転生未遂から始まる恋色開花

にぃ

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第57話 恋人の花恋

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 ノヴァアカデミーの面接から2週間後。
 一通の封筒が僕の手元に届けられる。
 分厚い。
 若干緊張しながら封を切り、添え状に目を移す。
 ノヴァアカデミーへの合格を知らせる内容が記されていた。
 ほっと一息つく。
 月見里先生はああ仰っていたがやはりこの瞬間は緊張が奔った。
 よかった。これで僕も4月から晴れて専門学生だ。
 グループチャットのスレを開く。

 弓「僕の元にも届いたよ通知 合格でした」

 水河雫「おめでとう!」

 カエデ「よかったわ」

 雨宮花恋「これで全員合格ですね 本当によかったです」

 他3人にはすでに合格通知が届いていた。
 僕だけ1日遅れなって内心ヒヤヒヤしていたけど無事合格して本当によかった。
 素直にこのメンバー全員でこれからも付き合っていけるのが何よりも嬉しかった。

 弓「次は一人暮らしの部屋探しだね」

 カエデ「私はもう決めてあるわ」

 水河雫「はっや! 合格通知あったの昨日だよね!?」

 カエデ「姉が住んでいるアパートに一緒に住まわせてもらうことになったの」

 雨宮花恋「瑠璃川さん お姉さん居たんですね いいなあ」

 水河雫「私はなんか親に決められそうな雰囲気だよ 雫ちゃん一人じゃ絶対まともな部屋を選べないからー みたいなこと言い出してさ 失礼しちゃうよ」

 カエデ「ふふ それだけ雫ちゃんのことが心配なんでしょう いい親御さんじゃない」

 水河雫「むー そうなんだけどさ 自分の住むところくらい自分で決めたかったよ」

 弓「みんなある程度済むところに目星ついているのか なんか焦るなぁ」

 雨宮花恋「私も全然決めてなかったです」

 カエデ「早いとこ決めておきなさい この時期はみんな同じこと考えていること一緒だからいい物件から取られていっちゃうわよ」

 弓「わかった」

 雨宮花恋「うぅ 良いところ見つけられる心配です」

 こんな感じで今日のグループチャットはお流れになった。
 だけど――

    ピロン

 続けざまにチャットメッセージが届く通知音がなる。
 嫌な予感がする。
 ポップアップには『すずな』というID名が表示されていた。
 またか……

 すずな「おいこらクソ弓 ナズナちゃんと連絡取ったりしてないでしょうね?」

 こんな感じで鈴菜さんから毎日確認メッセージが届く。
 この2週間で僕が最もチャットのやり取りを行っていたのは間違いなく春海鈴菜さんであった。

 弓「だから取ってないって ナズナさんからメッセージが届いたりしてもいないよ」

 すずな「うそついたら殺す」

 弓「殺すってマジで言っているんだろうなぁ」

 すずな「あたりまえ 常に私の監視下にあることを忘れるな」

 弓「はいはい それはこの1週間で身に染みたよ」

 すずな「話は変わるけどアンタの所は合格通知きた?」

 弓「たった今届いたよ 合格だった」

 すずな「ちっ 合格か 落ちていればナズナちゃんとの接点は絶たれると思ったのに」

 弓「不合格を祈られていたか ちなみにそっちはどうだった?」

 すずな「答える義理はない」

 弓「まああの場に居た全員が合格だったってことは実はもう知っているんだけど」

 すずな「どうしてそんなことがアンタにわかるのよ?」

 弓「僕の監視を解いてくれたら教えるよ」

 すずな「んじゃ別にいいわ また明日監視メッセ送るから じゃ」

 春海鈴菜さん。
 彼女は『超』が付くほど姉のナズナさんを溺愛しているシスコンだった。
 そして僕はナズナさんを取り巻く『悪い虫』として認識されているようである。
 面接会場であった彼女は遠慮がちで控えめな性格だから僕に似ているな、と思っていた。
 今やそんな印象は一切ない。
 遠慮なんていう思慮深さは鈴菜さんには最も足りないものであるということを僕は思い知らされている。
 早朝だろうが深夜だろうが監視という名目でメッセージ投げてくるしなぁ
 少しでも返信遅れると怒涛のチャットラッシュしてくるし。
 だけどそんな彼女とのやり取りはただ迷惑なだけというわけでもなかった。
 なんというか楽しいのだ。
 今までと違うタイプの付き合いに新鮮さも感じられる。
 鈴菜さんには失礼だけど『悪友』ができたような感覚でちょっと嬉しかった。

   ピロン

 おや? 更にチャットの通知音が鳴る。
 鈴菜さん何か言い残しかなぁ?

