王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

新たな事件

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レナの依頼を一応完了させてから、更に一週間ほどが経った。
あれからマヨイガに妙な連中が因縁を吹っかけてくることもなく、酒場は平穏に賑わっていた。

…まぁ、パートナーの噂を聞きつけてシルビオに色々と聞き出そうとしてくる人々は未だいるものの、シルビオやユーガが上手くあしらえたため大事にはならず。
ヴォルガもハルトとレナ以外に存在を知られることなく、裏方で仕事を着々とこなしていた。
まだ怪我は完治していないし、ゆっくり療養してくれてもいいとは思うのだが、仕事をしている時のヴォルガはどこか楽しそうで、止める気にはなれなかった。
おかげでシルビオよりもユーガの方とどんどん仲良くなっている気がするが、最近はくっついてもあまり嫌な顔をされなくなってきたので、こちらにも懐いてくれている…と思いたい。


そんなこんなで、今日も開店の時間だ。
寝起きの悪いシルビオはヴォルガが起こしてくれるようになったので、シルビオは今日も朝早くから出勤できた。

「んん~、さむ~い……」

とはいえ、晴れの日でも凍てつくような寒さは健在である。
看板を出して戻ってきたシルビオは、眠たげに目をこすりながら暖炉付近の席を陣取る。
肩に薄手の毛布ブランケットをかけているヴォルガもシルビオに倣って彼の隣に腰掛けた。
寒さには慣れているようだが、白い鼻の頭が薄ら赤くなっていた。
シルビオにちょんとつつかれると、不機嫌そうにふいっとそっぽを向く。
そんな二人のやり取りを、ユーガは生暖かい目で眺めていた。

「もうすぐ二月経つが、随分仲良くなったな」
「えへへっ、そうでしょ~?」
「……まぁ、初めて会った頃よりはな」

ヴォルガの肩を抱いてにかっと笑うシルビオ、やんわりと手をどかしつつ無愛想にぼそりと呟くヴォルガ。
人懐っこいシルビオはともかく、ヴォルガも最初期の氷のような刺々しい雰囲気はだいぶ和らいだ。
相変わらずシルビオにつんけんしてはいるが、これはただの照れ隠しだとシルビオもユーガも分かってきていた。

「俺もそうだったが、何つーか……こいつといると、毒気抜かれるよな」
「ん?」

いつも通り山盛りに盛られた朝食を運びながら苦笑気味に言うユーガに、シルビオはきょとんと首を傾げる。
ユーガはそれ以上何も言わず、シルビオの髪をわしゃわしゃと掻き回した。

「わぁっ、ちょ、せっかく整えたのに!」
「ヴォルガ、食い終わったらキッチンの手伝い頼む」
「分かった」
「ねぇ無視?!」

シルビオを放って業務の話を始める二人に涙目で食いつくシルビオ。
開店前のマヨイガには、いつも通りの平穏なひとときが流れていた。


…その時だった。


ガランガランと、荒々しい音を立ててドアベルが鳴り、勢いよくドアが開く。
息も絶え絶えに駆け込んで来たのは、レナの同僚であり何度かマヨイガに来店している警備隊員の青年だった。

「シ、シルビオ、いるか?!」

様子がおかしい。
慌ててヴォルガの頭に毛布を被せつつ、シルビオはヴォルガを彼の視界から遮るように立ち上がった。

「いるけど、どうしたの?」

ユーガも訝しげに眉を顰めている。
青年は少しほっとしたように表情から力を抜いたが、それでも尚険しい顔でシルビオに届くようはっきりと叫んだ。

「魔剣持ちの奴らが、教会に……!リーリエが、狙われてる!!」
「「「……!!」」」

全員がはっと目を見開かせる。
青年の隊服は、焦げたような黒い跡で汚れ、煤けていた。


「おらおらおらぁ、さっさと女を渡せっつってんだよ!!」

アステル教会、ジェイド地区北西支部。
普段は敬虔なアステル教徒が祈りを捧げ、教会の保護を受けた孤児たちが戯れるジェイド地区でも数少ない憩いの地であるが。
現在、教会の周りを数十人の荒くれ者たちが取り囲み、その場は物々しい雰囲気で包まれていた。

