王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

愛の形

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「あ、君は、この間の……」
「ノアか」
「はい、こんにちは!」

場所は変わらず、教会の前庭。
すっかりお喋りに興じていた尾行班は、昼休憩の為外に出てきた教会職員─ノアに捕捉されていた。
彼はこの間、リーリエへの恋心を大変綿密に綴った恋文をマヨイガに持ち込んできた警戒対象でもある。

すっかり職務を放棄していた探偵達は、気まずそうに顔を見合わせ、どうにかノアを誤魔化すことに決めた。

「今日はおやすみなんだよ~。せっかくだし、たまにはヴォルガに外に出てもらおうと思ってね」
「はぁ~、それでシルビオ義兄にいさんもここに……」
「今なんて言った??」

聞き捨てならない呼称に目を光らせるシルビオ。
ノアはにこにこと笑って受け流す。

「ヴォルガさんも前よりお元気そうで何よりです!怪我は良くなりましたか?」
「あぁ、ありがとう。だいぶ目立たなくなってきたよ」

ヴォルガはそう言い、腕を覆うコートの袖を僅かに捲る。
手枷の痕や痛々しかった青あざはすっかり薄くなり、包帯の数も減っている。

はにかむように微笑むヴォルガを見て、ノアは心の底からほっとしたような顔をした。

「良かったです!同教の仲間が幸福になってくれることが、僕達の喜びですから」

そう言って笑顔を浮かべるノアは、どこから見ても完璧な聖職者に見える。
ふと信者から声が掛かってノアがそちらに挨拶をしようと振り返った隙に、ヴォルガはひそひそとシルビオに耳打ちした。

「何か……今少し、様子おかしくなかったか?」
「あー、そっか、言ってなかったっけ」

シルビオは苦笑を浮かべ、昨日伝えた情報の補足をする。

「リーちゃんに変な手紙渡そうとしたのが、このノア君なんだよね」
「………………え?」

本気できょとんとした顔をするヴォルガ。
しばらく黙り込んでから、驚いたように目を見開き、叫びかけたのか慌てて口を手で覆った。

「っ……嘘だろ、ノアだったのか!?だから、わざわざ教会で待機なんてことしてたのか……」
「あ、そこから?」
「だって、まさか教会の人とは思ってなくて……しかも、ノアはかなり真面目で他人想いだし、リーリエとの距離感も普通に見えたから……」

相当意外だったらしく、かなり狼狽えているヴォルガ。
そして、ヴォルガの動揺が落ち着く前にノアはこちらへ戻ってきてしまった。

「すみません、お待たせしました!……あれ、どうしました?すごい顔してますよ、ヴォルガさん」
「い、いや、大丈夫、何でもない」

不思議そうに首を傾げるノアから目を逸らしつつ誤魔化そうとするヴォルガだが、隣で愛想笑いをしているシルビオに視線を向けたノアは、ふとシルビオの方にゆっくりと歩み寄ってきた。

「……シルビオ義兄さん」
「義兄ではないけど何でしょうか」
「ヴォルガさんに話しました?」
「……」

笑顔なのが逆に怖い。
シルビオもにこっと笑って誤魔化すが、ノアは満面の笑みを浮かべて懐から何かを取り出した。

黄金色の宝石が嵌められた魔法発動用のステッキである。

「分かりました、ならば決闘だ!!」
「何でそうなるのぉ?!」

ジリジリと詰め寄ってくるノアに絶叫するシルビオ。
先程までの穏やかな様子はどこへやら、ノアは目をギラギラと輝かせてステッキを構える。

「言ったじゃないですか、ヴォルガさんはライバル……いや、因縁の宿敵だって!!何で洗いざらい話しちゃうんですかぁ!!!」
「絶対そこまで言ってなかったよね!?」

反射的にヴォルガを庇いつつ自身も警戒態勢を取るシルビオ。
ヴォルガは困惑を隠しきれない表情でノアを見つめている。

「因縁の宿敵って……そんなに俺のこと嫌ってたのか?」
「え、い、いや、嫌ってるわけじゃなくて!むしろその逆だから困ってるというか……」

少し悲しそうなアクアマリンの瞳に見つめられ、あからさまに狼狽えるノア。
シルビオの前では割とはっちゃけていたノアだが、いざヴォルガを目の前にすると弱いらしい。

一瞬理性が戻ったように見えたものの、もう後に引けなくなっているのか、彼はステッキを構えたまま更に二人に近付いていく。
緊迫しているようでどこか気の抜けた、奇妙な沈黙が場を支配した、その時だった。