 雨宮花恋「あの もしよろしければ明日一緒にお部屋探ししませんか?」






 なんだかんだ雨宮さんと一緒に居ることが多い。
 前回のドールちゃん仕様の雨宮さんと遊んだ時は楽しかったなぁ。
 って、今日は遊びにいくわけじゃない。
 進学に備えて住むところを探しにいくんだ。

 まずは二人で不動産屋に訪れて空き物件の照会を行った。
 幸いにもノヴァアカデミーは学生数が少ないため学園周りのエリアには空き部屋がいくつもあった。

「あっ、ここは――」

 空き物件の中に見覚えのあるアパート名を発見する。
 『シャトー月光』。

「知っている所なのですか?」

「うん。月見里先生が面接中に教えてくれたお勧めアパートがこんな名前だった気がする」

「ど、どうして面接で物件紹介されたのか、物凄く気になりますが……とりあえずの物件情報見て見ましょうか」

「そうだね」

 シャトー月光。
 1DK物件か。ワンルームとは違い家賃は高い。でもとてもいい部屋だな。
 大恋愛は忘れた頃にやってくるの収入貯蓄は残っている。それを切り崩していけば専門学校に通う2年くらいはギリギリ住むことはできるかも。
 いや、生活費のことを考えると少しきついか。親は仕送りをしてくれるって言っているけどそれを頼りにこんな贅沢な物件に住まうのも申し訳ないな。

「あれ? すみませんどうして2階奥の二部屋だけこんなに家賃安いのですか?」

「あっ、本当だ」

 同じ敷地内のはずなのになぜか雨宮さんが指をさした2部屋だけワンルーム並に家賃が安い部屋が存在していた。

「あー、ここはちょっと訳ありでねぇ」

「訳あり?」

「も、ももも、もしかして心霊関係です?」

 雨宮さんが僕の背中に隠れながら震えだす。
 この子もしかして怖いの駄目系? なんか意外だ。

「違う違う。そういうのじゃないんだ。ちょっと建築時に設計ミスがあったんだ。ほら、ここ見てごらん」

 不動産屋さんが指をさしたのはベランダの間取り。

「おぉぅ。繋がってますな」

「そうなんだ。何をどう間違えたのかこの2部屋だけベランダが共有なんだ」

 ここのベランダには仕切りも壁もないらしい。
 ベランダ同士が繋がっているということはベランダからお互いの部屋に出入りができてしまうということ。
 そりゃあ安いわけだ。

「そ、そこにします!」

 マジか! 雨宮さん!?

「ちょ、ちょっと!? 女の子がこんな部屋に決めるのは――」

「私と『彼』の二人でこの2部屋をお借りします!」

 彼って……

「ああ。あんたらアベックだったのかぃ」

 アベックって恋人関係ってことだよな。今日日聞かない言葉だ。

「こんな部屋アベックくらいしか貸せねえしな。彼氏さんはどうだい? この部屋契約するかい?」

「ちょ、ちょっと相談させてください」

 言いながら雨宮さんを一時的に外へ連れ出した。
 中にいる不動産屋さんに聞こえないように小声で雨宮さんを問い詰める。

「ちょ、ちょっと雨宮さん! さすがにあの部屋はまずいでしょ!?」

「雪野さんが嫌なら私も諦めますが……」

「そ、そうじゃなくて! ほら雨宮さんが困るでしょ? ベランダからお互いの部屋に出入り可能な物件なんて」

「隣が雪野さんなら全然気にしませんよ。どうぞいつでもいらっしゃってください」

「招かないで!? 女の子としてもっと違う反応をだね」

「それに私一人暮らしって実は不安で、雪野さんが隣の部屋に居てくださると精神的にもとても心強いです。だから私からお願いします。ここに住みませんか?」

「ぅ……」

 ここまで信頼してくれているとは正直思わなかった。
 それに僕も一人暮らしに不安がないわけじゃない。
 友達が近場にいてくれるのならこれほど心強いことはない。
 でもその友達が『異性』の場合やっぱり話は変わって――

「お願いします。雪野さん。確かに異性でこの2部屋を借りるのは体裁的に良くないかもしれませんが、でも私にとっては絶対プラスになりそうなんです」

「というと?」

「ノンフィクションの恋愛小説――」

「あー、なるほど」

 こんな創作物みたいな部屋に実際に男女が住む。
 それは雨宮さんにとってこれ以上にない作品ネタ提供場になるだろう。
 うぅ、小説の為と言われると僕も納得せざるを得なかった。

「わ、わかった。雨宮さんが良いのであれば僕に異論があるはずないよ」

「ありがとうございます! お隣さんになれますね♪」

「うん。そして安心して雨宮さん! 僕は絶対に雨宮さんのプライベートには干渉しないからね!」

「それはそれで女としてなんか複雑といいますか――」

「えっ?」

「なんでもないです! さ、戻ってあの部屋を決めましょう!」

 雨宮さんは僕の手を取りながら不動産屋の中へ戻っていく。
 恋人以外にはあの部屋は貸せないって言っていたからな。おじさんに怪しまれないように恋人のフリをしなければいけない。

