王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

邂逅

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それから、シルビオは酒場でいつも通り働きつつ、それとなく客の話に聞き耳を立てたり、会話に混ざって聞き込みをしたりして、地道に情報を集めていた。

ヴォルガの読み通り、レナが言っていた魔剣絡みの騒ぎは北部に集中しているようで、この間のマヨイガでの一件以外は東寄りの場所で起こっていたそうだ。
マヨイガで暴れた連中も、取り調べの結果北東部に拠点を置く不良集団の人間だったらしい。
逆に南部の方で魔剣の噂は流れていないようで、南西部の方で働いている常連客たちはこの店での騒ぎについて伝えると本気で驚いていた。
こうなると、ほぼ確定だろう。

「……穴があるのは北東部。アメストリアと直接繋がる抜け道があるんじゃないかな。魔剣自体の作りは脆いみたいだから、怖いのは事件より事故かもね」
「なるほどなぁ。なら、北東の連中に丸投げすりゃいいな。助かったよ、シルビオ」

依頼を受けてから一週間後。
開店前の時間に進捗を聞きにやって来たレナへ情報を伝えると、彼女は麦酒を勢いよく呷りながらからからと笑った。

「にしても早えなぁ。一月はかかると思ってたんだけどな」
「だからそんな依頼こっちに投げないでよぉ……」

弱った顔のシルビオに、レナは上機嫌のまま続ける。

「はははっ、いいじゃねえか。大体なぁ、言っただろ、情報集めてくれりゃいいって。突っ込んで魔剣の製造元壊滅させろって言ってるわけじゃない。あたしの責任じゃないってことも分かったしな。十分働いてくれたよ、お前は」

わしゃわしゃと髪を撫で回される。
シルビオはちょっと申し訳なくなった。

「いや、でも、今回は俺一人で集めた情報じゃなくて……」
「ん?珍しいな。ユーガにでも頼ったか?」

ごにょごにょと言い訳をすると、レナは案の定食いついてくる。
あれだけお金を貰っておきながら何も話さないのはばつが悪いので、一応説明しておくことにした。

「これは内緒話なんだけど……実は、従業員増えたんだよね。今うちに居候してて、ちょっと訳ありだから表には出せないんだけど……その子が外の事情に詳しいから、協力してもらったんだ」
「おお……?!しばらく来ないうちにそんなことになってたのか!!」

レナが顔を輝かせる。
どうやら本当に知らなかったようだ。
魔剣の騒ぎもあって、検問の業務が忙しくなっていたのだろう。
彼女は好奇心を隠せない表情でシルビオに詰め寄ってきた。

「で、どんな奴なんだ?」
「う、うーん……純粋で可愛い?」
「可愛いってお前……また手出したのか」
「訳ありって言ったでしょ!出してない!!」

如何に信用されていないかが分かる会話だ。
レナはシエラ教徒だが、豪気な性格に反して案外身が堅い。
シルビオの遊び歩く癖のことはあまり良く思っていないようだった。
ちょっと気恥ずかしくなりつつ必死で否定すると、レナは溜め息をつきつつも信じてくれた。

「分かったよ。全く……それで、そいつは今いるのか?」
「あ、うん、いるよ。今キッチンで作業してる」

今はユーガが買い出し中で不在だが、ヴォルガが代わりに今日の食材の下準備をしているはずだ。
ユーガがいない時に会わせていいのかちょっと迷ったが、一応許可は下りている。
何なら早めに会わせてやれとも言われていた。
レナの反応は怖いが、ずっと隠していても仕方のないことだ。
シルビオは、彼女をヴォルガに会わせることを決意した。


「ヴォルガー、今ちょっといい?」
「ん……何だ?」

シルビオがレナを連れてキッチンに行くと、彼はすぐに作業を止めてこちらに駆け寄ってきた。
後ろにいたレナがひょこっと顔を出し、驚いた顔でシルビオを見る。

「……お前、本当に手出してないの?」
「ちょっとは信じてくれても良くない?!」

…まぁ、一見しただけでも魅入られるほどの美貌とこの地区に似合わない清純さを目の当たりにしてしまうとそう思うのも無理はない。
実際シルビオの好みなタイプではある。
それにしてもどれだけ信用がないのか。
ヴォルガが呆れ気味にこちらを見ていた。

