王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

灰色の世界

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同日、深夜二時。

「もう一ヶ月か……早いもんだな」
「そうだねぇ……」

一階の酒場のカウンターで、ユーガとシルビオは遅い酒盛りをしていた。
ヴォルガは既に眠っている。
ランタンの灯りのみが照らす薄暗い空間で、二人はロックグラスに浮かべた氷を静かに揺らしていた。

これは、ヴォルガには聞かせない内緒話だ。

「それで、何か分かったことはあるか?」
「いや……やっぱ、防御ガードが固いよ。あの夢の後から、まともに情報拾えたことない」
「そうか……まぁ、それが手がかりっちゃ手がかりだな」

ユーガは冷静な─いや、冷徹な目をしていた。
底冷えするほど理知に満ちた瞳が虚空を見つめる。

「お前レベルで見透かせないなら……最低でも国境警備隊クラスだろうな」
「うん……ヘルヴェティア出身って言ってたしね」

何かと言えば。
あの青年は、一体何者なのかという話である。

「あの魔法は、確実に戦闘慣れしてる奴のものだ。一、二年程度の鍛錬じゃどんな天才でも不可能な技だし、軍学校出てる線は濃い」
「だとすると……教会ヘルヴェティアじゃなくて、王都アダマス側?」
「かもな……近衛か、派遣兵か……騎士団員か」
「王宮騎士団……あの年齢で?」
「実力主義だろ、あそこは。軍学校飛び級かつ首席レベルなら行けなくはないだろうな」

未だに、ヴォルガは自分の経歴を明かそうとしない。
『烙印』まで刻まれるほどの壮絶な過去だ、話したくないのは至極当然である。
けれど、彼は少々異質すぎる。
隔絶された貧民区からは知りようもない、中央の情勢が見えてくるくらいには。

「仮に、ヴォルガが王都所属の魔法士だとする。あれは敬虔な信徒だし、生真面目すぎるところはあるが人付き合いも問題無い。極めつけはあの戦闘能力……優秀すぎる人材だ」
「そうだね……普通だったら、絶対に手放したくない」
「ああ。なんて、まともな思考回路だったら絶対に実行しないだろうね」

二人の顔色は悪い。

「ユーガの時と同じ?」
「いや、それ以上だろ。あれは貴族様のお遊びだったが……アステル教の魔法士、しかも神に愛された地ヘルヴェティア出身だぞ。どう考えても頭が機能してない動きだ」

ユーガの表情が歪む。
無意識にか、未だ傷痕の残る左腕を摩っていた。

「シルビオ、しばらくは警戒しろよ。拾っちまった以上、ヴォルガの身の回りの動きには気を配っとけ。…ジェイドまで連れ出しといて、これ以上の報復はないと思うがな」
「うん……分かってる」

シルビオは濃い琥珀色の液体を一口分喉に流し込んだ。
アメジスト色の瞳は、淡い炎の揺らめきを映し、瞬くように輝いている。

「俺は、今の暮らしが好き。『マヨイガ』も、この街も……ヴォルガのことも。だから、その為なら、何だってする」

ユーガの顔が、苦々しく歪んだ。
手刀が軽くシルビオの頭に落とされる。

「あたっ?!」
「言っとくが、一人で馬鹿みたいに突っ走るんじゃねえぞ。後始末するの面倒なんだからな」
「は、はぁ~い……」

ユーガの殺気混じりの視線に萎縮するシルビオ。
ユーガは小さく溜め息をつき、グラスを手に取って一気に半分以上飲み干した。

「全く……俺は平穏に暮らしたいだけなんだがな」
「あははっ、多分ね、ユーガには無理だよ」
「……知ってる……」

平穏の破壊者シルビオに振り回される苦労人は、深く深く溜め息をつき、珍しく弱った顔で項垂れている。
何だか申し訳なくなってきたシルビオは、慌てて明るい話題に切り替えるのだった。



‪🌱‬



灰の月は、これにて終幕。
灰色に燻る彼らの心が晴れる日は、果たして何時になるのやら。

私は今日も変わらず、彼らの選択を見届けるのみである。
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