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一章 紫碧のひととせ
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そして、そのまま身支度を終え。
いつも通り朝食を取ろうと二人が階下に降りると、そこには珍しくリーリエがいた。
朝食を取りながら、ユーガと話をしている。
「……それで、ちょっと頼めないかなって。どう?」
「んー、まぁ、一日くらいならいいんじゃないか。勿論、あいつらに許可取ったらだぞ」
「分かってる。絶対とまでは言われてないし……あっ、おはよー、二人とも」
二人の姿を認めると、話を切り上げて手を振ってくれた。
ユーガもいつも通りカウンターで作業をしている。
「おう、来たな。持ってくるから待ってろ」
「はーい」
「ユーガ、それくらい自分で……」
「いいんだよ。これも俺の仕事みたいなもんだからな」
呑気にリーリエの隣に座るシルビオ、まだ少し遠慮気味に彼の隣へ座るヴォルガ。
飲食店を経営しているだけあって、ユーガは従業員が賄いを食べて美味しいと言ってくれるのが好きらしい。
本人がそう公言したことはないが、長い付き合いのシルビオとリーリエはそれを何となく察しており、基本仕事外の食事は準備から後片付けまでユーガに任せている。
ユーガ的にはそこまでが『賄い』なのだとか。
給料とは別の従業員手当のようなものなので、ありがたく受け取るのが吉だ。
閑話休題。
早速朝食が運ばれ─今日は中央風のスープとパンだった─シルビオとヴォルガが手をつけ始めると、皿を空にしたリーリエが息をつきつつ口を開いた。
「ふぅ……あ、ねぇねぇヴォルちゃん、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「俺か?何だ?」
リーリエからの頼み事とは珍しい。
シルビオも不思議そうに彼女を見つめる中、リーリエは明るい表情でヴォルガに告げた。
「実は、今度北西部の孤児院でうちの教会が慈善活動することになってね。泊まり込みで子供たちに本読んだり、魔法教えたりするんだけど……ヴォルちゃんも参加しない?」
「……え?」
想定外の提案にヴォルガは思わず目を見張った。
「何で俺が……」
「いやぁ、実は結構人手不足でねぇ。教会も留守にするわけにはいかないし、かといって少人数だと手が回らないし……それで、助っ人として呼んだらどうかって、うちのシスター長が」
「ミランダさんか……」
あの事件以来何度か話している修道女長は、ヴォルガのことを特に認めてくれている。
規則上教会に入れることはできなくても、教会外の活動であれば参加できると判断したのだろう。
ヴォルガは困ったような顔をするが、瞳はちらちらとリーリエに向いていた。
教会保護区出身のヴォルガにとって、こうした教会主導の行事は大切な日常だったはずだ。
きっと、できることなら参加したいだろう。
(……ヴォルガ、行っちゃうのかな)
リーリエが誘うということは、ヴォルガの身の安全は保証されている場なのだろう。
彼にとって脅威なのは『烙印』の効力であって、それさえなければ彼は一人で十二分にやっていける。
…分かっている。
でも、何となく嫌だった。
自分の知らないところで笑う彼を認めたくなかった。
シルビオは、いつもより硬い声でリーリエに尋ねた。
「泊まり込みってことは、ヴォルガは一日いないんだよね?俺、どうすればいいのかな」
「あっ、そうそう、それでね」
質問されるのを想定していたらしいリーリエがユーガの方を見る。
「ユーガが、一日だけなら一緒に寝てもいいって!だから、心配しないで」
「……えっ?!」
ばっと顔を上げると、どこか気まずそうなユーガと目が合った。
「まぁ、一日だけならな。狭いけど」
「そ、それはごめんだけど……いいの?」
「いいよ。でも変なことしたら外に放り出すからな」
「分かってるよ!」
