王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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番外編

その契りは未だ果たせず

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※ハルト×ユーガ
※一章『萌芽』の裏側に当たる話になります
※後に本編に組み込むかもしれませんが、サブCPの話なので番外編に置いておきます

──────────────────────

「ふふっ……シルビオってば、分かりやすく必死だな~。ほんとに気に入ってるんだねぇ、あの子のこと」
「らしいな。まぁ、気持ちは分からなくもないけど」

時は夕暮れ。
カウンターを挟み、二人の男─ハルトとユーガが静かに会話を交わしていた。
キッチンからはシルビオとヴォルガの話し声、そして皿洗いの音が聞こえてくる。
こちらの話は届いていないだろう。
ユーガは苦笑いを浮かべ、今日の昼の分の金勘定をしながら、グラスを傾けるハルトの声に応えていた。

「あいつ─ヴォルガのことは、どう思う?」
「んー、いい子だなって思ったよ。確かに傷は負ってるけど、シルビオがちゃんと気付いてあげてるみたいだし。問題ないんじゃないかな?」
「……そうだな」

ハルトの表情は明るい。
長い間彼の魔法の指導をしていた関係上、ユーガとは別のベクトルでシルビオと深く関わってきた人物である。
彼の前向きな変化は好ましいのだろう。

「ユーガも思ってるだろうけど、特定の相手見つけてくれただけで嬉しいしねぇ。俺もちょっと責任感じてたからさ」
「……ハルトのせいじゃないって言ってるだろ」

ユーガの表情が微かに曇る。
常に冷静で表情を変えることがあまりないユーガだが、それでも気付いてくれるのがハルトだった。

「もー、分かったよ……分かったから、そんな悲しそうな顔しないで」
「ん……」

困ったように笑うハルト。
その顔には昔から弱くて、ユーガは思わず目を逸らしてしまった。
ハルトがくすくすと笑っている声が聞こえる。

「ほんと、ユーガはいくつになっても変わんないね。素直で可愛い」
「そんなこと言うのお前くらいだけどな」
「ふふっ、みんな分かってないなぁ~」

暖かいが、心の奥底まで見透かすような瞳に見つめられ、いつものように悪態をつくこともできない。
彼といると、いつもこうなってしまう。
気付けば二十年も前になる、彼と初めて会った頃から、この関係性はずっと変わっていない。
シルビオと違って魔法の域をも超えるような能力を持っているわけではないのに、ハルトだけは上手くあしらえない。
こういうところは似てほしくないのだが、シルビオの明るさと口の上手さは大体ハルト譲りなので困ったものだ。

羞恥で思わず頬が火照るのを感じつつ、ユーガはハルトのグラスが空になっていることに気付き、余計なことを言われる前に酒で黙らせてやろうとグラスを取りにカウンターから出た。
ハルトは特に何も言わずそれを見守る。
けれど、何故か自然な仕草で手をカウンターの下へ隠すように動かした。

「……」

ハルトは相手の声のトーンや表情から心の動きを見極めるのが得意だが、ユーガは身体の動き方から心情を察する能力に長けている。
ハルトがこの仕草をする時はどういう時なのか、それくらいは知っていた。
つかつかとハルトの傍まで歩み寄り、彼の腕を掴んでその細い手を晒す。
よく見ないと分からない程度に、指先が神経質に震えていた。

「……っ」

ハルトは気まずそうに目を逸らす。
それで、確信した。

「お前……また飲んだのか?」
「…………ごめん」

俯いてぽつりと謝罪を零すハルト。
先程までの明朗さはどこへやら、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「やめようとは、思ってるんだよ。でも、やっぱり持たなくて……気づいたら、また……」

声がどんどん小さくなっていく。
よく見れば、化粧で誤魔化しているだけで顔色も悪い。
ユーガは思いきり顔を歪め、彼の手を離した。

「……今日はもう、酒はやめとけ。戻っても、付き合い以外で飲むなよ」
「うん……」

ハルトは力なく項垂れる。
カウンターに投げ出された手は未だ痙攣を続けている。
ユーガは忌々しげにそれを見つめながら、酒の代わりに水を用意してハルトに差し出した。

「あと、残りいくらだ?」
「……もう返し終わってる筈なんだけどね。気付いたら増えてて……今は、あと十年分くらいかな」

二人の声は暗い。
これは、絶対にシルビオに聞かせられない話だ。

「あの人は、俺のこと手放す気ないみたい。…多分、俺が力尽きる方が先」

ハルトの全身が震え始めた。
慌てて駆け寄り肩を抱くと、弱々しく笑って身体を預けてくる。
そういえば、彼はこんなに細かったかと、今更なことを思う。
ハルトは泣きそうな声で呟いた。

