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一章 紫碧のひととせ
尾行大作戦
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晴れやかな空に、ひらひらと花びらが舞う。
穏やかな陽光に照らされた街中を、様々な髪色の人々が行き交っている。
その中でも、一際輝いて見える金色の少女が、軽やかな足取りで歩を進めていた。
「おはよう、リーリエちゃん」
「おはようございまーす!」
花屋の店先に立つにこやかな中年の女性に声をかけられ、少女─リーリエは元気に手を振って挨拶を返す。
「クロエちゃんは元気だったかい?」
「元気でしたよぉ。お花も喜んでました」
「そういうとこは相変わらずだねぇ」
和やかに会話を交わし、リーリエはぺこりと頭を下げて再び歩き出した。
微笑ましそうに彼女を眺める女性の後ろから、のっそりと店主の男性が顔を出す。
「随分、クロエに似てきたな」
「ほんと、こんなしょうもない街に寄り付かなくたっていいのにねぇ」
幼い頃から彼女を知る花屋の夫婦は、しみじみと彼女の背中を見送る。
そこに、背後から声がかかった。
「しょうもない街なんて言わないでよ~」
二人がはっと振り向くと、そこには二人の青年が立っていた。
一人は、これまた夫婦の知己である朗らかな闇色の青年。
そしてもう一人は、何だか気まずそうにそわそわと視線を揺らす、蒼穹の美青年だった。
「あれ、シルビオと……その子、噂の新しい店員さん?」
「おお、居候二号か」
「……どうも」
ヴォルガが人前に姿を現すようになってしばらく経ち、北西部商店街の面々にはヴォルガという新入りの話は十分広まっていた。
気まずそうに頭を下げるヴォルガ。
シルビオはにこにことその様子を見守るが、そこに胡乱げな夫婦の視線が突き刺さる。
「にしても、お前何してんだ?」
「また変な依頼受けたの?通報されるよ」
「酷くない?!」
辛辣な声に涙目になるシルビオだが、その後ろでヴォルガもうんうんと頷いている。
何故かというと。
「やっぱり、この格好は逆に目立つんじゃ……」
「ええ~?」
シルビオとヴォルガは、やたら黒ずくめかつ暑苦しいロングコート姿であった。
少々時を戻して、昨日の午後。
「やっほ~ヴォルガ元気~?!元気ならちょっとご提案がありますのですが!!」
「……お、おう」
寝室のドアがいきなり勢い良く開き、やたらとハイなシルビオが飛び込んできた。
横になっていたヴォルガは、少し顔を引き攣らせて体を起こす。
「お前がうるさいから少し頭痛がする」
「えへへ、ごめんごめん」
そんなやり取りを交わしてようやく元のトーンに戻ったシルビオは、ベッドの端に腰を下ろし、ヴォルガの額に手を当てる。
「熱下がったね!体調は?」
「……ん、まぁ、そこまで悪くない。明日には良くなると思うけど」
訝しげなヴォルガに、シルビオはどこか楽しそうに微笑みながら尋ねた。
「じゃあ、もし明日動けそうだったら、一緒にお出かけしない?」
「……お出かけ?」
不思議そうに首を傾げるヴォルガ。
「勝手に行けばいいんじゃないか?」
「……ちょっと怒ってる?」
「頭は本当に痛い」
「ごめんって……」
若干不機嫌なのかいつも以上に冷めた声のヴォルガに、シルビオは事の経緯を説明することにした。
リーリエに狂信じみた恋慕を寄せる青年とのやり取りの一部始終、そして危機感が薄いリーリエに対する不安についてだ。
「……という訳で、悪い虫がついてたらこっそり払っておこうと思って、明日一日尾行してみようかなと」
「何と言うか……同情する」
遠い目になるヴォルガ。
恐らくだが、彼にも似たような経験があるのではないだろうか。
容姿が容姿だし。
一先ず思ったよりも否定的な反応ではなかったので、シルビオはもう一度頼んでみることにした。
「急に仕事再開したらまた倒れちゃうかもだし、リハビリも兼ねてってことでさ!どう?」
「……確かにな。でも……」
ヴォルガは少し躊躇うように視線を揺らし、傷痕を隠す包帯に指を滑らせた。
「普通に、街を歩くってことだろ。外、出てもいいのか?」
今までヴォルガが街に出たのは、教会へ助太刀に行った時と、リーリエと共に孤児院で慈善活動をした時だけ。
