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一章 紫碧のひととせ
変わる日常
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それから、ヴォルガはおよそ隔日のペースでホールに顔を出すようになった。
毎日じゃないのは彼の体の調子を考えてのことだが、希少人物感があった方が客が盛り上がるだろというユーガの考えもあった。
結果として、酒場は大盛況であった。
冬真っ盛りで娯楽が少ないということもあるが、酒も食事も平均水準以上かつ目立つ容姿の二人組が給仕をしているということで、興味を惹かれて入ってくる初見客もかなり増えた。
客が増えると厄介な輩も増えてくるものだが、ヴォルガに悪質なことをしようとする者にはシルビオが即座に制裁を加え、難癖をつけようとする者にはユーガが出向いて尽く言い負かし、『マヨイガで暴れてはならない』という不文律は不動のままであった。
また、ヴォルガが顔を晒したことで、シルビオのパートナーに抗議を入れに来る者たちも明らかに減った。
神に愛されたとしか思えない相貌を見て、シルビオが囲うのも仕方ないと納得されたようだ。
シルビオ的には身の潔白を証明したいところだったが、誰一人として信用してくれなかったのはご愛嬌である。
朗らかで人懐っこいが世間慣れしているシルビオと、生真面目で愛嬌はないが純真無垢なヴォルガ。
シルビオも変わらず客受けの良い給仕だが、ジェイドでは滅多に見かけないタイプのヴォルガもその類稀な容姿も相俟って客によく絡まれるようになった。
さらに、二人は仕事中でも仲のいい掛け合いが多く、そんな二人の様子を親目線で眺めにやってくる(お節介な)常連客も増えていた。
ヴォルガも、たくさんの人が自分に肯定的な感情を向けてくれる環境に少しずつ慣れてきたようで、毎日楽しそうだ。
裏方の作業も相変わらず真剣にこなしており、やる気がまちまちなシルビオをずっと相手していたユーガからは何度も感謝されているほどである。
教会の人たちとも仲良くやっているらしく、たまにリーリエも交えて談笑している姿が店の裏で見られた。
全て、順調に進んでいた。
ただ一人を除いて。
「……おい、シルビオ。聞いてるか?」
「…………えっ?」
ヴォルガがホールに出るようになってから二週間ほど経った頃。
いつも通り同じベッドで起床した二人はそのまま身支度を整えていたのだが、ぼーっと髪を梳かしていたシルビオがはっと顔を上げると、訝しげな顔のヴォルガと目が合った。
「だから、今日の朝食は何がいいか教えてくれってユーガが言ってたって……まだ寝惚けてるのか?」
「あ、あはは、そうかも……」
乾いた笑みを浮かべ、シルビオは急いで寝間着から仕事着に着替える。
ヴォルガはますます不機嫌そうに目を細めた。
「……シルビオ、俺に何か隠してないか?」
「え?いや、そういうわけじゃ……」
何となくびくっとしてしまう。
確かに、自分が抱えている歪んだ感情については話せていないけど。
ヴォルガはむっと唇を尖らせ、ずいっと顔を近づけてきた。
「調子悪いんじゃないか?最近元気ないだろ」
「そ、そうかなぁ……?」
真っ直ぐで澄んだ瞳の圧に負けて目を逸らすと、ガッと両手で頬を掴まれた。
全然痛くないしむしろ嬉しいけど、無理矢理合わせられた目が怖い。
「別に、隠し事するなとは言わないけど。…言わないけど、あからさまに落ち込んでるのを見て気にならないわけじゃないからな」
「……」
つっけんどんとした遠回しな言い方になっているのがヴォルガらしいが、どうやら自分は味方だと言いたいようだ。
…どうだろう。
こんな、『お人好しのシルビオ』らしくない本音を漏らしてしまっても、彼は同じことを言ってくれるのだろうか。
彼に拒絶されたら、自分はどうすればいいのだろうか。
シルビオは、初めて抱いた正体不明の感情に振り回されていた。
他人の感情に振り回されてきたシルビオにとって、それは初めての感覚で、どうすればいいのか分からなくて。
結局、ここでも選んだのは『取り繕う』という選択肢だった。
「……ありがと。ごめん、ちょっと疲れてるかも。最近お客さん増えてきたしさ。ヴォルガは平気?」
「ん……まぁ、疲れはするが……」
ヴォルガはまだ表情に憂いが残ったままだが、手は離してくれた。
ほっとした気持ちと、名残惜しい気持ちで、またもやもやが残る。
けれど、これ以上心配させるわけにはいかない。
いつも通りの笑顔を浮かべ、ぎゅっと彼の手を握り返した。
「じゃあ、お互い様だよ。俺は大丈夫。今日も無理しないでがんばろっ!…たまにはサボったってユーガには怒られないからね?」
「シルビオじゃあるまいしそんなことはしない」
「一言余計だよ!!」
ようやくいつも通りの二人に戻って、シルビオは心底ほっとしていた。
…これでいい。
彼との距離感は、こうでいいんだ。
