悪魔のお悩み相談所

春風アオイ

文字の大きさ
上 下
4 / 15
序章

雛菊の少女(2)

しおりを挟む
 
 ギャバナに在籍している十一名の勇者のうちの一人、マコトの用向きは彼の上司である第二王子からの夕食のお誘いであった。
 呼ばれたのはわたし。リリア姫と使節団の一行は日を改めて正式に招待するという。
 こちらとしても、ちょっと言いたいことがあったので応じることにした。
 で、宿舎のみんなにことわりを入れてから、早速ついて行く。
 案内されたのは先日、豪遊したあのレストランだった。
 王子の賓客ということもあってわざわざ出迎えにきたオーナー。
 わたしの顔を見るなりギョとなるも、気にしない。

 レストランでも一番高いグレードの個室へと案内される。
 そこで待っていたのは、黒髪黒目の東洋人っぽい見た目の長身の青年。
 細目にて、にこにこと微笑みが顔に張りついているけれども、その奥はちっとも笑っていない。こちらを値踏みするかのような鋭い視線が潜んでいる。
 彼こそが大国の第二王子ライト・ル・ギャバナ。
 個人的な印象は法の合間をぬって荒稼ぎしているブラック企業の若社長か、マフィアのやり手幹部といったところ。ちょいと堅気には見えない。
 初対面時に、そんな本音がついお口からポロリしてしまったら、マコトが大爆笑。
 そしてライト王子は特に機嫌を損ねるでもなく、「彼にもまえに似たようなことを言われたことがある」とニヤリと笑みを浮かべた。

 この国の第一王子と第二王子は表面上は対立している風を装って、裏ではがっちりと手を組んでいる。
 つまり長男で後継者であるイリウム・ル・ギャバナを、裏で次男のライト王子が支える格好。とどのつまり、ゆくゆくは国の暗部のすべてを握るのが、目の前の王子さま。
 そんな彼がわたしに興味を持ったのは、部下から「なんかヤバイ女がいる」との報告を受けたから。
 リスターナが先に起こした戦争のこともあるし、またぞろ騒動を起こされてはたまらないとの判断から、こちらの動向を見極めようと考えたようだ。
 飛び地にある寂れた小国との戦なんて、大国にとっては得るものが何もないしね。
 で、すぐに自ら出張ってくるあたりが、なんとも恐ろしい。
 城の奥にてふんぞりかえり、余裕ぶって手下にでもまかせてくれていたら、いくらでも誤魔化しようがあるのに。
 間近で接した感覚だと、「こりゃあダメだ」といった印象。
 経験値や生きてきた世界がちがいすぎる。権謀術数が渦まく宮廷の中をすいすい泳いできたライト王子は、いうなれば数多の修羅場をくぐり抜けてきた野生のシャチ。
 対してぬるま湯生活にて、のらりくらりと適当に生きてきたわたしは、安全な水槽にかこわれた養殖のアユ。
 こちとら全身凶器につき、面と向かってのどつき合いならば楽勝だけれども、逆に考えればそれ以外に勝てるところが微塵もない。
 リリアちゃんとかもそうなんだけど、王族は王族であるがゆえに、一般人とはちがう何かを持っている。そしてそいつは即席でどうこうなるようなモノじゃなくって、血と歴史の重みがあわさり醸造される特別なモノ。
 こいつを前にしたら、免疫のない者ならば、すぐさま自主的に頭を下げる。
 本能的に格のちがいを思い知らされるから。
 おそらくはマコトくんも、ライト王子に何かを感じて心酔したからこそ、彼の下で手足となって働いているのだろう。

 勧められるままに席へとつき、しばし静かにコース料理と向き合う。
 ちらりと見れば意外にもマコトはテーブルマナーが完璧であった。
 だらしない髪の毛のくせに生意気な。
 そうこうしているうちに、はやデザートの段階になって、ようやくおしゃべりタイム。
 そこで第一声にてわたしが口にしたのは、あることに関するクレームである。

「おたくの姫ちゃん、いい加減になんとかしてよ。初日の嫌がらせからこっち、どんどんヒドくなっているんだけど」

 姫ちゃんとは、ギャバナの第二姫メローナ・ル・ギャバナのこと。
 なにやら外交デビューを果たしてブイブイいわせている、うちのリリアちゃんに対抗心と嫉妬の炎がメラメラらしくって、いろいろ仕掛けてきているのだ。
 飲み物に下剤投入から始まり、各種地味な嫌がらせが続いたと思ったら、ついにはゴロツキを雇っての乱暴狼藉。
 もっともそのすべてを未然にこっそりと処理してしまっているので、リリアちゃんやリスターナの随行員たちは誰も気づいていないはず。
 飲食に混入されていた毒の類は、グランディアたちがペカーと怪光線を当てて、変質魔法で処理。
 直接的な武力行使については、オービタルやセレニティたちがサクっとプチプチ。
 で、今日は単独で出かけたわたしにお鉢が回ってきたと。
 指折り数えて、受けた嫌がらせを列挙していったら、ライト王子が額に手を当て苦悶の表情。

「まさか……、メローナのやつがそんな愚かな真似をしていようとは。てっきり交渉の席を邪魔するものとばかり考えて、そちらの対応に目がいっていたのだが」

 ライト王子さま、どうやら想定していたより妹の行動の次元が低くて、かえってまたぐらをすり抜けられたようだ。

「女の嫉妬、おっかねー」ビビるばかりのマコトくん。これはこれで役に立ちそうにもない。
 男と女ではその辺の思考回路がちがうから、それもしょうがないか。
 だからとりあえずいちおうの釘を刺すだけに、わたしは留めておく。 

「まぁ、そんなわけで、日に日に行状がちょいと過激になってるの。それであらかじめ断っておくけど、もしもリリアちゃんに直接的な危害が及びそうになったら、こっちも本気を出すから」

 ヤバイ連中を引き連れているヤバイ女が本気をだす。
 これに表情を硬くした王子とマコト。
 とはいえ相手は大国にて、勇者がいっぱい。
 対するこちらは弱小国に女勇者が一人。
 言葉だけだといまいち信憑性に欠けそうなので、ここはもうひと押ししておこうと思う。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

望んでいないのに転生してしまいました。

ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。 折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。 ・・と、思っていたんだけど。 そう上手くはいかないもんだね。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...