19 / 58
一章 紫碧のひととせ
灰色の世界
しおりを挟む
同日、深夜二時。
「もう一ヶ月か……早いもんだな」
「そうだねぇ……」
一階の酒場のカウンターで、ユーガとシルビオは遅い酒盛りをしていた。
ヴォルガは既に眠っている。
ランタンの灯りのみが照らす薄暗い空間で、二人はロックグラスに浮かべた氷を静かに揺らしていた。
これは、ヴォルガには聞かせない内緒話だ。
「それで、何か分かったことはあるか?」
「いや……やっぱ、防御が固いよ。あの夢の後から、まともに情報拾えたことない」
「そうか……まぁ、それが手がかりっちゃ手がかりだな」
ユーガは冷静な─いや、冷徹な目をしていた。
底冷えするほど理知に満ちた瞳が虚空を見つめる。
「お前レベルで見透かせないなら……最低でも国境警備隊クラスだろうな」
「うん……ヘルヴェティア出身って言ってたしね」
何かと言えば。
あの青年は、一体何者なのかという話である。
「あの魔法は、確実に戦闘慣れしてる奴のものだ。一、二年程度の鍛錬じゃどんな天才でも不可能な技だし、軍学校出てる線は濃い」
「だとすると……教会じゃなくて、王都側?」
「かもな……近衛か、派遣兵か……騎士団員か」
「王宮騎士団……あの年齢で?」
「実力主義だろ、あそこは。軍学校飛び級かつ首席レベルなら行けなくはないだろうな」
未だに、ヴォルガは自分の経歴を明かそうとしない。
『烙印』まで刻まれるほどの壮絶な過去だ、話したくないのは至極当然である。
けれど、彼は少々異質すぎる。
隔絶された貧民区からは知りようもない、中央の情勢が見えてくるくらいには。
「仮に、ヴォルガが王都所属の魔法士だとする。あれは敬虔な信徒だし、生真面目すぎるところはあるが人付き合いも問題無い。極めつけはあの戦闘能力……優秀すぎる人材だ」
「そうだね……普通だったら、絶対に手放したくない」
「ああ。冤罪を着せて追放しようなんて、まともな思考回路だったら絶対に実行しないだろうね」
二人の顔色は悪い。
「ユーガの時と同じ?」
「いや、それ以上だろ。あれは貴族様のお遊びだったが……アステル教の魔法士、しかも神に愛された地出身だぞ。どう考えても頭が機能してない動きだ」
ユーガの表情が歪む。
無意識にか、未だ傷痕の残る左腕を摩っていた。
「シルビオ、しばらくは警戒しろよ。拾っちまった以上、ヴォルガの身の回りの動きには気を配っとけ。…ジェイドまで連れ出しといて、これ以上の報復はないと思うがな」
「うん……分かってる」
シルビオは濃い琥珀色の液体を一口分喉に流し込んだ。
アメジスト色の瞳は、淡い炎の揺らめきを映し、瞬くように輝いている。
「俺は、今の暮らしが好き。『マヨイガ』も、この街も……ヴォルガのことも。だから、その為なら、何だってする」
ユーガの顔が、苦々しく歪んだ。
手刀が軽くシルビオの頭に落とされる。
「あたっ?!」
「言っとくが、一人で馬鹿みたいに突っ走るんじゃねえぞ。後始末するの面倒なんだからな」
「は、はぁ~い……」
ユーガの殺気混じりの視線に萎縮するシルビオ。
ユーガは小さく溜め息をつき、グラスを手に取って一気に半分以上飲み干した。
「全く……俺は平穏に暮らしたいだけなんだがな」
「あははっ、多分ね、ユーガには無理だよ」
「……知ってる……」
平穏の破壊者に振り回される苦労人は、深く深く溜め息をつき、珍しく弱った顔で項垂れている。
何だか申し訳なくなってきたシルビオは、慌てて明るい話題に切り替えるのだった。
🌱
灰の月は、これにて終幕。
灰色に燻る彼らの心が晴れる日は、果たして何時になるのやら。
私は今日も変わらず、彼らの選択を見届けるのみである。
「もう一ヶ月か……早いもんだな」
「そうだねぇ……」
一階の酒場のカウンターで、ユーガとシルビオは遅い酒盛りをしていた。
ヴォルガは既に眠っている。
ランタンの灯りのみが照らす薄暗い空間で、二人はロックグラスに浮かべた氷を静かに揺らしていた。
これは、ヴォルガには聞かせない内緒話だ。
「それで、何か分かったことはあるか?」
「いや……やっぱ、防御が固いよ。あの夢の後から、まともに情報拾えたことない」
「そうか……まぁ、それが手がかりっちゃ手がかりだな」
ユーガは冷静な─いや、冷徹な目をしていた。
底冷えするほど理知に満ちた瞳が虚空を見つめる。
「お前レベルで見透かせないなら……最低でも国境警備隊クラスだろうな」
「うん……ヘルヴェティア出身って言ってたしね」
何かと言えば。
あの青年は、一体何者なのかという話である。
「あの魔法は、確実に戦闘慣れしてる奴のものだ。一、二年程度の鍛錬じゃどんな天才でも不可能な技だし、軍学校出てる線は濃い」
「だとすると……教会じゃなくて、王都側?」
「かもな……近衛か、派遣兵か……騎士団員か」
