転生未遂から始まる恋色開花

にぃ

文字の大きさ
上 下
36 / 62

第36話 ドラゴンブレス

しおりを挟む

 1時間ほど前のこと。
 雫から『人の少ないところに案内してほしい』と言われ、僕はいつもの新旧校舎間の3階渡橋に案内した。

「いいところだね。眺めもいいし、人の気配が全然なくて落ち着く~」

「でしょでしょ!? 僕が2年以上ほぼ毎日この場所で昼食をとるくらいベストスポットなんだ! いやー、共感できるって嬉しいなぁ」

「キュウちゃんがいつになくテンションたけぇ~! そんなに詰め寄られると雫ちゃん照れるんだけど」

 おっと、ひかせてしまったか。それでもこのお気に入りの場所を褒めてくれたことが嬉しかったのだ。

「うん。本当に人が居ないね。ちょっと寒いけどここなら出来そうかな」

「何を?」

 聞き返すと、雫は得意げに鼻を鳴らし、今度は雫の方が僕に詰め寄ってくる。

「雫ちゃんミッション、最終フェーズ! の前準備だよ」

 言いながら雫は僕から預かった荷物をごそごそ探り出す。
 かばんには以前より雫から用意して欲しいと言われたものが一式入っている。

「新品の筆、固形水性絵の具、スポンジ、カラーペンシル、パレット。うん! 全部揃ってるね。よくできました~」

 笑顔で頭を撫でなれる。
 薄々思っていたけれど、雫は結構物理接触が多いスキンシップを取ってくる。
 女性耐性どころか人間耐性すらない僕はすぐに顔を赤くしてしまう。
 雫、それを知ってて楽しんでいる節もあるんだよなぁ。ちょっと悔しい。

「絵を描く道具だよね? これらを使って何するの?」

「もちろん絵を描くんだよ」

 なんでだ?

「えっと、今から?」

「そうだよ。それをするために私はここに現れたんだから」

 なんだかよくわからないけれど、雫が絵を描く瞬間が見られるというのは中々魅力的な提案だ。
 この細腕からどのようにしてあんな神絵を生み出せるのか、ずっと興味があった。

「じゃ、キュウちゃん。頬の包帯取って」

「え? うん」

 雫の言う通り、ずっと頬を大きく覆っていた包帯を外す。
 外気が頬に触れて冷たい。
 外気に触れると同時に、雫の細い指が僕の頬に触れてきた。

「……すべすべだ……キュウちゃん化粧品何使ってるの?」

「雨宮さんにも言われたことあるけど、化粧品なんて使ったことないからね!?」

「それでこのスベスベっぷりはどういうつもりかね? 喧嘩売ってんのかね? んん?」

 目が笑っていない。
 どうして女子達は僕の肌質に怒りを抱くのか。疑問である。

「そんなけしからんほっぺには雫ちゃんが悪戯書きしちゃる!」

 言いながら雫は本当に僕の頬に赤い絵の具を塗り付けてきた。
 筆の感触がくすぐったい。

「なるほど。黒龍に殴られた箇所に雫が本物っぽく傷跡を塗って作ってくれるんだね。傷跡を偽造してそれを証拠に教師へ訴えかけ黒龍を追い詰める。完璧なシナリオだ」

「一瞬で理解しすぎだよ!?」

「これは確かに雫がこの場に居ないとできない作戦だ。アイツこざかしく寸止めしてこられたから当てられた箇所には一切傷跡がなくて殴られた証拠としては弱かったんだよね。助かるよ」

「えへへ。任せなさい。誰にも偽造だと気づかれないようにしっかり描くからね」

「雫の腕は疑ってないよ。あっ、でもちょっとだけ待って」

「?」

 僕はブレザーの上着を脱ぐと雫の肩に着せてあげた。
 この季節にこの場所は正直寒い。
 震える手ではいくら雫といえど筆が乗らないかもしれないしね。

「あ、ありがとうキュウちゃん。でもキュウちゃんが寒いでしょ?」

「大丈夫だよ。さっきも言ったでしょいつもここで昼食をとっているって。外の涼しさには慣れているんだ」

「じゃ、その、遠慮なく……」

 といいつつも遠慮がちにブレザーに袖を通す雫。
 袖が若干長く、雫の腕がすっぽり埋もれていた。

「キュウちゃんの匂いがする」

「ご、ごめん。男の上着なんて気持ち悪かったよね」

「そんなことない! 安心する匂いだよ。今日ずっと着ちゃってようかな」

「描き終わったら返してね」

「ちぇ……」

 若干頬を上気させながら、筆を再び走らせる雫。
 たぶん僕も同じように赤くなっているだろう。
 やばい。キザすぎたかな。小説の主人公がこれをやると中々格好良いからつい真似をしてみちゃったけど、実際にやると気持ち悪いのかもしれない。
 一瞬ちょっとだけ後悔するが――

「…………優しいなぁ。もぅ」

 ぼそっとつぶやいた雫の言葉が耳に届いてしまい、後悔はすぐに霧散した。
 その代わり赤面っぷりは更に加速することとなるのであった。






 3-E。
 催し物は軽音楽。
 僕と雫は呆気に取られていた。
 教室全てを覆うように暗幕を掛けて教室中を本物のライブハウスのように薄暗くする。
 その上で煌びやかな照明を散らせて、派手で目を引くステージがそこにあった。
 客席も凝っている。手触りの良い絨毯が敷かれており高級感を魅せている。
 すごい。
 学園のどのクラスよりも凝っており、客も入っている。
 もし文化祭催し物グランプリがあったならこのクラスはトップ有力候補だろう。
 いや、それを言うのは早い。肝心な演奏が微妙ならこの準備は全て台無しになる。

「ね、キュウちゃん。どの人がドラゴンさん?」

 雫が小声で話しかけてきた。
 ちなみになぜか手を繋いだままである。離すきっかけがないとなぜか離れづらい。
 雫が嫌がっていなければいいのだけれど。

「アレだ。黒いギター持っている人」

「そうなんだ。あっ、マイクの前に居る。ボーカルもやるんだ」

 ギターボーカルか。1番目立つ位置にいるな。間違いなくバンドの中心なのだろう。

「どんな演奏するんだろ?」

「ワイルドそうな人だよね。もし演奏上手だったら正直モテそう」

「確かに。性格はあれだけど顔はいいからなぁ。僕も見習ってちょっとくらい悪ぶってみようかな」

    ギュムム~っ!

「痛い痛い! 力強いよ雫!」

「キュウちゃんがらしくないこというからです。なーにが悪ぶるだよ。ちゃんちゃらおかしいよ」

 なぜか突然不機嫌そうに外方を向く雫。えっ? なに? どうして怒りだしたの? この子。
 以心伝心だと思っていた親友は思っていたよりも内心複雑な様子だった。

「今日は俺たちのステージにきてくれてサンキューな! 一生忘れられないライブにすっからよ!」

 おぉう。やっぱり黒龍がMCするのか。なんかさわやかワイルドキャラみたいな印象でちょっと腹が立つ。
 腹は立つ……のだけど、上手いMCだ。どんどんあいつの世界に引き込まれる。
 100%僕にはできない芸当だ。

「それじゃ! そろそろ曲いっとくか! 最後まで絶対聞いてけよお前ら!」

 爽快なイントロと共に曲が始まる。
 迷いのないリズムで弾かれるドラム。音に奥行きを生み出しているキーボード。それら全てを支えるベースの低重音。そして黒龍のギターが観客の心までをかき鳴らす。
 マジか。演奏の技術が凄まじく高い。ていうかプロレベルなんじゃないか? これ。
 全体のレベルが高いだけではない。その中心――黒滝龍一郎の演奏技術がずば抜けているのが音楽素人の僕にもわかる。
 前奏が終わり黒龍のボーカルが加わることで鳥肌が収まらなくなる。
 音で人を感動させる。
 雨宮さんは文章で、雫は絵で。それと同じように黒龍は音楽で人を感動させられる一流のクリエイターだということを初めて認識した。

「ね、キュウちゃん。この曲、聞いたことある。んと……なんだったかな」

「実は僕も既視感を抱いていたんだ。でも、なんだったっけ」

 たぶん知っている曲を黒龍バンドは演奏している。
 でも、それが何の曲かまでは思い出せない。知っている曲にアレンジが掛かっているのだろうか?
 小首を傾げる僕と雫を尻目に3-Eに集まった観客は盛り上がりを見せている。
 しかも徐々に集客は増えていた。

「――雪野さん、水河さんっ」

 不意に袖が引っ張られる。
 増えてきた集客の中に雨宮さんと瑠璃川さんも混じっていたようだ。
 結局こっちに来たんだな。
 演奏中なので雨宮さんは小声で声を掛けてくる。

「あら? この曲、聞いたことある……ような?」

「あっ、瑠璃川さんもそう思った?」

 3人も聞き覚えがあるのだから有名な曲なのかもしれない。
 だからなのかもしれないが、この演奏にはとても心が引き付けられるものがある。
 心から軽蔑していた相手だったけど、このライブを得てほんのちょっぴり黒龍の株が上がった。

「ん?」

「どうしたのですか? 雪野さん?」

「あっ、いや、何でもないよ。ちょっと黒龍と目が合っただけ」

 正直言うとなんでもなくはない。
 黒龍と目が合った瞬間、奴は意味深な笑みを浮かべていた。
 とてつもなく嫌な予感がする。
 さっさとこの場から離れるのが得策かもしれない。
 やがて曲が終わると客席から大きな拍手が飛んでいた。
 僕は小声で雨宮さん達に声を掛ける。

「(さっ、そろそろ行こうか)」

「(はい。次はどこにいきます?)」

「(職員室)」

「「((職員室??))」」

「(ああ。うん。事情は歩きながら話すけど、この後職員室に行けば黒龍とのバトルに決着が付くんだ)」

「(へぇ。それは興味あるわね。だったらこんな所抜け出してさっさと行きましょう)」

 瑠璃川さんが嬉しそうに腕を引っ張って出口に誘導しようとする。
 この人、本当に黒龍嫌いなんだな。こんなに目を輝かせて嬉しそうな瑠璃川さん初めてみた。

「――おいおいおい。そこのゲストさんよ。何途中で帰ろうとしてるんだ? これからが面白くなるところだっつーのによぉ!」

 壇上から浴びせられるその言葉は間違いなく僕らに向けられた言葉だった。
 一斉に視線が僕ら4人に集中する。
 急に視線を向けられ雨宮さんと雫は縮こまるように委縮していた。

「別に客がどのタイミングで帰ろうが勝手でしょ? 僕らには僕らの文化祭プランがあるんだ。んじゃね」

 精一杯強がりながら僕はその場から消えようと試みる。
 しかし……

「――“非凡なる人間は輝きを隠す才にのみ疎いものである”」

「「「「……!!!!」」」」

 黒龍のセリフに、僕、雫、瑠璃川さんの3人に電流のようなものが奔る。
 そして、雨宮さんに関しては顔を真っ青にして怯えるように震えていた。
 同時に今まで沈黙を保っていたドラムとベースが一斉に音を鳴らしだしていた。

「さぁぁて! 第2曲の始まりだ! 今から歌う曲はなんと我らが文学姫桜宮恋の作詞だぜ! さぁ、聞いていけよ! 『ゲスト』さん」

 喧しい音と共に黒龍がボーカルを入れる。
 その歌詞はとてつもなく良く知っているフレーズ。
 それは――

 ――著書『才の里』の文章そのままだった。
しおりを挟む

処理中です...