未だに一人で外に出ないようにしているし、買い出しに同行させたこともない。
けれど、それはヴォルガが『烙印』持ちだからではなく、怪我人だったからだ。
今のヴォルガは店員として働けるほどには回復しており、包帯や怪我の痕も着込めば目立たない。
不意の事故も、隣にシルビオがいれば手助けできる。
シルビオは微笑み、彼の手を取った。
「怪我、だいぶ良くなったでしょ?多少着込めば、もう外出歩いても怪しまれないんじゃないかなって!それに、何かあっても俺が守るから」
「……ん」
気恥ずかしそうな顔をするヴォルガ。
瞳は揺れているが、嫌がっている気配はなかった。
しばらくの沈黙の後、彼はおずおずと頷いた。
「分かった。リーリエには、世話になってるしな」
「よし、決まりだね!」
シルビオの顔もぱっと明るくなる。
シルビオは無遠慮にヴォルガの手をぎゅっと握ってぶんぶんと振り回し、陽気に笑う。
「服は俺が準備しとくから、今日は気にせず休んでて!」
「あぁ、ありがとう」
服装に頓着はないらしいヴォルガは、シルビオやユーガのいらない服を借りて着回している。
そろそろ彼用の服も買ってやりたいところだが、今回は後回し。
尾行をするなら、身に纏う服は決まっているのだ。
…というわけで。
出掛ける支度を終えたヴォルガに支給されたのは、首元からつま先まですっぽりと覆い尽くす、このコートだったというわけだ。
顔や傷痕以外に目を惹く箇所があるのはいいが、このままでは結局目立つことに変わりはない。
しかし、シルビオは申し訳なさそうに笑いつつも脱がせようとはしなかった。
「あははっ、ごめんね~。気になるかもだけど、一番安全だからそのままでいて」
「……安全?」
訝しげに首を傾げるヴォルガ。
しかし、その疑問に答える前に、シルビオがあっと声を上げた。
「やばっ、リーちゃん見えなくなってる!ごめん二人とも、急ぐからまたね!」
「え、あ、ちょ……?!」
ヴォルガの手を引っ掴み、しゅたっと駆けていくシルビオ、引き摺られかけるも慌てて歩調を合わせるヴォルガ。
「「……」」
置いてけぼりにされた夫婦は、顔を見合わせて静かに頷いた。
「ああ、つまりデートね」
「デートだな」
穏やかな陽光に照らされた街中を、様々な髪色の人々が行き交っている。
その中でも、一際輝いて見える金色の少女が、軽やかな足取りで歩を進めていた。
「おはよう、リーリエちゃん」
「おはようございまーす!」
花屋の店先に立つにこやかな中年の女性に声をかけられ、少女─リーリエは元気に手を振って挨拶を返す。
「クロエちゃんは元気だったかい?」
「元気でしたよぉ。お花も喜んでました」
「そういうとこは相変わらずだねぇ」
和やかに会話を交わし、リーリエはぺこりと頭を下げて再び歩き出した。
微笑ましそうに彼女を眺める女性の後ろから、のっそりと店主の男性が顔を出す。
「随分、クロエに似てきたな」
「ほんと、こんなしょうもない街に寄り付かなくたっていいのにねぇ」
幼い頃から彼女を知る花屋の夫婦は、しみじみと彼女の背中を見送る。
そこに、背後から声がかかった。
「しょうもない街なんて言わないでよ~」
二人がはっと振り向くと、そこには二人の青年が立っていた。
一人は、これまた夫婦の知己である朗らかな闇色の青年。
そしてもう一人は、何だか気まずそうにそわそわと視線を揺らす、蒼穹の美青年だった。
「あれ、シルビオと……その子、噂の新しい店員さん?」
「おお、居候二号か」
「……どうも」
ヴォルガが人前に姿を現すようになってしばらく経ち、北西部商店街の面々にはヴォルガという新入りの話は十分広まっていた。
気まずそうに頭を下げるヴォルガ。
シルビオはにこにことその様子を見守るが、そこに胡乱げな夫婦の視線が突き刺さる。
「にしても、お前何してんだ?」
「また変な依頼受けたの?通報されるよ」
「酷くない?!」
辛辣な声に涙目になるシルビオだが、その後ろでヴォルガもうんうんと頷いている。
何故かというと。
「やっぱり、この格好は逆に目立つんじゃ……」
「ええ~?」
シルビオとヴォルガは、やたら黒ずくめかつ暑苦しいロングコート姿であった。
少々時を戻して、昨日の午後。
