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第45話 本性を隠し切れなくなってきた天才小説家
しおりを挟む「さて、質問です。マスター。カジュアルとフォーマル、好きなのはどちらですか?」
小説と同じ質問を現実ドールちゃんが繰り出してくる。
黒井君はフォーマルと答えてはいたけど……
「うーん。実はフォーマルって馴染みがなくて、どちらかというとカジュアル方面かなぁ」
「ふふーん。そういう思いました。ではカジュアル方面で探していきましょう」
「あっ、もしかして僕がカジュアルって答えると思ったから小説ではフォーマルにしたんだね」
「だってそうしないとマスターのことですから、小説と同じ青のカットソーとピンクのスカートを探し出すと思ったんですもん。カンニングよくないです」
しまったなぁ。嘘でもフォーマルと言っておくべきだった。
参考資料も封じられ、いよいよ僕のセンスでカジュアル服を探さないといけなくなった。
「服屋ってカジュアル系の方が多いよね。さすがに全部の服屋には入っていけないから良さそうな店に絞って探してみよう」
「はい!」
しかし雨宮さんに似合う服か。
素材は超一級なのは間違いない。おそらくどんな服でも似合うだろう。現に今の服も似合ってるし。
そう考えるとちょっとは気が楽になる。
僕のセンスが終わっていても素材の美しさで相殺できるからな。
「私、雪野さんの好きな服の傾向知っているかもです」
「えっ!? 本当!? 教えて!」
どうして雨宮さんが僕の好きな服の傾向を知っているのか聊か疑問ではあるが、今はそんなことはどうでもいい。
何か一つでも服を選ぶきっかけが欲しかった。
「大恋愛は忘れた頃にやってくるの『美麗ちゃん』。異世ペンの『レミちゃん』。ウラオモテメッセ―ジの『露美ちゃん』、『モモちゃん』、『あやちゃん』。地の文の容姿描写があった弓野先生キャラの服装は傾向が共通してました。たぶん無意識のうちに雪野さんは自分が好きな服装をイメージしていたんだと思いますよ」
キャラクター描写か。全然気にしたことなった。
キャラの服装なんて思いつきで描写していたけど、そんなに似たような恰好にしていたかなぁ?
うーん自分がどんな風に想像してキャラクタ―達の服を決めていたのか思い出せない。古い作品もあるし。
そうだ。雫のイラスト! スマホにダウンロードしたイラストを見れば一目でわかる!
「マスター。スマホしまってください。まさかとは思いますが、スマホでカンニングしようとか思ってないでしょうね?」
「そ、そそそそそそ、そんなことあるわけないじゃないかぁ! やだなぁドールちゃん」
「ですよね♪」
くっそぉぉぉぉ。ドールちゃんが手ごわすぎる。行動を封じられてしまった。
こうなれば自力で思い出すしかない。
「僕のことだから凝った服装の描写は絶対していない。好みでいうとシンプルな服を可愛らしく着こなしているキャラの方が好みだから」
「ですね。私も凝った服よりも落ち着いた服の方が好きです」
そんな気がする。
落ち着いた服似合うだろうなぁ雨宮さん。清楚なイメージだから派手じゃない服の方が絶対映える。
「たぶんだけど、ブラウス系じゃないな。タートルネックとかセーターとかだと思う」
「思い出してきましたね。それでそれで?」
「女の子らしい服を想像したとき、僕は絶対スカートを履かせていたと思う。たぶんロング系の」
「ですです。良いセンスじゃないですかマスター」
いや、女の子=スカートって安易すぎると思う。
ワンピースとかショートパンツとか色々あったろうに弓野ゆき先生。
「アウターは……どうだったかな? キャラクターによってバラバラだった気もするけど」
「ですね。でも共通点はありました。さてなんでしょう~?」
「ヒント」
「ヒント求めるの早いですね。ちゃんと考えてます?」
「いや、これ以上思い出せる気が全くしなくて」
「もー。キャラクター愛が薄いですよ。私の方が弓野先生キャラに詳しいじゃないですか」
「面目ない」
雫にも昔似たようなことを言われた気がする。
もしかして僕って自作キャラに愛着を持っていないのだろうか。
いや、読者の読み込みの方がすごいのだと言い聞かせよう。
「ヒントはありません。服を選びながら思い出してくださいね」
