王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

祝杯

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「た、ただいまぁ……」
「おかえりぃ~」
「おう、遅いじゃねえか」
「ちょっとは労ってよぉ……俺がんばったよ?」

その後。
男たちが皆連行され、教会の結界も修復し、怪我人の治療も完了した。
ヴォルガと教会から帰されたリーリエ、そして彼女の護衛として着いてきたレナがマヨイガで休憩していると、シルビオがやたら疲れた顔で帰ってきた。
いつもの席にどっかりと座る彼に、ユーガは珍しく小言を言わずに酒を渡した。

「……え、いいの?」
「どうせ今日は店開けられないしな。よくがんばった」
「わぁ~い!ユーガ大好き~!!」

ころっと機嫌を直し、酒にありつくシルビオ。
そんな彼に、ずっと強張った顔をしていたヴォルガがおずおずと告げる。

「あの、シルビオ……悪い、やらかした」
「んっ……」

ぱちぱちと目を瞬かせるシルビオ。
しかし、後ろにいるリーリエとレナの表情を見て、すぐにへにゃりと頬を緩める。

「そっかぁ。でも、悪いようにはならなかったみたいだね?」
「ま、まぁ……うん……」

ヴォルガの目元は微かに腫れていた。
シルビオは彼を優しく撫でながら微笑む。

「なら大丈夫。いつかはバレることだったしね。何かあったら、俺が何とかするから」
「……ありがとう」

何だかしおらしいヴォルガを慰めるように、シルビオは頬をもにもにと撫で回してやった。
和やかな空気が漂う中、そこでユーガがやっと本題に入る。

「それで?結局そっちはどうだったんだ」

シルビオは顔を上げ、ピースサインをユーガに突きつけた。

「ユーガの想定通りだった。ばっちり対処しといたよ」


そう。
警備隊員の青年に事情を粗方聞いた後、真っ先に飛び出そうとしたシルビオを引き留めたのがユーガだった。
というのも…

「シルビオ、お前は北西の検問に行った方がいい」
「えっ?」

…ユーガ曰く。
幾つもの魔剣を持って教会に攻め込むという手段に違和感がある。
魔剣はそもそもそれ自体が希少なもので、たかが一人の少女を拐うために何個も持ち出すのは例え復讐目的だとしてもやり過ぎだ。
となると、そちらが警備隊を引きつける囮の動きで、本命は別にある。
例えば、検問所を手薄にし、外から良からぬものを持ち込もうとする、とか。

というわけで、シルビオは北西の検問に向かい、警備隊員に事情を説明して張り込んでいたのだ。
すると、ユーガの予想通り、更なる魔剣とその製造者と思われる人物を連れた集団が検問所を襲撃しようとしたため、それを阻止するために戦う羽目になったということであった。
五体満足で怪我一つなく戻ってきている時点で結果はお察しの通りではあったが。


「いやぁ、相変わらずユーガは訳分からん頭してんな。おかげで助かったけどよ」

相も変わらず酒─ではなくこの後仕事があるのでジュースをぐびぐびと呷るレナは、からからと笑いながらユーガに褒めてるのか貶してるのか分からない賛辞を送る。
ユーガは目を閉じて冷静なトーンのまま返した。

「俺は可能性の話をしただけだ。礼ならこいつらに言っとけ」

そしてやはり素直ではない。
シルビオは小さく笑いつつ、レナに目を向けた。

「レナさんもありがとね。真っ先に知らせに来てくれて」
「おかげで切り込み隊長する羽目になったけどな」

肩を竦めるレナ。
彼女は今日非番だったのだが、教会に賊が押し寄せたという話を聞き、慌てて現場にいた同僚をマヨイガに遣わせ、自身は急いで戦闘準備を整えて教会に向かったのだ。
シルビオが助太刀に来ると思っていたところ、やって来たのが人目に触れないはずのヴォルガだったので肝を冷やしたとのことだが、彼が異次元の強さを見せてくれたためすっかり気に入ったようで、随分と機嫌が良かった。
当のヴォルガは居心地が悪そうだが。
リーリエも少し申し訳なさそうに苦笑いしている。

「ごめんね~、ヴォルちゃん……私が出てかなかったらうやむやにできたかもなのに……」
「いや……顔を見られた時点で負けみたいなものだったし、気にしなくていい。あの状況だし、仕方ないだろ」

あだ名呼びは相変わらずだが、ヴォルガは諦めたのか表情を変えることもなくなった。
まぁ、今はそれどころじゃないだけかもしれないが。
しゅんとしているヴォルガを見て、レナがユーガに目を遣る。

「にしても、緊急事態とはいえ、ヴォルガを外に出して良かったのか?案の定『烙印』持ちなこともバレたしよ」

ヴォルガが更に縮こまってしまう。
黙って立ち去っても良かったのに、自分から『烙印』持ちであることを言いふらしたようなものだ。
保護してもらっている立場としては申し訳ないという思いが強いだろう。
シルビオがまたよしよしと宥めているのを横目に見つつ、ユーガはやれやれと薄く笑った。

「まぁな。でも、どうせ止めても聞かなかっただろうし。志願したのはヴォルガだからな」

あの時。
シルビオが向かえないと分かった途端、「俺が行く」とすぐに名乗りを上げたのがヴォルガだった。
驚くシルビオと青年を押しのけて飛び出そうとした彼に、せめて顔は隠しとけとユーガがフード付きのローブを渡していなければ、そのまま向かっていたことだろう。
とはいえ、ヴォルガの活躍がなければどうなっていたか分からない。
口ではこう言いつつも、レナもユーガもヴォルガの行動は肯定的に見ている。

…おかげで、教会が彼のことを認めてくれたのだから。
それが、彼にとっても一番大きいことだろう。

リーリエはそんな二人の会話を聞いて嬉しそうに微笑み、まだ浮かない顔のヴォルガに再度礼を言った。

「ヴォルちゃん、ありがとう。私は、ヴォルちゃんが来てくれて良かったよ」
「……リーリエ」

ヴォルガが顔を上げ、彼女を見つめる。
そして、困ったような顔で笑った。

「まぁ……役に立てたなら、良かったよ」
「!……うん!!」

笑い合う二人。
気付けば、空気感がだいぶ柔らかくなっていた。
ユーガとレナも表情を緩める中、シルビオだけは少し寂しそうだった。

「……ヴォルガとリーちゃん、すごい仲良くなってない?」
「ん……そうか?確かに、苦手意識は少し和らいだけど……」
「え~、ヴォルちゃん、まだそんなこと思ってたの~?」
「……やっぱり苦手ってことにしておく」
「あははっ、冗談だってばぁ」

何だか楽しげな二人に、むぅと膨れるシルビオ。
ヴォルガの腕を取り、上目遣いに見つめる。

「ヴォルガは、俺とも仲良しだもんね?」
「な、何だ急に。もう酔ったのか?」
「……仲良しだもんね!」
「お、おう……?」

若干すれ違っている二人に、見守る三人は朗らかな笑い声を送る。
平穏な時間は、あっという間に過ぎて行った。
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