転生未遂から始まる恋色開花

にぃ

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第44話 雪野マスターと雨宮ドール

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 11月30日。午前9時55分。
 咲良モール3F。ショッピングモールフードコート。
 【黒マスターと白ドールちゃん】の舞台となったモールは存在する。

「まさか本当に居たりなんか……いやぁ、まさかね」


 ――『明日11月30日、午前10時。咲良モールにて待っていますので』


 作中でドールちゃんは確かにそう言っていた。
 その後黒井くんは遠回しなデートの誘い方だね、とも言っていた。
 極めつけは作品最後のドールちゃんの言葉――


 ――『念押ししていっておきますけど、絶対来てくださいね。貴方のドールちゃんは明日いつまでも待っていますから♪』


 その言葉で締めくくられているのがすごく気になった。
 自意識過剰ならそれで良い。その可能性の方が高いとも思っている。
 だけど、もし、もし、一寸の可能性があるとすれば、このテラス入口の先には――

「――居た」

 本当に居た。
 もしやとは思っていたが、あの作品は僕をここへ呼び出すメッセージだったのだ。
 いやはや本当にそうだったとは。もしそうだったら明日どうしようって昨日は驚きと戸惑いで中々眠れなかった。
 だって、それってつまり、自分の誕生日の日に過ごすパートナーとして僕を選んでくれたということだから。

「おはようございます。雪野さんなら小説のメッセージに気づいてくれると思っていました。時間もピッタリでしたね。さすがです」

 シンプルな白いブラウスと黒いパンツルックの女の子が僕に声を掛けてくる。
 その恰好までも小説のドールちゃんと同じ。
 雨宮花恋はそのシンプルな恰好でも隠し切れない美少女感が混在していた。

「おはよう雨宮さん。僕も半信半疑だったけど、本当に居るなんてビックリだよ」

「えへへ。文学的でロマンチックな誘い方だったと思いません?」

「う、うん。なんていうかかなりのクリティカルヒットだったよ」

「やった。あの雪野さんを少しでもドキドキさせられたのならやってみた甲斐はありました」

「正直やられた! と思ったよ。ああいう雰囲気のラブコメ大好物です」

「課題だった会話文の面白さはどうでしたかね?」

 そういえばあの7000文字小説は僕が雨宮さんの作品はキャラクター同士の会話が面白くないといったことが発端だった。
 でもあの作品『黒マスターと白ドールちゃん』を読んだ後からすると僕の評価は大逆転されていた。

「めっちゃ面白かった! 何回も何回も繰り返し読みまくったよ。テンポがものすごくよかったし、地の文がなくても動きがあったのは素直にレベルの高さを感じたよ。読み終わった後は幸福感が広がった。キレイに終わっていたけどそれでも続きが読みたいとも思った。何よりドールちゃん可愛い!」

「わ、わわ、あの雪野さんにめちゃくちゃ褒められてる。嬉しいです。キャラクターも気に入ってくれて良かったです」

 相変わらず批判厨みたいに思われているなぁ。だけどあの作品に関しては批判の言葉は一切出てこなかった。

「あれなら大衆小説としても十分いけると思う! さすが桜宮恋だよ!」

 興奮気味に雨宮さんに詰め寄る。周りの人が若干注目しているようだけどそんなこと気にならないくらい僕は『黒マスターと白ドールちゃん』を気に入っていた。
 いくら褒めても褒めたりない。こんな気持ちになったのは初めてだった。

「雪野さんにそういってもらえると自信になります。書いてよかったなぁ」

「雫か瑠璃川さんにイラスト付けてもらったら?」

「そ、それは恐れ多いですよ。それに地の文使えなかったので容姿描写画けませんでしたし」

「あっ、それでも雫ならイメージ通りのキャラクター立ち絵描いてもらえるよ」

「水河さんは一体何者なんですか!?」

「本当、あの子は何者なんだろうねぇ」

「って、雪野さん! デート中に他の女の子の話題は減点ですよ」

「ご、ごめんなさい。そ、その、やっぱりこれってデートなんだね」

「勿論です! 私のやりたいデートはもう重々承知ですよね? 楽しみです」

 やっぱり『黒マスターと白ドールちゃん』の二人の行動は雨宮さんがやりたかったデート内容というわけか。
 つまり今日の僕は黒井くんになるということだ。てことはドールちゃん役の雨宮さんの服を僕が選ぶのか。黒井君は上手く出来ていたけど、雪野弓にあれができるのだろうか。
 でもここまで舞台を整えてくれた雨宮さんを裏切るわけにはいかない。精一杯考えて雨宮さんの満足いく内容のデートにしていこう。

「よし! じゃあ早速出発だ! いこう雨宮さん」

「…………」

 あ、あれ?
 雨宮さんが無表情のままこの場を動かない。
 僕、また何か間違っちゃいました?