「ドールちゃんがマスターに厳しい」
「でもドールちゃんはマスターが選んだ服なら何でも着ますよ。色々着せ替えしてみて気に入ったものを探してみてください」
そうだな。とにかく一度なんでもいいからドールちゃんを着せ替えさせてみたい。
こんな機会今後絶対に訪れないと思うし。
「よし。じゃああそこの店に入ってみよう。オシャレ過ぎない外観が気に入った」
「はい! ついていきますね。マスター」
よし。他の客が少ない。
実は僕がこの店を選んだ一番の理由は他の客の少なさにあった。
だって恋人繋ぎで腕組した状態を他のお客さんに見られたくないし、これから着せ替え人形になってもらうのだから試着室が混んでいると迷惑になってしまう。
店内は広くないが、品ぞろえが豊富そうだし、この店に長居させてもらおう。
手を繋ぎながら二人でとりあえず物色する。
個人的に良いなと思った服はマネキンが着ているやつなんだけど、たぶん駄目って言われるんだろうなぁ。
「いらっしゃいませ。彼女さんの服をお探しですか?」
「「うひゃ!?」」
そうだった。こういったアパレル系は店員が話しかけてくるのがデフォだということを忘れていた。
僕と雨宮さんが同時に飛び上がるように驚いていた。
「わ。脅かしちゃったみたいでごめんなさい。彼女さんの服をお探しですよね。よろしければお手伝いしますよ」
おぉ。長身な店員さんだ。僕なんかより背が高い。
だけど大人っぽい雰囲気とは裏腹に身に着けているものはゴシック的だ。
そして何より綺麗で澄んだ声。
一瞬、声優か? と疑うくらいアニメ声が特徴的な人だった。
「そ、その、確かに服を探しにきたのですが、えと、別に彼女ってわけじゃなくて」
「おにーさん達どうみてもお付き合いされている距離感じゃないですか」
こんな大人っぽい人に『おにーさん』と呼ばれることに若干のギャップ萌えを感じる。
「この人の言っていることは本当ですよ。私たちお付き合いしているわけじゃありません。私が勝手に腕にしがみついて指を絡める手のつなぎ方して胸を押し付けているだけです」
「おねーさんの方がやばい感じの人だった!?」
「腕の感触殺していたから気づかなかったけど、いつの間にか胸を押し付けられてる!?」
「おにーさんも相当やばいわね!? なんだこの客!?」
「女の子が色々な感触を押し付けてきているのにそれを楽しまないとは何事ですか。そんなに私魅力ないですか?」
「逆だよ! 魅力ありすぎるから僕には刺激が強いんだよ! 気をしっかり持っていないと頭が沸騰して倒れそうなんだよ!」
「むぅぅ。私的には照れ顔を見たいのですが」
「もう十分顔真っ赤だからそれで勘弁して!」
顔どころか耳まで真っ赤なのが自分でも分かる。
ほんの数か月前まで女子の接点など雫との通話以外全くなかった。
だからこそこういったスキンシップが刺さってしまう。
いや、僕が特別照れ屋なわけじゃないと思うぞ。雨宮さんとここまで距離が近くて顔を赤くさせない男が居るなら逆にみてみたい。
うちのドールちゃん、自分が超美少女である自覚が薄いからなぁ。
「なんで付き合ってないのよこの二人。見ているだけでおなか一杯になりそうだわ」
店員さんが呆れ顔で頭を押さえる仕草をしている。
なぜかいつの間にか完全に敬語じゃなくなっていた。
「今日の私、この人の着せ替え人形なのですよ。なのでしばらく試着室をお借りしてしまうかもしれません。もしご迷惑でしたらすぐに退散しますので声掛けてくださいね」
「やっぱりおねーさんの方が何倍もやべぇ!?」
「ドールちゃん、店員さんにアドバイスもらうのもやっぱりだめ?」
「ドールちゃん!?」
「駄目です。自分で選んでください。ドールマスターなら一から自分でコーディネイトしてください」
「ドールマスター!?!」
「仕方ない。あっ、そういうわけですので、服は自分たちで選びますのでどうぞお構いなく」
「ど、どうぞごゆっくり……」
相当変な印象持たれただろうな。めちゃくちゃ痛い客に見られてしまった。
あっ、店員さんカウンターに戻るふりをしながらチラチラこっちを見ている。
「マスター。他の女性に目移りするのもデートでは減点ですよ」
「目移りしていたわけじゃないけど、ご、ごめん」
