王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

闇渡り

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デート─もとい、尾行作戦は順調に進んでいた。

「リーリエちゃん、今度一緒に食事とか─」
「あ、そしたら、『マヨイガ』に来てくれると嬉しいです~!夜だったら私もいるので!」
「あ、あぁ、うん……」

現在は、商店街を抜けて庶民階層の住宅地に入ったところだ。
黒服の怪しい二人組はかなり目立つが、人の溢れる商店街に比べると視線は感じなくなっている。
シルビオが得意げにウィンクをしていたので、もしかしたら何か魔法を使ったのかもしれないと憶測するヴォルガであった。

そして、肝心のリーリエは。
上述の会話の通り、明らかに下心のありそうな男から声を掛けられはするのだが、笑顔でひらひらといなし続けていた。

下心に気付いているというよりは、天然かつ善意に満ちた反撃カウンターに見える。
おかげで近付いてきた男はがっくりと肩を落として彼女を見送り、シルビオとヴォルガは複雑極まりない表情でそれを見守った。

「今までどうしてたんだろって思ってたけど……なるほど、こういうことかぁ」
「敵にも味方にもならない立ち回りだな。結果的に戦意を折ってるのが見事だ」
「なんか観点がおかしいよ……」

そんな会話をひそひそと交わしつつ、建物の隙間から男の様子を眺める二人。
リーリエは既に去った後だが、男は未練がましそうにその方向を見つめ、何やら思案を巡らせているように見えた。
シルビオの目がぎらりと輝く。

「あの人には、ちょっとしとこうか」
「忠告?」

言葉は柔らかいが、何だか圧を感じる言葉にヴォルガが首を傾げると、シルビオは紫紺の瞳を瞬かせてじっと彼を見つめた。

「ただの遊びナンパならいいんだけど、リーちゃんに執着してる気配がする。そういう人は後々危ないことやらかすことがあるから注意って、師匠が言ってた」
「ふむ……?」
「あと、あんまりいい人には見えない」

シルビオがぼそりとそう言うと、ヴォルガは素直に口を閉じる。

シルビオの人を見抜く力については、ヴォルガも密かに信を置いていた。
彼が言うならそうなのだろう、と納得できるくらいには。

その信頼が嬉しいのか、シルビオはへにゃりと緩んだ笑みを浮かべた。

「ふふ、ありがと。じゃあ、せっかくだし、スマートにいこうか」
「……ん?」

何やらシルビオは楽しそうな顔でヴォルガに向き直る。
彼は自分のコートのボタンを外しながら、ヴォルガにも指示を出す。

「コート、脱いで肩に掛けてくれる?」
「あ、ああ……」

何が何だかと言いたげに、けれど大人しく従うヴォルガ。
シルビオは満足気に頷き、コートの襟元を掴んでマントのように広げる。

「そしたら、こうして……こう!」
「……?!」

ふと、シルビオがコートを掲げ、ヴォルガに覆い被さってきた。
バランスを崩して倒れ込むヴォルガとシルビオを黒いコートが覆い、爽やかな朝に似合わない暗闇が訪れる。

「ヴォルガ、コート、もうちょっと引き上げて」
「こうか?」

シルビオの言う通り継ぎ目に自分のコートを引き上げて隠すと、視界は完全な闇に覆われた。
何も見えない中、シルビオが笑っている気配がする。

「俺から離れないでね。行くよ?」
「……え?」

どこに、と尋ねようとした矢先だった。

突然、地面が消滅したような感覚に襲われた。
硬い石畳だったはずの地面にすっと身体が沈み込み、背中から落ちていくような浮遊感を覚える。

「~~~~~~~?!!」

叫ばずにはいられなかった。
幻覚の類ではない。
本当に、どこかへ

周囲は真っ暗闇で、何も見えず、何も聞こえない。
ただ、傍にシルビオがいるという、根拠のない確信だけがあった。

永遠にも思える一瞬。
奈落へ落ちていく感覚は、しかしぷつりと途切れた。

「はーい、到着」

ふと視界に光が射し、呑気な相方の声が聞こえる。

気が付けば、シルビオとヴォルガは薄暗い路地裏に戻っていた。
しかし、よく見るとさっきまでいた路地ではない。
ふらふらと立ち上がって周囲を見回したヴォルガは、はっと目を見開いた。

大通りの方。
先程まで遠くから眺めていた、あのリーリエを狙う男が目の前にいた。

「おい、これって……」

シルビオに声を掛けようとしたヴォルガだが、シルビオはにこにこしながらヴォルガの手を引っ張る。

「話は後でね!まずはこっち」
「ちょ、待っ……」

ぐいぐい手を引かれ、引き摺られるヴォルガ。
聞きたいことはたくさんあったが、シルビオのペースには勝てないため、仕方なく言葉を呑み込んだ。


「……というわけで、うちの可愛い末っ子にお近付きになりたければ、まずは俺達を納得させてもらわないと……ね?」
「す、すみません、もう余計なことしません……!!」

忠告─もとい脅し─は一瞬だった。

シルビオの顔は知っていたのか、背後から現れるなり仰天し、一部始終見ていたことを報告するとすっかり青ざめてしまった。
ただ可愛い女の子だからと声を掛けていただけなようで、シルビオと真っ向から対峙するほどの想い入れは無かったようだ。

