王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

黄の月

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「ただいま~っ」
「あ、リーちゃん!お疲れ様~」
「ほんと、お疲れ様だよ私!今何時?……十時過ぎてない?!」
「教会勤めの治癒士っつーのはまぁ重労働だよな。夕飯食うだろ?」
「あったりまえでしょ!お腹空いたぁ~」

木々が葉を落とし、冷たい風が吹き荒び始めた寒い冬の日。
酒場『マヨイガ』も、騒がしく暑苦しい客たちが帰った後は隙間風に吹かれて中まで冷え込む。
魔力稼働式の携帯式ストーブの近くに寄り集まっていた酒場店員たち─シルビオ、ユーガ、そしてヴォルガは、勢い良く開け放たれた扉から入ってきた白金の少女を一斉に見やった。

リーリエ。
ユーガの姪であり、マヨイガの管轄下にある一軒家に住み着いている慈善治癒士の少女。
どうしても男比率の高くなるこの酒場では偶像アイドル扱いされている、紅一点のムードメーカーだ。

いつも通り教会から帰宅して夕飯を貰いに来た彼女は、シルビオの奥に座るヴォルガにも笑顔で声を掛けた。

「ヴォルちゃ~んっ、怪我大丈夫~?」
「……?!」

そして、突然の奇っ怪なあだ名がヴォルガを襲った。
硬直するヴォルガに、シルビオがけらけら笑いながら口を挟んだ。

「あははっ、リーちゃんねぇ、仲良い子には変なあだ名つけるんだよね~。ついにヴォルガもかぁ~」
「……」

ものすごく不服そうな顔をするヴォルガ。
何か言いたそうだったが、飲み込んだらしく別の角度から突っ込んでくる。

「シルビオのことはあだ名呼びじゃないだろ……」
「シルビオはね~、もう家族みたいなもんだからなぁ。ユーガもユーガだし」

リーリエはあっけらかんとそんなことを言う。
そこに笑顔でつけ加えるシルビオ。

「俺もね、最初の頃はシルシルって呼ばれてたんだよ」
「シルシル……」
「わ、懐かし~!それ、まだこっち住んでなかった頃じゃない?」
「そうそう!俺がまだ元気なかった時期だったな~」

きゃぴきゃぴと話し始める二人。
どちらも明るくお人好しな性格なため馬が合うのか、こうやって話が盛り上がっているところはよく見かける。
どちらかと言えば寡黙な性質のヴォルガとユーガは傍観役であることが多い。
二人が昔の話で楽しげに盛り上がる様を苦笑いしながら眺めつつ、ヴォルガは静かにフェードアウト─

「─いや違う!話逸らすな!!俺はそのあだ名絶対認めないからな!!」
「お~、いい反応リアクションだねぇ。これは素晴らしい人材」
「でしょ?」
「揶揄うな!!」

珍しく食ってかかるヴォルガ。
だが、シルビオとリーリエが完全に優位に立っており、弄ばれているようにしか見えない。
皿を持って戻ってきたユーガは、状況を一瞬で把握して生暖かい笑顔を向けてくる。

「ヴォルガ、諦めろ。どうせすぐ慣れる」
「はぁ……?!あんたもそっち側かよ!」
「いやぁ、だって別にいいだろ。うちの可愛い末っ子の愛情表現だぞ?」
「~~~~~~~~っ」

三対一で分は悪い。
ヴォルガはしばらくわなわなと震えていたが、結局がっくりと肩を落としてそっぽを向いてしまった。

「……先、寝てていいか」
「ヴォルちゃんも夕飯まだでしょ?食べなきゃダメだよ」
「お、お前……っ」
「そうだよ~ヴォルちゃん」
「せっかくユーガが作ってくれたんだから勿体ないよぉヴォルちゃん」
「………………」

ヴォルガはその後、一度も口を利かず食事を取って不貞寝した。


「いやぁ、昨日のヴォルガは面白かったなぁ~」
「お前、反省してないだろ……」

翌朝。
ベッドでもそっぽを向いたまま全くくっついてくれなかったため流石に焦ったシルビオが謝罪し、ヴォルガは何とか機嫌を戻してくれた。

ちなみにリーリエはあだ名呼びのままだった。
解せないとは思いつつ、彼女としては友好の証らしいので、そう言われてしまうと強く言えなかったヴォルガはそちらについては認めざるを得なかったのであった。

いつも通りカウンターでユーガの朝食ができるのを待ちながら、二人は会話を続ける。

「だって、今まであんなに声荒らげることなかったもん。もしかしてあれが素?」
「い、いや……素というか……ちょっと動揺して……」

しどろもどろなヴォルガ。
どうやら、彼は見た目通りの優等生ではなかったようだ。
ちょっと気性の荒いところもユーガに似ている。
リーリエには何だかんだ逆らえないところもそうだ。
というか、ヴォルガの場合は…

