58 / 62
第58話 手紙
しおりを挟む正直冬休み明けは全然登校しなかった。
花恋さんが1度も登校しなかったからである。
もし花恋さんが登校するのなら黒龍警戒を理由に学校へは来るつもりだったけど、結局その機会は1度もなかった。
恐らく花恋さんなりの気遣いだろう。
自分が登校することで僕や瑠璃川さんに迷惑がかかるので、とか考えてそう。全然迷惑なんてことないのに。
だけど今日は卒業式。
今日だけは登校しないわけにはいかず、教室には若干懐かしい顔ぶれがそろっていた。
「おはよう雪野君。久しぶりだけど貴方とは久々感あまりないわね」
「おはよう瑠璃川さん。なんだかんだグループチャット稼働しているからかな」
「そうね。そのうちチャットだけじゃなくてグループ通話も試してみない?」
「みんなが良ければよろこんで」
グループチャット内では各々の立ち位置が出来上がりつつある。
基本雫が中心となって話を立ち上げて、花恋さんが話を広げ、僕と瑠璃川さんは皆を見守る保護者みたいな立ち位置でたまに発言を行う。
通話を行ったとしてもその立ち位置は変わらないんだろうなぁ。
「瑠璃川さん、弓くん、おはようございます。今日も始業までこっちに居させて頂きたいと思いまして来ちゃいました」
「おはよう花恋ちゃん。こっちが貴方のクラスみたいなものなのだから、かしこまらなくてもいいのよ」
「ありがとうございます。瑠璃川さん」
「おはよ。花恋さん、黒龍って登校してた?」
「いえ。まだ登校されてはいないみたいですね。どうやら停学明けの冬休み後は一度も登校されていなかったみたいです。まぁ、それは私もですが」
「そう。このまま姿を現さなければいいのだけど。動向が気になるところね」
今日さえ乗り切れば僕らが黒龍と出くわすことは二度となくなる。
緊張感持って細心の注意を払っておこう。
「気になるといえば貴方達めちゃくちゃ仲良くなっているわね。名前で呼ぶようになっちゃって。もしかして付き合いだした?」
「そ、そういうわけではないです! その、お部屋探しの時、訳あって恋人のフリをしなければいけなくなってしまって。名前呼びはその名残です」
うん。ちょっとだけ嘘あるな花恋さん。
苗字呼びすると花恋さんがキレ散らかすからというのが一番の理由だ。
「どうして部屋探しで恋人のフリをする流れになったのか物凄く気になる所だけど――」
キーンコーンカーンコーン
「それはまた後で話を聞くことにするわ」
始業チャイムが鳴り、HRがもうすぐ始まる。
花恋さんも自分のクラスに戻らなければいけない。
「花恋さん。黒龍関連で進捗があったらすぐにチャットして。場合によっては電話でもいいから」
「あ、ありがとうございます弓くん。とっても心強いです」
ペコリと頭を下げて小走りで教室から出ていく花恋さん。
ほんの少しだけ頬が赤かった気がした。
「(――ちょっと見ないうちに雨×雪が進展してる!?)」
「(キャァァァッ。『弓くん』『花恋さん』だって)」
「(くっ、まだだ。しず×雪 こそが至高であり最高の推しカプ! 雫さんとの関係はどうなのだ雪野弓。聞きたくて仕方がない)」
「(そうよね。卒業したら彼らの恋の行方が追えなくなるのね。いっそ今からでも雪野君と連絡先交換しておこうかな)」
「(それより瑠璃×雪の可能性は消えたのか!? 消えちゃったのか!?)」
この愉快な面々とも今日でお別れになるのも寂しくなる。
文化祭前後くらいから話しかけられることも増えていたので若干の寂しさを憶えながら高校生活最後の日を過ごしたのだった。
つつがなく卒業式を終え、最後のLHRも終えた。
放課後、僕らは高校生活を惜しむように教室に残っていた。
