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一章 紫碧のひととせ
蒼穹の魔法士
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音もなかった。
吸い込まれるように無数の矢が男の腕に生え、そして静かに爆ぜた。
「ぐぁ、あ、ぁ、ああぁぁあああああああっ?!!」
舞い散る鮮血を水飛沫が包み、浄化していく。
一切床を赤く濡らすことなく、男の右腕が消し飛んだ。
…ここでそんな芸当ができるのは、一人しかいない。
「任せるつもりだったが……魔剣となると見過ごせないな」
奥の扉から、ゆっくりと姿を現した、青髪の美青年。
まさしく水精霊のような麗しさでありながら、その瞳に宿る熱は苛烈なものだった。
「これ以上狼藉を働こうとするのなら、次は跡形もなくお前を消し飛ばす」
パチンと指が鳴らされ、男の周囲に再度無数の水製矢が出現する。
全方位を囲うその矢は、今にも放たれそうに引き絞られ、男を狙っていた。
これが全て解き放たれれば、男は全身を蜂の巣にされて死ぬだろう。
男が抵抗しようものなら、涼しい顔で、何の躊躇いもなく、ヴォルガは引き金を引くだろう。
「あ、ぁ、ぁあ、ご、ごめ、なさ……やめ、やめて……」
男は、まともに言葉も紡げずに痛みと恐怖でガタガタと震えていた。
常連客の何人かは腰を抜かしていた。
残りの男たちも、声すら出せずに震えながら蒼の美姫を見上げていた。
「……これで、『烙印』持ちか」
ユーガが独りごちる。
「本当に何者なんだ、こいつ……」
シルビオは、何も言えなかった。
その美しく残酷な横顔を、呆然と見つめていた。
パキリと、何もしていないのに魔剣のナイフが砕けた。
ひっ、と男が情けない悲鳴を零す。
ヴォルガは困ったような顔で目を細めた。
「……もう砕けたか。粗悪品だったらしいな。今の俺の魔力でも死ぬ程度なら、そこまで問題はないか」
ヴォルガは小さく息をつき、魔法を解除した。
一瞬で数十本あった矢が消滅し、男はへなへなと崩れ落ちる。
もはや戦意の欠片もなかった。
ヴォルガは少し悲しそうに砕けた魔剣の欠片を見つめ、そしてようやくシルビオとユーガに向き直った。
「悪い、勝手に色々やって。後処理は任せていいか?」
「あ……う、うん」
シルビオも返事をするのがやっとだ。
シルビオの動揺した様を見てようやく自分の行動を省みたのか、ヴォルガは周りから集まる視線を受け、気まずそうにそっと目を逸らすのだった。
数十分後。
「「「シルビオのパートナー?!!!」」」
「う、うん……」
現在は、すっかり従順になった男たちを警備隊員に引き渡し、酒場で客たちにヴォルガの説明をしているところだ。
流石にあの美貌と魔法が知れ渡った状態で『烙印』持ちだと明かすのはリスクが高いということで、こっちの名目で紹介することにした訳だが。
それはそれで客たちが大爆発する羽目になった。
「ついに遊び歩くのやめたのか……あのシルビオが……!」
「女共が泣くなぁ~これは」
「しかも文句のつけようがない美人だしなぁ~」
「大ニュースじゃねえか!宴会やるか?!」
「も~、大事にしないでって言ったでしょ!!」
今ここにいる常連客は、幼い頃からのシルビオを知っている者が多い、家族のような人たちだ。
それ故にお節介がすごい。
顔を赤くして止めようとするシルビオに、ヴォルガは若干引いていた。
「本当に遊び人だったんだな……」
その呟きを拾ったユーガは、複雑そうな顔で腕を組んでいる。
「……俺もこいつらも、さっさと落ち着けって口酸っぱく言ってたからな。お前の事情はともかく、パートナーになってくれたことは好ましいんだよ、俺らとしては」
