王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

厄介な依頼

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ヴォルガと距離を縮められたシルビオは、その日はうきうきで仕事をこなしていた。
明らかにテンションの高いシルビオに常連客は微笑ましい目を向け、ユーガはやれやれと苦笑いし、ヴォルガはちょっと気恥ずかしくなっていた。

そして、こういう日ほど事件イベントは重なるもので…


「おーい、シルビオ~」

陽が傾き始め、客がいなくなり、ユーガとシルビオがカウンターで小休止していると。
酒場の扉が開き、一人の女性が入店してきた。
紫紺色の短髪に、意思の強さが窺える赤褐色の瞳。
それを見て、シルビオはぱっと顔を明るくさせた。

「あ、レナさん!いらっしゃい」
「おう、久しぶりだな」

男勝りな彼女は、勢い良くシルビオの背を叩き、彼の隣に座る。
ユーガはカウンターの横に置かれた麦酒の樽に手をかけながら形式上尋ねる。

「ご注文は?」
「いつもの。ついでに何かつまみ作れよ」
「あいよ」

会話は手慣れており、ユーガはジョッキに注いだ麦酒を手渡すとすぐに裏へと引っ込んだ。
レナも通い始めてから長い古参の常連客である。
酔っ払うと気性が相当荒くなることで有名だ。
だが、ヴォルガのことについて尋ねてくることはなかった。
彼がここにやって来てからはご無沙汰だったが、どうやら噂はまだ届いていないらしい。
レナの反応は怖かったので、少しほっとしたシルビオであった。

「こんな時間に来るの珍しいねー。今日は早上がり?」
「いや、深夜もある。一杯だけ引っかけようと思ってな」
「飲みすぎないでよ……?」

酔っ払ったレナに絡まれて何度か痛い目に遭っているシルビオは戦々恐々と釘を刺す。
彼女はからからと笑い、ぐっと酒を流し込んで息をついた。

「分かってるよ。飲みに来たのが本題じゃねえしな」
「……ん?」

きょとんとするシルビオに、レナが小さな革袋を差し出した。
中を覗くと、たっぷりと詰め込まれた銀貨が目に入る。
主に平民区で用いられる通貨であり、貧民区のジェイド地区では滅多にお目にかかれない代物である。
それが、三十枚は入っていた。

「レ、レナさん、だから多いって!警備隊の給料だってたかが知れてるでしょ!」
「うるせえなぁ。黙って貰っとけ。込みだしな」

初めは萎縮していたシルビオも、その言葉を聞いて言葉を止めた。
苦笑いを浮かべ、椅子に座り直す。

「……そういうことか。はだいぶ久々だな~」
「おう、腕鈍ってたら叩き直すとこから始めてやろうか?」
「いや大丈夫遠慮しときます」

にやにやと笑うレナの提案は速攻で却下して、シルビオは皮袋から銀貨を一枚だけ取り出し、レナに投げ返した。

「じゃ、今回はこんなとこで。ご用件は?」
「おいおい、もっとがめつくなれよお前は……あたしがユーガに怒られるんだって」
「いやぁ、だって、本気でこんな額の依頼だったらそもそも受けたくないもん……」

苦笑いするシルビオ、むっとするレナ。
しばらく無言の応酬を続けた二人だが、折れたのはレナだった。

「分かったよ。一旦それで進める。…で、頼みたいのはこいつだ」

レナは肩に掛けている上着の懐からまた別の袋を取り出した。
その中には白い布で包まれた小さな破片が入っており、それをシルビオに手渡してくる。
シルビオは訝しげに布を捲り…
…そして、目を見開いた。

「これ……魔剣の欠片?!」
「ご明察」

レナは唇の片側を吊り上げて笑う。
彼女がこの表情をするのは、あまりいい気分ではない時だ。

「こないだ、北西の検問で引っかかって潰したやつだ。商人まるごと洗ったんだが、どうも抜け道があるらしくてな。こっちも捜しちゃいるが、如何せん本業の片手間だ。ジリ貧ったらありゃしねえ」
「……」

シルビオの頬が明らかに引き攣る。
レナは意地悪な笑みを浮かべて続けた。

「大元叩けとは言わねえ。ただ、数箇所で騒ぎにはなってるらしいからな。酒場でも街でも情報集めといてくれ。もし見かけたら回収もな」

シルビオは無言で銀貨の詰まった皮袋を見た。
レナも無言で差し出してくる。
シルビオは大きく溜め息をついて、それを受け取った。

「……言ったじゃん、銀貨三十枚分の仕事なんか受けたくないって……」
「でもやってくれるんだろ?」
「やるよ、やります……」
「よし、交渉成立だな」

レナはすっきりした顔で酒を思い切り呷る。
シルビオがぐったりとカウンターに身を投げ出した頃、ようやくユーガが戻ってきた。
持ってきたのは、スパイシーな香りのする野菜とベーコンの炒め物だ。
この地域では伝統的な料理だが、それに東南の香辛料で辛めに仕上げている。
いつもだったら自分の分もと食いつく品だが、顔を上げる元気もなかった。

「……レナ、また厄介事か?」
「見ての通りだね」

レナは銀貨の入った袋を指差し、難しい顔のシルビオを見て笑う。
それと同時にカウンターに置かれた魔剣の欠片を目にしたユーガは、それだけで察したのかいつも以上にじっとりした目でレナを睨めつけた。

「お前なぁ、自分の仕事は自分でケリつけろよ」
「領分超えてるから依頼してんだっつの。情報収集ならお前らの方が向いてるだろ」
「そうだけどさ……」

ユーガの非難の眼差しは何のその、美味そうに炒め物をかき込みながらレナはもごもごと言う。

「あんなぁ、シル坊はその程度で怪我一つしねえだろ?むしろほっといた方が危ねえだろうが。それくらい分かってるだろ、お前は」
「……」

渋い顔で黙り込むユーガ。
その実例がつい先月に出たばかりだ。
レナの発言は的を得ている。
シルビオもそれは理解している。
しているが、完全に納得するには至っていない。

「俺さぁ、お客さんの役に立ちたいから『便利屋』始めたんだよ?こんな地区総出で動くような大事件ならちゃんとした情報屋の方が良くない?」

カウンターに伏せたままレナを見上げるシルビオ。
レナは笑ったまま、シルビオの髪をわしゃわしゃと掻き回した。

「分かってんだろ。お前が、ジェイドで一番信頼できる情報屋なんだよ。…何でもやりますって謳うんだったら、このくらいやらねえと看板詐欺だぜ?」
「うー……っ」

シルビオはぐっと唇を噛みしめてレナを睨むが、彼女は意に介した様子もなく、早々にジョッキを空けて席を立った。
気付けば皿も綺麗になっている。

「ごちそーさん。飲食代も込みな。じゃ、よろしく」

暢気に片手をひらひらと振り、嵐のような女は悠々と店を後にした。

「……幾らだ?」
「銀三十」
「はぁ~~~……」

ユーガは額を押さえ、シルビオはぼぅっと魔剣の欠片を見つめることしかできなかった。


そして、この話は当然、厨房でこっそり聞き耳を立てていたヴォルガにも届いているのであった。
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