「卒業式はやっぱりしんみりしてしまうわね」
「そうだね。この空気感、非常に参考になったよ。ちゃんと文章化できるかなぁ」
「貴方にとっては全てのイベントが自作小説の参考資料なのね」
瑠璃川さんが呆れたようにため息を吐く。また小説バカと思われてしまったかもしれない。
「お二人ともお待たせしました」
花恋さんが教室に入ってくる。
目頭が少し赤い気がした。
「えへへ。卒業式って感動しますよね、ついもらい泣きしちゃいました」
「ほら見なさい。これが普通の反応なのよ」
「僕に人間の感情がないみたいに言うのやめて」
式では何も思わなかったけど最後のLHRの担任の独白は中々くるものはあった。
あれこそ文章化しないといけない。先生の明言はいつか自分の作品で紹介したい。
「そういえば結局黒龍は姿を現さなかったみたいだね」
「はい。正直ちょっと安心しました。鉢合わせしたら私どうしたら良いのかわからなかったと思いますので」
「平和に終わって良かったよ。僕も高校生活最後の日にアイツと揉めるなんて絶対嫌だったし」
「はいはい。めでたい日にあんな屑の話題なんか出さないでいいでしょ。楽しいこと考えましょ。ねぇ。せっかくだから喫茶店でも行きましょうよ。卒業式の打ち上げしましょ」
「それはもちろん! でもいいの? 瑠璃川さん他の人からもお誘い受けてなかった?」
「ええ。丁重にお断りさせてもらったわ。なんというかこのメンバー落ち着くのよ。高校生活最後の日くらい素の自分を出せる場所で羽を伸ばしたいわ」
そう言ってもらえるのはありがたい。
瑠璃川さんって基本的に誰にでも人当たりが良く、それが人気の秘訣でもあるのだろうけど、僕らの前では割とだらしない姿を見せていた。
だからこそ先ほどの言葉が本心だとわかる。
そしてそんな風に思ってもらえていることが内心嬉しかった。
「水河さんとも通話繋ぎながら楽しみましょう」
雫のことも気に留めてくれているのも嬉しかった。
名残惜しい気もするが僕らは1年間お世話になった教室を後にする。
二度とこの場に来ることはないんだろうな。しんみりする。
でも不思議と寂しくはなかった。
それよりもこのメンバーと一緒に4月から同じ専門学校に通えることが楽しみで仕方なかった。
下駄箱をあける。
ついいつもの癖で内履きを入れてしまいそうになったことに苦笑する。
「あら? 雪野君、何か落ちたわよ?」
「えっ?」
下駄箱を空けたとき、ひらひらと何かが床に落ちてしまっていたみたいだ。
何かと思い拾い上げる。
「ふえぇ!?」
それは手紙だった。
って、手紙って、まさか!?
「あらあらあら。卒業式の日に手紙? むふふ。やるわね雪野君」
「ゆ、ゆゆゆゆゆ弓くん!? そ、そそそそそそれって! それって! それってぇ!」
「お、おちついて花恋さん。ほら見てよ。ラブレター的なものにしては装飾なさすぎるでしょ?」
そう言うが実は内心心臓バクバクだった。
ラブレター的なものの可能性は低いとは思っているが、万が一ということもある。
手紙を持つ手も震えまくっていた。
「雫ちゃんに報告しなきゃ」
「なんで雫に報告するの!?」
「そ、それより! なんて書いてあるんですか!! 場合によっては許しませんからね!」
「なんで!? どうして怒っているの!? 花恋さん!」
「だ、だだだ、だって! だってぇ!」
こんなにうろたえている花恋さんはレアだ。
さっきの卒業式以上に涙目になりながら謎の怒りを僕にぶつけていた。
~~♪ ~~~♪
慌ただしい状況の中、更に混沌を極めるが如くスマホがメロディを奏でる。
ディスプレイには『水河雫』の文字。
うぉう!? 着信!? っていうか通話!?