「えー、こほん。雪野マスター」

「えっ?」

 ま、マスター? そうか黒井君の代わりなら僕はドールマスターだ。

「ドールちゃんは歩行機能がないのです。マスター、ちゃんとドールちゃんを引っ張って行ってください」

 それは――作中でドールちゃんが黒井君に言ったものと同じセリフだった。
 雨宮さん形から入るなぁ。セリフを寸分違わず言えるのもすごい。さすが作者。そしてセリフ内容が寸分違わないことを瞬時に理解できる僕もすごい。さすが熟読者。
 ならば僕が次に発するべき言葉は……

「手を繋ぎたいなら素直にそういって」

 言いながら超照れまくりながら雨宮さんの右手を取る。
 うわぁ。冷てぇ、やわらけぇ、ちいせぇ。本当に同じ人間の手なの? 慎重に触れないと折れてしまいそうで怖い。

「えへへ。至福至福~♪」

 作中と同じ言葉で本当に至福そうな笑顔を浮かべている雨宮さん。
 めちゃくそ可愛い。こんなに表情豊かな子だったかな?
 緊張と照れで少し無言になってしまう。

「雪野さん。あの名セリフを言う場面ですよ」

「いや、さすがにあのダジャレを素でいう勇気はないから」

「あら。ちょっと残念です」

 悪戯っぽく笑うその表情に僕の頬の赤さが増長したのは言うまでもない。
 今日の僕心臓耐えられるだろうか。

「あの、雪野さん。お願いがあるのですが」

「えっ!? あ、な、なにかな!?」

 ややオーバーリアクションでの返答だったが、雨宮さんは優しく微笑みながらこういってきた。

「今日だけ私のことはドールちゃんと呼んでもらえますか?」

 その可愛らしいお願いに今度は僕の方が噴き出してしまった。

「あー、笑いましたね! もういいです」

「ごめんごめん。ちょっと微笑ましくてさ。僕もそう呼べたら嬉しいなと思ってたんだ、ドールちゃん」

「うふふ。ありがとうございます。マスター」

 本格的に僕はドールマスターになってしまったみたいだ。
 小説の主人公になれたみたいでなんだか少し誇らしかった。






 手を繋いでいるといつも以上に言葉が少なくなってしまう。
 雨宮さんとは出会ってまだ2カ月も経ってないのに誕生日に手を繋いでデートする仲になれたなんて過去の自分に言い聞かせても絶対信じなかっただろう。
 僕的には沈黙の時間は好きだがデートでそれはさすがにいけない。
 僕なりに相手を楽しませなければと思うだけど、話題が小説のことしか見当たらない。
 そんな風に考えていると雨宮さんが不意に僕の頬を触ってきた。

「うひゃぃ!? な、ななななな、何かな!?」

 ビックリして思いっきり仰け反ってしまった。つい繋いでいた手も離してしまう。

「あっ、驚かせてしまい申し訳ありません。昨日の怪我が気になってしまって……ほっぺに傷跡少し残ってしまっていますね」

 僕とは対照的に雨宮さんは申し訳なさそうな悲痛の表情をしてしまっている。
 
「大丈夫大丈夫! 全然痛くないよ。打撲の痛みはすぐに引いたし、ピックを掠った切り傷は本当に大したことなかったから」

 雨宮さんを安心させるための虚勢ではわけではなく、これは事実である。
 僕自身も殴られる覚悟で臨んだ黒龍戦だったけど、痛さはそれほどなかったのだ。
 黒龍のパンチが大したことなかったのか、僕の防御力が思ったより高かったのか。

 ――いや、たぶんそうじゃない。黒龍自身が僕を殴る直前に躊躇したのだと僕は推測している。
 腹の底から嫌な奴ではあるのだけど、それでも一応人の心が残っていたのかもしれない。
 雨宮さんはその場で姿勢を一度正すと、そのままきれいな角度で僕にお辞儀を繰り出してきた。

「この度はご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。私のせいで本当に怪我までさせてしまって、言葉だけの謝罪に意味はないかもしれませんが、それでも謝らせてください」

