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一章 紫碧のひととせ
便利屋シルビオ
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「……便利屋なんてやってたんだな」
「ふぇっ?!」
その日の夜。
店仕舞いの後、ヴォルガと並んでリビングで夕食を取っていたところ、シルビオは突然そんなことを言われた。
米を噴き出しそうになったシルビオは、若干噎せかけながら何とか堪えた。
「は、話聞いてたの?」
「ちょうど静かな時間帯だったし、耳に入ってきて……あと、『魔剣』って単語が聞こえてきたから」
「あー……」
レナの依頼が衝撃的すぎたためヴォルガのことをすっかり忘れていたシルビオは、やらかしたなぁと苦笑いして頬をかいた。
とはいえ、知られてしまったものは仕方ない。
水で喉を潤してから説明する。
「うん。五年くらい前からね。基本的には常連のお客さん相手だけど、子供の面倒見てほしいとか、家の修理手伝ってほしいとか、そういうちょっとしたことに手貸すようになって……そしたら、せっかくだから『便利屋』ってことで商売にしてみたら、ってことになって、たまにこうやって依頼受けてるんだ。…まぁ、レナさんのはちょっと便利屋の領分超えてるんだけどね……」
いくらシルビオの魔法が優秀だからって、ただの酒場店員にすぎない一般人に頼むような内容ではない。
遠い目をしていると、ヴォルガは珍しく積極的に話しかけてきた。
「この間見ていたが、シルビオの戦闘能力はかなり高いと思う。頼られるのも無理はないんじゃないか」
「えへへっ、本職に言われたら照れちゃうなぁ~」
「……元な」
ヴォルガが魔法士─魔法主体の兵士であることは既に教えてもらっている。
そんな彼から素直に褒められるとやはり嬉しい。
ヴォルガとしては複雑な心境のようだが。
…あまり良くない言い回しだった気がする。
シルビオがちょっと申し訳なさそうな顔をすると、ヴォルガの方が慌てて話題を変えてくれた。
「そういえば、依頼主も魔法士なのか?」
「あぁ、レナさん?」
そういえば、結局レナにヴォルガを紹介する前に帰ってしまった。
古参の常連客であってもヴォルガを表に出すことはしばらくないだろうが、ハルトとレナは特別だ。
この二人だけは、シルビオだけでなくユーガが無条件で認める相手である。
ユーガの幼馴染みであるらしいハルトはともかく、ユーガがどうしてそこまでレナを信頼しているのかはシルビオも知らないのだが、彼の見る目は確かである。
豪胆で強気な彼女はヴォルガとは相性が良くないだろうが、ああ見えて律儀なのでむやみに言いふらすようなことは絶対にしない人だ。
いつ話を通そうかと考えつつ、ヴォルガの疑問に答えておく。
「一応はそうかな?地方警備隊所属で、ジェイド北西部の検問で働いてる人だよ。あそこはジェイドの中だと一番ってくらいまともに機能してる検問だから、レナさんも結構な実力者だねぇ」
彼女は肉弾戦もバリバリに得意なので魔法士と言うと少し語弊があるが、シルビオとは違い攻撃魔法に強い適性を持っている闇魔法使いである。
シルビオも攻撃魔法は使えるので一応模擬戦で勝てないことはないのだが、あまり敵には回したくない人である。
逆に言えば、そんな彼女がわざわざ頼み込んでくることが厄介でないわけがないのだ。
「そうか……そんな人でも手に負えないことなんだな」
「そうなんだよねぇ、困ったことに」
シルビオは深く溜め息をつく。
そのシルビオをそわそわと見つめるヴォルガ。
…大体、何が言いたいのかは分かる。
でも可愛いのでちょっと意地悪したくなった。
「どうしたの?そんな熱烈に見つめられたら押し倒したくなっちゃうんだけど」
「……」
「うん、ごめん、許して」
ヴォルガの瞳が絶対零度に凍りつく。
視線の強さが射殺されそうなレベルにまで急上昇したのでシルビオは冷や汗をかきながら床に額を擦り付ける勢いで頭を下げた。