「この人が、この間言ってた依頼人か?」
「うん、そう。警備隊員のレナさん。で、こっちが新入りのヴォルガね」

冷めた視線に冷や汗をかきつつ、お互いの情報を渡す。
レナはじっと彼を見つめ、そしてにかっと朗らかに笑った。

「よう、新入り。あたしはこいつと古い付き合いでね。これからも見かける機会は多いだろうから、よろしく頼むよ。依頼も手伝ってくれたんだって?」
「ああ、大したことはしてないが。こちらこそ、よろしく」

一方、表情から警戒心は解けていないが、比較的砕けた返答をするヴォルガ。
女性が苦手という彼だが、レナはいい意味で女っ気がないので思っていたより接しやすいのかもしれない。
二人の会話はするすると進んでいく。

「まぁ、初対面だし、深く聞きはしないが……随分な目に遭ったみたいだな」
「……まぁな。シルビオに助けてもらっていなければ、今頃どうなっていたか分からない」
「おぉ、シル坊が拾った側かぁ。随分いい身分になったもんだなぁ、お前も」
「からかわないでよぉ……」

怪我の手当ての跡が窺える外見で大体の経緯を察したらしいレナは、シルビオを揶揄いつつも理解のある言葉をかけてくれる。

レナに信が置けるのはこういうところもある。
他の常連客のように配慮デリカシーのない発言が少なく、秘密は絶対に守ってくれるのだ。
ユーガが認めるということは、それ相応の理由がある。
それだけでは少し弱い気もするが、自分の身を守るので精一杯なこの街で彼女のような義理堅い人間は珍しいから、さもありなんということか。
何だかんだシルビオも彼女については知らないことが多いので、断言はできないけれど。

そんな思考を一人巡らせているシルビオを置き去りにしたまま、会話はまだ続いていた。

「ユーガにも言われたろうけど、こう見えていい奴だからな、こいつ。手が早いのだけはどうしようもないんだが……まぁ、嫌がることを強制はしないだろ。ほどほどに仲良くしてやってくれ」
「あ、あぁ……誰に聞いても同じこと言われるよ……」
「いやぁ、こいつの遊び癖は有名だからなぁ。毎晩毎夜性別問わず相手取っかえ引っ変えしてさ。お前、ここ住み込んでんだろ?同じ屋根の下で毎晩知らん奴と寝泊まりすんのは正直キツいよなぁ~」
「……そんなことになったら、まぁ、嫌だな」
「うぐっ……?!」

ヴォルガがアステル教徒だということもあってか、レナがいつも以上に辛辣だ。
ヴォルガの正直な反応でシルビオの精神メンタルに大ダメージが入る。
確かに、今まで通りの生活をしていたら純真無垢なヴォルガからの信頼は底辺に落ちていたに違いない。
…だが、今はそうではないのだ。

「でも……俺は、そういうのは見たことないから、分からない感覚だな。気を遣われてるのかもしれないが、人を連れ込むような場面には出くわしたことはない」
「…………ん?」