「やっほ~ヴォルガ元気~?!元気ならちょっとご提案がありますのですが!!」
「……お、おう」
寝室のドアがいきなり勢い良く開き、やたらとハイなシルビオが飛び込んできた。
横になっていたヴォルガは、少し顔を引き攣らせて体を起こす。
「お前がうるさいから少し頭痛がする」
「えへへ、ごめんごめん」
そんなやり取りを交わしてようやく元のトーンに戻ったシルビオは、ベッドの端に腰を下ろし、ヴォルガの額に手を当てる。
「熱下がったね!体調は?」
「……ん、まぁ、そこまで悪くない。明日には良くなると思うけど」
訝しげなヴォルガに、シルビオはどこか楽しそうに微笑みながら尋ねた。
「じゃあ、もし明日動けそうだったら、一緒にお出かけしない?」
「……お出かけ?」
不思議そうに首を傾げるヴォルガ。
「勝手に行けばいいんじゃないか?」
「……ちょっと怒ってる?」
「頭は本当に痛い」
「ごめんって……」
若干不機嫌なのかいつも以上に冷めた声のヴォルガに、シルビオは事の経緯を説明することにした。
リーリエに狂信じみた恋慕を寄せる青年とのやり取りの一部始終、そして危機感が薄いリーリエに対する不安についてだ。
「……という訳で、悪い虫がついてたらこっそり払っておこうと思って、明日一日尾行してみようかなと」
「何と言うか……同情する」
遠い目になるヴォルガ。
恐らくだが、彼にも似たような経験があるのではないだろうか。
容姿が容姿だし。
一先ず思ったよりも否定的な反応ではなかったので、シルビオはもう一度頼んでみることにした。
「急に仕事再開したらまた倒れちゃうかもだし、リハビリも兼ねてってことでさ!どう?」
「……確かにな。でも……」
ヴォルガは少し躊躇うように視線を揺らし、傷痕を隠す包帯に指を滑らせた。
「普通に、街を歩くってことだろ。外、出てもいいのか?」
今までヴォルガが街に出たのは、教会へ助太刀に行った時と、リーリエと共に孤児院で慈善活動をした時だけ。
未だに一人で外に出ないようにしているし、買い出しに同行させたこともない。
けれど、それはヴォルガが『烙印』持ちだからではなく、怪我人だったからだ。
今のヴォルガは店員として働けるほどには回復しており、包帯や怪我の痕も着込めば目立たない。
不意の事故も、隣にシルビオがいれば手助けできる。
シルビオは微笑み、彼の手を取った。
「怪我、だいぶ良くなったでしょ?多少着込めば、もう外出歩いても怪しまれないんじゃないかなって!それに、何かあっても俺が守るから」
「……ん」
気恥ずかしそうな顔をするヴォルガ。
瞳は揺れているが、嫌がっている気配はなかった。
しばらくの沈黙の後、彼はおずおずと頷いた。
「分かった。リーリエには、世話になってるしな」
「よし、決まりだね!」
シルビオの顔もぱっと明るくなる。
シルビオは無遠慮にヴォルガの手をぎゅっと握ってぶんぶんと振り回し、陽気に笑う。
「服は俺が準備しとくから、今日は気にせず休んでて!」
「あぁ、ありがとう」
服装に頓着はないらしいヴォルガは、シルビオやユーガのいらない服を借りて着回している。
そろそろ彼用の服も買ってやりたいところだが、今回は後回し。
尾行をするなら、身に纏う服は決まっているのだ。
…というわけで。
出掛ける支度を終えたヴォルガに支給されたのは、首元からつま先まですっぽりと覆い尽くす、このコートだったというわけだ。
顔や傷痕以外に目を惹く箇所があるのはいいが、このままでは結局目立つことに変わりはない。
しかし、シルビオは申し訳なさそうに笑いつつも脱がせようとはしなかった。
「あははっ、ごめんね~。気になるかもだけど、一番安全だからそのままでいて」
「……安全?」
訝しげに首を傾げるヴォルガ。
しかし、その疑問に答える前に、シルビオがあっと声を上げた。
「やばっ、リーちゃん見えなくなってる!ごめん二人とも、急ぐからまたね!」
「え、あ、ちょ……?!」
ヴォルガの手を引っ掴み、しゅたっと駆けていくシルビオ、引き摺られかけるも慌てて歩調を合わせるヴォルガ。
「「……」」
置いてけぼりにされた夫婦は、顔を見合わせて静かに頷いた。
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