「おいこら親友、おいこら親友。ラブィのもらったって聞いたぞ、ラブィのもらったって聞いたぞっ!!」
壊れたステレオラジオみたいに呪詛みたいな言葉を繰り出す我が親友。
視線を移すと瑠璃川さんが非常に楽しそうに口元で笑みを浮かべていた。
本当に雫に連絡しやがったよこの人。どうすればいいのこのカオス。
「弓くんはそんな浮ついたの興味ないですよね。その手紙見なかったことにしましょう。なんでしたら私が回収してもいいですよ」
「おいこら親友、おいこら親友。雨宮さんが名前で呼んでいたけどどういうことなのかな? ラブぃのか!? 二人はすでにラブぃのか!?」
左手側に雨宮さんが詰め寄り、右手はスマホから雫に詰め寄られる。
どう収集つければいいのかわからず右往左往していたら、ポロリと手紙が床におちる。
瑠璃川さんがそれを拾い上げた。
「……あら……これは――」
不可抗力で手紙の内容が目に入ってしまったようだ。
瑠璃川さんの表情がみるみる険しくなる。
「ごめんなさい雪野君。先に読んでしまったわ」
「あ、いや、不可抗力なのはわかっているから」
まぁ、瑠璃川さんが雫に連絡したせいで状況がややこしくなっているのだが。
「やっぱり雪野君充てのラブレターだったわよ」
「「うわあああああああん! やっぱりぃぃぃぃぃ!!」」
なぜか花恋さんと雫がシンクロしながら涙を浮かべている。
「――男からのね」
「「「え¨っ!?」」」
今度は僕も混ざって絶句のシンクロをする。
いや、男って。初めてのラブレターが男からって、さすがにそりゃあないよ神様。
「ま、まぁ、キュウちゃん可愛いから男の子からモテてもおかしくないと思うよ!」
「全然慰めになってないよ! 雫!!」
「どんなふうに押し倒されたのか後で教えてくださいね」
「戦慄するようなこと言わないで!?」
「そうだよ雨宮さん。ちょっと解釈違いだよ。キュウちゃんが攻めに決まっているじゃん」
「決まってないよ!?」
成人女性2人が揃うと会話がエロ寄りに偏っていけない。
お願いだから僕が男と絡むことが決定事項みたいに言わないで。
「水河さん。雪野さんは追い詰められている時に本領を発揮すると思いませんか? 強気で押し倒された時の雪野さんの涙目を想像してください。もうたまりませんよね」
「うぐっ! た、確かにその線はアリよりのアリだけど……でも! 雨宮さん考えても見て。赤面しつつ有無も言わせず相手の唇を奪いにいくキュウちゃんを。ハァハァ、な、なんか息上がってきた」
「あ、アリですね。さすが水河さん。やりますね」
「二人とも僕で何想像してるんだよ!?」
二人のピンク色の想像の中心に自分が居ると考えるだけで気恥ずかしさがバーストする。
いや恥ずかしいとかそういう問題じゃない。
男と絡んでいる妄想をされているんだぞ僕、しっかりしろ。
「はい。雪野君。手紙」
「あ、う、うん」
このタイミングで渡してこないでほしい。
ほら、花恋さんが期待を膨らませた視線を向けてきているよ。
僕は恐る恐る手紙の内容に視線を移す。
「――えっ?」
思わず驚きの声が出てしまった。
手紙にはこう書いてあった。
『てめぇから受けた屈辱は必ず返す。
いつか俺の音楽で見返してやる。
憶えてやがれ。
黒滝龍一郎』
「黒龍からの――果たし状?」
「「ええっ!?」」
単調に書かれた手紙の主はまさかの人物だった。
姿を見せないと思ったらこんな風に絡んでくるとは全くの予想外。
あいつ――
「なんで僕の下駄箱の場所知ってるの? 怖いんだけど」
「むしろ私は『音楽で見返す』なんて殊勝な心掛けを見せてきたアイツの心境の変化が怖いわ。どんな風の吹き回しかしら」
たしかに。
僕の知っている黒龍なら有無も言わず暴力で報復してきそうなものであるが。
何かアイツの中で心境の変化があったのかもしれない。
「音楽で見返す――か。近いうちにそんな日が本当に来るような気がする」
文化祭で披露していたアニメ挿入歌のアレンジ。アレには度肝を抜かされた。
アイツには確かな音楽の才能がある。
アイツが花恋さんにやったことは絶対に許せないが、真剣に音楽に向き合っていつか有名になる日が来たならば――
「少しは認めてあげてもいいかもしれないな」
いつか再会したいような、そうでないような。
複雑の心境の中、僕は黒龍からの手紙をそっとポケットにしまった。
「黒×弓ですね」
「ちがうよ弓×黒だよ」
謎の掛け算で議論を始めた二人が雰囲気を台無しにしたのはいうまでもなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~
メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」
俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。
学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。
その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。
少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。
……どうやら彼は鈍感なようです。
――――――――――――――――――――――――――――――
【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
毎朝20時投稿!
【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる