転生未遂から始まる恋色開花

にぃ

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第30話 お絵描き大好き

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「ところでキュウちゃんのクラスは何の催し物しているの?」

「美術の時間に写生した風景画の展示だよ」

 青春の象徴とも呼べる文化祭イベントだが、我がクラスはやる気ないこと山の如しだった。
 でも凝った催しでない分、準備は超楽だった。
 そんな地味すぎる我がクラスの催しに、このお客様は興味津々のようであった。

「えっ!? キュウちゃんのお絵描き!? 見たいみたい! 絶対みたい!」

 うぅ。正直見られたくない。特に雫には。
 そんな内心露知らず。雫は展示物一つ一つの名前を眺め、僕の作品を探し始めてしまった。

「あっ、瑠璃川さんの作品みっけ!」

「あら。見つかっちゃったわね」

「――わぁ。素敵な色使い。構図も素敵。陰影技術も秀逸だし、コントラストも使われている。なんてレベルの高い絵画なんだろう」

 雫が不思議な呪文を唱えている。
 構図とか陰影とかコントなんとかとか……こういう美術用語がスラスラ出てくるところはさすがだ。

「ありがとう水河さん。もしかしてあなたも絵を描く人なのかしら?」

「うん! お絵描き大好き!」

 いやいや、キミの場合『お絵描き大好き!』で済まされるレベルじゃないから! この人プロレベルのイラスト描けるんですよー! すでに出版作持っているんですよー! って声を大にして叫びたい。

「さてさてキュウちゃんの作品は~……と。あった!」

 しまったっ! 見つかってしまった!
 くっ……覚悟を決めるか。

「どうだい? 雫。秀逸すぎる色使いでしょ。構図のこだわりも雫にはお見通しかな? ふっ、ザ・陰影って感じで声もでないかな? コントラスティ雪野と呼んでくれてもいいよ」

「キュウちゃん……」

「雪野さん……これは……」

「ぷっ……あははははっ!!」

 雫と雨宮さんがなんと言っていいのかわからないといった表情を浮かべ、その横で瑠璃川さんが大笑いをしている。
 ああ、そうだよね。こういう反応になることなんてとっくの昔にわかっていましたとも!

「笑いたければ笑って! いっそ笑って! 瑠璃川さんみたいに大笑いして! あああ! その同情的な視線はダメージ凄いから! 心のダメージ凄いから!」

「あはははは! 建物が、ゆ、歪んでる! 風景画なのに人が描かれてる! グルグル巻きの太陽なんて久しぶりに見たわ! な、なんで雲が黄色いの! あははははっ! ゆ、雪野くん、最高よ! こんな馬鹿笑いしたの久しぶりだわ」

 瑠璃川さんのツボに大ヒットしたみたいである。
 自分でも分かっている。僕は絵がド下手だ。小学校高学年の方がまだマシな絵を描く。ちょっとでも上手く見せようと抽象画っぽく誤魔化してみたけどそれが逆に下手さを際立たせてしまった。

「えっと、アレですね! 天は二物を与えずってやつですね。初めて雪野さんの苦手なものが見れてちょっと安心しました!」

 雨宮さんが一生懸命気を使って言葉を選んでくれている。
 いいのだよ、もっと汚く詰っても。

「そうそう。キュウちゃんには文章があるんだから大丈夫。絵なんて雫ちゃんに全部任せちゃえばいいんだよ♪ ていうかキュウちゃんがイラストまで得意だったら私の存在意義なくなっちゃうもんね。ナイス下手くそ!」

「ナイス下手くそ!?」

 雫も励ましてくれているのはわかるけど、雨宮さんほど言葉を選んでくれていない。
 変に励まされるより全然良いけれど。

「どういうこと? 文章? イラスト?」

 瑠璃川さんが頭に何個も「?」マークを浮かべている。
 あー、そっか。雫と雨宮さんは勿論知っているけど、瑠璃川さんは僕が小説書いていることを知らないんだった。

「あー、えと、雫、言っても大丈夫?」

「うん。私は別に隠してないし」

 このやり取りに雨宮さんも一緒になって「?」マークを浮かべ始める。

「実は僕も小説を書いていたりするんだけど……」

「そうだったのね! 文学に対する批判が妙に適切だとは思っていたけど、雪野君も書き手だったんだ」

「うん。実は出版もしていたり。知らないと思うけど『大恋愛は忘れた頃にやってくる』の作者弓野ゆきが僕です」

「「「えええっ!?」」」

 瑠璃川さんだけでなく、後ろで聞き耳を立てていたクラスメイト数人も驚きの声をあげていた。
 あ、あれ? 意外とあの作品って知られている?

「雪野さん、どうしてクラスで隠していたんですか? 自身が小説家だって伝えていたらきっと自慢になると思うのですが」

「僕の小説は雨宮さん著作の『才の里』に比べるとドマイナーもいいところだからね。自慢になんかならないよ」

「ええええええええええええええっ!?」

 今度は雫が一人で驚きの声を轟かせた。

「『才の里』著作って……じゃあまさかあの純文学の神童『桜宮恋』の正体が雨宮さんだったの!?」

「ま、まぁ、はい」

「雫、純文学作品にも興味あったんだ」

「あるよ! 才の里の桜宮恋なんて一般人である私ですら知っている超天才じゃない。わわ、急に雨宮さんから後光が見え始めた! ま、眩しいっ!」

「発光能力なんてありませんから! お願いだから変な風にあがめないでくださいよ~」

 雨宮さんの前でいきなり手を合わせ始めた雫をブンブン揺らして合唱を止めさせていた。
 雨宮さん的には複雑だろうな。純文学からの脱線を目指しているのに、未だに『純文学の神童』という二つ名が独り歩きしているんだもんな。

