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一章 紫碧のひととせ
殲滅
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ドゴォン、と凄まじい轟音と地面が揺れるような衝撃が走る。
もうもうと立ち上る土煙が晴れると、そこには手足にアメジストの宝石を嵌め込んだ篭手を装備したレナがいた。
「悪い、遅れた!全員無事か?!」
「レナさん……っ!!」
リーリエが泣きそうな顔で彼女を見上げる。
レナはにっと笑みを返すが、依然表情には余裕がなかった。
「こ、このアマっ、ふざけやがって……?!」
「警備隊の連中は全員やったんじゃねえのか?!」
先程の爆発で数は減ったが、未だ魔剣を装備した男たちがレナを睨みつける。
まだ二十人は残っているだろう。
レナは隊服の乱れを直しながら、彼らを睨みつける。
「てめえら、東の連中か。その魔剣の出処、しょっ引いてきっちり吐いてもらうからな」
きっぷのいい台詞に、男たちからは動揺混じりのどよめきが零れる。
しかし、レナの存在に勘づいて難を逃れていた中心の男は、にやにやと笑いながら彼女に魔剣を突きつけた。
「おうおう、随分強力な魔法をお持ちらしいが、この数相手にどうにかなると思ってんのか?魔剣はまだ全部残ってんぞ~?」
「……」
レナは一切表情を動かさないが、見えないようにぐっと拳を握りしめる。
魔剣は強い魔力に反応して発動する代物だ。
先程のレナの一撃は、魔剣を装備していなかった後衛の連中目がけて放ったものである。
もし魔剣ごと巻き込んでいたら、あの比でない大爆発が発生し、教会諸共吹き飛んでいただろう。
その程度の加減ができるほどにレナは手練であるが、逆に言えばこれ以上どうしようもないとも言える。
レナの魔法は、強力な分魔力の消費が激しい。
複数の魔剣持ち相手に立ち回るには、不利な肉弾戦を強いられることになる。
けれど、それを気取られないよう、レナは不敵な笑みを浮かべて胸を張った。
「はっ、ガキ一人にわらわら集るしか能のねえ蛆虫共にこれ以上何が出来るってんだ。そんなちゃっちい武器に頼らねえとあたし如きも倒せやしねえような連中に負けるほど馬鹿じゃねえな」
「……っ!!!!」
男たちがかっと顔を赤く染める。
レナの口の悪さは知られていることではあるが、教会の面々は流石に言い過ぎだと青ざめた。
必要以上に相手の神経を逆撫でする言い方をしてしまう、レナの悪癖だ。
酒を飲んでいない時は抑えているのだが、緊急事態に少なからず昂ってしまっていたらしい。
男たちの標的は、この一言で全てレナに向いた。
「そうか、そうかぁ……なら、文句も言えねえくらいズタズタにしてやるよぉ!!!!」
たった一人の女に煽られ、理性を失った彼らは一斉に魔剣を振りかぶる。
悲鳴を上げる教会の人々、その前に一人佇むレナ。
それらは一挙に発動し、レナを粉微塵にする…
…はずだった。
「─大言も程々にしろよ」
嫌に冷静で、それでいて戦場でも真っ直ぐ届く凛とした声。
キンという鋭い音が響き、彼らの持つ魔剣が全て、折れた。
「………………は?」
突然静寂が支配した場に、静かに歩み寄る青年が一人。
深くフードを被り、顔も髪色も窺わせない謎の青年が、気付けば男たちの背後に立っていた。
彼は真っ直ぐ手を伸ばし、ただ一言呟く。
「弓よ」
それだけで、全てが片付いた。
男たちの四肢がどこからともなく現れた蒼穹の矢で貫かれ、彼らは絶叫しながら地面に倒れ伏す。
魔法を発動させる余地も残さず、文字通り刹那の間に、戦闘とも呼べない蹂躙は終わっていた。
中心格の男だけは何とかまともな意識を残しており、自分の方がズタズタにされながらも気力を振り絞って青年の顔を拝もうと魔法を放つ。
