脱ぐ。
部屋の内装も当然のように綺麗だった。
僕の部屋よりも一回り大きいダイニングルームに圧倒される。
「何緊張してるのさ」
「い、いや、今さらながら本当に一人暮らしの女の子部屋に上がってしまっているんだなぁ~って」
「そ、そういうこと言うなし。私まで緊張しちゃうじゃん。キュウちゃんは信用できる人って知っているから雫ちゃんも部屋にあげたんだよ」
「こ、光栄です」
リビングにはすでに小物が充実していた。
テーブルには新品のオシャレクロス。観葉植物に洋風の鏡台。鏡台には見慣れないような化粧品類が並べられていた。
うわ、うわぁ。女の子の部屋だ。雫ってあんな高級そうな化粧品で使ってるんだ。
今まで知らなかった雫の女性的一面が見られてつい赤面しながら俯いてしまう。
「本当にくつろいでくれていいんだからね。キュウちゃんは遊びにきたんだから!」
「そ、そうだね」
「って、まぁ、このリビングじゃ恐縮するのもわかるけどさ。私の両親ってえらく過保護でさ、こんな不釣り合いな部屋を選んでくれちゃったわけだよ。もっと安い部屋で良かったのに」
そういえば部屋は両親に決められそうって言ってたな。
まぁ、両親の気持ちの方が良くわかる。
こんな真っすぐな子が一人暮らしするのだ。
僕がこの子の親だったらやっぱりこれくらいの部屋は用意してあげたい。
「ね、キュウちゃん。あっちの部屋に行こ。ここより落ち着く空間だから」
言われ、ぐいぐいっと腕を引っ張られ奥の部屋へと案内される。
「って、ここ寝室じゃないの!? さ、さすがにそれはまずいんじゃ――」
「いいのいいの。寝室に連れ込まれたってキュウちゃんは私を押し倒したりなんかしないでしょ?」
「しないよ!!」
「全力で否定すんな。キュウちゃん本当は雫ちゃんのこと女と思ってないでしょ!?」
「女として見ているから全力否定して強い意志を示しているんだよ! 主に自分に向けて!」
「お、女として見ているのか。そうかそうか~」
なぜか嬉しそうに笑顔を向けてくる雫。
でも寝室への案内を止めるわけでもなく、僕はされるがままに雫に引っ張られていった。
「じゃーん! ここがニュー雫ちゃんルームでーす!」
「うぉぉぉを!?」
思わず驚嘆の声が出てしまった。
壁には『ラブリーくりむぞん』のタペストリー。
反対の壁には『転生バトルオンライン』のポスターとカレンダー。
テレビの傍にはゲーム機ハードが2つ。どちらも最新ハードだ。もちろん僕も同じのを持っている。
「オタク部屋だ!」
「ふふーん。言ったでしょ。雫ちゃんオタクだって。さっ、ベッドに座って座って!」
先に雫がベッドにダイブし、その横に座るようにポンポンと叩いていた。
ベッドに二人で座る、というシチュエーションも中々緊張するものでもあるのだが、いつまで突っ立っていても仕方がない。
「お? 乙女ゲーの抱き枕だ」
「片づけ忘れてた! み、見ないで!」
今日初めて雫の方がうろたえる姿を見ることができた。
そんなことで少し緊張が解けてしまう自分もいる。
「別に隠さなくてもいいのに。大丈夫。僕は理解ある方だからね。抱き枕のキャラが半裸でも何も思ったりしないから」
「ぅぐぐ。失敗したなぁ。べ、別にあのキャラを性的に見ているわけじゃないんだよ? え、絵のタッチとかいいなって思ってさ! うん!」
なんて分かりやすい嘘を付くんだこの子は。別に好きなキャラの抱き枕を持っていてもいいのに。
「き、キュウちゃんだってああいうの持っているでしょ!?」
「いや、僕は抱き枕は持ってないよ」
「うわああああああん!!」
雫が羞恥で半泣きになっている。
さすがにこれ以上この話題に触れるのは可哀想だな。
僕は別の話題はないか部屋の中を見渡してみることにする。
「あっ! 僕のキャラ達!」
ベッドの脇壁に見覚えのあるキャラ達のイラストが張ってあることに気が付いた。
『大恋愛は忘れた頃にやってくる』、『ウラオモテメッセージ』、『異世ペン』、他にも以前僕が雫に見せた過去作のキャラクター達も居た。
他のアニメポスターとかと並べても遜色ないレベルの高さ。やっぱり雫の腕は物凄いんだってことを実感する。
