転生未遂から始まる恋色開花

にぃ

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第50話 描き手 ①

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【main view 水河雫】


 もやもやする。
 原因はアレだ。間違いなくアレだ。

 ――『もう1作の方に関してはイラストの方も描かないでいいからね』

 親友が放ったこの言葉が私の心に大穴を空けていた。

 私は弓野ゆき先生の大ファンだ。
 彼の書くすべての作品を愛している。
 私のイラストの技術で彼の作品に貢献したい。

 1作しか出版作はないけれど、一応私はプロという属性にカテゴリされる。
 それだけ自分の画力は向上したとも思えるし、萌え絵に関してはそこらの同業者にも負けない自信はある。
 ちょっと自信過剰だけど、お金を取ることのできるレベルであるとも思っている。

 それでも拒否られた。
 私の実力が足りなかった? それとも画風が合っていなかった? 実はイラストを送り続けられていたこと自体が彼にとって迷惑だった?
 そんなこと彼が思うわけないと心ではわかっていながらも、負の思考はどんどん明後日の方向へと進んでいく。

「うぅ、嫌われちゃったらどうしよう」

 私のことを嫌いになるのは……うん、めちゃくちゃ心が痛くて今にも泣きたくなるけど、百歩譲って良しとしよう。
 だけど、私の絵を嫌いになられてしまうことだけは耐えられない。
 泣きじゃくるだけじゃ足りない。
 また数ヶ月は引きこもってしまう可能性があるほどのダメージだ。

 無償で良い。むしろ私がお金を払ってもいい。
 大好きな作者、大好きな作品の一部にさせてください。
 私に力が足りないのなら何十枚でも何百枚でも描く。
 その内一枚でも気に入る絵があるのならそれを使ってくれると嬉しい。

 今日は一日中絵を描き続けていた。
 ていうか睡眠時間を削って昨日の夜から描きまくっていた。
 異世ペン最新話の挿絵。
 昨日あんなことを言われたのだ。力不足な部分を微塵も見せたくはない。
 何度も何度も修正をして、ドット単位でも気に入らないところがあれば書き直す。
 あっ、懐かしいこの感じ。
 こんなに必死になれたのは『大恋愛は忘れた頃にやってくる』のイラストレーターを勝ち取った時の感じに似ていた。

 異世ペン最新話挿絵の6枚目ができた。
 そのタイミングで通話コールが入る。今日もビデオ通話だ。
 いつものコール音、いつもの相手、だけど今日だけは胸が跳ね上がるようにビックリしてしまった。

 怖い。
 キュウちゃんに拒絶されるのが怖い。
 完全に私を拒絶されたらどうしよう。
 そんなことを内心思いながら私は震える手でマウスを持ちながら通話開始ボタンをクリックした。

「も、もし……もし?」

 少しだけ声が震えていた。

「あれ? 雫……だよね? 間違えて他の誰かに掛けてないよね僕」

「雫ちゃんだよ。ビデオ通話なのに相手を確認する必要ある!?」

「ご、ごめんごめん。ちょっといつもより声色が低いように感じたからさ」

 なんてカンの鋭い男なのだろう。
 私が昨日のキュウちゃんの言葉に傷ついていることを悟られないようにしなくちゃ。

「とにかく通話に出てくれてよかったよ。昨日のことで僕から謝らないといけないとずっと思ってて――」

「ねね、そんなこといいからさ、キュウちゃん。見て見て。最新話のイラスト。今送る――送らせてもらっても……いいかな?」

「えっ? う、うん」

 一応キュウちゃんに確認を取ってからイラストを送った。6枚。

「6枚もある!?」

「う、うん。その、ちょっと雫ちゃん頑張りました。気に入ったイラストはありましたか?」

「雫! 本当にどうしたの!? どう見ても様子おかしいよ!」

 悟られないようにしなくちゃと思っていても私には無理だったようだ。

「だ、だって、キュウちゃん、私のイラスト、いらないとか、いうんだもん」

「だから本当にそういうわけじゃないんだ! そのことで気に病ませていたんだね。ごめん! 本当の本当にごめんなさい!!」

「大丈夫だよ。私ね、今日一日中イラストを描きながらずっと考えていたんだ」

「一日中描いていてくれたんだ。す、すごいな雫」

「そうしないとキュウちゃんに追いつけないのかなって思ったからさ」

「んん!? どういうこと!?」

「キュウちゃんに『イラストいらない』って言われて気づかされたんだ。キュウちゃんの文章はすごい。それに比べて私はキュウちゃんの作品に乗っかっているだけの存在なんだって。そう思ったらすごく自分が情けなくなっちゃって……」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってよ! 雫色々勘違いしているし、間違っているよ! そんなに卑下しないで、ね、お願いだから!」