レナが訝しげな顔をした。

「シルビオ、お前、今誰と寝てる?」
「う……ヴォルガとだよ。本当に、手出してないからね!」

彼の嫌がることはしない。
それは、この青年を拾った時に決めたことだ。
逆らえないのをいいことに自分の欲望の捌け口にするなんて、そんなことは絶対にしたくないから。

真っ直ぐレナを見つめ、眼差しで必死に訴える。
レナはというと、何も言わず、呆然とシルビオを見つめていた。

「……?」

どうも様子がおかしい。
視線での訴えを止め、話しかけようと口を開いた瞬間だった。

「……そうか……そう、かぁ…………あはは……っ」

レナが、突然俯いてくつくつと笑い出した。
シルビオもヴォルガも、顔を見合わせて困惑する。

「レ、レナさん?どしたの、大丈夫?」

シルビオが慌てて呼びかけるが、彼女はそれには答えず、すたすたとヴォルガの方へ歩み寄り、彼の肩をぐっと掴んだ。

「……な、何だ?」

驚くヴォルガに、レナは小さな声で呟くように言った。

「……頼む。シルビオのこと……できる範囲でいい。自分のことが最優先でいい。それでも……気にかけてやってくれ。多分、お前なら……」
「…………え?」

命令口調のようで、魔力の篭もっていない言葉。
独り言のように呟いて、彼女は顔を上げた。
鈍い赤色の瞳は、薄らと涙で濡れていた。

「お、おい……大丈夫か?」
「……大丈夫だよ。ありがとう……これから、よろしくな。期待してるよ」

彼女らしくない、静かな声だった。
レナは数秒目を閉じ、そして開く。
気づけば、いつもの明るく強気な笑みがそこに浮かんでいた。

「よしっ、じゃあ、あたしはそろそろ行くよ。情報提供感謝する。また何かあったら頼むぜ」

そして、引き留める間もなく踵を返してキッチンから出て行ってしまった。
数秒すると、カランとドアベルの音が聞こえ、彼女の気配は酒場から完全になくなった。

「「……」」

取り残された二人は、そんな彼女の背を見送ることしかできなかった。


「レナさんは、俺がここに来た頃からずっと通ってくれてる常連客なんだけど……」

トントンと、まな板を叩くリズミカルな音がする。
仕込み作業に戻ったヴォルガに尋ねられ、シルビオはキッチンのスツールに腰掛けながらレナの話をしていた。
彼女については、まだ彼に話していないことがあるのだ。

「ある時からね、うちにお金を寄付してくれるようになったんだ。最初は普通にユーガに押しつけてたらしいんだけど、ユーガがそんなの素直に受け取るわけないじゃん?だから最近だと、今回みたいに依頼って形で何か頼んできて、明らかに相場より多い依頼料を渡してくる、みたいな感じでお金くれるんだ。まぁ、善意からなのは間違いないし、うちも別に裕福なわけじゃないから、ありがたくはあるんだけど……何でか分からなくて。接し方も、他のお客さんと違うんだよね。ユーガみたいっていうか……心の距離が近い感じっていうか」
「……なるほどな」

ゆっくりと作業を進めながら、真剣な顔をするヴォルガ。

「ユーガは、彼女について何て言ってるんだ?」
「んー……」

シルビオはぶらぶらと足を揺らしながら渋い顔をする。

「ユーガからはね、あんまりレナさんの話聞かないんだ。仲良さそうではあるんだけど……俺が知らないところで、何かしら話が進んでるんだろうなって感じ」

シルビオも、何度か気になってユーガに尋ねたことがあった。
どうして彼女は自分をあんなに気にかけるのかと。
けれど、ユーガはいつも同じことしか言わないのだ。
…今のお前には、話しても意味が無い、と。

「……彼女が、シルビオの実の母親ってことはないのか?」

ふと、ヴォルガがそんなことを言った。
アクアマリンの瞳を見つめ返し、シルビオは小さく笑って首を横に振る。

「それね、俺も思ったことあるんだ。なんか、レナさんってお母さんって感じだなって。でも、年齢が合わないんだよね。レナさん、せいぜい一回り上くらいだし……本人も否定してた。血が繋がってないのは間違いないって。だから、多分、別の理由」

レナのことは好きだし、懐いてもいる。
けれど、分からないこともある。
今日のヴォルガへの態度を見て、ますます分からなくなってしまった。

どうして、いつも透明な彼女の心が、
それが、シルビオには分からない。

「……」

ヴォルガが、手を止めてじっとシルビオを見つめる。
きょとんと見返すと、ヴォルガは小さく息をついて真っ直ぐ視線を向けてきた。

「シルビオは……愛されている。それは、とてもよく分かった。だから、それでいいんじゃないか?俺は……レナの話がなくても、お前を見捨てるつもりはなかったよ」

言うが早いが、彼はぷいっと目を背けてまた野菜を刻み始める。
色白の頬は薄ら赤らんでいて、照れ隠しなのは明白だった。
シルビオはもにょもにょと自分の頬をこね回し、尋ねる。

「……俺、そんなに暗い顔してた?」
「うん、かなり」
「そっか……」

気を遣わせてしまった。
こんな気障な台詞を吐かせてしまうくらいに。
けれど、おかげで元気が出た。
この青年は、自分でもよく分かっていない『シルビオ』という人間を、よく分かってくれている。
それが嬉しかった。

「ねぇ、俺も手伝っていい?」
「いいけど……包丁使えるのか?」
「……たぶん!」
「よし、皿洗い頼む」
「はぁ~い……」

ユーガが店に戻ってきたのは、下準備を粗方終え、シルビオの顔にいつもの笑顔が戻ってからだった。
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