ユーガとの会話を不思議そうな顔で聞いているヴォルガを見て、シルビオは小さく息をついた。
ユーガまで協力してくれるのなら、シルビオとしては否定する理由がなくなってしまった。
ちょっと寂しいけど、仕方ない。
「……ヴォルガ、行きたいなら行ってきていいよ。たまには、違うこともしないとね」
「ん……いいのか?」
遠慮がちに尋ねてくるヴォルガ。
シルビオがあまり喜ばしく思っていないと分かっているらしい。
…違う。
自分がしたいのは、彼を縛りつけることじゃない。
彼を笑顔にすることだ。
その笑顔が、例え自分に向けられていなくても。
彼が笑えるなら、それでいいはずなのに。
心の中はまだぐちゃぐちゃだった。
でも、シルビオは本音で話さず、取り繕うことを選んだ。
だから、返したのはいつも通りの笑顔だった。
「いいに決まってるよ!勿論、危ない目に遭いそうなら止めるけど……リーちゃんがこう言うなら、大丈夫だと思うし」
「うん、大丈夫だよ~。戦闘魔法使える人もいるし、変な人が絡んできたら対処してくれるよ」
リーリエも賛同する。
ならばと、ヴォルガは小さく頷いた。
「……分かった。なら、参加したい。教会の人たちには、色々と助けられてるから」
「ヴォルちゃんはほんとに律儀だねぇ」
感心した顔のリーリエに、シルビオもうんうんと頷く。
ヴォルガはむっとしつつも、どこか嬉しそうに瞳を瞬かせていた。
こうして、ヴォルガは初めて酒場の外で人と交流する機会を得ることとなった。
リーリエは参加の報告をするため、笑顔で教会に向かっていった。
シルビオは彼女を笑顔で見送り、そして彼女が見えなくなると同時にその顔を曇らせた。
…ずっと変わらなかった日常が、少しずつ変わっていく。
彗星のように突然現れたヴォルガは、シルビオの心を掻き乱し、徐々に侵食していた。
見えない、けれど大きな感情が、シルビオを振り回している。
その正体が、シルビオには分からなくて。
茫然と虚空を見つめるシルビオに、ユーガは静かな眼差しを向けていた。
いつも通り朝食を取ろうと二人が階下に降りると、そこには珍しくリーリエがいた。
朝食を取りながら、ユーガと話をしている。
「……それで、ちょっと頼めないかなって。どう?」
「んー、まぁ、一日くらいならいいんじゃないか。勿論、あいつらに許可取ったらだぞ」
「分かってる。絶対とまでは言われてないし……あっ、おはよー、二人とも」
二人の姿を認めると、話を切り上げて手を振ってくれた。
ユーガもいつも通りカウンターで作業をしている。
「おう、来たな。持ってくるから待ってろ」
「はーい」
「ユーガ、それくらい自分で……」
「いいんだよ。これも俺の仕事みたいなもんだからな」
呑気にリーリエの隣に座るシルビオ、まだ少し遠慮気味に彼の隣へ座るヴォルガ。
飲食店を経営しているだけあって、ユーガは従業員が賄いを食べて美味しいと言ってくれるのが好きらしい。
本人がそう公言したことはないが、長い付き合いのシルビオとリーリエはそれを何となく察しており、基本仕事外の食事は準備から後片付けまでユーガに任せている。
ユーガ的にはそこまでが『賄い』なのだとか。
給料とは別の従業員手当のようなものなので、ありがたく受け取るのが吉だ。
閑話休題。
早速朝食が運ばれ─今日は中央風のスープとパンだった─シルビオとヴォルガが手をつけ始めると、皿を空にしたリーリエが息をつきつつ口を開いた。
「ふぅ……あ、ねぇねぇヴォルちゃん、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「俺か?何だ?」
リーリエからの頼み事とは珍しい。
シルビオも不思議そうに彼女を見つめる中、リーリエは明るい表情でヴォルガに告げた。
「実は、今度北西部の孤児院でうちの教会が慈善活動することになってね。泊まり込みで子供たちに本読んだり、魔法教えたりするんだけど……ヴォルちゃんも参加しない?」
「……え?」