(一方的な)話し合いを終え、すっかり見失ったリーリエを追いつつ、そこでヴォルガはようやく疑問を口に出すことができた。

「おい、もういいだろ。さっきの、何だ?」
「あ、ごめんごめん」

シルビオは手品を一つ見せただけというような得意げな笑顔で、あっけらかんとした説明を始める。

「あれねー、師匠と発明したオリジナルの魔法なんだ!『闇渡り』って呼んでるんだけど、暗闇とか影を伝って色んなとこに移動できるんだよね~」
「………………」

大変頭が痛そうな顔をするヴォルガ。
シルビオも流石に様子がおかしいことに気付き、心配そうに振り向いた。

「あ、あれ、大丈夫?もしかして酔っちゃった?慣れないとちょっと気持ち悪いよね……」
「いや、そうじゃなくて」

珍しく、ヴォルガがシルビオの腕を掴んだ。
細腕に似合わない力でぎりぎりと握られ、シルビオは若干悲鳴を上げた。

「ふみゃっ……な、何?!」

それにも構わず、ヴォルガはずんと顔を寄せてくる。

「つまり、その魔法を使えば、起点となる闇さえあればどこにでも瞬間移動できるってことか?」
「あー、うーん……理論上は?」

シルビオは圧に押されて目を逸らしつつ、比較的真面目に答えてくれた。

「今のとこ試したのは自分が知ってる場所だけだし、ジェイドの外でもできるかは分かんない。終点ゴールが見えない状態で闇に潜っても、戻って来れなくなる可能性が高くなって危ないって、師匠とユーガが」
「そうか……」

どこかほっとしたような溜め息をつくヴォルガ。
しかし、瞳は鋭いままで、今度はシルビオの両肩を掴んだ。

「ほえっ?!」
「シルビオ。この魔法、絶対ぺらぺら言いふらすなよ。今回みたいに軽率に他人に教えるのもダメだ」
「あ、う、うん……分かった……」

眼光に押され、こくこくと頷くシルビオ。
それでも、どこか浮かない顔をしている。

「それ、ユーガにも言われたんだけど……そんなに危ないかな?真似できる人は多分いないって師匠は言ってたし……」
「そういう問題じゃない」

ヴォルガはかぶりを振り、視線をどこか遠くへ飛ばした。

「そんな魔法が当たり前に使われるようになったら、この国は警備隊なんてお飾りの無法地帯になる。暗殺し放題だ。場合によっては……国王だって暗殺できるかもしれない」
「ちょっ、そ、それは……!」
「例え話だよ」

複雑そうにそう付け加えたヴォルガは、シルビオの無垢なアメジストの瞳を見つめ、更に続ける。

「シルビオは、確かに強いし、能力もある。でも、それだけじゃ解決できないこともある。あんまり、無茶はするなよ」
「……うん」

ヴォルガの忠告に、しゅんと俯いて頷くシルビオ。
そのどこか寂しそうな様子を見て、ヴォルガは少し狼狽えて視線を揺らした。
しばらく黙ってから、ぽつりと尋ねる。

「その……責めてるわけじゃなくて、心配してるだけで……俺は、お前の魔法、素直にすごいと思ったよ」
「……ほんと?」

ふと、シルビオが顔を上げた。
少し不安げで、でも褒められて嬉しそうなのがきらきらした瞳から溢れていた。

…たまにシルビオが見せる、このあどけない表情にヴォルガはちょっと弱かった。
故郷で面倒を見ていた弟妹分達に似た雰囲気を感じるからだろうか。
そうであって、そうではない気がする。

何となく、髪を撫でてやる。
少し乱暴になってしまったが、シルビオは一瞬目を見開いた後、すっかり機嫌を直していつもの明るい笑顔を覗かせた。

「えへへ……どうしたの?」
「いや……」

特に大した理由は、と続けようとしたヴォルガだったが─

「あれ、こんな朝っぱらからシルビオが逢い引きしてる~」
「マヨイガはサボりかよ」
「「?!」」

シルビオとヴォルガが話し込んでいたところに、二人組の女性が野次を飛ばしてきた。
酒場の常連なようで、にやにやとこちらを見つめている。

今の状況を端的に説明すると。
人目を避ける路地の端で、比較的至近距離で見つめ合いながらヴォルガがシルビオを撫で回していたところである。

「………………………………」

どんどん頬を紅潮させたヴォルガは、くるりと踵を返し、無言で教会の方へ走り去ってしまった。

「あ、ちょ、ヴォルガぁ?!あのね、違うから!仕事の一環だからね?!」
「顔のいい男とイチャイチャするのが仕事かよ羨ましいな」
「てか逃げられちゃったね~」
「二人のせいだから!!!」

残されたシルビオは、お節介な二人組に必死な弁解を投げ、慌ててヴォルガの後を追うのであった。
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