「む~~、無理」

「拒否られた!? わかった! 全部話す! 昨日の言葉の真意を包み隠さずいうからまず雫は落ち着いて、ね?」

「む~~」

 感情ぐちゃぐちゃ状態だけど、一つだけ言えることがある。
 『ね?』と諭してくる親友に萌えてしまった。
 キュウちゃんの可愛さに免じて雫ちゃんちょっと落ち着いてあげよう。

「おちついた」

「それは良かった。えと、まず前提として雫のイラストはとにかく素晴らしいということを憶えといて」

「気休めいらない」

「気休めとかじゃないから! 瑠璃川さんも雨宮さんも言っていたでしょ。大恋愛は忘れた頃にやってくるのイラストは本当に素晴らしかったって。もちろん僕もそう思ってる」

「気休めいらない」

「雫本当はめちゃくちゃ病んでない!?」

「おまえのせいだ」

「僕のせいだけど! 説明不足な僕のせいだけど! と、とにかく説明させて。その、さ。僕も雫と同じように考えていたんだ。僕の作品って全部雫のイラスト付けてもらえてたでしょ? でもいつかはイラストを付けてくれなくなる日も来ると思って……それで――」

「一生キュウちゃんの作品にイラスト描くよ」

「そ、それはとてつもなく嬉しいけど、でもいつまでも雫に甘えているわけにはいかないと思ったのも事実なんだ。だから新作二つ目は誰にも甘えず自分だけで挑戦しようって思ったんだ」

「私のイラストが嫌いになったわけじゃない?」

「そんなことあるわけないよ! むしろ雫ほどの神絵師に毎回イラストもらえる幸運を僕はもっと噛みしめていかない駄目だと思っている。本当にありがとう。大恋愛は忘れた頃にやってくるもウラオモテメッセージも異世ペンも雫のイラストがあったから軌道に乗れたんだ。雫がいなかったら絶対無理だった。それだけは本当の本当に断言できる」

 そんなことはない。
 私のイラストなんてなくてもキュウちゃんの作品は商業レベルで面白い。
 でも、気休めで言っているわけじゃないことはキュウちゃんの必死さが教えてくれた。

「だから、さ。こう考えてもらえないかな? イラスト付きの『小説家とイラストレーター』の小説と、イラスト無しの僕の新作の勝負ってことで。ほら、僕らさ親友だけど喧嘩らしい喧嘩したことなかったじゃない? だからたまには争ってみるのも面白いと思うんだ」

「う、うーん」

 どうだろう。
 私的にはキュウちゃんと争いたくはない。
 喧嘩しないずーっと仲良しな親友関係もありだと思っている。

「ねえ。雫。圧倒してよ。僕に雫のイラストがないと駄目なんだってことを証明してほしい。この対決は差が広ければ広いほど雫のイラストの力を証明することになるんだからさ」

 その言葉に私の脳は覚醒する。
 この対決でイラスト無しのキュウちゃんに勝つことができればキュウちゃんには私が必要だってことを証明できる。
 私のイラスト抜きでは生きていけない体にしてやるチャンスだ。

「わかったよキュウちゃん。納得してあげる」

「よかった」

「ね、キュウちゃん。新作二つ目にイラスト付けることは諦める。でも、その、他の作品にはイラスト付けても、その、良いですか?」

「雫、まだ傷心してるでしょ!? どうしてそんなに自信なさげなの!?」

「だ、だって、もしキュウちゃんが迷惑していたらと思うと……」

「聞いてた!? 僕の話聞いてたかな!? 雫のイラストは素晴らしいって言ったよね!?」

「気休めいらない」

「うわぁぁぁぁぁっ! 会話がループしたぁぁぁぁ!」

 ふふ。もう傷心なんてしていないのだけど、ついついキュウちゃんをからかって遊んでしまった。
 まぁ、雫ちゃんを1日傷心させた罰ということで。
 そうだ。からかいついでにこんなことを聞いてみちゃえ。

「私のイラストの好きな所10個言えたら納得してあげる」

「えっ?」

「どうだー。言えるかー?」

 なんちゃって。
 10個は無理だと思うけど2~3個言ってくれたら勘弁してあげよう
 何個かはあるよね? さすがに1個出てこなかったら凹む。
 
「――余裕だけど」

「へっ?」

「まず一枚のキャンバスの中に描かれる情報量のバランスの良さだよね。キャラも背景もトーンも全体的にすごくまとまりがあるんだ。その一枚の中にも注目すべき所はしっかり描きこんでいる。不自然な空白が一切ないのもすごいんだ。雫はそれがどんなジャンルでも描けちゃうのが本当にすごい。『大恋愛』と『異世ペン』ではジャンルも世界観も違うのにそれぞれの作品に順応した絵を描いてくれる。異世ペン1話のイラストもらった時の衝撃は今も覚えているなぁ。今まで僕が描いたものって言わば現実世界を舞台にしたものだったじゃない? でもいきなりファンタジー要素もりもりな作品を描いちゃったものだから絵を描く雫も混乱しちゃったと思ったんだ。でも雫はすぐに順応してくれた。あの1話は間違いなく『ファンタジー世界』の1枚だったよ。その引き出しの多さも感服だ」

 わ、わわわ、めちゃくちゃ褒めてくれた!
 顔が火照る。
 キュウちゃんが本心で褒めてくれていることがしっかりと伝わってくる。
 よかった。私、ちゃんと認めてもらっている。この人は間違いなく私のイラストが好きなんだ。

「あ、ありがとうキュウちゃん。十分伝わ――」

「それが1つ目ね」

「まだ1個目だった!?」

 好きなところ1個が長い!?
 ま、まさか、こんな長文褒めラッシュがあと9個もある……の?