「な~にしてるのかな~?」
「っ?!」

背後から、救世主の声がした。
慌てて振り向くノアに釣られてシルビオとヴォルガも顔を上げる。

そこには、いつの間にか仕事着の白と黄を基調としたローブを身に纏ったリーリエが立っていた。
少々ご立腹なようで、いつもにこやかな顔はむっと不機嫌そうに歪んでいる。

「シルビオ!ヴォルちゃんまで連れてきて、何遊んでるのぉ!?今お仕事中なんだけど!」
「ち、違うんだよ~、俺何もしてないんだって!」

情けない困り顔で弁明するシルビオ。
この場面で一番物騒なのは武器を構えているノアなのだが、シルビオが名指しされたのは日頃の行いの賜物だろう。

しかし、リーリエの登場によってノアはすっかり戦意を失ったようだった。
慌てて武器をしまい、おろおろと話しかける。

「あ、リ、リーリエ……違うんだ、お二人は悪くなくて……」
「えっ、違うの?」

ノアの発言にきょとんと首を傾げるリーリエ。

「ノアが武器まで取り出すなんて、よっぽど何かやらかしたのかと思ったよぉ」
「う、うぅ……」

ようやく冷静になれたのか、ノアの顔が赤くなっていく。
ちょっと頭のネジが外れている節はあるが、リーリエに良いところを見せるために嘘をついたりはしない誠実さはある。

とはいえ、そうなるとリーリエを誤魔化す手段が無くなってしまうのも事実だ。

「何かあったの?」

無垢な目でノアを見つめるリーリエ。
ノアは視線を彷徨わせ、俯く。

長い沈黙の後、彼は意を決した様子で顔を上げ、リーリエに向き直った。

「じ、実は。リーリエに、話したいことが、あって……」
「えっ、私?」

空気が変わった。
混沌とした現状で何かが吹っ切れたのか、ノアはここで告白を実行するつもりらしい。

「……ちょっと引いてよっか?」
「あ、ああ……」

こういう時は気が利くシルビオと不安げに二人を見守るヴォルガは、静かに二人から距離を置き、様子を眺めることにした。

ノアは、ぎゅっとペンダントの剣を握りしめ、真剣な眼差しでリーリエを射抜く。

「僕……ずっと、焦ってたんだ。ヴォルガさんがここに来てから、ずっと……リーリエが、他の人に取られちゃうんじゃないかって」
「……」

鈍感なリーリエも、ここまで来ると流石に察しがついたようだ。
真っ直ぐ彼を見つめ返し、言葉を待つ。

ノアはこくりと小さく喉を鳴らし、意を決して懐から封筒を取り出して彼女に手渡した。

「だから、伝えておきたくて。僕は、あなたが好きです。ずっと、好きでした」
「……!」

リーリエは目を見開き、おずおずと封筒を受け取る。

「開けても……いい?」
「うん」

微笑むノアに促され、リーリエはゆっくりと封筒を開け、便箋を取り出した。
そこには、昨日と同じ、もしくはそれ以上の密度でびっしりと書かれた文字のような何かが記されていた。

背後から覗き見たシルビオとヴォルガは、思わず顔を見合わせる。

「……パワーアップしてないか?」
「切り刻んでから一日しか経ってないんだけど……!」

仲が良いと思っていた同僚からこんな怪文書が送られたら、さしものリーリエも少なからず動揺するだろう。
そう思いハラハラと二人を見守るシルビオとヴォルガだったが……

「…………うん、ありがとう。すごく素敵……私のこと、本当に好きなんだね」

……リーリエが返したのは、優しい言葉と穏やかな笑顔だった。

ノアは目を見開き、頬を赤らめる。

「あ、え、えっと……どう、だったかな……?」
「ふふっ、良い詩だよぉ。私のいいところをこんなに見てくれた人は、ノアが初めてだと思う」

それは、嘘偽りのない本心からの言葉だった。
リーリエは手紙を大切そうに懐へ仕舞い、柔らかな笑顔を浮かべた。

「ノアは、確かにちょっと前のめり気味というか、物事に一直線すぎて前が見えてない時はあるし、人に迷惑かけるのは良くないと思うんだけど……」
「うぐっ……ご、ごめんなさい……」

的確すぎる指摘に心臓を押さえるノア。
付き合いの長いリーリエは、彼の危うさをしっかり理解していた。
それでも、彼女は笑う。

「……でも、ノアの愛の形は、とても素敵だと思うの。だから、私のことを好きになってくれて、嬉しい。ありがとう」
「っ……!!」

それは、一途な少年の長い片想いが報われた瞬間だった。
彼はくしゃりと顔を歪ませ、泣きそうな顔で笑う。

「こちらこそ……ありがとう、リーリエ。だから、僕は君が好きなんだ」

穏やかな春の風が、向かい合う二人の頬を優しく撫でる。
シルビオとヴォルガは、意外な決着の形に目を見張りつつも、新たな恋の実りを微笑みながら祝福し──

「じゃあ、これから、お付き合いをさせてもらっても……」
「あ、それは大丈夫、ごめんなさい」
「………………ええええええええええええっ?!」

──笑顔でばっさりと開きかけた蕾ごと切断するリーリエの振りっぷりに、戦慄するのであった。
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