「ずっと、ここにいられたらな……それだけで、いいのにな……」

ぎゅっと、ハルトがユーガを抱き寄せてくる。
抵抗する気にもなれなかった。
ユーガに出来ることは、ただ彼の髪を優しく撫でてやることだけだった。

ハルトは、王都で働いている娼夫だ。
王都駐留の軍人が主なターゲットらしく、非常に体力と精神力を蝕まれる仕事である。
勿論、彼が望んでやっていることじゃない。
十年も前から負っている借金を返済するためだ。
両親が亡くなってから、ハルトは幼い兄弟たちを養うために致し方なく身体を売った。
そして運悪く娼館の主に気に入られてしまい、兄弟たちの生活の保証とこうして時折故郷に戻ることを許される代わりに、業務外でも主の愛人としての役割を押し付けられる日々を送っている。
逆に言えば、言うことを聞かなければ兄弟たちの身の安全を脅かすという脅しでもある。
そのため逆らうこともできず、長い間身体を酷使してきたせいで徐々に彼は壊れ始めていた。

違法な薬物に頼らなければ、精神が持たないくらいには。

「シルビオは……気付いてないかな」
「どうだろうな。今は自分のことで精一杯だろうが……そのうち嫌でも気付かれると思う」

あの青年は、能天気に見えてものすごく勘が鋭い。
ハルトが何か抱えていることくらいは悟っているだろう。
ハルトは乾いた笑みを浮かべ、ユーガを解放すると静かに温い水を啜った。

「あと何年持つかなぁ……賭ける?」
「自棄になるなよ。てか、賭けの真似事ならもうしてるだろ」
「……そうだね」

ハルトは目を閉じて頬杖をつく。

「まだ有効?」
「お前が死ぬまではな」

ユーガはハルトの頭をわしゃわしゃと撫で回し、隣に座る。
いつもの感情の薄い瞳がハルトを真っ直ぐ見つめる。

「……だから、変に死に急ぐようなことはするなよ。俺が生きる理由も一つ無くなる」
「あははっ……それは、嫌だなぁ」

そこでようやく、ハルトの笑顔に感情が戻った。
彼は嬉しそうにぽつりと呟いて、湯呑みの中身を飲み干すと元気よく立ち上がる。

「んーっ、よし!十分休んだし、そろそろ行くよ。またね、ユーガ」
「次は……春の初め頃くらいか?」
「そうだねぇ。今回はもうちょっと上手くあしらってみるよ」

軽く片目を瞑ってみせてから、彼はひらひらと手を振って酒場を出て行った。
このまま、ハルトは王都へ戻ってしばらく帰らない。
いつものことだ。

「……」

空いたグラスを片付けながら、最後の笑顔を思い浮かべる。
開き直ったように見えて、無理しているのはあからさまだった。
精神状態もかなり不安定である。
このままの暮らしを続けていたら、彼はもう五年も持たないだろう。

ユーガは、無意識に思考を過去へ飛ばしていた。
それは六年前、初めて『賭けの真似事』をした日のことだった。


『ねぇ、ユーガ』

『……何?』

『俺さ、もうちょっとで解放されるかもしれないんだ』

『それで?』

『冷たいなぁ……だからね、俺がちゃんと最後までがんばれたら、ご褒美ほしいんだ』

『はぁ……俺に言うことか?』

『ユーガじゃなきゃダメなの!……いい?』

『内容次第だけど』

『…………俺と、付き合ってほしい』

『………………は?』


あの日から、一日たりとも忘れたことはない、彼と結んだ唯一の契約だった。

別に、ハルトのことを恋愛感情で見たことはない。
そもそも、誰かにそういう感情を抱いたことすら人生で一度もなかった。
だからその時は、適当にあしらって話を流してしまったのだけど。
ハルトが、あまりにも真剣で。
何度も何度も頼み込んでくるものだから。
彼が少しでも前向きになれるならと、同情心で了承してしまったのがそれから半年後のことだった。

でも、そう時間が経たない内に気付いた。
ハルトは、そもそもこの願いを叶えてもらう気なんてないと。
『もうちょっと』がいつまでもやってこないことを、彼は知っていた筈だから。
その約束をして二年が過ぎた頃に問い詰めたら、ハルトは笑いながら白状した。

彼はただ、自分が死ぬ前に、ずっと抱えていた恋心を実らせたかっただけだった。


一番付き合いの長い、お互いをよく知っている古い友人。
それが、ユーガにとってのハルトという人物である。
でも、最近は少し違う。

言い逃げなんて許さない。
勝手に自分の運命を決めつけるのは許さない。
自分にうんと言わせたのなら、それ相応の対価は貰わなければ気が済まない。
彼のいない人生は耐え難いと思うくらいには、ユーガはとっくにハルトに絆されていた。

…だから。

「……俺より先に死んだら、絶対に許さないからな」


その契りは、未だ果たされていない。
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