鋭い風が彼を狙い、大規模な魔法の発動で少なからず気力を持っていかれていた青年のフードを取り払った。
「……っ」
彼は咄嗟に顔を伏せたが、フードを被り直すのは間に合わず。
青年─ヴォルガの長い青髪と神の如き美貌が、死屍累々の凄惨な場で晒された。
「「「……!!」」」
魔法を放った男は絶句し、硬直してしまう。
教会にいた人間も皆目を見張った。
規格外の魔法で敵を一掃した救世主が、見慣れない同教の人物であったのだから。
そして…
「ヴォルガっ!!」
リーリエが、ついに結界から飛び出してヴォルガに飛びついた。
ぎょっとする彼の足元に縋りついて、へなへなと地面に座り込む。
「ありがとう……ありがとう……っ!!」
この場で一番気を揉んでいたのは間違いなくリーリエだった。
安堵して泣き崩れる彼女を無下にもできず、ヴォルガはおずおずと彼女の髪を撫でてやった。
それを機に、教会側の人間も動き出した。
倒れていた警備隊員を治療し、レナを筆頭に男たちを捕縛する。
結界内で震えていた孤児たちも緊張が解けてへたり込んだり泣き出したりで、修道女たちが慌てて駆け寄っていった。
騒ぎを聞きつけて野次馬も集まってくることだろう。
意図せず姿を晒してしまったヴォルガは、リーリエを落ち着かせつつも再びフードを被ってその場を立ち去ろうとした。
けれど、そこに声が掛かる。
「ヴォルガさん……と言うのですか?」
穏やかな声。
ヴォルガが振り返ると、そこにはリーリエをずっと庇っていた修道女長がいた。
彼女は微笑み、頭を下げる。
「この度は、ご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございました。よろしければ、ご都合の合うときに教会までお越しください。是非ともお礼をさせていただきたいので」
「……」
ヴォルガは目を伏せて黙り込む。
不思議そうな彼女に、静かな声で告げた。
「……私は、罪人です。教会に入ることはできません。礼など、言われる立場ではありません。お気持ちだけ受け取らせていただきます」
苦しそうな声だった。
リーリエが思わず顔を歪めるほどには。
それを見て、彼女は小さく息をついた。
「そう、でしたか……それは、残念です」
俯く彼女を見て、ヴォルガは再び踵を返そうとする。
しかし、続く言葉に足を止められた。
「でしたら、個人的にお礼をさせてください。リーリエのお知り合いなのですね?今度、彼女に持たせますから」
「え、あ……」
ヴォルガは動揺して言葉を詰まらせる。
想定していない反応だったのだ。
狼狽えながら、何とか声を絞り出す。
「で、でも……私は、教会にすら見捨てられた罪人で……意味は、お分かりでしょう?」
ぎゅっと、服に隠された腕を掴む。
未だ消えない傷が残った腕だ。
そして、それよりも深い見えない傷が心の奥深くに刻まれている。
彼女は微笑んだまま頷いた。
シルビオを思わせる、心の篭った優しい笑顔だった。
「はい。でも、貴方は私たちを助けてくれました。人間として、感謝するのは当然のことです。…何より、私たちは、貴方を教会から遠ざけるべき人間だとは思いません」
「……!」
ヴォルガははっと目を見開いた。
気付けば、あの時教会にいた人間がヴォルガに視線を向けていた。
否定と嘲笑じゃない。
肯定と尊敬の視線だ。
修道女長はもう一度口を開く。
「教会のルールを変えることはできません。けれど、できる限りのことはさせていただきます。リーリエの恩人ですからね」
ヴォルガは、震えながら眼下の少女を見た。
彼女も未だ涙の張り付いた顔に笑みを浮かべて頷く。
「そうだよ!そんな顔しないで。助けてくれて、ありがとね!」
今度こそ快活な笑顔の戻った少女を見て。
ヴォルガは何かを堪えるように唇を噛み締め、深く礼をしてから足早にその場を後にした。