冗談の通じないアステル教徒ほど怖いものはない。
全力の謝罪で悪ふざけだったことを察してくれたのか、ヴォルガはちょっと硬い声ながら話してくれた。
「……その依頼、何か俺に手伝えることはないか?」
…想像通りだ。
この話題を出せばヴォルガは十中八九首を突っ込むだろうとは思っていた。
だから伝える気はなかったのだが、聞かれてしまっていては仕方がない。
シルビオは顔を上げ、困った笑顔を浮かべた。
「気持ちは嬉しいんだけど……直接乗り込むわけじゃないからなぁ。基本的にはマヨイガで情報収集するだけだし、ヴォルガをホールに出すのはまだ危ないから」
ヴォルガの表情がきゅっと歪む。
ぐっと拳を握りしめているのが見えた。
「役に立てないことは分かってる。でも、黙って見ていることはできない。些細なことでもいいから……手伝わせてくれないか」
思わず目を見開いてしまった。
驚くほど真っ直ぐな人だ。
ただ自分の道理に合わないからという理由で、対価も求めずに身を砕こうとする。
関係ないからと見て見ぬふりをすることができない、ひたすらに不器用な人間。
…困ったものだ。
シルビオは、そういう人間を気に入ってしまう。
他人の影でしか生きられない者にこそ愛を与える、敬愛する主神のように。
「……ヴォルガは、どうしてそこまでしてくれるの?」
ぽつりと尋ねてみた。
彼はきょとんとし、そして少し不機嫌そうに答える。
「ここが俺の家だと言ったのはお前だろ。なら、故郷のためにできることをしようとして何がおかしい?」
当たり前だろと言いたげに、淡々と言われた。
……あぁ、もう、本当に。
愚直で、眩しくて。
愛おしくて、仕方がない。
シルビオはくつくつと笑い、ヴォルガをぎゅっと抱き締めた。
「そうだね、そうだよね……その通りだ」
「な、何だよ、離せって……っ」
突然抱き着かれ赤くなるヴォルガ。
ひんやりとしているのに温かい、不思議な感覚。
彼に突き飛ばされるまでそれを味わいながら、シルビオは自分の奥深くにある何かが解けていくのを感じていた。
それが何なのか、彼はまだ知らない。
「ふぇっ?!」
その日の夜。
店仕舞いの後、ヴォルガと並んでリビングで夕食を取っていたところ、シルビオは突然そんなことを言われた。
米を噴き出しそうになったシルビオは、若干噎せかけながら何とか堪えた。
「は、話聞いてたの?」
「ちょうど静かな時間帯だったし、耳に入ってきて……あと、『魔剣』って単語が聞こえてきたから」
「あー……」
レナの依頼が衝撃的すぎたためヴォルガのことをすっかり忘れていたシルビオは、やらかしたなぁと苦笑いして頬をかいた。
とはいえ、知られてしまったものは仕方ない。
水で喉を潤してから説明する。
「うん。五年くらい前からね。基本的には常連のお客さん相手だけど、子供の面倒見てほしいとか、家の修理手伝ってほしいとか、そういうちょっとしたことに手貸すようになって……そしたら、せっかくだから『便利屋』ってことで商売にしてみたら、ってことになって、たまにこうやって依頼受けてるんだ。…まぁ、レナさんのはちょっと便利屋の領分超えてるんだけどね……」
いくらシルビオの魔法が優秀だからって、ただの酒場店員にすぎない一般人に頼むような内容ではない。
遠い目をしていると、ヴォルガは珍しく積極的に話しかけてきた。
「この間見ていたが、シルビオの戦闘能力はかなり高いと思う。頼られるのも無理はないんじゃないか」
「えへへっ、本職に言われたら照れちゃうなぁ~」
「……元な」
ヴォルガが魔法士─魔法主体の兵士であることは既に教えてもらっている。
そんな彼から素直に褒められるとやはり嬉しい。
ヴォルガとしては複雑な心境のようだが。
…あまり良くない言い回しだった気がする。
シルビオがちょっと申し訳なさそうな顔をすると、ヴォルガの方が慌てて話題を変えてくれた。
「そういえば、依頼主も魔法士なのか?」
「あぁ、レナさん?」
そういえば、結局レナにヴォルガを紹介する前に帰ってしまった。
