王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

後方不注意

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「おはようございま~す!」

教会正面の扉が開き、明るい少女の声が大広間に響いた。
掃除をしていた修道服の同僚達が、彼女を見るなりにこやかに挨拶を返す。

「おはようリーリエ!」
「今日はちょっと遅かったね?」
「変な輩に絡まれてないだろうな?」

教会の職員達は、大半がリーリエより歳上か同年代であり、教会での奉仕歴も長い。
そのためかこうして妹分として過保護な扱いを受けることも多く、リーリエは少し不満そうに近くにあった箒を手に取った。

「もー、大丈夫だってばぁ。街の人はみんな優しいよ?」
「そういうこと言うから心配なのよ……」

一回り歳上のシスターが溜め息をつきながらそう言うが、リーリエは小首を傾げるだけだった。

そうこうするうちに、孤児院へ出向いていたシスター長のミランダが戻ってきて、てきぱきと指示を下す。

「皆さん、もうすぐ開門ですよ。速やかに掃除を終わらせてください」
「「「「はい!」」」」

上司の命令で慌ただしく動き出す修道士達。
聖堂の奥に鎮座する剣を持つ女神の像が、彼らを穏やかな目で眺めていた。


一方その頃。

「ん~、さすがにここからじゃ中は見えないねぇ」
「それはそうだろ…」

教会前の庭に植えられた木の影で、シルビオとヴォルガは教会の様子を窺っていた。

あの後、何とか合流した二人は、無事にリーリエの背中を捉え、何事もなく教会へ入って行くのを目撃した。
流石に教会の中で隠れんぼをする勇気はなく─そもそもヴォルガは結界に弾かれて教会の中に入れない─下手な狼藉を働いて逆にリーリエに迷惑を掛けるわけにはいかないので、外から教会の様子を観察することにしていた。

とはいえ、直接教会の中を覗くのは不敬が過ぎるし、教会では年長の修道士達が目を光らせているだろうからそこまで心配はないだろう。
というわけで、ここからはしばしの休息時間だ。

柔らかい芝生に腰を下ろして一息ついたヴォルガに、シルビオは懐から何かの包みを取り出して手渡した。
ヴォルガが不思議そうにそれを解くと、中からずっしりと具材の詰まったサンドイッチが出てくる。

「いつの間に……」
「ユーガがくれたんだよ。食事は疎かにするなって」

そういえば、朝は大したものを食べていなかった。
随分気の利いたことをしてくれる。

試しに一口食べてみるが、やはり美味しい。
少ししんなりとしたレタスとハムに、香辛料の効いたポテトサラダが満足感を与えてくれる。

目を輝かせたヴォルガを見て、シルビオもいそいそともう一つのサンドイッチに手を伸ばした。

そんなこんなで、尾行という使命感と緊迫感はすっかり消え、穏やかな時間がゆったりと流れていく。
頬を撫でる風はまだ少し冷えているが、柔らかな陽射しは眠気を誘われる心地好い暖かさだ。
ぺろりとサンドイッチを平らげたシルビオは、猫のように伸びをして、ごろりと芝生の床に身を投げてしまった。

「あー、いい天気だねぇ~」
「……まぁな」

気を緩めすぎだと言いたげな顔をするヴォルガだが、小言は言わずにまだ半分以上残るサンドイッチをゆっくりと食べ進める。
長閑な陽気が、珍しくヴォルガに寛容さを与えていた。

その様子を見て、シルビオは嬉しそうに微笑む。

「バタバタしちゃったけど、ちょっとは気晴らしになってるかな?」

いつもより大人びた声音に、ヴォルガはごくりとパンを飲み込み、彼の目を見つめながら答えた。

「こうやって、外でゆっくり過ごすのは本当に久しぶりだ。普段はずっと室内にいるし、いい気分転換になってると思う」
「ん、そっか」

シルビオはにかっと見慣れた明るい笑顔を浮かべ、真面目な空気はすぐに霧散する。
これはある意味、彼の才能かもしれなかった。

「じゃあ、今日はのんびりピクニックだね~。リーちゃんもたまには外出てくると思うから、そしたら観察再開ってことで」
「何と言うか、仕事中も無断で見張るのは少し罪悪感があるな……」
「いいんだよ、大義名分はあるからね!もし他の職員さんに見つかっても、説明したら納得してくれるって」
「シエラ教徒なのに、よくここまで許されてるよな、お前……」

二人は会話をしつつ、柔らかな芝生の感触と心地好い太陽の光を存分に味わう。
贅沢な時間の中で、会話のペースはゆっくりながらも話題はより深い方へと進んでいた。

「ヴォルガのいた教会も、こんな感じだったの?」
「そうだな。あそこは歴史的にも重要な教会だから、ここよりもう少し規模は大きかったか」
「へぇ~、そんなすごいとこだったの?」

一度話し出すと、二人の会話は留まることがない。
シルビオが話し上手なのはあるが、ヴォルガもシルビオ相手であるといつもより饒舌になる。
発作事件以降は特にその傾向が強まっているが、二人ともその変化を自覚してはいなかった。

「ああ、言ってなかったか。俺のいた孤児院は、聖剣伝説に登場する教会の附属なんだ」

そして。
会話は盛り上がり、二人は徐々に現在の状況を忘れていく。

「……え?え……えええええええええっ?!!!!」
「うおっ……そ、そんな驚くことか?」
「だ、だって、聖剣伝説の教会って……アルヴィス様が聖剣に認められた『王の教会』のことだよね?!」

ヴォルガがふと零した情報に、シルビオが大変勢い良く食いついた。
目を輝かせる彼は、ぐっとヴォルガに顔を寄せる。

「じゃあ、ヴォルガってアルヴィス様と同じ教会の出身なんだ!?すごいね!!」
「う、うん、まぁ……というか、シルビオってそんなにアルヴィス伝説好きだったのか」
「そりゃもちろん!!」

驚くヴォルガに、シルビオはどこか得意げな顔をする。

「この国で憧れない人はいないでしょ!俺も、騎士オーディンに憧れて槍使うようになったしね~」

アルヴィス伝説。
数百年前に実在したとされる、伝説的な君主─アルヴィス王と、その側近である五人の騎士の物語。
この国に生きる者であれば誰しもが知っている、子供達の憧れであり魔法士の最高到達点。

本をこよなく愛する保護者の下で育てられた無垢な青年は、成人した今でもその童話の熱狂的な支持者だった。

「ていうか、ヴォルガもでしょ?弓が武器なの、水の騎士ウルと一緒だもんね」
「あ……まぁ、バレるか」

そして、伝説に憧れた子供は一人だけではない。
少し気恥ずかしそうに頬をかいたヴォルガは、遥か西の故郷へと視線を飛ばす。

「場所が場所だし、どうしてもシンパシーを感じるというか……ウルは二属性魔法士デュアルウィッチだし、流石に彼には及ばないが、やっぱり寄せたくはなってしまうな」
「ウルといえば騎士で一番穏やかで優しい話し方の人だから、そこはちょっとヴォルガと違うけどね」
「何で余計な水を差すんだお前は」
「あてっ」

ヴォルガがちょっと拗ねた顔でシルビオの額を軽く叩いたが、その後も会話は続く。
礼拝にやって来たアステル教徒や孤児達もその存在に気付き、不思議そうな顔で通り過ぎていくが、すっかり話に夢中になった二人は気付かず。
彼らが我に返ったのは……

「あれ、どうしたんですか、お二人とも?」
「「……?!」」

きょとんとした顔の修道士の青年─ノアに声を掛けられた時だった。
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