「あーあ、バレちまったなぁ」
その様子を見守っていたレナは、そう独りごちつつも、一人楽しげに笑うのだった。
もうもうと立ち上る土煙が晴れると、そこには手足にアメジストの宝石を嵌め込んだ篭手を装備したレナがいた。
「悪い、遅れた!全員無事か?!」
「レナさん……っ!!」
リーリエが泣きそうな顔で彼女を見上げる。
レナはにっと笑みを返すが、依然表情には余裕がなかった。
「こ、このアマっ、ふざけやがって……?!」
「警備隊の連中は全員やったんじゃねえのか?!」
先程の爆発で数は減ったが、未だ魔剣を装備した男たちがレナを睨みつける。
まだ二十人は残っているだろう。
レナは隊服の乱れを直しながら、彼らを睨みつける。
「てめえら、東の連中か。その魔剣の出処、しょっ引いてきっちり吐いてもらうからな」
きっぷのいい台詞に、男たちからは動揺混じりのどよめきが零れる。
しかし、レナの存在に勘づいて難を逃れていた中心の男は、にやにやと笑いながら彼女に魔剣を突きつけた。
「おうおう、随分強力な魔法をお持ちらしいが、この数相手にどうにかなると思ってんのか?魔剣はまだ全部残ってんぞ~?」
「……」
レナは一切表情を動かさないが、見えないようにぐっと拳を握りしめる。
魔剣は強い魔力に反応して発動する代物だ。
先程のレナの一撃は、魔剣を装備していなかった後衛の連中目がけて放ったものである。
もし魔剣ごと巻き込んでいたら、あの比でない大爆発が発生し、教会諸共吹き飛んでいただろう。
その程度の加減ができるほどにレナは手練であるが、逆に言えばこれ以上どうしようもないとも言える。
レナの魔法は、強力な分魔力の消費が激しい。
複数の魔剣持ち相手に立ち回るには、不利な肉弾戦を強いられることになる。
けれど、それを気取られないよう、レナは不敵な笑みを浮かべて胸を張った。
「はっ、ガキ一人にわらわら集るしか能のねえ蛆虫共にこれ以上何が出来るってんだ。そんなちゃっちい武器に頼らねえとあたし如きも倒せやしねえような連中に負けるほど馬鹿じゃねえな」
「……っ!!!!」
男たちがかっと顔を赤く染める。
レナの口の悪さは知られていることではあるが、教会の面々は流石に言い過ぎだと青ざめた。
必要以上に相手の神経を逆撫でする言い方をしてしまう、レナの悪癖だ。
酒を飲んでいない時は抑えているのだが、緊急事態に少なからず昂ってしまっていたらしい。
男たちの標的は、この一言で全てレナに向いた。
「そうか、そうかぁ……なら、文句も言えねえくらいズタズタにしてやるよぉ!!!!」
たった一人の女に煽られ、理性を失った彼らは一斉に魔剣を振りかぶる。
悲鳴を上げる教会の人々、その前に一人佇むレナ。
それらは一挙に発動し、レナを粉微塵にする…
…はずだった。
「─大言も程々にしろよ」
嫌に冷静で、それでいて戦場でも真っ直ぐ届く凛とした声。
キンという鋭い音が響き、彼らの持つ魔剣が全て、折れた。
「………………は?」
突然静寂が支配した場に、静かに歩み寄る青年が一人。
深くフードを被り、顔も髪色も窺わせない謎の青年が、気付けば男たちの背後に立っていた。
彼は真っ直ぐ手を伸ばし、ただ一言呟く。
「弓よ」
それだけで、全てが片付いた。
男たちの四肢がどこからともなく現れた蒼穹の矢で貫かれ、彼らは絶叫しながら地面に倒れ伏す。
魔法を発動させる余地も残さず、文字通り刹那の間に、戦闘とも呼べない蹂躙は終わっていた。
中心格の男だけは何とかまともな意識を残しており、自分の方がズタズタにされながらも気力を振り絞って青年の顔を拝もうと魔法を放つ。
鋭い風が彼を狙い、大規模な魔法の発動で少なからず気力を持っていかれていた青年のフードを取り払った。
「……っ」
彼は咄嗟に顔を伏せたが、フードを被り直すのは間に合わず。
青年─ヴォルガの長い青髪と神の如き美貌が、死屍累々の凄惨な場で晒された。