「王宮騎士団……あの年齢で?」
「実力主義だろ、あそこは。軍学校飛び級かつ首席レベルなら行けなくはないだろうな」
未だに、ヴォルガは自分の経歴を明かそうとしない。
『烙印』まで刻まれるほどの壮絶な過去だ、話したくないのは至極当然である。
けれど、彼は少々異質すぎる。
隔絶された貧民区からは知りようもない、中央の情勢が見えてくるくらいには。
「仮に、ヴォルガが王都所属の魔法士だとする。あれは敬虔な信徒だし、生真面目すぎるところはあるが人付き合いも問題無い。極めつけはあの戦闘能力……優秀すぎる人材だ」
「そうだね……普通だったら、絶対に手放したくない」
「ああ。冤罪を着せて追放しようなんて、まともな思考回路だったら絶対に実行しないだろうね」
二人の顔色は悪い。
「ユーガの時と同じ?」
「いや、それ以上だろ。あれは貴族様のお遊びだったが……アステル教の魔法士、しかも神に愛された地出身だぞ。どう考えても頭が機能してない動きだ」
ユーガの表情が歪む。
無意識にか、未だ傷痕の残る左腕を摩っていた。
「シルビオ、しばらくは警戒しろよ。拾っちまった以上、ヴォルガの身の回りの動きには気を配っとけ。…ジェイドまで連れ出しといて、これ以上の報復はないと思うがな」
「うん……分かってる」
シルビオは濃い琥珀色の液体を一口分喉に流し込んだ。
アメジスト色の瞳は、淡い炎の揺らめきを映し、瞬くように輝いている。
「俺は、今の暮らしが好き。『マヨイガ』も、この街も……ヴォルガのことも。だから、その為なら、何だってする」
ユーガの顔が、苦々しく歪んだ。
手刀が軽くシルビオの頭に落とされる。
「あたっ?!」
「言っとくが、一人で馬鹿みたいに突っ走るんじゃねえぞ。後始末するの面倒なんだからな」
「は、はぁ~い……」
ユーガの殺気混じりの視線に萎縮するシルビオ。
ユーガは小さく溜め息をつき、グラスを手に取って一気に半分以上飲み干した。
「全く……俺は平穏に暮らしたいだけなんだがな」
「あははっ、多分ね、ユーガには無理だよ」
「……知ってる……」
平穏の破壊者に振り回される苦労人は、深く深く溜め息をつき、珍しく弱った顔で項垂れている。
何だか申し訳なくなってきたシルビオは、慌てて明るい話題に切り替えるのだった。
🌱
灰の月は、これにて終幕。
灰色に燻る彼らの心が晴れる日は、果たして何時になるのやら。
私は今日も変わらず、彼らの選択を見届けるのみである。
2
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
使命を全うするために俺は死にます。
あぎ
BL
とあることで目覚めた主人公、「マリア」は悪役というスペックの人間だったことを思い出せ。そして悲しい過去を持っていた。
とあることで家族が殺され、とあることで婚約破棄をされ、その婚約破棄を言い出した男に殺された。
だが、この男が大好きだったこともしかり、その横にいた女も好きだった
なら、昔からの使命である、彼らを幸せにするという使命を全うする。
それが、みなに忘れられても_
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。
花形スタァと癒しの君
和泉臨音
BL
この国には花形と呼ばれる職業がある。人々を魔物から守る特務隊と人々の心を潤す歌劇団だ。
第三特務隊の事務員であるセリは今日も推しの第二歌劇団のチケットを入手できなかった。
同僚から「一日一善」で徳を高めチケット運を上げる様に提案され、実行した結果、道で困っていたイケメンを助けて一夜を共にしてしまう。二度と会うことはないと思ったのに「また会いたい」とチケットを餌に迫られて……。
そこから加速する幸運と不運に振り回されながらも、日々の行いの良さで幸せを掴む話。
※遊び人美男子×平凡。本編13話完結済み。以降は番外編です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない
時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。
通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。
黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。
騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない?
◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。
◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる