転生未遂から始まる恋色開花

にぃ

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第55話 春の声達

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 電車を使っての遠出は久しぶりだった。
 都内某所に設立されたクリエイト専門学校『ノヴァアカデミー』
 僕と雨宮さんはこの場に訪れていた。
 勿論遊びに来たわけではない。僕も雨宮さんも制服姿だ。
 今日は僕らにとって勝負の日。
 即ち入学試験の面接と適性検査を受ける日であった。
 ちなみに雫と瑠璃川さんはPM日程。僕らはAMだったので二人だけで先に試験に臨む形になる。

「都内とはいえ結構自然が多い所ですね」

「うん。落ち着いた風景で結構好きかも」

 都心とは思えないくらい自然豊かな所だった。
 と言っても勿論田舎じゃない。実家付近に比べたら全然都会だ。
 僕らはアカデミーの敷地に入り、建物の前で身なりの確認をし合った。

「雪野さんっ! 頑張って一緒に合格しましょうね」

「うん。今日は全力で臨もう!」

 入口に備わっていたイーゼルに受験生向けの案内文が記載されていた。
 内容に従い、僕らは待合室みたいな教室で待機となるようだ。
 まずは面接だ。
 当然ながら苦手分野だ。
 いや、面接が得意な人類なんていないか。条件はみんな同じのはずだ。気負いすぎないで臨もう。

「ていうかさ。ずっと気になっていたんだけど、僕ら以外の受験生少なすぎない?」

 一応周りに気遣って小声で話す。

「そうですね、PM日程の方に人が集中しているのでしょうか? まだ試験開始前ですのでこれから合流する方もいるでしょうけど……」

 それを考慮しても少ない。
 僕、雨宮さん、制服の男子生徒11人、制服の女子生徒16人。
 まさかの29人。
 ノベル科は確か定員40名だったはずだ。

「受験者数が多すぎるよりは倍率的に良いかもだけど――」

「あーーっ!」

 不意に後方から大きな声がした。
 反射的に振り返ってみると、一人の女子生徒が僕らに指さしながら驚きを示していた。
 彼女の連れの女子生徒を引っ張ってきながら僕らの方に近寄ってくる。
 えっ? 誰? 何?

「ドールちゃん! マスターくん!」

「「へっ?」」

 どうして初対面の人がその別名を……?

「私、私よ! 咲良モールであった服屋の店員! すごい偶然! ここ受けるの!? 私たちと同じ受験生よね!?」

「あの時の濃い店員さん!」

「あんたらに言われたくないわ!」

「わわ、偶然ですね。その、同学年だったのですね」

「私が老けてるって言いたいわけ!?」

「ち、ちちちち、違いますっ! 大人っぽくていいなぁって。その悪い意味でなくて!」

「とと、こちらこそごめんねドールちゃん。別に怒ったわけじゃないのよ。ツッコミなの。私ちょっとツッコミ過敏で」

「ツッコミキャラですか! いいですねぇ。小説では絶対一人は欲しい人種ですよ。ツッコミキャラが居ると居ないとでは展開のテンポに雲泥の差がありますもんね。素晴らしいですお姉さん」

「褒めてくれているんだろうけど、どことなく馬鹿にされている気がする! ていうかお姉さんやめい。タメなんだから名前で呼びなさいよ」

「――あの……ナズナちゃん。そのセリフはせめて名乗ってからいうべきじゃ……」

 お姉さんの後ろに隠れるように顔を出した少女がおずおずと言葉を割り込んでくる。
 お姉さん――ナズナさんと呼ばれた彼女はポンッと手を叩き納得した素振りで応対する。

「ごめんごめん。そうだったわね。私は春海ナズナ。カタカナで『ナズナ』ね。こっちは双子の妹の鈴菜よ。同じ春海だから下の名前で呼んで」

「は、はぁ。よろしくお願いします。雪野弓です」

「よろしくお願いします。雨宮花恋です」

「よろしくね!」

「よ、よろしくお願いします」

 ハキハキと元気に喋る姉のナズナさんに対し、妹の鈴菜さんは控えめで丁寧な応対だ。
 双子って言われないと絶対にわからないレベルで似ていないかも。

「ドールちゃん達も声優科受けるんだよね! 一緒に受かるといいね。まぁ大きな声では言えないけどこんなに人数が少ないのなら合格をもらったも同然よね。倍率低そうでラッキーだったわ」

「えっ? 違いますよ? 僕らはノベル科志望です」

「嘘ぉっ!? えっ、ちょっと待って、全学科揃って受験生これだけ、とは言わないわよね?」

 もしそうだとしたら『倍率低くてラッキー』ではなく『大丈夫か? この学校』という考えに変容してしまう。

「ちょっと聞いて回ってくるわ」

 そう言い残し、ナズナさんは周りの受験生の元に駆け寄り一人一人に声を掛けにいった。
 なんていう行動力。アレが陽キャというものなのか。

「あのぉ~!」

 ナズナさんの行動力に見とれていた僕らはポツンと置いてけぼりになっていた鈴菜さんの存在をすっかり忘れてしまっていた。

「どーるちゃん、マスターくん、ってどういう意味でしょう? あだ名?」

「「……あー」」

 言いづらい、すごく言いづらい。
 でも、見るからに大人しそうなタイプの子が頑張って僕らに話しかけてきてくれているんだ。
 とても邪見になどできなかった。
 僕らは咲良モールでの出来事を要点絞って鈴菜さんにお話しする。
 鈴菜さんはたまに相槌を打ってくれながらしっかり僕らの話を聞いてくれた。
 この子、僕や雨宮さんに通ずるものを持っている気がする。控えめな性格的の人はどこか通じ合うものがあるのだ。
 丁度あの日の出来事を話し終えたタイミングでナズナさんが僕らの元へ戻って来た。

「わかったわ。この場に居るのは受験生は声優科とノベル科だけみたい。他の2学科はPM日程なんだって。それとね私らの他にも推薦組ってのが居るみたい」

 なるほど。それならこの人数の少なさも納得だ。
 あと雫と瑠璃川さんだけPM日程だった理由も判明した。

「えと、ナズナーーさんでしたよね。その、すごい行動力ですね。初対面の人相手にあそこまで気負わず話しかけられるなんて」

「あはは。ほら、私アパレル関係のバイトやっていたから人に話しかけるの慣れているのかも」

「アルバイトは今もやっていらっしゃるのですか?」

「んーん。辞めたよ。ていうかあんたたちと会った日が私の最終出勤日だったの。最後の日にあんな濃いお客さんが来たものだから物凄く印象に残っていたわ」

 豪快に笑うナズナさん。
 今まで関わってこなかったタイプの人だけど、鈴菜さんとは別の意味で話しやすい人だ。
 ていうか声優科か。確かに良い声だ。ナズナさんは咲良モールで出会った日にも印象的なアニメ声の人だなって思っていたし、妹の鈴菜さんも特徴的な声だ。仕事モードだとまた別の声を持っているんだろうな。
 そんなことを思っていると、ナズナさんが僕の隣に座ってきてスマホを取り出してきた。

「ねね。連絡先交換しようよ。学科は違えど受かれば同級生になるんだし! いいわよね?」

「い、いいですけど」

「やったっ」

 ナズナさんのパワーに押され、僕と雨宮さんは言われるがままにスマホを取り出した。
 例のアプリに『ナズナ』という名前が友達リストに加わる。

「ありがと。いつでも連絡していいからねマスターくん」

 気持ちの良い笑顔の人だ。
 ふわりと良い匂いもするし。

「ナズナちゃん。ちょっと近い」

「あっ、そう? ごめんよマスターくん」

「い、いいえ」

 言いながらナズナさんは席を立ち、今度は雨宮さんの隣の席に移動する。
 雨宮さんがあたふたしながら友達交換を進めていた。

「マスターさん。私とも友達登録お願いします」

「あっ、うん。よろこんで」

 最近すごい勢いで例のアプリに友達が増えていく。
 しかも全員女の子という奇跡。

「連絡先ありがとうございました。それと――」

「ん?」

 鈴菜さんが隣の二人に聞こえないように口を僕の耳元に近づけ、僕だけに聞こえるように小声で話しかけてくる。

「――馴れ馴れしくナズナちゃんに連絡取ったら殺す」

 んんんんん!?
 あれぇ? 今物凄くドスの利いた声色が耳の中へ入って来たような!?
 慌てて隣を見て見ると、そこには物凄い笑顔の鈴菜さんが居た。
 ただ、その笑顔、顔は笑っているけど目が全然笑っていなかった。

「そういうわけなので、よろしくお願いしますね。マスターさん」

「は、はい」

 この場合、『よろしく』というのは挨拶の表現ではなく、『ナズナさんと馴れ馴れしくするなよ、いいな?』という意味だろう。
 さすが声優志望だ。色々な声を持っているわけね。
 今の声色は本当に痺れた。
 鈴菜さんの本性が垣間見えた驚きよりも、単純に声優としての彼女の実力を見せつけられた気がして、僕はしばらく押し黙ってしまうのであった。
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