王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

文字の大きさ
上 下
27 / 58
一章 紫碧のひととせ

祝杯

しおりを挟む
「た、ただいまぁ……」
「おかえりぃ~」
「おう、遅いじゃねえか」
「ちょっとは労ってよぉ……俺がんばったよ?」

その後。
男たちが皆連行され、教会の結界も修復し、怪我人の治療も完了した。
ヴォルガと教会から帰されたリーリエ、そして彼女の護衛として着いてきたレナがマヨイガで休憩していると、シルビオがやたら疲れた顔で帰ってきた。
いつもの席にどっかりと座る彼に、ユーガは珍しく小言を言わずに酒を渡した。

「……え、いいの?」
「どうせ今日は店開けられないしな。よくがんばった」
「わぁ~い!ユーガ大好き~!!」

ころっと機嫌を直し、酒にありつくシルビオ。
そんな彼に、ずっと強張った顔をしていたヴォルガがおずおずと告げる。

「あの、シルビオ……悪い、やらかした」
「んっ……」

ぱちぱちと目を瞬かせるシルビオ。
しかし、後ろにいるリーリエとレナの表情を見て、すぐにへにゃりと頬を緩める。

「そっかぁ。でも、悪いようにはならなかったみたいだね?」
「ま、まぁ……うん……」

ヴォルガの目元は微かに腫れていた。
シルビオは彼を優しく撫でながら微笑む。

「なら大丈夫。いつかはバレることだったしね。何かあったら、俺が何とかするから」
「……ありがとう」

何だかしおらしいヴォルガを慰めるように、シルビオは頬をもにもにと撫で回してやった。
和やかな空気が漂う中、そこでユーガがやっと本題に入る。

「それで?結局そっちはどうだったんだ」

シルビオは顔を上げ、ピースサインをユーガに突きつけた。

「ユーガの想定通りだった。ばっちり対処しといたよ」


そう。
警備隊員の青年に事情を粗方聞いた後、真っ先に飛び出そうとしたシルビオを引き留めたのがユーガだった。
というのも…

「シルビオ、お前は北西の検問に行った方がいい」
「えっ?」

…ユーガ曰く。
幾つもの魔剣を持って教会に攻め込むという手段に違和感がある。
魔剣はそもそもそれ自体が希少なもので、たかが一人の少女を拐うために何個も持ち出すのは例え復讐目的だとしてもやり過ぎだ。
となると、そちらが警備隊を引きつける囮の動きで、本命は別にある。
例えば、検問所を手薄にし、外から良からぬものを持ち込もうとする、とか。

というわけで、シルビオは北西の検問に向かい、警備隊員に事情を説明して張り込んでいたのだ。
すると、ユーガの予想通り、更なる魔剣とその製造者と思われる人物を連れた集団が検問所を襲撃しようとしたため、それを阻止するために戦う羽目になったということであった。
五体満足で怪我一つなく戻ってきている時点で結果はお察しの通りではあったが。


「いやぁ、相変わらずユーガは訳分からん頭してんな。おかげで助かったけどよ」

相も変わらず酒─ではなくこの後仕事があるのでジュースをぐびぐびと呷るレナは、からからと笑いながらユーガに褒めてるのか貶してるのか分からない賛辞を送る。
ユーガは目を閉じて冷静なトーンのまま返した。

「俺は可能性の話をしただけだ。礼ならこいつらに言っとけ」

そしてやはり素直ではない。
シルビオは小さく笑いつつ、レナに目を向けた。

「レナさんもありがとね。真っ先に知らせに来てくれて」
「おかげで切り込み隊長する羽目になったけどな」

肩を竦めるレナ。
彼女は今日非番だったのだが、教会に賊が押し寄せたという話を聞き、慌てて現場にいた同僚をマヨイガに遣わせ、自身は急いで戦闘準備を整えて教会に向かったのだ。
シルビオが助太刀に来ると思っていたところ、やって来たのが人目に触れないはずのヴォルガだったので肝を冷やしたとのことだが、彼が異次元の強さを見せてくれたためすっかり気に入ったようで、随分と機嫌が良かった。
当のヴォルガは居心地が悪そうだが。
リーリエも少し申し訳なさそうに苦笑いしている。

「ごめんね~、ヴォルちゃん……私が出てかなかったらうやむやにできたかもなのに……」
「いや……顔を見られた時点で負けみたいなものだったし、気にしなくていい。あの状況だし、仕方ないだろ」

あだ名呼びは相変わらずだが、ヴォルガは諦めたのか表情を変えることもなくなった。
まぁ、今はそれどころじゃないだけかもしれないが。
しゅんとしているヴォルガを見て、レナがユーガに目を遣る。

「にしても、緊急事態とはいえ、ヴォルガを外に出して良かったのか?案の定『烙印』持ちなこともバレたしよ」

ヴォルガが更に縮こまってしまう。
黙って立ち去っても良かったのに、自分から『烙印』持ちであることを言いふらしたようなものだ。
保護してもらっている立場としては申し訳ないという思いが強いだろう。
シルビオがまたよしよしと宥めているのを横目に見つつ、ユーガはやれやれと薄く笑った。

「まぁな。でも、どうせ止めても聞かなかっただろうし。志願したのはヴォルガだからな」

あの時。
シルビオが向かえないと分かった途端、「俺が行く」とすぐに名乗りを上げたのがヴォルガだった。
驚くシルビオと青年を押しのけて飛び出そうとした彼に、せめて顔は隠しとけとユーガがフード付きのローブを渡していなければ、そのまま向かっていたことだろう。
とはいえ、ヴォルガの活躍がなければどうなっていたか分からない。
口ではこう言いつつも、レナもユーガもヴォルガの行動は肯定的に見ている。

…おかげで、教会が彼のことを認めてくれたのだから。
それが、彼にとっても一番大きいことだろう。

リーリエはそんな二人の会話を聞いて嬉しそうに微笑み、まだ浮かない顔のヴォルガに再度礼を言った。

「ヴォルちゃん、ありがとう。私は、ヴォルちゃんが来てくれて良かったよ」
「……リーリエ」

ヴォルガが顔を上げ、彼女を見つめる。
そして、困ったような顔で笑った。

「まぁ……役に立てたなら、良かったよ」
「!……うん!!」

笑い合う二人。
気付けば、空気感がだいぶ柔らかくなっていた。
ユーガとレナも表情を緩める中、シルビオだけは少し寂しそうだった。

「……ヴォルガとリーちゃん、すごい仲良くなってない?」
「ん……そうか?確かに、苦手意識は少し和らいだけど……」
「え~、ヴォルちゃん、まだそんなこと思ってたの~?」
「……やっぱり苦手ってことにしておく」
「あははっ、冗談だってばぁ」

何だか楽しげな二人に、むぅと膨れるシルビオ。
ヴォルガの腕を取り、上目遣いに見つめる。

「ヴォルガは、俺とも仲良しだもんね?」
「な、何だ急に。もう酔ったのか?」
「……仲良しだもんね!」
「お、おう……?」

若干すれ違っている二人に、見守る三人は朗らかな笑い声を送る。
平穏な時間は、あっという間に過ぎて行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...