それが、きっと正しいんだ。
そう思い込み、シルビオは余計な思考を全て心の奥底に押し込んだ。
毎日じゃないのは彼の体の調子を考えてのことだが、希少人物感があった方が客が盛り上がるだろというユーガの考えもあった。
結果として、酒場は大盛況であった。
冬真っ盛りで娯楽が少ないということもあるが、酒も食事も平均水準以上かつ目立つ容姿の二人組が給仕をしているということで、興味を惹かれて入ってくる初見客もかなり増えた。
客が増えると厄介な輩も増えてくるものだが、ヴォルガに悪質なことをしようとする者にはシルビオが即座に制裁を加え、難癖をつけようとする者にはユーガが出向いて尽く言い負かし、『マヨイガで暴れてはならない』という不文律は不動のままであった。
また、ヴォルガが顔を晒したことで、シルビオのパートナーに抗議を入れに来る者たちも明らかに減った。
神に愛されたとしか思えない相貌を見て、シルビオが囲うのも仕方ないと納得されたようだ。
シルビオ的には身の潔白を証明したいところだったが、誰一人として信用してくれなかったのはご愛嬌である。
朗らかで人懐っこいが世間慣れしているシルビオと、生真面目で愛嬌はないが純真無垢なヴォルガ。
シルビオも変わらず客受けの良い給仕だが、ジェイドでは滅多に見かけないタイプのヴォルガもその類稀な容姿も相俟って客によく絡まれるようになった。
さらに、二人は仕事中でも仲のいい掛け合いが多く、そんな二人の様子を親目線で眺めにやってくる(お節介な)常連客も増えていた。
ヴォルガも、たくさんの人が自分に肯定的な感情を向けてくれる環境に少しずつ慣れてきたようで、毎日楽しそうだ。
裏方の作業も相変わらず真剣にこなしており、やる気がまちまちなシルビオをずっと相手していたユーガからは何度も感謝されているほどである。
教会の人たちとも仲良くやっているらしく、たまにリーリエも交えて談笑している姿が店の裏で見られた。
全て、順調に進んでいた。
ただ一人を除いて。
「……おい、シルビオ。聞いてるか?」
「…………えっ?」
ヴォルガがホールに出るようになってから二週間ほど経った頃。
いつも通り同じベッドで起床した二人はそのまま身支度を整えていたのだが、ぼーっと髪を梳かしていたシルビオがはっと顔を上げると、訝しげな顔のヴォルガと目が合った。
「だから、今日の朝食は何がいいか教えてくれってユーガが言ってたって……まだ寝惚けてるのか?」
「あ、あはは、そうかも……」
乾いた笑みを浮かべ、シルビオは急いで寝間着から仕事着に着替える。
ヴォルガはますます不機嫌そうに目を細めた。
「……シルビオ、俺に何か隠してないか?」
「え?いや、そういうわけじゃ……」
何となくびくっとしてしまう。
確かに、自分が抱えている歪んだ感情については話せていないけど。
ヴォルガはむっと唇を尖らせ、ずいっと顔を近づけてきた。
「調子悪いんじゃないか?最近元気ないだろ」
「そ、そうかなぁ……?」
真っ直ぐで澄んだ瞳の圧に負けて目を逸らすと、ガッと両手で頬を掴まれた。
全然痛くないしむしろ嬉しいけど、無理矢理合わせられた目が怖い。
「別に、隠し事するなとは言わないけど。…言わないけど、あからさまに落ち込んでるのを見て気にならないわけじゃないからな」
「……」
つっけんどんとした遠回しな言い方になっているのがヴォルガらしいが、どうやら自分は味方だと言いたいようだ。
…どうだろう。
こんな、『お人好しのシルビオ』らしくない本音を漏らしてしまっても、彼は同じことを言ってくれるのだろうか。
彼に拒絶されたら、自分はどうすればいいのだろうか。
シルビオは、初めて抱いた正体不明の感情に振り回されていた。
他人の感情に振り回されてきたシルビオにとって、それは初めての感覚で、どうすればいいのか分からなくて。
結局、ここでも選んだのは『取り繕う』という選択肢だった。
「……ありがと。ごめん、ちょっと疲れてるかも。最近お客さん増えてきたしさ。ヴォルガは平気?」
「ん……まぁ、疲れはするが……」
ヴォルガはまだ表情に憂いが残ったままだが、手は離してくれた。
ほっとした気持ちと、名残惜しい気持ちで、またもやもやが残る。
けれど、これ以上心配させるわけにはいかない。
いつも通りの笑顔を浮かべ、ぎゅっと彼の手を握り返した。
「じゃあ、お互い様だよ。俺は大丈夫。今日も無理しないでがんばろっ!…たまにはサボったってユーガには怒られないからね?」
「シルビオじゃあるまいしそんなことはしない」
「一言余計だよ!!」
ようやくいつも通りの二人に戻って、シルビオは心底ほっとしていた。
…これでいい。
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そう思い込み、シルビオは余計な思考を全て心の奥底に押し込んだ。
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