 更に深く頭を下げる雨宮さん。
 僕は慌てて雨宮さんの肩に手を置いて頭を上げさせた。

「ねぇ、僕は謝ってほしくてあんな行動をしたわけじゃない。キミを助けたかったというのは根源にあったのは事実だけど、それ以上に僕は許せなかったんだ、桜宮恋を――僕が大好きな作家を侮辱したアイツをね。いわば自分自身の憤りを鎮めるための喧嘩でもあった。つまりは自分勝手な理由の子供の喧嘩なんだ。この怪我も自業自得。全然痛くないけどね」

 不器用な笑顔で精一杯笑って見せる。
 それでも雨宮さんの表情は晴れていない。

「それでも黒滝さんの件は私の不甲斐なさが生んだ問題です。本当は私が一人で解決しなければいけない問題でした。でも結局助けてもらって、それどころか私は何もしていなくて、それが本当に申し訳なくて……」

『そんなことないよ』と言ってあげたいけど言ったところで無意味そうだなこれ。

「じゃあさ。そのお礼としていつか僕の言うことを何でも1つ聞いてほしいな。それでチャラということで」

 この辺が妥協案だな。適当な願いを聞いてもらって早めにこの子の自責の念を取り払ってあげよう。

「は、はい! それはもちろんです! 私にできることなんでもします! 何回でもします! エッチなことでも受け入れます!」

「受け入れないで!?」

 大声で何を言ってくるんだこの子は。
 最近色々なところから僕の性欲を擽る発言が飛んできている気がする。しかも女の子達の方から言ってくるものだから心臓に悪い。

「じゃ、じゃあ早速お願い聞いてもらおうかな」

「エッチなことですね?」

「違うってば!?」

「違うのですか……」

 なんでちょっと残念そうなんだ。

「願いっていうのは昨日のことを忘れて今日を楽しんでほしいってこと。せっかく仲の良い女子とデートできるんだから僕も楽しませてほしいからさ」

「そ、それはもちろんです! 願いなんかにカウントしなくてもそうしたいです! そうさせてください!」

「んじゃ、デートの仕切り直ししよう。そだそだ、デート中に他の男の名前を出すのは減点だよ」

 そういう意味で黒滝の名前を出したわけではないのは知っているが、暗くなっていた雰囲気を戻すために冗談っぽくいってみる。

「わわっ、言い返されてしまいました。じゃあ今日のデートでは貴方のことだけのことを考えることにしますね」

 何気ない一言に破壊力あるんだようなぁ雨宮さんって。
 僕が過剰に反応してしまっているだけかもしれないけど。
 なるべく悟られないように視線を外して服屋を覗き見るように物色する。
 不意に左手の節々に冷たい感触と重たい感触が奔った。

「ひゃうを!?」

 今まで出したことのない変な喘ぎ声が零れ出た。
 左方に視線を移すと雨宮さんが2つの行動を起こしていた。
 一つは雨宮さんが僕の左腕全体を包み込むように腕組みしてきたこと。
 もう一つは指先全体を絡めるように手を握って来たことだった。
 つまりは腕組みと恋人繋ぎのコンボ攻撃。
 そりゃあ喘ぎ声の一つも出るよ。

「すごい声出ましたね。あの、もしかして嫌でした?」

「そ、そんなことは! 決して! ごちそうさまです!」

「なんですか、ごちそうさまって」

 うわぁ。雨宮さんがほぼゼロ距離でクスクス笑っている。
 やばい。この近さはやばい。過去最大に近い。良い匂いする。

「嫌じゃなければこのままエスコートお願いします。マスター♪」

「小説の中のドールちゃんより積極的だなあ」

「胸とか押し付けた方が嬉しいです?」

「嬉しいけど! 心臓もたないからやめてね! 絶対伝わってるでしょ!? 僕の心音! 本当やばいからね!?」

「さすがに伝わってはいませんが、そんなにドキドキしているんですか?」

「しているよ!」

「ほうほうほう」

 なぜか嬉しそうに目を細めて僕の顔を覗いてくる。
 赤面はとっくの昔にばれているだろうな。

「マスターってどうしてそんなに可愛いんですか?」

「急になに!?」

「反応の初々しさが女の子みたいで可愛いです」

「ドールちゃんがからかってくるからでしょ! なんか今日は妙に積極的だよね」

「えへへ。ドールちゃん憑依モードの雨宮さんはこれからもっと積極的になっていきますよ」

 更に僕をからかうように腕に頬ずりしてくる雨宮さん。
 ああ。心臓よ今日一日大変だと思うけど耐えてくれ。

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