「……」
若干表情に翳りを見せるヴォルガ。
「シルビオって、相手は男でもいいのか?」
「あぁ、そうだね。シエラ教徒だしな」
投げやり気味に答えるユーガ。
シエラ教では、現在存在する宗派の中で唯一同性愛が公に認められている。
社会的に少数派の立場にいる人間にも手を差し伸べてくれるところが、良く言えばシエラ教の長所である。
悪く言えば節操がないとも言える。
シルビオも例に漏れず、誘われたら男女問わず手を出しているタイプの人間だ。
ヴォルガの顔色が更に悪くなる。
「……本当に、俺に手出す気はないんだよな?」
「怪我人を合意なしに襲うような奴じゃないな」
「……」
怪我が治ったらどうなるんだ、とは怖くて聞けないヴォルガであった。
そうこうしている内に、彼らの話題の中心がシルビオからヴォルガへと移る。
「にしてもすげえ魔法だったなぁ。シルビオより強いんじゃねえか?」
「能力的にも申し分ない嫁じゃねえか。幸せにしろよ」
「そういうのじゃないって言ってるじゃ~ん!!」
シルビオが悲鳴混じりに訂正しようとしてくるが、客には強く出れないらしく押され気味だ。
徐々に客たちがヴォルガににじり寄ってくる。
「で、ヴォルガだっけ?何でここで働こうと思ったんだ?」
「な~。こんなしょぼい店じゃなくても働く場所山ほどあるだろ」
「うちの用心棒、してくれても……いいんだぜ?」
「お前、かっこつけてもシルビオには勝てねえぞ。主に顔」
「うるさい!!」
「ずばり、シルビオを選んだ決め手は?!」
「酒でも飲みながらじっくり語っていただきましょうやへへへ……」
絡み方が粘着質になってきた。
ユーガがやれやれと首を振っている。
ヴォルガはしばらくどう対応したものかとおろおろしていたが、徐々に処理不能になっていき……
一分後、まとめて魔法で吹き飛ばされ、常連客たち(とその中にいたシルビオ)は揃って悲鳴を上げることになったのだった。
また店の中がぐちゃぐちゃになり、ユーガは一人やれやれと肩を竦めた。
吸い込まれるように無数の矢が男の腕に生え、そして静かに爆ぜた。
「ぐぁ、あ、ぁ、ああぁぁあああああああっ?!!」
舞い散る鮮血を水飛沫が包み、浄化していく。
一切床を赤く濡らすことなく、男の右腕が消し飛んだ。
…ここでそんな芸当ができるのは、一人しかいない。
「任せるつもりだったが……魔剣となると見過ごせないな」
奥の扉から、ゆっくりと姿を現した、青髪の美青年。
まさしく水精霊のような麗しさでありながら、その瞳に宿る熱は苛烈なものだった。
「これ以上狼藉を働こうとするのなら、次は跡形もなくお前を消し飛ばす」
パチンと指が鳴らされ、男の周囲に再度無数の水製矢が出現する。
全方位を囲うその矢は、今にも放たれそうに引き絞られ、男を狙っていた。
これが全て解き放たれれば、男は全身を蜂の巣にされて死ぬだろう。
男が抵抗しようものなら、涼しい顔で、何の躊躇いもなく、ヴォルガは引き金を引くだろう。
「あ、ぁ、ぁあ、ご、ごめ、なさ……やめ、やめて……」
男は、まともに言葉も紡げずに痛みと恐怖でガタガタと震えていた。
常連客の何人かは腰を抜かしていた。
残りの男たちも、声すら出せずに震えながら蒼の美姫を見上げていた。
「……これで、『烙印』持ちか」
ユーガが独りごちる。
「本当に何者なんだ、こいつ……」
シルビオは、何も言えなかった。
その美しく残酷な横顔を、呆然と見つめていた。
パキリと、何もしていないのに魔剣のナイフが砕けた。
ひっ、と男が情けない悲鳴を零す。
ヴォルガは困ったような顔で目を細めた。
「……もう砕けたか。粗悪品だったらしいな。今の俺の魔力でも死ぬ程度なら、そこまで問題はないか」
ヴォルガは小さく息をつき、魔法を解除した。