古参の常連客であってもヴォルガを表に出すことはしばらくないだろうが、ハルトとレナは特別だ。
この二人だけは、シルビオだけでなくユーガが無条件で認める相手である。
ユーガの幼馴染みであるらしいハルトはともかく、ユーガがどうしてそこまでレナを信頼しているのかはシルビオも知らないのだが、彼の見る目は確かである。
豪胆で強気な彼女はヴォルガとは相性が良くないだろうが、ああ見えて律儀なのでむやみに言いふらすようなことは絶対にしない人だ。
いつ話を通そうかと考えつつ、ヴォルガの疑問に答えておく。
「一応はそうかな?地方警備隊所属で、ジェイド北西部の検問で働いてる人だよ。あそこはジェイドの中だと一番ってくらいまともに機能してる検問だから、レナさんも結構な実力者だねぇ」
彼女は肉弾戦もバリバリに得意なので魔法士と言うと少し語弊があるが、シルビオとは違い攻撃魔法に強い適性を持っている闇魔法使いである。
シルビオも攻撃魔法は使えるので一応模擬戦で勝てないことはないのだが、あまり敵には回したくない人である。
逆に言えば、そんな彼女がわざわざ頼み込んでくることが厄介でないわけがないのだ。
「そうか……そんな人でも手に負えないことなんだな」
「そうなんだよねぇ、困ったことに」
シルビオは深く溜め息をつく。
そのシルビオをそわそわと見つめるヴォルガ。
…大体、何が言いたいのかは分かる。
でも可愛いのでちょっと意地悪したくなった。
「どうしたの?そんな熱烈に見つめられたら押し倒したくなっちゃうんだけど」
「……」
「うん、ごめん、許して」
ヴォルガの瞳が絶対零度に凍りつく。
視線の強さが射殺されそうなレベルにまで急上昇したのでシルビオは冷や汗をかきながら床に額を擦り付ける勢いで頭を下げた。
冗談の通じないアステル教徒ほど怖いものはない。
全力の謝罪で悪ふざけだったことを察してくれたのか、ヴォルガはちょっと硬い声ながら話してくれた。
「……その依頼、何か俺に手伝えることはないか?」
…想像通りだ。
この話題を出せばヴォルガは十中八九首を突っ込むだろうとは思っていた。
だから伝える気はなかったのだが、聞かれてしまっていては仕方がない。
シルビオは顔を上げ、困った笑顔を浮かべた。
「気持ちは嬉しいんだけど……直接乗り込むわけじゃないからなぁ。基本的にはマヨイガで情報収集するだけだし、ヴォルガをホールに出すのはまだ危ないから」
ヴォルガの表情がきゅっと歪む。
ぐっと拳を握りしめているのが見えた。
「役に立てないことは分かってる。でも、黙って見ていることはできない。些細なことでもいいから……手伝わせてくれないか」
思わず目を見開いてしまった。
驚くほど真っ直ぐな人だ。
ただ自分の道理に合わないからという理由で、対価も求めずに身を砕こうとする。
関係ないからと見て見ぬふりをすることができない、ひたすらに不器用な人間。
…困ったものだ。
シルビオは、そういう人間を気に入ってしまう。
他人の影でしか生きられない者にこそ愛を与える、敬愛する主神のように。
「……ヴォルガは、どうしてそこまでしてくれるの?」
ぽつりと尋ねてみた。
彼はきょとんとし、そして少し不機嫌そうに答える。
「ここが俺の家だと言ったのはお前だろ。なら、故郷のためにできることをしようとして何がおかしい?」
当たり前だろと言いたげに、淡々と言われた。
……あぁ、もう、本当に。
愚直で、眩しくて。
愛おしくて、仕方がない。
シルビオはくつくつと笑い、ヴォルガをぎゅっと抱き締めた。
「そうだね、そうだよね……その通りだ」
「な、何だよ、離せって……っ」
突然抱き着かれ赤くなるヴォルガ。
ひんやりとしているのに温かい、不思議な感覚。
彼に突き飛ばされるまでそれを味わいながら、シルビオは自分の奥深くにある何かが解けていくのを感じていた。
それが何なのか、彼はまだ知らない。
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