「「「……!!」」」
魔法を放った男は絶句し、硬直してしまう。
教会にいた人間も皆目を見張った。
規格外の魔法で敵を一掃した救世主が、見慣れない同教の人物であったのだから。
そして…
「ヴォルガっ!!」
リーリエが、ついに結界から飛び出してヴォルガに飛びついた。
ぎょっとする彼の足元に縋りついて、へなへなと地面に座り込む。
「ありがとう……ありがとう……っ!!」
この場で一番気を揉んでいたのは間違いなくリーリエだった。
安堵して泣き崩れる彼女を無下にもできず、ヴォルガはおずおずと彼女の髪を撫でてやった。
それを機に、教会側の人間も動き出した。
倒れていた警備隊員を治療し、レナを筆頭に男たちを捕縛する。
結界内で震えていた孤児たちも緊張が解けてへたり込んだり泣き出したりで、修道女たちが慌てて駆け寄っていった。
騒ぎを聞きつけて野次馬も集まってくることだろう。
意図せず姿を晒してしまったヴォルガは、リーリエを落ち着かせつつも再びフードを被ってその場を立ち去ろうとした。
けれど、そこに声が掛かる。
「ヴォルガさん……と言うのですか?」
穏やかな声。
ヴォルガが振り返ると、そこにはリーリエをずっと庇っていた修道女長がいた。
彼女は微笑み、頭を下げる。
「この度は、ご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございました。よろしければ、ご都合の合うときに教会までお越しください。是非ともお礼をさせていただきたいので」
「……」
ヴォルガは目を伏せて黙り込む。
不思議そうな彼女に、静かな声で告げた。
「……私は、罪人です。教会に入ることはできません。礼など、言われる立場ではありません。お気持ちだけ受け取らせていただきます」
苦しそうな声だった。
リーリエが思わず顔を歪めるほどには。
それを見て、彼女は小さく息をついた。
「そう、でしたか……それは、残念です」
俯く彼女を見て、ヴォルガは再び踵を返そうとする。
しかし、続く言葉に足を止められた。
「でしたら、個人的にお礼をさせてください。リーリエのお知り合いなのですね?今度、彼女に持たせますから」
「え、あ……」
ヴォルガは動揺して言葉を詰まらせる。
想定していない反応だったのだ。
狼狽えながら、何とか声を絞り出す。
「で、でも……私は、教会にすら見捨てられた罪人で……意味は、お分かりでしょう?」
ぎゅっと、服に隠された腕を掴む。
未だ消えない傷が残った腕だ。
そして、それよりも深い見えない傷が心の奥深くに刻まれている。
彼女は微笑んだまま頷いた。
シルビオを思わせる、心の篭った優しい笑顔だった。
「はい。でも、貴方は私たちを助けてくれました。人間として、感謝するのは当然のことです。…何より、私たちは、貴方を教会から遠ざけるべき人間だとは思いません」
「……!」
ヴォルガははっと目を見開いた。
気付けば、あの時教会にいた人間がヴォルガに視線を向けていた。
否定と嘲笑じゃない。
肯定と尊敬の視線だ。
修道女長はもう一度口を開く。
「教会のルールを変えることはできません。けれど、できる限りのことはさせていただきます。リーリエの恩人ですからね」
ヴォルガは、震えながら眼下の少女を見た。
彼女も未だ涙の張り付いた顔に笑みを浮かべて頷く。
「そうだよ!そんな顔しないで。助けてくれて、ありがとね!」
今度こそ快活な笑顔の戻った少女を見て。
ヴォルガは何かを堪えるように唇を噛み締め、深く礼をしてから足早にその場を後にした。
「あーあ、バレちまったなぁ」
その様子を見守っていたレナは、そう独りごちつつも、一人楽しげに笑うのだった。
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