「……なんていうかさ。ヴォルガって、女の人苦手だったりする?」
「……っ」

びく、と細い肩が震えた。
当てずっぽうだったが、どうやら図星らしい。

いや、兆候はあったのだ。
初めに拾ってきたのがシルビオとはいえ、ユーガもリーリエも付き合いの長さは全く同じ。
だが、ヴォルガはリーリエとは会話の時のトーンが少し違った。
遠慮がちというか、気を遣っているというか。
彼女のことは同宗派のプリーストとして尊敬しているという話は聞いていたが、それにしてもどこかちぐはぐだった。
何かあるのだろうなとは感じていたが…

じっと見つめてみると、ヴォルガは観念したのかぽつぽつと話し始めた。

「……俺は、孤児院出身で、本当の親を知らない。ずっと俺の面倒を見てくれてたのが、その孤児院に勤めているシスターだった」
「!」

想定外の話題が飛び込んできた。
彼が自分の話をするのは本当に珍しい。
これは、ヴォルガがまだヘルヴェティアにいた頃の話なのだろう。

「その人は、俺の母親代わりで……勉強も魔法も教えてくれた、恩師と呼べる人だ。料理を教わったのも彼女からだ。今でも尊敬している。…尊敬は、してるんだが」

ヴォルガの顔色が悪くなる。
何だか雲行きが怪しくなってきた。
まさか、その人から良い扱いを受けていなかったのだろうか。
慌てて止めようと口を開いたシルビオだが、その前にヴォルガが死んだ目で言葉を発した。

「……すごく、雑……というか、豪快な人で……俺が大人しくなかったってのもあるんだが……指導はスパルタだし、すぐ殴るし、反抗したら他の子供味方につけて叩きのめしてくるし……すごく、強い、女性だったんだ」
「あー…………」

…不穏ではなかったが、不遇だった。
何も気の利く言葉を思いつかないシルビオを他所に、ヴォルガは更に呪詛おもいでを語る。

「あの人の影響で孤児院出身の女子は皆強かだったし……兄貴分含めて男子は肩が狭くて……その癖地区のお偉いさんとも渡り合えるくらいの実力と話術でめちゃくちゃ人望あったし、教会からも認められるくらい敬虔なプリーストで……彼女を見て育つと、どうも女性って怖いなって感情が……」
「ああうん、もういい、大丈夫だよヴォルガ」

ガタガタ震え始めたヴォルガを優しく撫でてやるシルビオ。
…話を聞いていると、彼の恩師という人物はユーガの姉─もといリーリエの母親と人物像が似通っている。
リーリエは言わずもがな彼女の影響を受けて育ってきた神職者なので、リーリエに遠慮がちなのはその既視感フラッシュバックが大きいのかもしれない。
それにしても、意外な一面すぎた。

「ヴォルガをここまで怖がらせるなんて、すごい人だったんだねぇ……」
「ああ……多分、今でもピンピンしてるんだろうな」

遠い目をするヴォルガ。
故郷に対して未練があるらしいところは何度も目にしていたが、その恩師については割り切れているようだ。
吹っ切れた彼の表情は、今までの儚げな雰囲気とは少し違った。

それを見て、シルビオは思わず微笑んでいた。

「……ヴォルガ、だいぶ遠慮なくなったんだね」
「えっ?」

きょとんとするヴォルガ。
シルビオは足を組み直して続ける。

「俺たちのこと。多少は信用してくれてたんだろうけど……前に比べたら、やっぱり砕けてきたなぁってさ。ずっと気張ってたでしょ?今の方が、自然な顔してるよ」
「……あ、……」

ヴォルガは思わずと言いたげに頬に手を当てる。
ずっと強張っていた表情は、随分柔らかくなっていた。

「……そう、かもな。こんなに色々してくれてたのに、まだ警戒してたのか……」
「あ、ご、ごめん!責めてるわけじゃないよ?!嬉しいなって、それだけ!」

馬鹿がつくほど生真面目なのを忘れていた。
肩を落とすヴォルガを慌てて慰めると、彼は困ったように微笑んだ。
…笑顔も、気付けば自然と見かけるようになっていた。
本人もそれは自覚しているだろう。

「そうか……俺、もう、普通に笑えるんだな」
「っ……」

その言葉が、何よりも嬉しかった。
裏切られて捨てられた人間が立ち直ることがどれほど難しいのか、シルビオはよく知っているから。

「ここはもう、ヴォルガのもう一つの家だよ。俺たちはそう思ってる。…だから、ヴォルガも同じように思ってくれてたら嬉しい」

自然と零れた台詞だった。
ヴォルガは目を見開いて、そして今度こそ心から嬉しそうな微笑を浮かべた。

「ああ……ありがとう」


「……おーい、そろそろ持ってっていいかー?」
「「?!」」

ユーガが扉の陰からこちらを見守っていたことに気付いたのは、キッチンから物音が聞こえなくなってしばらく経った頃だった。
ちょっと冷めた朝食を、二人は照れ隠しに勢い良くかき込むのだった。
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