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第37話 巨悪の行方
しおりを挟む全然曲と歌詞が合っていない。
誰もが気づけるレベルの不協和音に場内は騒然とし始めた。
それでも黒龍達は演奏をやめない。
止めないどころかこちらを見ながらニヤニヤと気味の悪い笑みを僕らに向けて放っていた。
雨宮さんの震えがより強くなる。
膝から崩れ落ちそうなところを雫が慌てて支えていた。
この様子から雨宮さんがこいつらに作詞を提供などしていないことがわかる。
それだけじゃない。
こいつらはわざと作品に合わないハード系の曲で唄っていた。
つまりは遠回しな嫌がらせ。
雨宮さんへ羞恥と絶望を企てる為に奴らはこんなことをやっていた。
『そういえばライブといえば雨宮さんのクラスは黒龍がバンドライブ開いているんだよね』
自分の言葉を今さら悔いる。
僕がこの場に現れなければ、雨宮さんもこの場に足を運んだりしなかったはず。
この場に現れなければ雨宮さんはこんなショックを受けなくて済んだはずなのに。
自分の軽率な行動を心の底から悔いる。
第一この嫌がらせはこの場に僕か雨宮さんが現れなければそもそも行われなかったのかもしれない。
僕ら両方が現れた事実は黒龍にとって嫌がらせを行う絶好の機会となってしまっていた。
「――なんか、歌詞変じゃね?」
「――だよな? 何を訴えかけてんのか意味わかんね」
「――曲は格好いいのに、作詞が足引っ張ってんじゃん」
周りの喧騒がより彼女にダメージを負わせた。
ザっ――
瑠璃川さんが無言でステージに足を進めようとする。
が、僕は彼女の腕を掴み静止させた。
「何よ?」
見たことないくらい怖い形相で振り返る瑠璃川さん。
一目見てわかる。ブチ切れている。
僕が静止していなければ瑠璃川さんは無言で壇上にあがり、黒龍に制裁を加えていただろう。
「雪野くん、言うまでもないけど私怒っているの。こんなに不愉快なのは生まれてはじめてよ。アイツに制裁を加えてやらないと収まらない」
「気持ちはわかるよ」
「わかる? 分かるなら止めるわけないでしょ? 離しなさい!」
「今、瑠璃川さんがアイツに制裁を加えたらこちらが一方的に悪者になる」
「それがどうかしたの? 私は別に正義になりたいわけじゃない。なんなら悪者でも構わない。アイツをぶん殴れるなら喜んで悪者になるわ」
「それをやったら今日まで僕と雫が企ててきた計画がすべてパァになる。全ての元凶はアイツじゃないと駄目だ。悪者はアイツ一人じゃないといけない」
「計画だかなんだかしらないけど、そんなの私に関係ないわ。それとも何? 貴方がその『計画』を使って今この場でアイツに制裁を加えてくれるの?」
「…………」
「ほら! できないじゃない! いいから離しなさい! 私に戦わせろ! 結果一方的に暴力を向けられても構わない! それくらい今の私は怒りに身を任せないと悔しさでどうにかなってしまう!」
「その結果、雨宮さんが悪の仲間になってもいいっていうの?」
「――っ!」
瑠璃川さんの気持ちもわかる。
だけど、今瑠璃川さんが壇上に上がって奴らをぶん殴ろうものなら一方的にこちらが『悪』となる。
事情をしらない観客からしたら『頭のおかしい女生徒がいきなりボーカルを殴った』というシーンにしか映らないからだ。大衆は間違いなく黒龍を支持してしまう。
それだと駄目だ。
『すべての巨悪は黒滝龍一郎にある』。
それを大衆の集団心理にさせないことにはアイツへの真の制裁は行われない。
雨宮さんがこれからも安心して残りの学生生活を送ることができない。
「雫」
「は、はい。なに? キュウちゃん」
僕の形相を見た雫が若干驚きながら――いや、怯えながら返答する。
僕は指でちょんっと右頬の包帯を指さした。
「元々は穏便に教師へ密告するだけで終わらせる予定だったけど、予定変更していいかな?」
「どうする気?」
「もちろん――この場でアイツをぶっ潰すんだ」
僕の形相を見た瑠璃川さんと雨宮さんも先ほどの雫と同じように驚きを示していた。
たぶん、今までの人生でこんな表情をしたことなかったはずだから。
雫は少し考えこむ仕草を取るが、すぐに笑みを浮かべながら拳を僕に向けて差し出してきた。
「危ないことはしないでほしい。だけど……私もアイツを許せそうにないから……託すよ。やっちゃえキュウちゃん!」
さすが親友。
いつもこの子は僕の気持ちを察してくれる。
味方でいてくれる。支持してくれる。
それがどれだけ心強いことか。
「ごめん瑠璃川さん。アイツをぶん殴りたい気持ちはわかるけど、僕にやらせてほしい」
「……わかったわよ」
素直に引き下がる瑠璃川さん。
本当は怒りに任せて自身が制裁したいと思っているだろう。
でもごめん。ここは譲ってもらう。
怒っていても冷静で居られる僕の方がこの場は適任のはずだから。
瑠璃川さんの悔しい気持ちだけ持っていく。
「雨宮さん」
「……は、はい」
涙声が振り絞るように返答してくれる。
「僕も負けないから、雨宮さんも負けないで」
「……えっ?」
「じゃ、いってくる」
僕の意味深な言葉に戸惑う雨宮さんを尻目に僕は壇上の黒龍を睨みつけながらずいずい前へ進んでいった。
同時に不快なだけな曲が終了した。
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