「私の過去の軌跡だよ。プリンター買ったから自分の絵を印刷してみたんだ」
「嬉しいなぁ。僕達が生み出したキャラ達が部屋に飾られるって。感慨深い」
「キュウちゃんの分も印刷してあげよっか?」
「本当!? ぜひ!」
嬉しい。僕も雫と同じように部屋に飾ろう。
そんなことを思いつつ、印刷作業に取り掛かっている雫の後ろ姿を眺めていた。
紺色のTシャツの上にピンク色のパーカーを羽織っている。ブラウンの7分丈ズボンも似合っている。
この間の文化祭で見たときは如何にもお出かけ服って感じだったけど、今みたいな部屋着っぽいラフな格好も好きだなぁ。
「? どしたー? なんか面白いものでもあった?」
「ああ。ごめん。雫に見惚れてただけだよ。今日の服も似合っているね」
「!!??」
正直に褒めただけなのに雫は化け物でもみたかのようなリアクションで驚きを示していた。
「急に褒めるな! び、びっくりするでしょ!」
「お、驚いたのはある意味こっちだけど、その、驚かせたならごめん」
「全くもぅ。こんなオタク服に見惚れる要素ないでしょうに」
「いやいや、女の子部屋着姿ってみたことなかったから新鮮だよ。妙にドキドキする」
「!!!!!????」
またも雫は大げさなリアクションで驚きを示していた。
その際にガンっと音を立ててプリンターに肘を撃っていた。
更に肘を撃った反動で今度は足元にあったゲーム機に足をぶつけていた。
「あいったぁ~!」
「大丈夫!? 雫!」
足をぶつけた反動でそのままこちらに倒れこんでくる。
まずい。受け止めないと今度は頭を壁にぶつけてしまうかもしれない。
僕は自分の身体を壁と頭の間に滑らせ、倒れてきた雫を身体全体で受け止めた。
ボフッと柔らかい音が鳴る。上手く僕の身体がクッション代わりになったようだ。
だけど――
「「あ――」」
雫の両手が僕の両耳脇に置かれ、両足は僕の身体を挟みこむように膝立されていた。
つまりベッドの上で雫が僕に覆いかぶさるような体制になってしまう。
「「…………」」
なぜかそのまま見つめ合ったまま硬直してしまった。
フワッと良い香りが漂う。僕の上に覆いかぶさっている女の子の香りだ。
まずい。この体勢は非常にまずい。
照れるとかそんな次元じゃなく、下半身の一部が大きな反応を示し始めているのが最もまずい。
眼前いっぱいに広がっている潤んだ瞳がトドメとなった。
「………………はっ!」
永遠にも近い静寂の後、雫の意識は不意に覚醒する。
慌ててその場から跳び退いた。
「はぅ!」
跳び退いた瞬間、膨らんだ下半身に雫の左手が一瞬触れた。
「ご、ごごごごごめんね!? キュウちゃん大丈夫!?」
大丈夫だけど、大丈夫じゃなかった。
でも心配かけまいと僕はロボットのように首をコクコク縦に振り続けまくった。
「その、かばってくれてありがとう。怪我はない!?」
その質問にも首を縦に振りまくって応える。
「よかった。あ、あはは。その、私の方がキュウちゃんを押し倒しちゃったね」
今度は首を横に振りまくって応える。
今のは事故だから仕方がない。
押し倒された形になった時、数秒の見つめ合いがあったことも仕方がない。
それよりも下半身に一瞬触れられた感触が気になって仕方がない。
分厚い生地のズボンだし、雫も慌てていたようだから向こうは気づいていない……のかな?
「印刷終わったけどラミネーター温まるまで時間かかるから、ゲームでもして時間潰そうか。キュウちゃんも確か『スマッシュ兄弟』持ってたよね。た、対戦じゃ~!」
「う、うん! 対戦じゃ~!」
ゲームか。いい気晴らしになりそうだ。集中すれば色々忘れられそうだ。下半身も元の形に戻るに違いない。
雫にバレないよう若干前かがみになりながらコントローラーを持つ。
「…………」
雫が頬を赤らめながら左手を凝視する姿を度々見かけたけど、下半身に一瞬触れた件とは関係ないのだと自分に言い聞かせることにした。
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