彼らの手には、色とりどりに光る魔剣。
既に何本かが振るわれた後で、地面の草花は焼け、教会を保護する結界にも罅が入っている。
魔性の武器であるが故に、その威力は絶大なものだ。
通報を聞いて駆けつけていた北西部の警備隊員は、魔剣の前に手も足も出ず地に伏していた。
結界の中に避難していた近隣の住民は怯えた顔を見合わせ、教会勤めのプリーストたちも険しい顔で彼らを睨んでいる。
その中には、男たちの要求する少女─リーリエの姿もあった。

「何故……っ、どうしてリーリエを狙うのです?!」

今にも飛び出しそうなリーリエを庇いながら、修道女の長である中年の女性プリーストが声を張る。
彼らの中心にいる男は、引き攣った笑みを浮かべながら金色の光を湛える雷属性の魔剣を握り、哄笑を漏らした。

「はははっ、おいおい、知らないわけないよなぁ?俺は、そいつの保護者とかいう『烙印』持ちに散々こき下ろされたんだよ!!仕返ししなきゃ気が済まねえってな!!」

リーリエの顔色が変わる。
最近、マヨイガで暴漢が暴れた騒動があったと聞いていた。
ほぼ全員がお縄になったが、一人がシルビオの魔法で錯乱して逃げ出してしまっていたとか。
恐れ知らずのその一人が、復讐のために戻ってきたのだろう。

「そんなことで……!」

教会に残っている職員の内、リーリエと親しい男性職員が顔に義憤を浮かべて男を睨む。
すると彼は、更に嘲るような表情を向けてきた。

「おいおい、俺の何が間違ってるってんだ?その女は『烙印』持ちの家族なんだろ?そんな奴とズブズブなプリーストを、アステル教会様が保護するってのは、どういう魂胆なのかねぇ?!」
「…………っ」

柔和な顔をした修道女長の目の色も変わった。
リーリエの保護者─ユーガが『烙印』持ちの元犯罪者であることは北西部では公然の秘密だ。
規律に厳しいアステル教会では、『烙印』持ちを教会の結界から弾くのは勿論、その親族をも教会の保護下から追放することもある。
ゴロツキ相手から庇うのもそうだが、そもそもそんな彼女を教会に迎え入れて働かせているというのも実は異例中の異例であった。

「シスター、やっぱり私、行きます……!このままじゃ、ここが……」
「ダメよリーリエ!あんな奴らに好きにさせてみなさい、何されるか分からないわよ?!」

リーリエは自分が出て行って解決させようとしているようだが、先輩のシスターたちは決して首を縦に振らない。
何故なら、この教会の者は皆知っているからだ。
リーリエも、彼女が慕う『烙印』持ちも、神アステルが認めるに足る人格者であることを。
彼女らに助けられた者が、この地区に何人いると思っているのか。
後暗い者が多いジェイド地区のアステル教会は、他区のそれよりも遥かに柔軟な場所である。
『烙印』持ちであっても─表向きには突き放さなければならない者であっても─それだけの理由で差別はしない。
だから、その程度の脅しでリーリエを明け渡したりなどしない。

教会の人間が想像以上に頑固だと分かってか、男たちの表情も険しくなっていく。
何人かは堪えきれずに怒鳴り散らし始めた。

「ふざけんじゃねえよ!!娘一人渡せばいいって言ってんだろうが?!」
「このまま落としてやってもいいんだぞ!!」
「たかが一人のために何人犠牲にするつもりなんだろうなぁ?!」

徐々に一触即発の空気が高まっていく。
しかし、現在教会に残っているのは、治癒能力はあれど戦闘能力は低い者ばかりだ。
その上、幼い子供も非戦闘員もいる。
このまま全員が魔剣を振るってしまえば、瞬く間に壊滅してしまうだろう。
男たちの忍耐が限界に達しようとしているのを察して、リーリエは必死に仲間たちを説得しようとする。

「ねぇ、私が行くから……!大丈夫、殺されるって決まったわけじゃないんだし!」
「バカ、殺される以上に酷い目に遭わされるかもしれないんだよ?!そんなの絶対ダメ!!」
「で、でも、警備隊の人でも敵わないんじゃ、このまま戦ったって……」

議論は平行線、状況は動かない。
痺れを切らした男たちが魔剣を振り被ろうと、一歩を踏み出し─


「うおらぁあああああああああああああっ!!!!」


─轟音と共に、魔剣ごと吹き飛んだ。
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