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一章 紫碧のひととせ
橙空の恋模様
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「はぁ~、そんなことで私のこと追い回してたわけぇ?」
「あのねぇ、リーちゃんは危機感足りなすぎなの!リーちゃんに何かあったら俺がユーガに怒られるんだからね?!」
「あ~、母様の差し金かぁ……」
衝撃の告白事件からしばらくして。
美しい夕焼けに染められた橙色の街を、ターゲットに気付かれた探偵二人と仕事終わりのリーリエは歩いていた。
盛大にフラれたノアはというと、しばらくショックで使い物にならなくなったものの、修道女長の叱責で何とか自我を取り戻し……
『僕は諦めませんよ!少なくとも、リーリエに僕より相応しい相手が現れるまでは!』
……と前向きなんだか後ろ向きなんだか分からない捨て台詞を残し、和解が成立したのであった。
ちなみに、リーリエが振った理由はといえば。
「私、恋愛とか今はそんなに興味無いんだよぉ。父様に色んな男の人紹介されて、疲れちゃって……今はお仕事の方が大事だし、しばらくはいいかなぁ」
と、ノアの本質云々以前の問題だったらしい。
それもあってノアの立ち直りは早かったのだが。
シルビオは若干不満げにリーリエを見つめる。
「でもさぁ、リーちゃんもそろそろ結婚する歳でしょ?付き合う相手くらいいてもいいんじゃないの?」
「その台詞、そっくりそのままお返ししますけど」
「うっ……」
しかし、つんとしたリーリエにぴしゃりと言い返され、声を詰まらせた。
結婚どころか特定の相手すら作らず、ふらふら遊び歩いていたのはリーリエにも何度も苦い顔をされている。
そんな二人のやり取りを黙って聞いていたヴォルガが、ふと声を上げた。
「そういえば、シルビオは誰かと交際したことがないのか?」
ぴたりと、前を歩いていたシルビオとリーリエが足を止めた。
気まずそうな顔のシルビオに、リーリエも不思議そうな顔をする。
「……言われてみれば、ないよね?何回も誘ってる人はたまにいたけど、付き合ってたわけじゃないんでしょ?」
「あー、うん……」
ぽりぽりと頬を掻くシルビオ。
ヴォルガはむっと眉を顰める。
「俺の考え方が堅すぎるというのは承知の上なんだが……交際もせずに婚前交渉というのは、あまり好ましいことではないと思うんだが。考えたことはなかったのか?」
「う、うん、まぁ、アステル教徒からしたらそうだよねぇ……」
二対一で不利な状況であることを分かっているシルビオは、苦笑しつつ空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「俺……恋愛感情って、よく分からないんだよね」
「「……!」」
ヴォルガとリーリエが驚いた顔でシルビオを見る。
シルビオは困ったような笑顔を浮かべていた。
「だって、みんな好きなんだもん。俺はちゃんと、好きな人を選んで抱いてたけど……誰か一人のことだけ好きになるって、俺には無理だよ」
それは、珍しく素のシルビオの声だった。
彼は無垢な瞳を二人に向ける。
ヴォルガが、難しい顔をしてシルビオに応えた。
「誰彼構わないわけじゃないんだな。ただ、『好き』の区別がついていないのか」
「うん、そう。俺の『好きな人』は、たくさんいるんだよ。だから……ノア君のあの熱意には、正直ちょっと感心したんだ。たった一人だけをずっと想い続けるって、すごいことだなって思うから」
ふと、シルビオはリーリエを見つめた。
「こんな人間に、結婚とか恋愛とか、できると思う?」
夕焼けを反射した夜空色の瞳は、一種の諦観に満ちていて。
……けれど、リーリエはそんな彼の疑問を即座に切り捨てた。
「できるよ」
慈愛に満ちた少女は、珍しく素っ気ない口調でそう返し、くるりと踵を返した。
マヨイガの方へ向かいながら、ぼそりと呟く。
「……気付いてないだけなんだから」
その台詞は背後の二人には届かず、風に乗って消えてしまった。
そんなこんなで、初めての外での休日はドタバタと終わってしまった。
あの後、リーリエがさっさと先に行ってしまったため、シルビオとヴォルガは二人で帰路につくこととなった。