「2つ目に、単純にテクニックがエグいよね。立体感だったり遠近感だったり。雫ってさ。ラフを描く前から完成系が見えているタイプだと思うんだ。それは間違いなく才能だよ。僕なんて完成系が見えない故にプロット段階で迷走しまくるタイプだから本当に羨ましいんだ。
 あのクオリティのものを1日で何枚も描けるのは色々と時短テクニックを適用していると思うんだけど、それを一切感じさせないのはもはや魔法だよ。それでいて色彩の強弱をはっきりつけている。雲とか建築物とかの背景とか本当に細部にこだわっているよね。キレイというよりは『美しい』。たまに芸術品を見ているような感覚にさえなるんだ。挿絵一枚にしておくのが本当にもったいないレベルだ」

「あ……あ……あの……ありが――」

「ちょっと短いけどこれが2つ目ということで」

 長いよ!?
 やばい止まらないこの人。
 なんて自慢げに褒めてくれるんだ。
 自分のイラストレーターはこんなにすごいんだぞ、という自慢話を、自分のイラストレーター相手に悠々と語りかけてくる。
 私も好きなものを語る時は饒舌になる時はある。
 でもこの人のそれは別格だ。


     ああ――


     駄目だよキュウちゃん――


「3つ目。僕が雫の絵で最も好きな部分はなんといってもキャラクターだ。まず女の子。はっきりいうけど雫の絵で萌えなかったことは一度もない。全部のキャラに一目惚れレベルで好きになったね。このキャラが自分の小説のヒロインがモチーフになったって考えると誇らしくなるんだ。だから僕の方もイラストを見てからこのキャラを目立たせたい、こんなことを言わせてみたい、こんなシチュエーションで可愛らしさを表現させたいって沸々とアイディアが浮かんでくるんだ。女の子だけじゃない男キャラだってそうさ。格好いいキャラはとことん格好良く、優しいキャラはとことん温和に、モブキャラにだって雫の愛が詰まって描かれているのがわかる。大恋愛は忘れた頃にやってくるのさ最後の挿絵――苦労の末にようやく結ばれた様子の二人が描かれた挿絵は雫のおかげで感動と幸福感が何倍にも膨れ上がったと思わない? あのイラストのおかげで本当に綺麗な最後を飾ることができた。改めてお礼を言わせてほしい。雫、本当に最高のイラストをありがとう」


    そんな嬉しいことを言われちゃったらさ――


    溢れて止まらなくなっちゃうよ――


「4つ目。躍動感! 異世ペンってバトルシーン多めで見せ場が何個もあるんだけど、雫って一つの挿絵で全ての見せ場を凝縮してくれるんだ。挿絵一枚を見るだけでどんなバトルが繰り広げられているのか一目でわかる。とんでもないことだよこれは。1枚で10数ページのマンガの内容を読まされた感覚って言えばいいのかな。これは僕が原作者だからってわけじゃなく、誰が見ても雫の絵は自分が戦いの観覧者になれる感覚に撮まれるんだ。しかも『ペン』で戦うっていう特異すぎるバトルも難なく描写してくれた。嬉しかったなぁ。アレって僕の作品を1文1文しっかり読んでくれている証拠だもん。そういう意味では雫は読解力も優れているって言えるんだろうな」


 もう駄目だ――


 湧き出る気持ちが止まらない――


 モニター超しの男の子から目が離せない――


 自分の視線が熱っぽくなっているのがわかる――


 私は――


「5つ目。雫が本当に好きで絵を描いている所。何を当たり前なことをって言っているかもしれないけど、これが一番大事なことだと僕は思っている。僕自身一度小説から離れた身だから重々染みているのだけど、ずっと描き続けるってことの凄さ、これは熟年プロでも中々できないことなんだ。僕だって復帰した今も挫折やブランクで書けなくことがある。でも雫は違う。雫は一度たりとも絵を描くことを停滞したことはない。なんてすごい人なんだって思ったよ。好きだから描いていられる。そんなことはわかっている。でもそれを実行できるかとうかは別なんだ。イラストレーター水河雫は僕が最も尊敬するクリエイターだよ」


 この一言が完全にトドメとなった――


 完全に気持ちが溢れてしまった――


 私、水河雫は雪野弓のことを――






 愛している――
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