王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

文字の大きさ
上 下
31 / 58
一章 紫碧のひととせ

打診

しおりを挟む
そして、そのまま身支度を終え。
いつも通り朝食を取ろうと二人が階下に降りると、そこには珍しくリーリエがいた。
朝食を取りながら、ユーガと話をしている。

「……それで、ちょっと頼めないかなって。どう?」
「んー、まぁ、一日くらいならいいんじゃないか。勿論、あいつらに許可取ったらだぞ」
「分かってる。絶対とまでは言われてないし……あっ、おはよー、二人とも」

二人の姿を認めると、話を切り上げて手を振ってくれた。
ユーガもいつも通りカウンターで作業をしている。

「おう、来たな。持ってくるから待ってろ」
「はーい」
「ユーガ、それくらい自分で……」
「いいんだよ。これも俺の仕事みたいなもんだからな」

呑気にリーリエの隣に座るシルビオ、まだ少し遠慮気味に彼の隣へ座るヴォルガ。

飲食店を経営しているだけあって、ユーガは従業員いそうろうが賄いを食べて美味しいと言ってくれるのが好きらしい。
本人がそう公言したことはないが、長い付き合いのシルビオとリーリエはそれを何となく察しており、基本仕事外の食事は準備から後片付けまでユーガに任せている。
ユーガ的にはそこまでが『賄い』なのだとか。
給料とは別の従業員手当のようなものなので、ありがたく受け取るのが吉だ。

閑話休題。
早速朝食が運ばれ─今日は中央風のスープとパンだった─シルビオとヴォルガが手をつけ始めると、皿を空にしたリーリエが息をつきつつ口を開いた。

「ふぅ……あ、ねぇねぇヴォルちゃん、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「俺か?何だ?」

リーリエからの頼み事とは珍しい。
シルビオも不思議そうに彼女を見つめる中、リーリエは明るい表情でヴォルガに告げた。

「実は、今度北西部の孤児院でうちの教会が慈善活動することになってね。泊まり込みで子供たちに本読んだり、魔法教えたりするんだけど……ヴォルちゃんも参加しない?」
「……え?」

想定外の提案にヴォルガは思わず目を見張った。

「何で俺が……」
「いやぁ、実は結構人手不足でねぇ。教会も留守にするわけにはいかないし、かといって少人数だと手が回らないし……それで、助っ人として呼んだらどうかって、うちのシスター長が」
「ミランダさんか……」

あの事件以来何度か話している修道女長は、ヴォルガのことを特に認めてくれている。
規則上教会に入れることはできなくても、教会外の活動であれば参加できると判断したのだろう。

ヴォルガは困ったような顔をするが、瞳はちらちらとリーリエに向いていた。
教会保護区出身のヴォルガにとって、こうした教会主導の行事は大切な日常だったはずだ。
きっと、できることなら参加したいだろう。

(……ヴォルガ、行っちゃうのかな)

リーリエが誘うということは、ヴォルガの身の安全は保証されている場なのだろう。
彼にとって脅威なのは『烙印』の効力であって、それさえなければ彼は一人で十二分にやっていける。

…分かっている。
でも、何となく嫌だった。
自分の知らないところで笑う彼を認めたくなかった。

シルビオは、いつもより硬い声でリーリエに尋ねた。

「泊まり込みってことは、ヴォルガは一日いないんだよね?俺、どうすればいいのかな」
「あっ、そうそう、それでね」

質問されるのを想定していたらしいリーリエがユーガの方を見る。

「ユーガが、一日だけなら一緒に寝てもいいって!だから、心配しないで」
「……えっ?!」

ばっと顔を上げると、どこか気まずそうなユーガと目が合った。

「まぁ、一日だけならな。狭いけど」
「そ、それはごめんだけど……いいの?」
「いいよ。でも変なことしたら外に放り出すからな」
「分かってるよ!」

ユーガとの会話を不思議そうな顔で聞いているヴォルガを見て、シルビオは小さく息をついた。
ユーガまで協力してくれるのなら、シルビオとしては否定する理由がなくなってしまった。
ちょっと寂しいけど、仕方ない。

「……ヴォルガ、行きたいなら行ってきていいよ。たまには、違うこともしないとね」
「ん……いいのか?」

遠慮がちに尋ねてくるヴォルガ。
シルビオがあまり喜ばしく思っていないと分かっているらしい。

…違う。
自分がしたいのは、彼を縛りつけることじゃない。
彼を笑顔にすることだ。
その笑顔が、例え自分に向けられていなくても。
彼が笑えるなら、それでいいはずなのに。

心の中はまだぐちゃぐちゃだった。
でも、シルビオは本音で話さず、取り繕うことを選んだ。
だから、返したのはいつも通りの笑顔だった。

「いいに決まってるよ!勿論、危ない目に遭いそうなら止めるけど……リーちゃんがこう言うなら、大丈夫だと思うし」
「うん、大丈夫だよ~。戦闘魔法使える人もいるし、変な人が絡んできたら対処してくれるよ」

リーリエも賛同する。
ならばと、ヴォルガは小さく頷いた。

「……分かった。なら、参加したい。教会の人たちには、色々と助けられてるから」
「ヴォルちゃんはほんとに律儀だねぇ」

感心した顔のリーリエに、シルビオもうんうんと頷く。
ヴォルガはむっとしつつも、どこか嬉しそうに瞳を瞬かせていた。


こうして、ヴォルガは初めて酒場の外で人と交流する機会を得ることとなった。
リーリエは参加の報告をするため、笑顔で教会に向かっていった。
シルビオは彼女を笑顔で見送り、そして彼女が見えなくなると同時にその顔を曇らせた。

…ずっと変わらなかった日常が、少しずつ変わっていく。
彗星のように突然現れたヴォルガは、シルビオの心を掻き乱し、徐々に侵食していた。
見えない、けれど大きな感情が、シルビオを振り回している。
その正体が、シルビオには分からなくて。

茫然と虚空を見つめるシルビオに、ユーガは静かな眼差しを向けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

さよならがいえない

よんど
BL
''こんな事になるのなら早くさよならしとけばよかったんだ...'' 幼馴染の理玖とはずっと仲が良かった。きっとこの関係はこれからも続くのだろうと信じて疑わなかった。あの日迄は──。 βだった筈の柚月はΩである事が発覚して理玖から離れようと県外の大学に進む。しかし、運命の番と出会い襲われそうになっていた所を理玖が助けてくれる。二年振りの再会を果たした理玖は僕を何処かに連れて行き... 成り立っていた関係はゆっくりと崩れ、歪んでいく。予期せぬ方に絡まっていく不器用な二人の恋の話。 (※) 過激表現のある章に付けています。 *** 攻め視点 ※不定期で番外編を更新する場合が御座います。 ※当作品がフィクションである事を理解して頂いた上で何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様

使命を全うするために俺は死にます。

あぎ
BL
とあることで目覚めた主人公、「マリア」は悪役というスペックの人間だったことを思い出せ。そして悲しい過去を持っていた。 とあることで家族が殺され、とあることで婚約破棄をされ、その婚約破棄を言い出した男に殺された。 だが、この男が大好きだったこともしかり、その横にいた女も好きだった なら、昔からの使命である、彼らを幸せにするという使命を全うする。 それが、みなに忘れられても_

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...