想定外の提案にヴォルガは思わず目を見張った。
「何で俺が……」
「いやぁ、実は結構人手不足でねぇ。教会も留守にするわけにはいかないし、かといって少人数だと手が回らないし……それで、助っ人として呼んだらどうかって、うちのシスター長が」
「ミランダさんか……」
あの事件以来何度か話している修道女長は、ヴォルガのことを特に認めてくれている。
規則上教会に入れることはできなくても、教会外の活動であれば参加できると判断したのだろう。
ヴォルガは困ったような顔をするが、瞳はちらちらとリーリエに向いていた。
教会保護区出身のヴォルガにとって、こうした教会主導の行事は大切な日常だったはずだ。
きっと、できることなら参加したいだろう。
(……ヴォルガ、行っちゃうのかな)
リーリエが誘うということは、ヴォルガの身の安全は保証されている場なのだろう。
彼にとって脅威なのは『烙印』の効力であって、それさえなければ彼は一人で十二分にやっていける。
…分かっている。
でも、何となく嫌だった。
自分の知らないところで笑う彼を認めたくなかった。
シルビオは、いつもより硬い声でリーリエに尋ねた。
「泊まり込みってことは、ヴォルガは一日いないんだよね?俺、どうすればいいのかな」
「あっ、そうそう、それでね」
質問されるのを想定していたらしいリーリエがユーガの方を見る。
「ユーガが、一日だけなら一緒に寝てもいいって!だから、心配しないで」
「……えっ?!」
ばっと顔を上げると、どこか気まずそうなユーガと目が合った。
「まぁ、一日だけならな。狭いけど」
「そ、それはごめんだけど……いいの?」
「いいよ。でも変なことしたら外に放り出すからな」
「分かってるよ!」
ユーガとの会話を不思議そうな顔で聞いているヴォルガを見て、シルビオは小さく息をついた。
ユーガまで協力してくれるのなら、シルビオとしては否定する理由がなくなってしまった。
ちょっと寂しいけど、仕方ない。
「……ヴォルガ、行きたいなら行ってきていいよ。たまには、違うこともしないとね」
「ん……いいのか?」
遠慮がちに尋ねてくるヴォルガ。
シルビオがあまり喜ばしく思っていないと分かっているらしい。
…違う。
自分がしたいのは、彼を縛りつけることじゃない。
彼を笑顔にすることだ。
その笑顔が、例え自分に向けられていなくても。
彼が笑えるなら、それでいいはずなのに。
心の中はまだぐちゃぐちゃだった。
でも、シルビオは本音で話さず、取り繕うことを選んだ。
だから、返したのはいつも通りの笑顔だった。
「いいに決まってるよ!勿論、危ない目に遭いそうなら止めるけど……リーちゃんがこう言うなら、大丈夫だと思うし」
「うん、大丈夫だよ~。戦闘魔法使える人もいるし、変な人が絡んできたら対処してくれるよ」
リーリエも賛同する。
ならばと、ヴォルガは小さく頷いた。
「……分かった。なら、参加したい。教会の人たちには、色々と助けられてるから」
「ヴォルちゃんはほんとに律儀だねぇ」
感心した顔のリーリエに、シルビオもうんうんと頷く。
ヴォルガはむっとしつつも、どこか嬉しそうに瞳を瞬かせていた。
こうして、ヴォルガは初めて酒場の外で人と交流する機会を得ることとなった。
リーリエは参加の報告をするため、笑顔で教会に向かっていった。
シルビオは彼女を笑顔で見送り、そして彼女が見えなくなると同時にその顔を曇らせた。
…ずっと変わらなかった日常が、少しずつ変わっていく。
彗星のように突然現れたヴォルガは、シルビオの心を掻き乱し、徐々に侵食していた。
見えない、けれど大きな感情が、シルビオを振り回している。
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茫然と虚空を見つめるシルビオに、ユーガは静かな眼差しを向けていた。
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