話題は、引き続いたままだ。
「恋……か。縁遠い感情だな」
「ヴォルガもそう思うの?」
「まぁ、な。交際相手がいたこともないし、誰かに恋愛感情を抱いたことはないと思う」
ヴォルガは淡々とそう告げた。
空を見上げる透明な瞳には、今何が見えているのだろうか。
「恋とか、愛とか……求められたことがないわけじゃないけど、俺には分からなかった。違いもよく分かってない。そういう意味じゃ、お前と同じだな」
「……そうだね」
ヴォルガの経歴は、一部しか知らない。
どんな生き方をしてきたのかは彼の口から全て聞いたわけではない。
けれど、シルビオと比べるのも烏滸がましいほどに、過酷な旅路であったことは間違いない。
ヴォルガもまた、自分と同じ。
普通に生きることができなくて、きっと何か大切なものが欠けているのだ。
「……」
隣を歩く、青い青年を見つめた。
彼は、少しずつ普通の生活に慣れている。
こうして外を出歩けるようにもなった。
怪我だって、かなり癒えている。
もうすぐ、彼と自分を繋ぐ鎖が解かれる。
そうしたら、また、何かが変わるのだろうか。
ただ、どうしようもなく。
取り返しがつかなくなると。
そんな予感が、胸を過ぎっていた。
「……お、見えてきたな。何だかいつもより腹が減った」
押し黙ったシルビオの代わりに、ヴォルガが声を上げた。
見慣れた看板が見えてくる。
短い冒険は、終わりの時間だ。
「今日、楽しかった?」
素直に尋ねてみた。
ヴォルガは振り返り、苦笑を浮かべる。
「何だか気疲れはしたが……まぁ、楽しかったよ。たまには外に出るのも、いい休息になるな」
昼の空の色をした瞳は、どこか優しくシルビオを見つめていた。
シルビオも微笑み、少し足を早めてまた彼の隣に並ぶ。
「今度はさ、どこ行きたい?」
「気が早くないか……?まぁ、せっかくだし、教会とは反対側にも行ってみたいかな─️─」
二人の青年は、酒場の中へと帰っていく。
笑い合う二人は、とても幸せそうで。
爽やかな風が、誰もいなくなった通りをそっと撫でていった。
🌱
橙の月は、これにて終幕。
穏やかな夕暮れは夜に溶ける。
星明かりが見守る空の下で、運命はひとつ進み行く。
私は今日も変わらず、彼らの選択を見届けるのみである。
「あのねぇ、リーちゃんは危機感足りなすぎなの!リーちゃんに何かあったら俺がユーガに怒られるんだからね?!」
「あ~、母様の差し金かぁ……」
衝撃の告白事件からしばらくして。
美しい夕焼けに染められた橙色の街を、ターゲットに気付かれた探偵二人と仕事終わりのリーリエは歩いていた。
盛大にフラれたノアはというと、しばらくショックで使い物にならなくなったものの、修道女長の叱責で何とか自我を取り戻し……
『僕は諦めませんよ!少なくとも、リーリエに僕より相応しい相手が現れるまでは!』
……と前向きなんだか後ろ向きなんだか分からない捨て台詞を残し、和解が成立したのであった。
ちなみに、リーリエが振った理由はといえば。
「私、恋愛とか今はそんなに興味無いんだよぉ。父様に色んな男の人紹介されて、疲れちゃって……今はお仕事の方が大事だし、しばらくはいいかなぁ」
と、ノアの本質云々以前の問題だったらしい。
それもあってノアの立ち直りは早かったのだが。
シルビオは若干不満げにリーリエを見つめる。
「でもさぁ、リーちゃんもそろそろ結婚する歳でしょ?付き合う相手くらいいてもいいんじゃないの?」
「その台詞、そっくりそのままお返ししますけど」
「うっ……」
しかし、つんとしたリーリエにぴしゃりと言い返され、声を詰まらせた。
結婚どころか特定の相手すら作らず、ふらふら遊び歩いていたのはリーリエにも何度も苦い顔をされている。
そんな二人のやり取りを黙って聞いていたヴォルガが、ふと声を上げた。
「そういえば、シルビオは誰かと交際したことがないのか?」
ぴたりと、前を歩いていたシルビオとリーリエが足を止めた。
気まずそうな顔のシルビオに、リーリエも不思議そうな顔をする。
「……言われてみれば、ないよね?何回も誘ってる人はたまにいたけど、付き合ってたわけじゃないんでしょ?」
「あー、うん……」
ぽりぽりと頬を掻くシルビオ。