「二人とも、すでに自分の作品を世に出していたのね。すごいわ。眩しい。素直に羨ましいわ」

「あー、二人、じゃないんだ。もう一人自身の作品を出している人が居て……それがこの子」

 流れで雫の頭にポンっと手を置く。が、それをすぐに手を引っ込める。
 何をやっているんだ僕は。異性の頭に触れるなんてイケメン以外がやってはいけない行動だった。

「えへへ。不詳水河雫。『大恋愛は忘れた頃にやってくる』のイラストレーターを務めさせて頂きました」

「「えええええええええええええっ!!」」

 何回目の驚愕の叫びだろう。
 雨宮さんと瑠璃川さんが声を合わせて驚きを示していた。

「水河さんがあの素敵な絵を描いていたのですね。すごいです!」

 そういえば雨宮さん『大恋愛は忘れた頃にやってくる』の挿絵を偉く気に入っていたっけ。
 目を輝かせて雫を尊敬の目で見ているけど、この中で一番実績がすごいのは間違いなく雨宮さんだからね。

「だから二人はそんなに仲良しだったのね。あの雪野君が女の子を呼び捨てにするくらいだもの。相当強い絆なんでしょうね」

「いやー、苦労したよ、この男に呼び捨てさせるの」

「正直言うと未だに違和感ある」

「なんで!? 慣れて! 今後に及んで『雫さん』呼びに戻したら本気で泣くよ!? 泣くからね!」

「雫の方は弓さん呼びに戻してもらってもかまわないからね」

「なんでそういうこと言う!? べーだ。キュウちゃんは一生キュウちゃんだもんねー」

「そのうち名前で呼び捨てにしてくれるって言ってのに、嘘つきめ……あっ――」

 周りの目を忘れてついいつもの通話の感じでギャーギャー騒ぎ立ててしまった。
 振り返るとクラスメイト達はなぜか暖かな目で僕らを見守っていた。
 いや、なんかいってよ。無言が一番きついから。
 一方瑠璃川さんと雨宮さんは怪訝そうな顔をしながら小声で何やらやり取りをしていた。

「……花恋ちゃん。かなり頑張らないと駄目かもしれないわよ」

「……な、なんのことでしょうっ? 別に致命的レベルな仲の良さを見せつけられてショックなんか受けてませんし。受けてませんし。受けてませんし」

「何々~? 二人ともなんのお話?」

 雫がそこに割り込んでくる。

「べ、別に何もですよ。その、雪野さんと水河さんの仲の良さがちょっとだけ羨ましいとかそんな話なんてしてませんし」

「花恋ちゃん。貴方色々ぼろ出しそうだからしばらく黙ってなさい。それよりずっと気になっていたのだけど、どうして雪野くんが『キュウちゃん』なのかしら?」

 なんか無理やり話を変えられた感は否めない。
 だけど雫は『待ってました』と言わんばかりに目を輝かせながら意気揚々に答える。

「最初はユミちゃんにしようと思ったんだけど、ちょっと女の子っぽいかなと思ってさ。読み方を変えて弓道の『きゅう』から取ったんだ」

「女の子っぽさを通り越してお化けっぽくなったわね」

「可愛いからいいじゃん。でも命名したときは顔も知らなかったから、これでもし実体が強面ムキムキ男子だったらどうしようとはちょっとばかし思ったけど」

「雫の中で僕のキャラは屈強の男子だったか。雫の想像を超えられなくて申し訳ないことをした」

「んなこと言ってない! キュウちゃんが格ゲーキャラみたいなムキムキな男子だったら私は即帰ってたよ。まぁ、声の感じとか話し方とか雰囲気とかで優しくて華奢な男の子ってことは想像ついていたけどね」

「雫の想像を超えられなくて申し訳ないことをした」

「なんでもう一度同じこと言ったの!? 超えられてないなんてことないよ! むしろ想像以上に筋肉在ってビックリしたよ! ちゃんと優しいし、話しやすいし、ちょっと意地悪言うけど、ちゃんと大丈夫だから!」

「そ、そんな風に直球的に褒められると照れるな。うーん。恥ずかしい」

「何度も散々恥ずかしいこと言ってきた本人が言うなぁぁぁぁ!」

 雫の絶叫が空間に木霊する。
 しかし、アレだなぁ。雫も言ってくれたけど、話やすい、よな。
 学校でこんなにも饒舌になれたのは初めてかもしれない。
 その感情が嬉しくもあり……
 それ以上に驚きだった。

 そういえばあの時もそうだった。
 『あの事件』を経験して、理不尽を憎んで、人が信じられなくなって、どんどん心が塞がっていって……
 でも雫だけはずっと僕の味方でいてくれた。
 彼女の明るさが僕に明るさを齎してくれた。
 今の僕があるのは、雨宮さんや瑠璃川さんのおかげというもの勿論あるけれど、一番の功労者は間違いなく雫だった。
 雫には本当に感謝しかない。
 いつか絶対借りを返さなければいけないと思っている。

「(……やはり雫×雪野が鉄板か)」

「(……しず×ゆき)」

「(……ああ、しず×ゆき成分をもっと、もっと我に!)」

「(……瑠璃×ゆき派の俺を一瞬でしず×ゆき派にさせてしまった。ふっ、なんて見ていて飽きないやつなんだ)」

 そして相変わらずA組クラスメイト達は楽しそうにぼそぼそつぶやき続けていたのであ
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