「恋人の花恋と話し合いました。この物件にしようかなと考えています」

「かれ――っっ!!!??」

「おお。そうかい。物件の下見もいっておくかい?」

「はい。恋人の花恋と一緒にいきます」

「じゃあ下見の日程も決めておこうか」

「恋人の花恋はいつがいい?」

「~~~~~~~~っ!」

 雨宮さんは顔を真っ赤にしながらおじさんの見えないところで僕の腰元をバンバン叩いてくる。
 な、なんだ? 僕なんか間違えたか?
 間違えてないよね? おじさんの前では恋人のフリを突き通す、で間違えてないんだよね?
 雨宮さんが何も喋らないから不安になってくる。

「え~~~、こほんっ!」

 真っ赤のまま雨宮さんは一つ咳払いをして僕とおじさんを交互にみる。
 僕を見る時だけはなぜかジト目だった。

「私はいつでも大丈夫ですので、恋人の弓くんに全てお任せします」

「ゆ――っ!!!???」

「なんですか? 恋人の弓くん。さっきの私みたいに口をパクパクさせてますけど」

「(ぱくぱく)」

「なぜか恋人の弓くんが石像になってしまいましたので、今日の所は失礼しますね。後ほどお電話で下見の日程をご相談させてください」

「はいよ~」

 こうして僕らは不動産屋を後にする。

「…………」

 歩く。

「…………」

 無言で歩く。

「…………」

 二人で顔を真っ赤にしながら歩く。

「…………」

 無言のまま喫茶店に入り――
 そして――

「「ぶっはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」

 詰まっていた息を全て吐き出しながら同時にテーブルに突っ伏した。
 チラッと目線だけ上げると雨宮さんと目が合った。
 怒っているような困っているような照れているような何とも言えぬ視線だった。
 そして一気に爆発させてきた。

「なんですか! 恋人の花恋って! 何回恋人いうんですか」

「いやいやいや、だって恋人アピールしないとあの部屋借りられなかったじゃん」

「そ、そうですけど! そうなんですけど! な、名前呼びするなら事前に相談して欲しかったといいますか、不意打ちは心臓に悪いといいますか」

「それはちょっとごめん。でも苗字+さん付けじゃおじさんに怪しまれると思ったんだよ」

「び、びっくりしましたよ。もぉ~」

「びっくりはこっちもだよ。僕を赤面させてそんなに楽しい!?」

「私は弓くんの真似しただけですもん」

「そうだとしてもこちらも心の準備が――って、また名前呼びしているし」

「うへへ~。ゆ~みくん♪」

「からかいやめて。本当耐性ないんだから」

 恋愛小説において名前呼びイベントは割と見せ場だ。
 自然と雰囲気は甘くなり、良い雰囲気になるのが創作のパターンだけど。
 まさか不動産屋のおじさんを騙すために名前呼びイベントが起こるとは思わなかった。

「そうだ雨宮さん。話変わるけど下見の日程どうする? 僕は割といつでもいいんだけど」

「弓くん、話戻しますけど苗字呼びに戻るのなんでですか? 花恋でいいですよ?」

「一瞬で話戻さないで!?」

「私にとって下見よりもこっちの方が大事ですので」

 なんでそんなに真剣な目を向けてくるんだ。
 それにしても名前呼びか。雫を名前で呼んだ時もそうだったけど、彼女達は自分から名前呼びを進めてくるんだよなぁ。女の子的には名前で呼ばれたい願望が内心存在するものなのだろうか。

「じゃあ……花恋さん」

「…………」

「不満そうに睨まれるのは想像できていたよ。でも今の僕にはこれが限界。許して!」

「水河さんには呼び捨てのくせに」

「わ、わかった。いつかね。いつか少しずつ呼び捨てにしていくから。ね?」

「ドールちゃん仕様の時はちゃん付けで呼べていたのに」

「じゃ、じゃあ次はちゃん付けで呼べるように頑張ってみるよ」

「言質取りましたからね。忘れないでくださいよ」

 よかった。お許しが出た。
 でもいつまでもさん付けで呼んでいたら絶対不満がってくるだろうな。
 早いうちにまずはちゃん付けで呼べるように心の準備をしておこう。

「それじゃあ雨宮さん話を再び戻すね。下見のことだけど――」

「むぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」

「痛い痛い! 冗談だからそんな力いっぱい頬を抓らないで~!」

「次苗字呼びしたら爪を立てますからね」

「どうして苗字呼びでそこまでの殺意を!?」

 僕と雨宮さんの仲がちょっぴり進展した喫茶店での一時となった。
 ちなみに後日物件を下見へ行き、本当にベランダが繋がっていることに驚きつつも良い部屋良質価格であることには変わりなかったので部屋の契約手続きを行った。
 角部屋201号室が僕、隣の202号室に雨宮さんが住む。
 波乱の予感をかかえつつも僕らは3月下旬からここに住むことが決定した。

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