一瞬で数十本あった矢が消滅し、男はへなへなと崩れ落ちる。
もはや戦意の欠片もなかった。
ヴォルガは少し悲しそうに砕けた魔剣の欠片を見つめ、そしてようやくシルビオとユーガに向き直った。
「悪い、勝手に色々やって。後処理は任せていいか?」
「あ……う、うん」
シルビオも返事をするのがやっとだ。
シルビオの動揺した様を見てようやく自分の行動を省みたのか、ヴォルガは周りから集まる視線を受け、気まずそうにそっと目を逸らすのだった。
数十分後。
「「「シルビオのパートナー?!!!」」」
「う、うん……」
現在は、すっかり従順になった男たちを警備隊員に引き渡し、酒場で客たちにヴォルガの説明をしているところだ。
流石にあの美貌と魔法が知れ渡った状態で『烙印』持ちだと明かすのはリスクが高いということで、こっちの名目で紹介することにした訳だが。
それはそれで客たちが大爆発する羽目になった。
「ついに遊び歩くのやめたのか……あのシルビオが……!」
「女共が泣くなぁ~これは」
「しかも文句のつけようがない美人だしなぁ~」
「大ニュースじゃねえか!宴会やるか?!」
「も~、大事にしないでって言ったでしょ!!」
今ここにいる常連客は、幼い頃からのシルビオを知っている者が多い、家族のような人たちだ。
それ故にお節介がすごい。
顔を赤くして止めようとするシルビオに、ヴォルガは若干引いていた。
「本当に遊び人だったんだな……」
その呟きを拾ったユーガは、複雑そうな顔で腕を組んでいる。
「……俺もこいつらも、さっさと落ち着けって口酸っぱく言ってたからな。お前の事情はともかく、パートナーになってくれたことは好ましいんだよ、俺らとしては」
「……」
若干表情に翳りを見せるヴォルガ。
「シルビオって、相手は男でもいいのか?」
「あぁ、そうだね。シエラ教徒だしな」
投げやり気味に答えるユーガ。
シエラ教では、現在存在する宗派の中で唯一同性愛が公に認められている。
社会的に少数派の立場にいる人間にも手を差し伸べてくれるところが、良く言えばシエラ教の長所である。
悪く言えば節操がないとも言える。
シルビオも例に漏れず、誘われたら男女問わず手を出しているタイプの人間だ。
ヴォルガの顔色が更に悪くなる。
「……本当に、俺に手出す気はないんだよな?」
「怪我人を合意なしに襲うような奴じゃないな」
「……」
怪我が治ったらどうなるんだ、とは怖くて聞けないヴォルガであった。
そうこうしている内に、彼らの話題の中心がシルビオからヴォルガへと移る。
「にしてもすげえ魔法だったなぁ。シルビオより強いんじゃねえか?」
「能力的にも申し分ない嫁じゃねえか。幸せにしろよ」
「そういうのじゃないって言ってるじゃ~ん!!」
シルビオが悲鳴混じりに訂正しようとしてくるが、客には強く出れないらしく押され気味だ。
徐々に客たちがヴォルガににじり寄ってくる。
「で、ヴォルガだっけ?何でここで働こうと思ったんだ?」
「な~。こんなしょぼい店じゃなくても働く場所山ほどあるだろ」
「うちの用心棒、してくれても……いいんだぜ?」
「お前、かっこつけてもシルビオには勝てねえぞ。主に顔」
「うるさい!!」
「ずばり、シルビオを選んだ決め手は?!」
「酒でも飲みながらじっくり語っていただきましょうやへへへ……」
絡み方が粘着質になってきた。
ユーガがやれやれと首を振っている。
ヴォルガはしばらくどう対応したものかとおろおろしていたが、徐々に処理不能になっていき……
一分後、まとめて魔法で吹き飛ばされ、常連客たち(とその中にいたシルビオ)は揃って悲鳴を上げることになったのだった。
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