ヴォルガはむっと眉を顰める。
「俺の考え方が堅すぎるというのは承知の上なんだが……交際もせずに婚前交渉というのは、あまり好ましいことではないと思うんだが。考えたことはなかったのか?」
「う、うん、まぁ、アステル教徒からしたらそうだよねぇ……」
二対一で不利な状況であることを分かっているシルビオは、苦笑しつつ空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「俺……恋愛感情って、よく分からないんだよね」
「「……!」」
ヴォルガとリーリエが驚いた顔でシルビオを見る。
シルビオは困ったような笑顔を浮かべていた。
「だって、みんな好きなんだもん。俺はちゃんと、好きな人を選んで抱いてたけど……誰か一人のことだけ好きになるって、俺には無理だよ」
それは、珍しく素のシルビオの声だった。
彼は無垢な瞳を二人に向ける。
ヴォルガが、難しい顔をしてシルビオに応えた。
「誰彼構わないわけじゃないんだな。ただ、『好き』の区別がついていないのか」
「うん、そう。俺の『好きな人』は、たくさんいるんだよ。だから……ノア君のあの熱意には、正直ちょっと感心したんだ。たった一人だけをずっと想い続けるって、すごいことだなって思うから」
ふと、シルビオはリーリエを見つめた。
「こんな人間に、結婚とか恋愛とか、できると思う?」
夕焼けを反射した夜空色の瞳は、一種の諦観に満ちていて。
……けれど、リーリエはそんな彼の疑問を即座に切り捨てた。
「できるよ」
慈愛に満ちた少女は、珍しく素っ気ない口調でそう返し、くるりと踵を返した。
マヨイガの方へ向かいながら、ぼそりと呟く。
「……気付いてないだけなんだから」
その台詞は背後の二人には届かず、風に乗って消えてしまった。
そんなこんなで、初めての外での休日はドタバタと終わってしまった。
あの後、リーリエがさっさと先に行ってしまったため、シルビオとヴォルガは二人で帰路につくこととなった。
話題は、引き続いたままだ。
「恋……か。縁遠い感情だな」
「ヴォルガもそう思うの?」
「まぁ、な。交際相手がいたこともないし、誰かに恋愛感情を抱いたことはないと思う」
ヴォルガは淡々とそう告げた。
空を見上げる透明な瞳には、今何が見えているのだろうか。
「恋とか、愛とか……求められたことがないわけじゃないけど、俺には分からなかった。違いもよく分かってない。そういう意味じゃ、お前と同じだな」
「……そうだね」
ヴォルガの経歴は、一部しか知らない。
どんな生き方をしてきたのかは彼の口から全て聞いたわけではない。
けれど、シルビオと比べるのも烏滸がましいほどに、過酷な旅路であったことは間違いない。
ヴォルガもまた、自分と同じ。
普通に生きることができなくて、きっと何か大切なものが欠けているのだ。
「……」
隣を歩く、青い青年を見つめた。
彼は、少しずつ普通の生活に慣れている。
こうして外を出歩けるようにもなった。
怪我だって、かなり癒えている。
もうすぐ、彼と自分を繋ぐ鎖が解かれる。
そうしたら、また、何かが変わるのだろうか。
ただ、どうしようもなく。
取り返しがつかなくなると。
そんな予感が、胸を過ぎっていた。
「……お、見えてきたな。何だかいつもより腹が減った」
押し黙ったシルビオの代わりに、ヴォルガが声を上げた。
見慣れた看板が見えてくる。
短い冒険は、終わりの時間だ。
「今日、楽しかった?」
素直に尋ねてみた。
ヴォルガは振り返り、苦笑を浮かべる。
「何だか気疲れはしたが……まぁ、楽しかったよ。たまには外に出るのも、いい休息になるな」
昼の空の色をした瞳は、どこか優しくシルビオを見つめていた。
シルビオも微笑み、少し足を早めてまた彼の隣に並ぶ。
「今度はさ、どこ行きたい?」
「気が早くないか……?まぁ、せっかくだし、教会とは反対側にも行ってみたいかな─️─」
二人の青年は、酒場の中へと帰っていく。
笑い合う二人は、とても幸せそうで。
爽やかな風が、誰もいなくなった通りをそっと撫でていった。
🌱
橙の月は、これにて終幕。
穏やかな夕暮れは夜に溶ける。
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