去っていく店員さんの背中をじっと見つめていたのがドールちゃんには気に食わなかったみたいだ。
でもジト目のドールちゃんちょっと萌えたのは内緒だ。
「さて、ドールちゃん。まずはロングスカートを探そうか」
「やっと真剣に服を探す気になってくれましたね。さぁ、ドールちゃんに似合う服を選ぶのです!」
彼女は僕の後ろを着いてくるだけで服選びについては一切口出ししてこようとしない。
相談もできずに他人の服を選ぶのって結構つらいな。
とりあえず近場にあった栗色のロングスカートを手に取ってみた。
「ドールちゃん。これ」
「はい! 承りました。上はどうします?」
「うーん、ちょっと探してみるからドールちゃんは先にスカートだけ試着してみてもらっていい?」
「ふむふむ。上は裸というわけですね」
「そんなこと言ってないよ!?」
「冗談です。ちゃんと下着は付けますので」
「いやいやいや! 脱がないで! 上は脱がないで! 女の子が裸とか下着とか簡単に見せちゃいけません!」
「大丈夫ですよ。マスターにしか見せるつもりはありません」
「それもどうなの!?」
「嬉しくないのですか?」
「めっちゃ嬉しいよ、ちっくしょう! いいからスカートだけ着替えといて! いいね!?」
「はーい。怒られちゃいました」
悪戯っぽく笑いながらドールちゃんは試着室の中に消えてゆく。
雨宮さん、今日テンションくっそ高いな。普段とは別人みたいに余裕を見せてくる。
これ以上雨宮さんにペースを握られないよう気を付けないと。
「マスター! 履き終わりました!」
「早いな!?」
「原作再現です」
確かに小説のドールちゃんも早着替えのスキルあったけど、実際にやってくるとは思わなかった。
「どうです!? ドールちゃん可愛いですか?」
あっ、原作と同じセリフだ。ちょこちょこ小説要素入れてくるなぁ。
じゃあここは僕も原作再現でこのセリフを送らねば。
「ドールちゃんは最初から可愛いよ」
正直本気で可愛い。
大人っぽい雰囲気の栗色ロングスカートは雨宮さんの清楚なイメージにピッタリマッチしている。いきなり大当たりを引いたかな。
あとは上着だけど、今着ているシンプルな白ブラウスでも十分出来上がっている感ある。
「~~~~っ!!」
あれ? 反論してこない。
ドールちゃんはその場で立ち呆けたまま目を見開いていた。
もしかして照れまくっていたのは僕だけではない? 余裕そうに見えていた態度ももしかしてたんなる強がりだったり?
これは……反撃チャンス?
「ドールちゃんガチで美人だからもしかして何着ても似合うんじゃないかという疑惑が出てきた」
「~~~~っ!!! そ、そそそそそそ、そんなこと、ありませんっっ!!」
あっ、いつもの雨宮さんだ。
先ほどまでの余裕感が完全になくなっている。
「メンズ服とかも普通に似合いそう」
「そ、そうでしょうか? でもちょっと興味はありますよ」
「じゃあメンズ服をもってきてみようかな」
「はい! なんだったら今マスターが着ている服でも良いですよ」
「これをドールちゃんが着ちゃったら僕は何を着ればいいのさ!?」
「隣の個室開いていますから全裸で待っていてください」
どさくさにパンツも脱がそうとするな。
「その場合全裸の僕がドールちゃんの服の良し悪しを判断することになるね」
「私は一向にかまいませんよ。いえ、そうしましょう。ぜひそうしましょう! さっ、脱いでください」
ドールちゃんが若干息を荒げながら僕の上着に手を掛けてきた。
「冗談だから! ちょっとからかおうとしただけです! すみませんでした!!」
「私は本気ですから安心してください」
「尚悪いよ!? 僕を全裸にさせることに全力にならないで!」
結局僕はこの場から逃げるようにメンズ服売り場に戻っていった。
ドールちゃんが唇を尖らせながら試着室前で不満げに立ち尽くしている。
もしかして今本気で僕の貞操危なかった?
最近女の子達が性欲を隠そうとして来ないのがちょっと怖い。これが18歳成人女性の恐ろしさなのか。
「おにーさん。公然猥褻は二人っきりの時だけにしておきなさいよ」
「濡れ衣だ!」
半笑いの店員さんにもからかわれ早くも帰りたくなってきた。
応援ありがとうございます!
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